大きな成長が期待できる非上場企業の株式へ投資するエンジェル投資。おもに企業の創業期やシード期にその成長資金を供給し、将来のIPOやM&Aにより数十倍、数百倍ものリターンを期待する投資スタイルだ。
一般に投資後は、投資先の成長を待ち望む長期投資となるエンジェル投資において、資金のみならず、実際の成長のための企業経営全般をもサポートする新しいエンジェル投資のスタイルがある。名付けて「パワーエンジェル投資家」。本特集は、この“攻め”の投資活動を続ける投資家にインタビュー、新たなエンジェル投資のスタイルについて解き明かしていく。
インタビューの第1回目は、この「パワーエンジェル投資家」という言葉を生み出し、自ら投資家コミュニティも運営する、SEVEN Founder(Chatwork創業者)の山本敏行氏に話を聞く。
目次
山本敏行(やまもと としゆき)
「ITで日本を変える」が自らのモチベーションに
――パワーエンジェル投資家の話の前に、まず山本さんのご経歴について簡単にうかがわせてください。米国留学中にChatworkの前身となるEC studioを立ち上げられましたが、はじめから起業をお考えだったのですか?
大学3年生のときに、留学というより“遊学”でロサンゼルスに行ったんです。当時はITバブル全盛で、ITの総本山である米国にはさぞ素晴らしい人材がたくさんいることだろうと考えていたのですが、自分の周囲にいた米国人はそれほどでもなくて(笑)。
私は総合格闘技をやっていて、負けん気というか、「勝ってやるぞ」という気に満ちあふれていたのですが、こんな米国人たちに日本人はITで負けているのかと思うと悔しくなりました。
そして、「彼らが作ったITを活用して米国を倒してやる!」という反骨精神がムラムラと湧き上がったんです。彼らから得られるものは全部吸収してやろうと考え、1年間で1,000人くらいの経営者に会いました。
――1年で1,000人ですか。その経験が、その後の上場への活動に活かされたのですか?
じつはChatworkを立ち上げた当初は、上場は考えていませんでした。私がシリコンバレーに移住したときは創業から12年が経っていて、社員は30名ほどに増えていたのですが、当時はまだ100%自己資本でした。投資家から他者の資本を入れると、どうしても社員より株主を優先せざるを得ない局面が出てくると考えていたからです。
ところが、ビジネスチャットツールでは後発組のSlackなど、数百億円単位の資金調達を行うスタートアップの加速度的な成長を見せつけられ、「自己資本だけでやろうとすると事業が中途半端に終わってしまうかもしれない」と考えるようになりました。
――それで、上場による資金調達に踏み切ったわけですね。
他社からの投資を受け入れてはじめて、Chatworkは定義上、「スタートアップ」になりました。スタートアップであるからにはエグジットを目指す必要があったので、上場を目指すようになったのです。
スタートアップになるべく資金調達活動に奔走してわかったのは、日本ではスタートアップに資金を供給するインフラが整っていないということ。基本的に、ベンチャーキャピタルはある程度成長が軌道に乗った段階からしか投資をしません。
当然ですが、起業の前後も資金は必要です。この段階で支援するエンジェル投資家が増えないと、スタートアップも育ちません。日本のIT業界で、世界で戦える企業が育っていないのは、スタートアップ支援のインフラが整ってないのが大きな要因の1つといえるでしょう。
もっと、「世界で対等に戦える企業や製品、サービスを作りたい」「ITで日本を変えてやるんだ」という気概を持ったスタートアップを育てないと、いつまで経っても日本は変わらない。その気持ちが、現在のパワーエンジェル投資家や起業家の育成という活動につながっています。
スタートアップに欠けている部分を補い、急成長をサポートする
――2018年、ChatworkのCEOをご兄弟に譲り、パワーエンジェル投資家と起業家のコミュニティとなる「SEVEN」を立ち上げられました。「パワーエンジェル投資家」という語は山本さんが生み出されたとのことですが、そもそもパワーエンジェル投資家とは何ですか?
