この記事は2022年12月22日に「テレ東プラス」で公開された「常識破りのスペシャリスト集団「チームラボ」の正体:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
1万3,000本のランが動く!~大人気のアート展覧会
東京・銀座の「佐賀牛Sagaya銀座」は黒毛和牛・佐賀牛のA5ランクだけを扱う高級店。でも売りは肉だけではない。店の一角に特別な部屋がある。その部屋に入ると、壁一面に緑色の光が浮かび上がっていた。モミジの葉だ。来店していた台湾からの観光客はスマホで動画を撮りっぱなしだ。
ボールのような器に盛られた料理が出された。するとテーブルにも緑色に光るモミジの葉が広がり、鳥が飛び出し、モミジの枝にとまった。いつの間にか壁のモミジは色づき始めている。次の料理ではさらに盛り上がる仕掛けが。テーブルに置かれた皿から魚が出てきて、泳いでいくのだ。
厨房では佐賀牛の準備が始まった。焼いた肉をくるくる巻いて仕上げに黒トリュフをたっぷりかけた贅沢なオリジナルメニュー。それを味わっている間にも、壁やテーブルの景色は移り変わっていく。極上コースを食べながら不思議なアート体験を楽しめる、他の店とは全く違う新感覚のレストランなのだ。
この驚きの光景を生み出すアート集団がチームラボ。東京・豊洲で開催中の展覧会「チームラボプラネッツTOKYO DMM」も手がけている。
そこでは従来の「見るだけの美術館」とは全く違うアート体験ができるという。無数のLEDを使ったデジタルアート。光が空間を埋め尽くし、そこにいる人たちを包み込んでいく。そこにいる子どもがタブレットを操作する。画面の赤い光を空間に向かって投げ込むと、LEDが赤に変わる。客は見るだけではなく、「アート」そのものを変化させられるのだ。
続いて現れたのはカラフルな池。実際、膝のあたりまで水が張られていて、中を鯉が泳いでいる。鯉に触ると花に変わった。2匹に触れると2つの花に。自分だけではなく、他の客の動きによっても変化する「アート」。その一瞬だけの光景が楽しめるのだ。
先に進むと雰囲気がガラリと変わった。花でいっぱいの庭園だ。上から吊るされているのは1万3,000本もの本物のラン。客がその下を四つん這いで進んでいくと、センサーで人の位置を感知し、反応して上下に動く。デジタルと自然を融合させたアート空間だ。床は鏡張りになっているから、客は360度、花に包まれたような感覚になる。
▽デジタルと自然を融合させたアート空間、客は360度花に包まれたような感覚になる
「チームラボプラネッツ」は4年前にスタートし、年間100万人以上を動員。その約3割は海外からの客だ。
700人のスペシャリスト集団~驚きのアートが生まれる秘密
東京・千代田区のチームラボ本社を訪ねると、受付のパネルには社員の顔写真が並んでいた。あらかじめアポをとっていた広報担当・岩井友里の写真に触れると、「前職は新聞記者。趣味はフルマラソン」といった情報が出てくる。訪問客に雑談のきっかけを、という仕掛けだ。呼び出しボタンを押すと岩井がやってきた。
「オフィスに左から入ると廊下がボコボコの道になっています。右脳を鍛えましょう、と」(岩井)
▽デスクにはアイデアを生みやすくする工夫も
デスクにはアイデアを生みやすくする工夫もあった。打ち合わせ中のデスクの中央には砂が盛ってある。別のデスクには木のブロックがびっしり埋まっている。触っていると脳が刺激されるそうだ。紙が何重にも敷かれていて、直接メモするのも破って持ち帰るのもOKというデスクもある。「議論する時は全体を俯瞰して見られるほうが分かりやすいし、共有もできる」からだという。
チームラボの社員は約700人。そこで働くのはさまざまな分野のスペシャリストだ。
例えば迫田吉昭はプログラマー。孔雀のデジタルアートを作っていた。孔雀は拡大すると、たくさんの花でできていた。「この絵まで持っていくのに半年はかかっている」と言う。
エンジニアの服部弘平は動く装置を作っていた。「カメラのシャッターを設計したのですが、何かに使えないかなと」と笑う。
