「製造業には未来がない」と聞いたことはありませんか? なぜこのような意見が広がっているのでしょうか。不安視される理由と真偽の把握を進めれば、製造業の現状と未来を理解でき、自社と自身が今取るべきアクションまで見つけられます。
製造業には「未来がない」と不安視される八つの理由
結論から言えば、製造業に未来がないとする意見の大部分は杞憂(きゆう)であると考えられます。
内閣府が毎年公表する「国民経済計算年次推計」によれば、製造業は例年、日本のGDPの約20%を占める国内最大の業界です。日本経済を左右する存在であり、ここ数十年の間もあらゆる不況を乗り越えてきました。国内でもっとも体力のある業界といっても過言ではないでしょう。
それにもかかわらず、なぜ製造業には未来がないと不安視されているのでしょうか? そこには大きく以下の八つの理由があります。
- 理由1:2020年上半期の急激な業況悪化
- 理由2:IT・AI技術による作業の自動化
- 理由3:生産拠点の国外への移転
- 理由4:価格競争の激化
- 理由5:原材料・部品不足の深刻化
- 理由6:原油などエネルギー価格の高騰
- 理由7:若年労働者の減少
- 理由8:環境規制の厳格化
理由1:2020年上半期の急激な業況悪化
近年において製造業の未来が不安視された原因としてまず挙げられるのが、2020年上半期の業績悪化です。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、製造業者の業況が深刻な落ち込みを見せました。
経済産業省など三省庁が公開する「2022年版ものづくり白書」によれば、製造業者の「業況判断・DI(日本銀行が発表する景況感の指標)」において、当該期間には約30%もの下落が見られます。
※業況判断・DI:景気が「良い」と答えた企業数-「悪い」と答えた企業数、にて算出される指数
未曽有の事態を受けて、当時は工場生産を一時的に縮小・ストップする企業も数多くありました。社会の先行きが不透明となる中、もはや製造業の未来もないのではないかと懸念されました。
理由2:IT・AI技術による作業の自動化
働き手視点で製造業に未来がないといわれる理由に、IT・AI技術の台頭があります。
近年、DXの重要性が叫ばれる中、一部の業務工程(品質チェックや生産計画の立案など)をデジタル技術により自動化する試みが登場してきました。
このような技術は企業に生産性の向上やコストの削減効果をもたらす一方、働き手に「機械に取って代わられるのではないか」といった不安を呼び起こします。その結果、「これからは何もかもが自動化され、製造業に勤めていては将来的に仕事に困る」と不安視する意見も生まれています。
しかし視点を変えれば、ITやDXに関する知見のある人材にとっては、現在はむしろ好ましい状況です。多くの製造業者がデジタル技術を使いこなせる人材を求めており、売り手市場の中、魅力的な条件で転職・就職を実現できます。
理由3:生産拠点の国外への移転
同じく働き手視点では、ビジネスのグローバル化が進む中、物価が安い国外での生産を行う企業が登場していることも懸念に挙げられます。この懸念が、「いずれは国内から製造現場がなくなるのではないか」という不安を生んでいます。
株式会社国際協力銀行の「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」によると、調査対象となった国内の製造業の企業531社における2022年度時点の海外生産比率は35.0%でした。2001年時点での同比率は24.6%であり、海外に生産拠点を持つ企業は着実に増えています。
※海外生産比率=海外生産高/(国内生産高+海外生産高)
ただし上記の調査では、海外生産比率は20年という長い年月をかけても約10%の上昇にとどまっています。製造業に未来がないとただちに断じてしまうほどの上昇ではないともいえるでしょう。
理由4:価格競争の激化
企業視点では、価格競争の激化が「製造業に未来がない」と感じる理由になりつつあります。
デジタル技術の進化やビジネスのグローバル化により、登場時には新規性があった魅力的な製品・サービスが後発の類似品に埋もれやすくなりました。このような現象は「コモディティ化」と呼ばれています。
コモディティ化により製品・サービスのクオリティに違いが少なくなると、単純に価格のみが消費者の購買動機として重視されやすくなります。結果として、終わりのない価格競争によって業界全体が疲弊していく恐れがあります。これは製造業に限らず現代企業を悩ませている問題です。
理由5:原材料・部品不足の深刻化
原材料や必須部品など、製品の製造にどうしても必要な品物が手に入りにくい時期、つまり生産コストが過剰に上昇する時期にも、業界の未来を不安視する声は広がります。
2022年1月の帝国データバンクの「原材料不足や高騰にともなう価格転嫁の実態調査」によれば、調査対象企業の77.3%が、新型コロナウイルスの影響などによる木材や鋼材など原材料の不足・高騰の影響を感じていました。その影響を製品の価格に転嫁できていないとする企業も36.3%に及ぶなど、深刻な状況が浮き彫りとなっています。
