この記事は2023年2月9日に「テレ東プラス」で公開された「料理好きが通いたくなる~大躍進!地方スーパーの逆襲:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
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こんな商品見たことない~埼玉・千葉の超人気店!
埼玉・坂戸市のスーパーのリニューアルオープン当日。8時開店の1時間前には客がつめかけたため、30分前倒しで開店した。
賑わいの店内で客が我先にと向かったのが鮮魚コーナー。大きなスペースを割いて大量の本マグロが並んでいた。「生・本マグロ(中トロ)」(1527円)のほか、本マグロがたっぷりの「にぎり寿司」(1717円)、「生・本マグロ(カマ)」(903円)なども。
客を立ち止まらせたのが赤身、中トロ、大トロを切り分けていない「生・本マグロ(ブーメラン)」(2723円)。一度も冷凍していない生の本マグロを塊で仕入れているから、こんなカットも可能なのだ。柵を買った感覚で楽しめる。
▽「生・本マグロ(ブーメラン)」柵を買った感覚で楽しめる
精肉コーナーも負けていない。ミスジのブロック(約1.4キロ)は9009円。極上のサシが入っているのに100グラム600円そこそこ。肩ロース(約1.6キロ)は3548円だ。牛肉も仕入れは一頭買い。だからササバラ、ヘッドバラ、ブリスケなど聞いたことがないような部位も売られている。新鮮でないと食べられないホルモンもズラリ。専門店並みの品揃えだ。
果物売り場には果物の王様、ドリアン(4319円)が。黄色のバナナの隣には、まだ熟れていない「青バナナ」(215円)もある。購入にした女性客は「炒めたり、冷凍して甘くして食べたりする」のだそうだ。
このスーパーのコンセプトは「料理好きが週に一度、行きたくなる店」。埼玉と千葉を中心に勢力を広げる「生鮮市場トップ」だ。
坂戸八幡店で店内を見回し、客が何を買ったかチェックし、客の会話に耳をそば立てているのは「生鮮市場トップ」を展開するマミーマート社長・岩崎裕文(51)。「普通に買い物カゴを押していると、お客さんの会話がストレートに入ってくるんです。『他の店の方が良かった』とか、生の声を聞いている」と言う。
▽『他の店の方が良かった』とか、生の声を聞いている」と語る岩崎さん
店内をウロウロするのには、別の目的もあると言う。精肉コーナーの担当者に近づき、「プルコギなんだけど……」。現状だとネギのおいしさが伝わらないのだという。数十分後、小ネギがたっぷりの九条ネギに変わっていた。こうやって客目線の気付きを売り場に伝えているのだ。
「『素材を売っていればいい』では、これからのお客さんには物足りなくなる」(岩崎)
人気総菜!開発の舞台裏~業態変更で売り上げ倍増
客目線の商品作りを取り入れ、売り上げが倍増したのが総菜コーナーだ。「アユの混ぜご飯」「天然フグの天ぷら」「本マグロのステーキ重」……。全国総菜コンテストで今年の最優秀賞に輝いたのは「一口海老天重」(646円)。小振りの海老は天むすからの発想、どこを食べてもご飯とエビが一緒に味わえる今までありそうでなかった天重だ。
▽どこを食べてもご飯とエビが一緒に味わえる「一口海老天重」
ファンが多いのが「店内焼き上げピザ」。宅配ピザのLと同じ大きさで一枚540円だ。一店舗で1日に1400枚売ったことも。焼き立てを並べればすぐさま客の手が伸びる。
このファンがつく総菜を生み出す役割を担うのが「総菜の開発チーム」。ライバルとは差別化された新商品を毎月10品前後、ひねり出している。
責任者の製造部部長・都甲耕平はコンテストで15回も賞をとったアイデアマンだ。この日は冬の新商品を試作。蒸し牡蠣とささがきにした牛蒡を一緒に揚げた。
