ESG(環境・社会・ガバナンス)は、投資家にとっても大手企業にとっても、投資先や取引先を選択するため、企業の持続的成長を見る重要視点になってきている。各企業のESG部門担当者に、エネルギー・マネジメントを手がける株式会社アクシス・坂本哲代表が質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施した。

本稿では、ESGに積極的に取り組み、未来を拓こうとする企業の活動や目標、現状の課題などを紹介していく。くら寿司株式会社は、回転すし「くら寿司」「無添蔵」「くら天然魚市場」などのブランドを国内や米国、台湾に展開している企業だ。総店舗数は、614店舗(2022年9月末現在)におよび日本のみならず海外でも人気を博している。

同社は、タッチパネルによるオーダーシステムや食品ロス削減に向けた製造管理システムの導入など、これまでも業界内で先進的な取り組みを実現してきた。また長年にわたり漁業創生や環境負荷削減に向けた取り組みなどESGを重視した活動も積極的に行っている。今回は、同社取締役広報・マーケティング本部長の岡本浩之氏から、くら寿司株式会社が目指す未来の飲食業界の在り方をうかがった。

(取材・執筆・構成=杉野 遥)

くら寿司株式会社
(写真=くら寿司株式会社)
岡本浩之(おかもと ひろゆき)
―― くら寿司株式会社取締役広報・マーケティング本部長
1962年岡山県倉敷市生まれ。大阪大学文学部卒業後、1984年4月に三洋電機株式会社、2012年7月には江崎グリコ株式会社へ入社。2018年12月にくら寿司株式会社へ入社し、翌年12月に執行役員広報宣伝IR本部長となる。2021年1月に同社取締役となり、同年11月に広報・マーケティング本部長に就任し現在に至る。

くら寿司株式会社
1977年5月に大阪府堺市で一般的な寿司店として創業。1984年には「回転寿司くら」を開業し回転寿司を導入する。1995年11月に当社設立。添加物を含まない素材そのものの味わいを求める「食の戦前回帰」を企業理念とし、「安心・美味しい・安い」をコンセプトに事業展開している企業。SDGsへの取り組みも積極的で環境保全のために「紙カプセル」「バイオマスビニール袋」などを導入している。
坂本 哲(さかもと さとる)
―― 株式会社アクシス代表取締役
1975年6月21日生まれ。埼玉県出身。東京都にて就職し、24歳で独立。情報通信設備構築事業の株式会社アクシスエンジニアリングを設立。その後、37歳で人材派遣会社である株式会社アフェクトを設立。38歳の時、株式会社アクシスの事業継承のため家族と共に東京から鳥取にIターン。

株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容は、システム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird」運営など多岐にわたる。

目次

  1. くら寿司株式会社が取り組むESGについて
  2. 漁業におけるエネルギーの課題
  3. 脱炭素に関するくら寿司株式会社独自の取り組み
  4. ニューエコノミー社会の実現に向けた飲食業界の課題と対策
  5. 投資家のみなさんへメッセージ

くら寿司株式会社が取り組むESGについて

アクシス 坂本氏(以下、社名、敬称略):ESGの観点からくら寿司様の近況や取り組みについてお聞かせください。

くら寿司株式会社・岡本氏(以下、社名・敬称略):弊社は、回転すしの事業を展開していますが、国内では2021年に北海道への出店を果たし、47都道府県すべてに進出いたしました。また日本以外では、米国に41店舗、台湾に48店舗展開。弊社では、創業者の信念として以前からSDGsを意識した取り組みを行っています。

くら寿司株式会社
(画像=くら寿司株式会社)

大きな方向性としては「日本漁業の共存共栄と再活性化」がテーマです。かつて1960~1970年代にかけて日本の漁業は世界一といわれるほど栄えていました。1988年には、漁業就業者数が約39万2,000人いましたが、現代では衰退を続け2021年における漁業就業者数は12万9,320人にまで減少しています。今後は、10万人を切るという予想もあるほどです。

このままでは、私たち子どもや孫の代がおいしい魚が食べられなくなってしまう……そうした危機感を持ち、2010年より正式に漁業創生に向けた取り組みを行っています。

くら寿司株式会社
(画像=くら寿司株式会社)

坂本:具体的には、どのような取り組みを行われているのでしょうか?