エンジェル投資家は未上場の企業への投資、つまり資金を投じるわけですが、パワーエンジェル投資家は資金だけではなく、経営の助言、支援なども同時に提供する投資家のことです。
起業家は基本的に自分の専門分野については詳しいのですが、たとえばマーケティングやマネジメント、財務など、自分の専門とは畑違いの部分については疎いことが多いんですね。
私が立ち上げたSEVENは、多くの個性的なエンジェル投資家が集っています。スタートアップ起業家が欠けている部分を補えるよう、知識や経験豊富な人材が大勢いるのです。スタートアップが急成長するには、もちろん資金は不可欠ですが、それ以外の部分で不足しているものがあると、なかなかうまく行きません。
――スタートアップ企業にとって、資金以外に必要な部分とは、具体的にどういう部分でしょう。
総合格闘技では、パンチだけうまかったり、反対に関節技だけがうまかったりしても、なかなか勝てません。スタートアップも総合格闘技のようなもので、次の要素が必要だと思います。
▽スタートアップ企業の成長に必要な要素
・経営者の将来的なビジョン
・ビジネスのアイディア
・強力なチーム
・プロダクト開発力
・マーケティング
・ブランディング
・マネジメント
・ファイナンス
・プライシング
・タイミング
このなかのどれか1つでも欠けていると、急成長を遂げることはできないと考えています。
――これらすべての要素を、スタートアップ企業が自力でそろえるのはかなり難易度が高そうですね。
独力ですべてやろうとするのは厳しいでしょう。たとえば、Chatworkの前身となる製品はコンセプトもよく、ニーズもありましたが、プライシング(価格設定)がうまくいかなかったために、2年でサービスを終了せざるを得ませんでした。
自ら起業し、経営してきた経験を経て、「エンジェル投資家は資金だけを出すのではなく、知識や経験などスタートアップに足りない部分を補う必要がある」と考えるようになりました。エンジェル投資家が不足部分を支援することで、事業が急成長する確率はかなり上がると思います。
――そのお考えから、Chatwork CEOをご兄弟に譲って、エンジェル投資家として一から始めることになったのですね。
投資先の企業の規模を拡大させることと同時に、投資する側も育てるというのが人生の第二のミッションだと思っています。米国や中国、英国では多くのユニコーン企業(株式の評価額が10億ドル以上、会社設立10年以内の未上場のベンチャー企業)が生まれていますが、残念ながら、日本ではユニコーン企業がほとんど出ていません。
投資の市場でいえば、数少ない有望企業にVC(ベンチャーキャピタル)やエンジェル投資家が群がり、少ないパイを奪い合っている現状も問題です。これでは、スタートアップのすそ野が広がりません。もっと有望なスタートアップ企業の数を増やしていく必要があります。
そもそも、VCはリターンが優先されることもあって、投資するのは企業の成長ステージがシリーズA前後やシリーズBになってから。投資金額も数千万円から数億円と規模が大きくなります。
※シリーズA、B……ベンチャーキャピタルが投資判断をする際の分類。たとえば、シリーズAは起業後に顧客が増加し始める時期(アーリーステージの後半頃)への投資。
もっともっと、スタートアップ企業の数を日本において増やさなければならない。そこで必要なのが企業の創成期となるシード期への投資ですが、おもにエンジェル投資家が投資する分野になります。
シード期では、資金はもちろん、それ以外の支援がより重要になってきます。そこでパワーエンジェル投資家の出番というわけです。
数百倍の価値となるパワーエンジェル投資。きっかけはインターンの起業相談から
――山本さんがエンジェル投資を始めたきっかけを教えてください。
昔から「エンジェル投資」というものがあることは知っていました。しかし、Chatworkを経営していた当時は、自分の会社経営に集中していたので、エンジェル投資をするつもりはありませんでした。
しかし、シリコンバレーにいたときは、たくさんのビジネスに関する相談を受けていまして、そんななか、関西の大学生をインターンに採用したときに、その生徒から起業の相談を受けたんです。
正直に言って「なんじゃこりゃ?」という起業のアイディアでしたが、当人にやる気はあるし、助言も含めて出資してみようかなと。当時、私財はあまりなかったのですが、2016年に100万円だけ出資しました。それと同時に、会社設立の準備やチーム作りなど、共同経営者に近い形でアドバイスをしたんです。これがパワーエンジェル投資のきっかけになりました。
――その投資は成功したのですか?