「どこのスーパーでもカキフライは売っていますが、『見たことない』『食べたことない』という組み合わせで驚きを生み出していきたい」(都甲)
今回の試作で都甲の渾身のひと品が、海苔巻きの中に竹輪の磯辺揚げやキンピラ牛蒡、オカカ、シャケのほぐし身など、のり弁の具材を2種類の海苔巻きにした「『海苔弁』巻いちゃいました」。これもありそうでなかったアイデアだ。
さいたま市のマミーマート本部で、開発スタッフがそれぞれの試作品を持ち寄り、月に2回の試食会が始まった。ここで岩崎のゴーサインが出れば商品化が決定する。
「海苔弁巻いちゃいました」は「味は大丈夫だけど華がない。見た時においしそうに見えない限り売れない。2メートルぐらいの高さから『これ、何だろう』と、置いてあるだけで認識できる商品作りをしないといけない」(岩崎)。もう一度、練り直すことになった。
「社長に感動や驚きを与えられないのであれば、おそらく一般のお客さんも同じだと謙虚に受け止め、もう一段いいものを目指します」(都甲)
もともとはマミーマートというローカルの中堅スーパーだったが、3年前から岩崎の大号令で「生鮮市場トップ」に業態変更中だ。リニューアルした店は全て売り上げ倍増。去年の売り上げは過去最高の1400億円を叩き出した。
「お客さんに“予想以上”だと思ってもらうことが結果として“付加価値”になる。それが『驚き』や『楽しさ』につながると思っています」(岩崎)
競争激化で12億円の赤字~どん底で決断した差別化戦略
岩崎が従業員に向けて繰り返し言っていることがある。
「『また来たくなる』『驚きや面白さがある』を求めてくるお客さんをもっと増やそう」
例えばヨーグルトコーナーには130種類も並び、中には九州でも知る人ぞ知る「球磨の恵みヨーグルト」(701円)なんて商品も。週に1回しか入ってこない激レア商品で、すぐに売り切れると言う。
キムチコーナーの「焼きタラ・スルメキムチ」(323円)は、大阪・鶴橋のキムチ専門店が考案した。「これがあるから生鮮市場トップに来る」と言う熱烈ファンがいるほどの本場の味だ。
百貨店勤務を経て1998年、26歳でマミーマートに入社した岩崎。いずれは後を継ぐ3代目だったが、当時のマミーマートは37店舗を展開する中小チェーン。2000年代になって大手スーパーが地元埼玉に進出し、マミーマートの売り上げは年々減っていった。
「『負け癖』がついちゃっていたような気がします。少しずつ業績は悪くなっていった」(岩崎)
2008年、会社の立て直しを託されて社長となった岩崎は、新たな手を打っていく。安さを売りにした新業態の店舗を出したり、サービス重視の店舗にもチャレンジしたり。だが、いずれも軌道に乗らず相次ぎ撤退。2018年には上場以来、初めて12億円の赤字を計上。岩崎は追い詰められた。
「うまくいかない感じで、自分の頭や心が整理できないんですよね」(岩崎)
そんな岩崎に転機が。ある店舗で暗闇の中に伸びていた大行列を見て気づくのだ。
「まだ真っ暗な朝4時、5時からお客さんがオープンを待ってました」(岩崎)
それは父親が始めていた「生鮮市場トップ」だった。当時の「トップ」には「角上魚類」など、鮮魚や精肉のコーナーには専門店がテナントで入り、他のスーパーにはない魚が並んでいた。客はそれを目当てに朝早くから買いに来ていたのだ。
「売れるんですよ。夜には商品がなくなっている。品揃えが違うので『魚を買うならここ』というお客さんが多かった」
その様子を見て、「他とは違う商品が客を呼ぶ」と岩崎は気づく。だが「鮮魚や精肉を、専門店のような品揃えでやってみないか」と言う岩崎に、社員たちは「これ以上、失敗するのは嫌」「出来っこない」と反対した。
「『やったことがない』というのが一番の障壁でした。『やったことがないからやろう』と本当は思ってほしかった。『役所じゃないんだから』というのはありました」(岩崎)