(参考:株式会社帝国データバンク「原材料不足や高騰にともなう価格転嫁の実態調査」)
原材料や必須部品が業界内で不足すると、企業体力や人脈面で劣る中小企業が真っ先にダメージを受けます。身近に廃業する事業者も現れれば、「もはや製造業に未来はない」と悲観する声が浸透してもおかしくはないでしょう。
理由6:原油などのエネルギー価格の高騰
原材料・部品不足の深刻化や高騰と同様、生産に必須である原油などのエネルギーの価格が上昇することも、製造業界に悲観ムードをもたらします。
経済産業省資源エネルギー庁の調査によれば、2021年以降、世界中でエネルギー価格が値上がりしています。その影響を受け、2021年2月には日本の企業物価指数(企業間の物品の売買における価格変動の指数)が前月比で9.3%も上昇し、1980年前後の第2次オイルショックに相当する指数であるとして話題となりました。
(参考:資源エネルギー庁「エネルギー価格の高騰が物価に与えている影響とは?」)
昨今は社会情勢からエネルギー大国のロシアが国際的に孤立を深めており、この混乱はいまだ続くと予想されます。
理由7:若年労働者の減少
製造業で働く人、特に若年の労働者が減少していることも、業界の不安要素となっています。
前述の「2022年版ものづくり白書」によると、製造業全体の就業者数はこの20年間で157万人ほど減少しており、特に若者(34歳以下)の就業者数は約121万人も減少しています。一方、高齢者(65歳以上)の就業数は約33万人増加するなど、職場の高齢化が進んでいます。
ただし、製造業における若者の就業者数の割合(製造業の全就業者数のうち若者にあたる人が占めるパーセンテージ)は、2012年ごろからは約25%前後で推移しています。すなわち、若者が急激に減少していたのは2002年~2012年にかけてであり、意外にもここ10年ほどは大きな減少は見られません。
理由8:環境規制の厳格化
SDGsやカーボンニュートラルなど、環境規制に関する話題も、製造業の未来がないとする声と関連しています。
消費者からの関心が高まる中、近年は環境負荷への対策があらゆる事業者に求められています。カーボンニュートラルへの取り組みであれば、原料の仕入れ先が環境問題を引き起こしていないかまで確認すべきケースもあるなど、その対策は広範に渡るものです。
さらに、ガソリン車が消滅する可能性も指摘される自動車業界の「CAFE規制(車の燃費効率や二酸化炭素排出量に関するルール)」のように、特定の製造業者にとって死活問題となる規制も存在します。環境問題への対策はすべての人々にとって重要ですが、企業運営の面からは負担となることもあります。
製造業に「未来がない」は不確かだと推察できる三つの要素
ここまで、製造業の未来がないとする意見の理由を八つご紹介しました。しかしその中には、事実ではない情報や、すでに乗り越えつつある危機、捉え方が悲観的に過ぎる内容も含まれています。
それに加えて以下の三つの要素も考慮すると、製造業に未来がないとする声は不確かであると推察できます。
- 要素1:不安視の理由は製造業以外にも当てはまる
- 要素2:製造業は国内最大の業界であり日本経済の要
- 要素3:実際に「営業利益の増加」を予想する製造業企業が約半数
要素1:不安視の理由は製造業以外にも当てはまる
前提として押さえておきたいのは、製造業の未来が不安視される八つの理由の多くは製造業以外にも当てはまるということです。
「IT・AI技術に仕事を奪われるかも知れない」
「次代を担う若者が確保できず、職場の高齢化が進んでいる」
「何もかもが値上がりしており、経営が成り立たないと感じる」
このような不安や不満は大多数の業種に存在するものです。最近では、高度な資格の代名詞である弁護士や税理士の仕事でさえ、AIに取って代わられるのではとする声もあります。多くの業界が漠然と将来への不安を抱えており、製造業だけが特別に未来がないと懸念されているのではありません。
要素2:製造業は国内最大の業界であり日本経済の要
冒頭でご紹介した通り、製造業は日本のGDPの約20%を占める国内最大の業界です。前述の「国民経済計算年次推計(2021年度)」によると、GDPの2位は「卸売・小売業(約14%)」、3位は「不動産業(約12%)」。製造業との割合には差があり、その重要性がうかがえます。
万が一、製造業界が耐えきれないほどのダメージを受けたとしたら、より規模が小さく体力も少ないほかの業種の未来も危ぶまれるでしょう。また、政府がGDPの約20%を失う事態を静観するとも考えにくく、社会の混乱を避けるためにも業界の存続支援策を打ち出すと予想されます。
総合的に判断すると、製造業は日本全体の中では生き残る可能性の高い「未来の明るい業界」だといえるのではないでしょうか。
要素3:実際に今後の「営業利益の増加」を見込む製造業企業が約半数
