2021年から広島経済大学で教職に就いており、経営分析、経営入門、初級簿記などの講義を担当。ゼミではESG投資や企業経営について教育・指導しながら、ブルームバーグ社主催のESG投資コンテストに参加しているゼミ生を支援しており、学生に対する金融教育に力を入れている。
ー大学教授になろうと思ったきっかけは、ESG投資の研究にあるのでしょうか?
棚橋慶太教授
私のこれまでの金融業務経験をどのようにフィードバックし、知識をどのように若者たちに教えていくか考えていくなかで、ESG投資というキーワードが重要だと思いました。資本市場の視点から金融や投資を考えることが今後の若者にとって有益だと感じたため、ESG投資を含めた金融知識を学生に教えたいと考えるようになりました。
ーとても素敵です。夢を与えるイメージでしょうか?
棚橋慶太教授
夢というよりは、「武器」という言い方をしています。ESG投資や金融は、就職活動や卒業論文のテーマを考える上で、さらに社会人になってからの資産形成を長期的に行っていく上で有益だと考えており、これから生きていく上で大きな武器になると考えています。「君たちに武器を与えます。その武器を生かすも殺すも自分次第だよ」というようなことを伝えています。もちろん、冗談半分で言っているのですが。
ー「金融教育は国家戦略」という金融庁の提言がありますが、これに関する率直な感想をお聞かせください。
棚橋慶太教授
金融教育が国家戦略として実行されることは、非常に重要だと考えています。現代社会では、個人が自分の資産を適切に管理し、投資や貯蓄を行うことが今後ますます求められると思います。しかし、多くの人が十分な金融知識を持っていないため、自分や家族の財産を守ることが難しい状況です。
金融庁が金融教育を国家戦略として推進することにより、金融教育の普及や浸透が期待されます。また、個人が適切な投資や貯蓄をするようになれば、企業の資金調達や個人消費の促進に繋がり、経済全体の活性化が望めるでしょう。
ただし、金融教育を進めていくには、教育現場や社会全体の取り組みが重要です。政府、金融機関、教育機関などが連携し、効果的な取り組みを進める必要があります。
ー全世代の個人投資家が対象の壮大なプランであるため、誰が教えるのか?という声も上がっているようですね。
学習指導要領の改定により、2020年度から高校の授業で金融教育の授業が必須となりました。この政策についてはどのように感じていますか?
棚橋慶太教授
「誰が金融教育を教えるのか」という問題は、本当に大きな課題です。金融に関する高度な知識や経験が必要な分野であるといえますが、どのような教育プログラムを作り、誰が教えるかという問題が大きく存在します。いずれにせよ、高校の授業での金融教育を必須とした政策は、非常に意義が大きいものと感じています。
金融知識が今後ますます重要になる状況を考慮すると、適切な金融教育を受ける道筋が整うことはプラスといえるでしょう。ただし、高校の授業だけで完全に金融知識を習得できるわけではありません。金融教育では単に知識を伝えるだけでなく、実践的な学習・トレーニングや相談窓口の充実なども必要です。
また、安心して投資できる環境づくりにも取り組む必要があります。例えば、企業が資金調達する際の情報開示を、さらに徹底させることが今後必要になってきます。日本では、100株単位の投資が一般的です。株価が1万円を超えると、投資に100万円以上の資金が必要になります。一方アメリカでは、1ドルや2ドルといった少額投資が可能です。ただし、資金調達する企業側から見れば、1ドルの株主が何百万人もいると事務管理が大変です。
金融機関や教育現場だけでなく、社会全体の取り組みとして、広く一般人に向けた金融知識の情報提供や指導を実施していくこと。そうした取り組みが結果的に、個人が投資しやすい環境づくりに繋がるのだと思います。
ー企業の情報開示をもっと徹底したほうがいい、という話に驚きました。企業の情報や IR情報は調べれば出てくるため、しっかり開示されているのだと思っていました。
棚橋慶太教授
ESG投資については、まだ途中段階という印象です。財務諸表は過去の結果を示す会計数字ですが、ESG投資では「非財務情報」を重視します。企業の中には、10年後や20年後にどのような会社になりたいのか考え、その未来像から逆算して戦略を立てる「バックキャスティング」という手法を採っている会社があります。
ESG投資の場合、環境への取り組みなどは、どうしてもコスト先行で考えてしまいがちです。しかし、社会的問題を解決しようと企業が方針を打ち出せば、そこで働く社員のモチベーションが高まり、会社全体のパフォーマンスも高まるかもしれません。したがって、財務諸表を見るだけで企業の良し悪しを判断するのではなく、企業の今後の展望に焦点を当て、応援する気持ちで投資を行うことが重要といえます。
こうした観点からも、金融知識とあわせてESG投資に対する理解も深めてほしいと思っています。
ー企業がESG投資に関する積極的な情報開示をすれば、個人投資家も未来の社会に目を向けた投資ができるということですね。
続いての質問です。金融教育の中にESG投資を組み合わせることを重要視されていますが、どのような経緯でそのような考えに至ったのでしょうか?