いまその会社は上場を目指していますが、まだ未上場ですから流動性はありませんが(笑)、保有株はすでに投資元本の数百倍にはなっています。
この企業を含めて合計15社へのパワーエンジェル投資を行っていますが、現在まですべての投資先が倒産せず、上場を目指して頑張っています。
投資先選定で大事にするのは事業内容よりも、起業家の“人そのもの”
――山本さんは「SEVEN」でもパワーエンジェル投資家として活動されていますが、個人とSEVENの案件をどう切り分けているのでしょうか。
SEVENを設立してからは、個人の新規案件への投資は止めています。自分なら投資するだろうという案件を、SEVENを通してほかのパワーエンジェル投資家に紹介する感じですね。
こういう活動をしていることもあって日々、多くの案件が届くのですが、それらを厳選して、SEVENに属するほかの投資家の方々に紹介しています。自分で投資したくない案件をほかの投資家に回すわけにはいかないですから。
――数多くの案件の中から、リターンを得られる案件を選別していくわけですね。
もちろん投資ですから、少なくとも10倍以上のリターンが得られればいいなとは思っています。
ただ、エンジェル投資は保有株に流動性はありませんし、いつエグジット(投資の出口:IPOやM&Aなどで現金化すること)できるかもわかりません。お金を稼ぐことだけを考えるなら、ほかにもっと効率的なものはたくさんあるでしょう。
それより、パワーエンジェル投資によって起業家たちを育て、世の中に有望なスタートアップを誕生させたいという思いのほうが強いですね。
「ほかにもっと効率的なもの」としては、たとえば上場株への投資が挙げられますが、私は、経営は得意なのですが、外側から企業の成長性を予測したり、株式相場の値動きを読んだりするのは苦手で……(笑)。株式投資では、経営への直接的な関与はできないですからね。パワーエンジェル投資なら、それが可能です。
――投資先の企業を選考する際、どのようなステップを踏んでいるのでしょうか。
まずはその起業家と会って話をします。会ったときに自分が「面白い人だな」と思えるかどうかを重視しますね。いくら儲かりそうなビジネスでも、その人自身に興味が湧かなければ、出資することはないでしょう。事業の内容も、そこまでは重視していません。
――事業内容は重視しないんですか?
起業後に事業の内容がコロッと変わることも少なくないですからね。現在数百倍になっている投資先はもともとペット関連で起業して、その後は医療関連のビジネスを手掛けるようになった会社もあるくらいです。
やはり大事なのは人。人といっても、私の場合は、学歴はそこまで重要視していません。Chatworkを経営しているときでも、私は、社員の学歴は聞いたことがないんですよ。
よく他人から「山本さんは変わっている」と言われるのですが、自分が好きになる人は自分と同じような変わり者のタイプなのかもしれません(笑)。しかし、周りから普通と思われるような人では、驚くような成果は出せないのではないでしょうか。
「すべてが完璧な人」より、「少し足りないところはあっても爆発しそうな雰囲気を秘めている人」のほうが、私は投資先として魅力的に感じます。
――そういう雰囲気は、会ってすぐわかるものですか?
そういう人は、他人とは違った空気をまとっているものです。5分10分話せばなんとなく見えてきますね。起業するうえで、ある程度はクレイジーな部分も必要なんじゃないかと思うんです。
なかにはコミュニケーションが苦手な人もいますが、苦手な人とは苦手な人なりの付き合いがあります。あくまでパワーエンジェル投資家は起業家のパートナーであり、親ではありませんから。
といっても、SEVENで紹介する起業家に関しては、多くの投資家に紹介する必要があるので、人だけを見るわけにはいきません。SEVENでの投資先選考は、3分のピッチ(ショートプレゼンテーション)に始まり、ファーストラウンド、セカンドラウンドとプレゼンに勝ち抜く必要があります。そして、その後に、最終的な面談を経て、紹介するかどうかを決定をしています。
――結構な競争率になりそうですね。
個人で行うエンジェル投資なら、人だけを見て決めることもできますが、やはり他のパワーエンジェル投資家の人たちに紹介する起業家なので、そうはいかないんです(笑)。最終選考に残った起業家には、マーケティングが得意な人、財務が得意な人など、各分野のスペシャリストがパワーエンジェル投資家として支援します。
起業家と専門家のつながりを作る、パワーエンジェル投資家の喜び
――出資をした後、出資先企業の動向チェックは、どのようにしていますか?
出資先には、月1回の月次レポートを発行してもらっています。レポートでは、業績などの数字はもちろん、良かった出来事や悪かった出来事、他の株主との関わりなどを報告してもらいますね。それを読んでいると、データや文言のなかに「あれ?」と感じるような、何らかのシグナルが出ていることがあります。
とりあえず、一度はそれを頭のなかにとどめておいて、翌月のレポートでさらに状況が変化した場合は、「ここはどうなっているの?」とガッツリ確認し、支援が必要なら動けるようにしています。
――ガッツリ確認されるのを嫌がる経営者もいそうですね。
こちらは出資をしている立場ですから、経営者のなかには、こちらを学校の先生みたいな感覚で捉えている人もいるようです。叱られるのが嫌なので、先生にするような変な言い訳をしてきたりする人もいますね(笑)。そういう場合には、自分では直接アドバイスなどをせず、「この人に相談してみたら」と、その分野の先輩を相談相手として紹介してみます。
学校でも、先生には言えないけれど先輩には相談できることがありますよね。SEVENにはさまざまな専門家、困ったときに頼れる先輩が大勢いるわけです。このように投資先の起業家と専門家をつなぎ、課題解決の支援を行うのも、パワーエンジェル投資家の重要な役割の1つと思っています。
大きな成長があってこそのエンジェル投資。パワーエンジェル投資ならリスクは抑えられる
――日本において、未上場企業への投資や、エンジェル投資は一般的ではありません。なぜだと思いますか?