岡本:「天然魚プロジェクト」と呼び、さまざまな取り組みを行っています。一つは「さかな100%プロジェクト」です。通常、寿司ネタにできる魚の部位というのは、魚1匹あたり40%程度にすぎないのですが、残りの60%のうち20%は中落やカマといわれる部分も含まれています。これらは、食べられるけれど寿司ネタとしては使えない部分です。残りの40%は、骨や内臓なので食べられません。

弊社では、この寿司ネタとして使えない60%の部分をすべて活用する取り組みを行っています。まず食用可能な中落ちやカマは、海鮮丼や巻物の具、すり身コロッケとして販売。さらに食べられない部分は、魚粉として魚のエサに加工しているんです。これらは、はまちやぶりといった養殖魚のエサの一部として使われています。

この魚粉を食べて育った養殖魚を買い取り寿司ネタとして提供しています。この取り組みを弊社では「循環フィッシュ」と呼んでいます。他には、低利用魚の活用も積極的に行っています。世界中の海に生息している魚は1万4,500種類以上といわれているのですが、実際市場へ流通するのはその約30分の1となる500種程度です。つまり漁師が取ってきた魚は、すべてが売れるわけではなくて一銭にもならない種類の魚もたくさんいるのです。こうした現状は、漁師の生活にも影を落としています。

そこで弊社では、低利用魚の商品開発に乗り出しました。具体的には、シイラを漬けにしたものや、沖合にいる臭みの少ないボラを商品として販売しています。低利用魚を買い取ることで漁業従事者の収入を支える一助となっているのです。

漁業従事者の収入を支える取り組みとしては、漁協との直取引(※全国116ヵ所の漁港や漁協と提携)や「一船買い(魚の種類を問わず、収獲重量に基づいた価格で買い取る)」などを行っています。

※2022年8月時点

くら寿司株式会社
(画像=くら寿司株式会社)

漁業におけるエネルギーの課題

坂本:御社の取り組みは、環境負荷の削減だけでなく漁業従事者支援にも取り組んでおり、まさに「持続可能な漁業の実現」に貢献されていますね。2021年11月に設立された「KURAおさかなファーム株式会社」はどのような目的で立ち上げられたのでしょうか?

岡本:「KURAおさかなファーム株式会社」は、AI活用によるスマート養殖で持続可能な漁業を目指す信念のもと、弊社が100%出資で設立した会社です。国内初のオーガニックフィッシュを生産しています。オーガニックフィッシュとは、水質やエサ、一つのいけすに入れる魚の量などの厳しい基準を満たした食べる側の健康にも良い高付加価値な魚です。

さらに、漁師さんの働き方改革につながるスマート養殖にも取組んでいます。スマート養殖の大きな特徴の一つが、AI給餌機(きゅうじき)を使った養殖方法です。まず数日分のエサを養殖いかだにセットしておきます。AIカメラが魚の様子をチェックしてお腹が空いていると判断したら給餌をし、満たされたと判断したらストップする……そうすることでエサの無駄を減らし、漁師さんの作業を大幅に減らすことができます。

従来の生産者さんが魚の様子を判断する給餌方法は、海が荒れたり猛暑であったりしても漁師さんが船を出して365日給餌を行います。エサの量は、感覚に頼る部分もありますから、つい多めにあげてしまうこともあるようです。しかし食べられなかったエサが海に蓄積されると赤潮の原因になるともいわれています。また船を出す手間が減れば省エネにもなるでしょう。

必要なときに必要な分だけ給餌してくれるAI給餌機は、環境にもやさしい養殖方法なのです。給餌状況は、スマホでチェックできますから、漁師さんも休みが取れます。「これで奥さんとデパートへ買い物に行けます」「この方法なら子どもに継がせることも考えようかな」といった漁師さんたちの声を聴いてジーンとしましたね。

くら寿司株式会社
(画像=くら寿司株式会社)

坂本:省エネというお話も出ましたが、漁業におけるエネルギー問題はどのようにお考えでしょうか?

岡本:漁業は船を使いますから、どうしても燃料の問題は切っても切り離せませんよね。日本の場合、各地に漁協がありそれぞれが独立しています。つまり漁協同士がライバル関係ともいえるわけです。たくさん良い魚を獲ろうと思えば、漁師としては一刻も早く漁場に行きたくなります。そうすると船もフルスロットルで向かいますから船は多くの燃料を消費します。

自動車と一緒で、漁船も一定の巡航速度で行けば燃費も良くなります。これが解決されれば脱炭素に向けた取り組みとして大きなものになるでしょう。この問題は、弊社だけの力で変えられることではありませんが、持続可能な漁業を目指すパートナーとして漁協関係者などへ課題提起を行う働きかけを行っています。

▼質問に答える岡本氏

くら寿司株式会社
(画像=くら寿司株式会社)