建築家や数学者など、一見アートとは関係なさそうな分野のスペシャリストも多い。
オフィスには実験場もあった。つまりラボ。いろいろな分野のスペシャリストがチームを組み、ラボで実験を重ねてアートを生み出す。だからチームラボなのだ。
チームラボにはずっと追い求める「最大のテーマ」がある。それが色濃く表現されたのが東京・お台場で開催していた「チームラボボーダレスお台場」だ。
「蝶」という文字に触れると蝶が舞い、光の川に立つと足に反応して流れが変わる。こうした作品で表現したテーマが「ボーダレス」、つまり境界のないアートだ。そこでは一つ一つの作品が境目なくつながっていた。
チームラボ代表・猪子寿之(45)は「人々にとって意味があったり、感動するようなものをつくりたい。チームがあって初めてつくれる」と言う。
いま開発中の特別なアートを猪子が直々に見せてくれた。埼玉川口市にあるチームラボの巨大な実験場。本社ではできない大掛かりな実験をここで行っている。猪子が覗いたケースの中では、正体不明のドロドロの液体が渦を巻き、不思議な模様を作り始めた。しばらくするとゆっくり元の姿に戻っていく。
▽開発中の特別なアート、表現しようとしているのは「生命の現象に近い状態」
表現しようとしているのは、「生命の現象に近い状態。壊しても壊しても、環境が維持される限り元に戻る」(猪子)。こうした新しいアートのコンセプトを考えるのが猪子の役割。それをスペシャリストたちが実験を重ね、作品にしていくのだ。
スタッフの一人は「猪子は『代表』という肩書きのスペシャリスト。概念的なことを生むスペシャリストで、生んだ概念に対してどういう作品にするかを、各々が考えていく」と、その役割を説明する。
チームラボが手がけるのは展覧会用のアートばかりではない。佐賀県の老舗ホテル「御船山楽園ホテル」のロビーには大量のランタンが。2015年、「客を呼び込む仕掛けが欲しい」とチームラボにプロデュースを依頼した。
ここで見られるアートもボーダレス。生き物は床や壁、部屋といった境界を気にせず、好きなように動き、さまざまな変化を見せる。チームラボが生み出す境界のないアートだ。
「何かをつくることによって、人間や世界の『認識』が広がったり変わったらすごく素敵なこと。100年後になるかもしれないけど、人々の行動が少しでも変わったらいいなと思っているんです」(猪子)
常識破りのアートをつくる男~「境界のない世界」とは?
大阪・長居植物園。夜なのに長蛇の列ができていた。今年7月からチームラボが開催している植物園の自然を生かしたアートが大人気となっている。その「チームラボボタニカルガーデン大阪」は「自然そのものをアートに変える」という試みだ。
10月30日、会場に猪子の姿が。満開となったコスモスの花に光をあてる新たな作品の打ち合わせだという。
深夜1時過ぎまで細かな調整を繰り返した。そしておよそ2,000平方メートルの広大なコスモス畑に光が行き渡った。ここでもデジタルと自然が見事に融合した。
「植物の良さが出るような作品にしたいなと思って」(猪子)
▽「植物の良さが出るような作品にしたいなと思って」と語る猪子さん
猪子は1977年、徳島県生まれ。小学生時代、近くの森でよく遊んでいた猪子はその風景に感動し、カメラで撮ることにした。しかし出来上がった写真には違和感があった。
「レンズを通すと、どうしても境界ができたり、自分の身体を失ってしまう。そうではない空間の切り取り方をしたいと思ったのが一番はじめ」(猪子)
森の中に確かにいた自分。しかし、空間を切り取った写真の中に自分はいなかった。この体験で猪子は「境界」を意識するようになる。
東京大学工学部に進学した猪子は、卒業後の2001年、仲間5人でチームラボを創業した。
「就職というのは1人で社会に入っていくこと。『1人はしんどい』と思った。長所を生かしたり、欠点を補ってもらったり、チームだったらそれができるんじゃないかと」(猪子)
企業のホームページ作りなどを請け負い、食いつなぎながら、細々とアート作品を作っていた。