実際、前述の「2022年版のものづくり白書」の中では、約半数の製造業者が「今後3年間の営業利益が増す」と予想していることに触れられています。その根拠となった三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の調査によれば、「増加」を予想した企業が9.1%、「やや増加」を予想した企業が37.2%でした。
「製造業は未来がない」という声を耳にする一方、そこで活動する企業の中では明るい見通しが広がっているのが実情です。
未来のために製造業者が取るべきアクション
ここまで解説してきた通り、製造業に未来がないという声の信ぴょう性は不確かです。しかし、当然ながら企業には、製造業に限らず生き残りのために常に前進していくことが求められます。
最後に、未来を見据えて今から行いたい製造業者向けのアクションを確認しておきましょう。
DX・IT化を推進する
もっとも優先すべきは、自社のDX・IT化の推進です。
製造業DXの恩恵の一つに、生産スピードやクオリティの向上が挙げられます。自社がDXに取り組まずにいるうちに競合他社が取り組みを進めれば、このメリットを独占され、ビジネス上の競争力を失ってしまいます。
DXを進めるためには、経営層のコミットメントなどいくつかの重要なポイントがあります。製造業者がDXを進める際の課題と解決策、取り組み事例については、以下もあわせてご確認ください。
社員のリスキリングのサポート体制を整える
既存社員が成長できるよう、リスキリングのサポート体制を整えることも大切です。特にIT分野の学びに対して金銭的な支援を充実させることで、貴重なデジタル人材を自社で賄うことができます。具体的な支援施策としては以下のような形が考えられます。
- 社員の資格取得に対して受験費用の補助制度や合格時の奨励金を用意する
- 大学院が提供するリカレント教育プログラムや外部研修への参加をサポートする
(例:講義への参加を業務時間内扱いとする、就学費用を自社が負担する)
リスキリングにまつわる支援制度の充実は、自社に「社員の福利厚生が充実した魅力的な企業である」というイメージを与えることにも役立ちます。それによって高度なスキルを持つ転職人材も雇い入れやすくなり、企業運営に好循環を生み出します。
ESG対応を推進する
自社の長期的な成長には、SDGsやカーボンニュートラルといった人権・環境問題への取り組みも欠かせません。「人権や環境を軽視する企業」と見なされてしまえば、投資家の撤退や消費者の不買運動など、さまざまな悪影響が生じます。
特に製造業においては、仕入れ先の行動に気を付けましょう。例えば、発展途上国から原材料を輸入する際、サプライヤーが現地で森林破壊や強制労働を行っていれば、それは自社の責任でもあると判断されます。
人権・環境問題への対策は、取り組み内容を決めるための事前調査にも時間がかかります。問題が生じる前からの速やかな行動が大切です。
国の支援制度(例:補助金や助成金)の調査&活用を目指す
ここまでのアクションを進めるためには相応の資金が必要ですが、そのような余裕はない企業も多いのが実情です。その解決策となるのが、国が提供する補助金や助成金です。
国は、DX推進を前提としたシステム・機材の導入に関して手厚い支援を行っています。以下は、製造業の企業が対象となり得る、2023年4月時点で公表されている補助金・助成金の一例です。
- IT導入補助金(サービス等生産性向上IT導入支援事業)
→ソフトウエアの購入、セキュリティーサービスの利用、パソコンの導入などを幅広く支援。補助率は1/2以内~3/4以内が基本。 - ものづくり補助金
→主に中小企業・小規模事業者向けの支援。試作品開発や生産プロセスの改善、生産性向上を目的とする設備投資などが支援対象。補助率は申請枠ごとに2/3など。数千万円の支援を受けられることも。 - 令和5年度「中小企業地域経済政策推進事業費補助金(地域DX促進環境整備事業)」
→地域特性とデジタル技術の掛け合わせで新ビジネスを生み出す際に利用可能(※詳細は調整中。現在は執行団体の公募が終了済み)
このような支援策の最新情報をキャッチアップし、積極的に活用を進めましょう。
製造業者の未来は現在の行動で切り開ける
この記事では、製造業に「未来がない」という声について、その理由、また、そもそもそれが事実であるかどうか、さらには企業が今取るべきアクションまでご紹介しました。
製造業は国内最大の業界であり、未来がないとされる理由の大多数はほかの業界にも当てはまります。また、製造業を手がける企業からは今後3年間の利益の増加を予想する意見も多く、少なくとも現時点では、「未来がない」という声は誤りだといえそうです。
とはいえ、DXの推進や環境問題への対策は、企業が長期的に活躍するために欠かせないものです。自社の未来を切り開くためにも、できるだけ早いアクションを起こす必要があるでしょう。
(提供:Koto Online)