日本で起業前後の会社への投資が少ないのは、そもそもエンジェル投資の世界を知らない人が多いからだと思うんですよ。そのせいで、起業家と投資家の間に大きな隔たりがある。私は起業家と投資家両方の経験があるので、両方の懸け橋になれると考えています。
知人のなかに、経営者として素晴らしい人物がいました。その人はスタートアップへの投資の経験や知識はなかったのですが、私がパワーエンジェル投資のやり方や考え方を伝えると、エンジェル投資にどっぷり浸かるようになりました(笑)。
――パワーエンジェル投資のどのあたりに“どっぷり”浸かってしまったのでしょうか。
エンジェル投資は、岩山の中からダイヤモンドの原石だったり、一面の泥のなかに咲く蓮の花だったりを見つける作業です。しかも、「パワー」エンジェル投資なら、他人任せではなく、自分も起業家たちとともに成長という夢を見ることができるんです。うまく行けば大きなリターンだって得られる。やりがいの固まりです。
「SEVEN」を設立したのは、起業家と投資家の両方の経験を持つ自分なら、起業家と投資家の間にある溝を埋める架け橋になれると思ったからです。それによってパワーエンジェル投資家が増え、有望なスタートアップが増える。有望なスタートアップが増えれば、日本のビジネスや経済はどんどん活性化していきます。
いまはまだ小さな活動かもしれませんが、やがて自分の活動によって日本が変わるかもしれない。それを考えれば考えるほど、面白い以外の何物でもありません。
――エンジェル投資というと、昔から「未上場株投資」など、いわゆる「投資詐欺」が横行する分野でもあると思います。こうした詐欺案件を避けるにはどうすればいいでしょうか。
まず、たくさんの起業家と触れ合ってみることが大事だと思います。
たとえば、小学生のときに出会った初恋の人と結婚するのは素敵なことですが、学生、社会人を通してたくさんの恋愛を経験し、最終的に結婚を決めた人が最も自分のパートナーとして合っていると思うんですよ。
エンジェル投資でいえば、自分のところへ最初に来た投資案件は、いわば「初恋の人」。最初の案件は良く見えるかもしれませんが、もっと多くの起業家と出会うことで、もっと素晴らしい案件が見つかるかもしれません。
個人的には、多くの起業家と出会い、3社以上に投資をしてみて、ようやく自分に合っている案件が見えてくるイメージです。もっとも、SEVENにはすでに多くの経験と知識、ノウハウが蓄積されているので、厳選された起業家を紹介するようにしています。
――SEVENのように、エンジェル投資で経験豊富な人たちとのつながりによって、当初から厳選された起業家に出会えるということですね。
ITやハイテクなど多くの分野で、日本が米国や中国などの後塵を拝してしまっている要因の1つに、スタートアップ企業が育っていないことが挙げられます。
日本ではVC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達が中心なので、ある程度成長が軌道に乗らないと十分な資金調達ができず、資金ショートから、多くの有望なスタートアップが退場せざるをえなくなっているのが現状です。
パワーエンジェル投資は、彼らの起業を助け、ともに戦い、傍で成長を見守ることができる、非常にやりがいのある投資です。ハイリスクというイメージはあると思いますが、案件をきちんと選別すれば、投資のリスクを大きく減らすことが可能です。
パワーエンジェル投資について、そしてSEVENについては戸村光氏との共著「投資家と起業家」に詳細にまとめています。パワーエンジェル投資にご興味のある方は、ぜひご一読をいただければと思います。
【参考】書籍「投資家と起業家」(クロスメディア・パブリッシング)
SEVENには知識やノウハウを豊富に持つ専門家が大勢います。1人でエンジェル投資を始めるのは不安もあるかと思います。ご興味のある方は、ぜひ私たちとごいっしょいただき、パワーエンジェル投資家として、いままで埋もれてしまっていたはずの多くのスタートアップを、世に誕生させていきましょう。
山本敏行(やまもと としゆき)