脱炭素に関するくら寿司株式会社独自の取り組み

坂本:店舗運営において御社が脱炭素に関して取り組まれていることを教えてください。

岡本:弊社では、オリジナルのルーレットゲームに当たるとガチャ玉に入った景品をプレゼントする「ビッくらポン」というサービスを提供しています。このガチャ玉に紙で作ったカプセルを使用する取り組みを2020年6月から試験的に導入中です。この紙カプセルは、でんぷんとパルプを使うPIM(Pulp Injection Molding)という技術を用いたもの。燃やしても有害物質が発生せずリサイクルも可能な素材です。

現状は、コストや生産能力などに課題がありますが、徐々に移行を進めていきたいと考えています。ガチャ玉は、子どもだけでなく大人にも人気でさまざまな場所で使われていますよね。弊社の取り組みが環境負荷削減の啓蒙活動の一つとしてお役に立てれば幸いです。

また店舗運営における省エネにも取り組んでおり、例えば冷蔵庫や冷凍庫などの電化設備は省電力タイプの新しい製品への切り替えを推進しています。回転すしを流すレーンの照明はLEDの導入がほぼ完了しており、消費電力が導入前の10分の1にまで抑えられるようになりました。

くら寿司株式会社
(画像=くら寿司株式会社)

ニューエコノミー社会の実現に向けた飲食業界の課題と対策

坂本:飲食業界を俯瞰した際に、ニューエコノミー社会の実現に必要なものは何だと思われますか?

岡本:現状脱炭素に関する飲食業界の取り組みは、他の業界に比べてスローペースなのではないかと感じます。弊社では、食品ロスへの取り組みとしてICTを活用しています。回転すしは、流してから一定の時間が経ったものは廃棄になる仕組みです。時間管理と製造管理をICT化したところ12%以上あった廃棄率を3%まで減らすことができました。

目視によるチェックや人手に頼らず、ICT化によってデータに基づいた経営をすることがニューエコノミー社会を実現するための一つの打開策なのではないでしょうか。

坂本:御社は、業界に先駆けてタッチパネルのオーダーシステムを導入されるなど以前から業界をリードする形でICT化に取り組まれてきた印象があります。これは、創業者でいらっしゃる田中邦彦社長のお考えなのですか?

▼質問する坂本氏

坂本氏
(画像=くら寿司株式会社)

岡本:もともと田中自身がこうした取り組みが好きなのです。特に「ただ安くておいしいだけではダメ」「非日常感でお客さまを楽しませよう」という想いが強いのですね。こうした想いを実現する手段としてICT化に注目した経緯があります。多角的な経営を進めるうえでもデータに基づいた経営を重視していますから、この点でもICT化に注目しています。

坂本:2050年には、ゼロカーボンの実現という国の方針があります。再エネ面でもなにか御社で方針は出されているのでしょうか?

岡本:私自身がもともと電機メーカーにいたこともありまして、再エネに関する取り組みの必要性を強く感じていますね。考えているのは、ソーラーパネルの活用です。最近のソーラーパネルは、変換効率が向上していますので、店舗の屋根にパネルを設置すればLEDやエアコンの使用電力は賄えるのではないかと思います。

ただ自分たちだけで実現するのは難しいです。専門としている企業と協業していければと思います。

坂本:弊社では、省エネ・再エネの状況をリアルタイムで見える化するプロダクトを提供しており、見える化によって脱炭素の加速化に貢献できるのではないかとも考えています。御社のような業界のリーディングカンパニーが見える化に取り組むことで、世の中へ大きなインパクトを与えるのでないでしょうか?

岡本:現状、電力使用量のチェックは行っています。ただ詳細の見える化は、これからの検討事項です。モデル店舗を用意して試験的にスタートするのはありかもしれませんね。

投資家のみなさんへメッセージ

坂本:最後にご覧のみなさまへメッセージをお願いします。

岡本:投資家のみなさまのESG投資への関心の高さを日々目にしています。2022年8月30日には、新たなSDGsの取り組みとしてBEAMS JAPAN様とのコラボ商品「ベジロール※」を発表しました。(2022年9月2日~9月30日までの限定コラボ)発表当日に株価が上がり非常に高評価をいただいたと感じております。
※規格外野菜を原料としたベジ―ト(にんじんのシート)を使用したロール寿司

ESGへの取り組みは弊社の経営理念として行っているものですが、すぐに大きな利益へとつながらないかもしれません。しかし中長期的に見れば必ず投資家のみなさまにも大きなメリットが生まれるものと考えております。ぜひご期待ください。

くら寿司株式会社
(画像=くら寿司株式会社)