それでも岩崎は、社内の反対を押し切り、マミーマートだった店舗を2019年、自分たちで魚や肉を仕入れる「生鮮市場トップ」に変えた。
責任重大となったのが鮮魚のバイヤーだ。以前は仲買に任せていたが、自分で客に喜ばれる魚を探すことになったからだ。嗅覚も目利きも、鍛えるしかなくなった。
この日、東京・江東区「豊洲市場」で鮮魚部シニアバイヤー・小池篤が見つけたのは、日本の西側で揚がる天然の月日貝。ただし少量しか取れないので、地元以外にはほとんど出回らない希少品だ。
▽地元以外にはほとんど出回らない希少品「天然の月日貝」
「ホタテに近い感じ。めったに入ってこないので珍しいです。スーパーや量販店はあまり買わない」(「大都魚類」・永井健司さん)
あったのは1ケースだけ。一部の店舗でしか売れないが、バイヤーの小池は迷わず買い付けた。
「自分の目で見たものを仕入れて、それが店で売れていく。すごくやりがいがあると思います」(小池)
月日貝が坂戸八幡店の店頭に並ぶと、早速客が手に取った。この一品が店の魅力となるのだ。
こんなやり方でライバルと差別化を果たし、「生鮮市場トップ」の売り上げは業態変更前の2倍にアップしたのだ。
熱烈ファンを生む商品開発~大手ブランドが激安価格の新業態店も
仕入れを担当する日販部シニアバイヤーの芦木義宗に同行した。
関越道で向かったのは、群馬県に近い埼玉の「上里サービスエリア(上り)。実はサービスエリアは他のスーパーにはないローカル色溢れる物が多く、商品探しの穴場だと言う。
「『牛乳フォンデュ』? どうやって使うんだろう」と芦木の手が伸びたのは、長野県のご当地パン、牛乳パンの店が監修した気になるクリーム風のスプレッド。「キムチっぽい。キムチ売り場に並んでいても違和感がない」と言うのは「明太舞茸」だ。
購入して車に戻ると、すぐさま試食する。こんな仕事の積み重ねが売り場を光らせる。
▽「明太舞茸」購入して車に戻ると、すぐさま試食する
岩崎は新業態のスーパー「マミープラス」もスタートさせた。こちらの売りは安さだ。特に普通はあまり値引きしない大手ブランドの商品が衝撃的に安い。明治の「ブルガリアヨーグルト」は商談時使用売価の52%引き、「おかめ納豆」は68%引きだ。
この日、商品事業部シニアバイヤーの類瀬淳は、車で5分の距離にある競合スーパーに向かった。「『コカ・コーラ』の1.5リットルが『マミープラス』と同じ値段になっていました」と言う。地域最安値を実現するためにライバル店の値段を調べていたのだ。
類瀬は店に戻ると、「コカ・コーラ」の値札を作り直し、先ほどのスーパーより1円安くした。
▽地域最安値を実現するために「コカ・コーラ」の値札を作り直し
「『価格だけは絶対に負けないという』意気込みでやっています」(類瀬)
これだけ安く売っても利益を出せる秘密がある。
例えば「サッポロ一番」のカップ麺がみそ味、塩味は117円(税別)で売っていた。これだけでも安いが、「サッポロ一番」のしょうゆ味は89円(税別)だった。この激安で売られていた商品こそが実は利益を生む。
「メーカーのほうで作りすぎてしまった在庫品を安く仕入れることができました」(類瀬)
1本77円の「CCレモン」も「訳あり商品」が売られていた。パッケージ変更前の商品は「59円(税別)」だ。こうした仕入れ値の極端に安い「訳あり商品」で利益を出しているのだ。
~村上龍の編集後記~
マミーマートとは、お母さんのように優しく、マート・市場のように活気があるという意味だが、一般公募でその名前が選ばれた。
おもに千葉と埼玉だけの商圏で売上高は約1400億円。日本は変わりつつある。地域密着の店が現れている。「半径5㎞の生鮮市場」というコンセプトが示す通り、生鮮食品は充実している。
人口減のペースも遅いので、潜在的な魅力にあふれている。総菜のこだわりはすごい。幅広いカテゴリーの総菜を下ごしらえして、店舗で揚げているのだ。地元から、愛されるのがわかる。