棚橋慶太教授
金融関連業界で35年働いたあと、大学の先生になりました。もし学生時代に「とりあえずS&P500に投資しておけ」など誰かにアドバイスを受けていたら、自分の資産形成も変わっていただろうなと思うことがあります。そのような経験を持てなかった自分の原体験から、金融知識を学び、投資を始めるきっかけを学生に作ってあげたいと思いました。
ただし、いくら本を読んでも、実際に行動に移さなければ経験は得られません。まずは小さな投資を始めることが大切です。現状、日本における個人資産の半分が預金に眠っている状況です。これは、運用先がないということもあるでしょうが、投資に対する恐怖心や不安も少なからず関係しているのだと思います。
そこで、金融教育とESG投資を組み合わせることで、将来への楽しみや期待感を与えられないだろうか?と考えました。ESG投資は、社会的な課題に配慮した投資を促すことで、企業の長期的な成長や社会的な貢献を期待するものです。自分が投資した企業が成長するところを見ていけるかもしれませんね。未来に想いを寄せるESG投資を通じて金融教育を学べば、楽しみながら投資を学べるようになるのではないでしょうか。
ー楽しみを見つけるというのが今までにない視点で、とても新鮮です。
通常、金融教育といえば、金融商品や財務諸表の見方などに関する勉強だと思われがちです。そのなかでESG投資を重視されている理由を教えていただけますか?
棚橋慶太教授
4つの理由を挙げて説明します。1つ目は、持続可能な社会を実現するための視点を身につけられる点です。ESG投資では、環境に配慮した取り組みや人権問題など、社会的な課題に対する貢献を含めて企業を評価します。これにより、若い人たちが持続可能な社会の実現に必要な視点を身につけることが可能です。
2つ目は、長期的な資産形成について理解を深められる点です。ESG投資は企業の持続可能性を重視し、長期的な視点で投資するものです。この考え方を学ぶことで、長期的な資産形成の視点を持てるようになります。短期的な利益追求ではなく、10年や20年といった長い期間で企業を応援することの大切さが実感できるでしょう。
3つ目のポイントは、社会問題解決に貢献する投資家を育成できる点です。ESG投資では、社会的な問題に取り組む企業に対して投資します。ESG投資を通じて、若い世代が社会的な問題解決に関心を持つようになれば、投資家としても社会的な責任を果たす存在になっていくでしょう。
以前、一部企業が利益を追求する過程で、新興国の女性や子供たちを安い労働力として働かせている問題がありました。若い世代には、このような問題を考慮して投資先を選んでもらいたいですね。
4つ目のポイントは、企業の持続可能性に注目することで、企業の透明性の向上が図れる点です。ESG投資家によって持続可能性を重視した企業が評価されるようになると、企業側の透明性向上に向けた取り組みが進むことが期待できます。
以上4点の理由から、金融教育にESG投資というテーマを組み合わせることは、非常に意義があるものだと考えています。
ーESG投資によって長期的な資産形成の視点を身につけられるという話は、多くの人にとって目からウロコの情報だと思います。
最後の質問です。学生の将来の経済的自立や金銭トラブル防止に、金融教育はどのような役割を果たすと思われますか?学生に対するメッセージも含めてご回答いただけると幸いです。
棚橋慶太教授
私は学生の皆さんに、将来の自立に向けて金融教育を受けることを強くおすすめします。理由は主に4つあります。
まず1つ目は、経済的自立を図れる点です。金融教育を受けることによって、自分でお金を管理するスキルが身につけば、将来の経済的自立に繋がります。
2つ目の理由は、金銭トラブルの防止です。金融教育を受けることで、お金の使い方や借り方に関する知識が身につきます。この知識が身についていないと、トラブルに巻き込まれる可能性が高くなります。金融教育は、金銭トラブルの防止に繋がるものと覚えておきましょう。
3つ目は資産形成の観点です。投資や貯蓄に関する知識を身につけることで、将来的な資産形成が可能になります。
最後の4つ目は、社会的責任を果たせるようになる点です。社会的な観点から投資できるようになれば、企業の社会的責任への理解も深まります。また、社会問題に対する投資や寄付を通じて、社会に貢献できる人間へと成長できます。
学生の頃から金融に関心を持ち、学んだ知識を実践していけば、豊かな人生を送れるでしょう。学生には、金融教育を通じて社会的責任への理解を深め、自分だけではなく社会にも貢献できる人間になってほしいと思っています。