そんな生活が10年ほど続いたある日、転機が訪れる。チームラボの作品が現代美術家・村上隆氏の目に留まったのだ。村上氏は2011年、台北で開いた自分の展覧会にチームラボの作品も出してくれた。これが評判を呼び、2013年にはシンガポール、翌14年にはニューヨークで展覧会を開催。2015年のミラノ万博にも出展した。
そして、チームラボの展覧会の入場者は世界で累計2,800万人を超えるまでになった。
幼い頃から「境界」を意識してきた猪子は、海外で「国境」や「分断」を目の当たりにし、強い思いを持つようになる。
「たぶん世界中に行っているからこそ、より思うのかもしれないけれど、分断せずに、境界がなく連続して関係し合っている世界を味わうことは、単純にすごく幸せなことだし、感動することだと思う」(猪子)
例えば人は、「地球」と呼ぶことで、「地球」を独立した存在ととらえる。結果、宇宙との境界が生まれる。そして「国」と認識すると、本来はないはずの国境が生まれると言うのだ。
動物が歩き回るオフィス~あの企業のアプリも開発
動画配信などさまざまな事業を手掛ける「DMM.com」の東京・港区の本社オフィス。そのデザインと設計は、チームラボが担当した。
なぜか薄暗い廊下を入っていくと、デジタルアートの動物たちがそこら中を歩き回っている。クマに、チーター、シカ……25の会議室があり、それぞれに動物の名前がつけられている。その動物が客を迎えに来て、予約された部屋まで案内してくれるのだ。
▽「DMM.com」の東京・港区の本社オフィス
「(客は)とてもビックリします。チームラボさんの得意とする、唯一無二の状態とか面白み、今までにないものを、この場所から感じていただければありがたいと思います」(総務部・高橋応和部長)
金融大手の「りそなグループ」でも、チームラボは力を発揮していた。「りそなホールディングス」の南昌宏社長が見せてくれたのはアプリだ。2018年、チームラボは「りそなグループ」のアプリを制作。デザインだけでなく、使い勝手に直結するシステム開発まで行った。このアプリはグッドデザイン賞を受賞した。
「銀行の常識や発想だけでは良いものはつく←(作)れないと思っていました。(チームラボは)デジタルの技術とかデータ管理の問題とか、いろいろなプロの方々で構成されてチームになっている。だから入口から出口まで一気通貫で大きな構想を実現することができる」(南社長)
「りそな」の他にも「ケンタッキー」や「リンナイ」など大手企業のアプリを制作。また、「キユーピー」「TOTO」など、多くの企業のウェブサイトも作っている。こうした事業の売り上げは全体の7割を占めている。
ただし、これらの事業に猪子は関わっていない。他の社員に任せていると言う。
「作品以外は何もしていないです。作品のことしかしない、本当に」(猪子)
最新アートを大公開~「泡の空間」が出現
中国・北京市にある大型の商業施設で、チームラボはアート展「teamLab Massless Beijing」を開こうとしていた。10月中旬、猪子はその仕上げに取り掛かっていた。
会場は泡だらけの不思議な空間。普通、泡は時間が経つと消えてしまうが、このアートの泡は壊れても、また元に戻り、漂い続ける。しかも客は直接、触れることができる。
11月17日、プレオープンイベントが開かれ、招待客がやってきた。ある男性客が「異空間にいるような感覚になる」と衝撃を受けていたアートがあった。
立っている人の足元から光の線が伸びていく。線は伸び続け、さらに増え続ける。その先で花が咲き、鳥が飛ぶ……。
▽「異空間にいるような感覚になる」と衝撃を受けていたアート
境界をなくすという猪子の思いがまた一つ形になった。
~村上龍の編集後記~
収録前、取材を終えたスタッフから「エキセントリックな人です」という評判を聞いた。だが、猪子さんは、エキセントリックな人ではなかった。
彼はアーティストだったのだ。しかも自然の森や川のように「連続するもの」をデジタルで表現しようとしていた。それはむずかしい。「連続するもの」は必ずチャレンジに終わる。でも素敵な挑戦だ。
「チームラボ」という会社名が素晴らしいと思った。「ラボ」が「チーム」になるのだ。いかにもデジタルにふさわしいチームワークが感じられる。