「望ましい買収」の促進
経済産業省の公正な買収の在り方に関する研究会は8月31日、上場会社の経営支配権を取得する買収をめぐる当事者の行動の在り方をまとめた「企業買収における行動指針」を公表した。公正なM&A市場を整えることで、企業価値の向上と株主利益の確保に結び付く「望ましい買収」の実行を促進させることが期待されている。
リソース分配の最適化や業界再編、資本効率性の低い会社の新陳代謝の促進といった経営課題に取り組む企業の戦略としてM&Aの活用が期待されている。2017年以降は平時の買収提案への対抗措置に反対する機関投資家の割合が増え、東証プライム(一部)市場などでも2008年以降、対抗措置の導入企業数は減少傾向が続いている。
M&Aに関する公正なルールに「3つの原則」
新指針はこうした状況を受けて検討したもので、上場会社の経営支配権を取得する買収について「企業価値・株主共同の利益」「株主意思」「透明性」の3つの原則を明記。買収者は、買収の公表に至るまで対象会社に説明を行い、公表後は公開買付届出書などへの適切な記載を通して株主を含む市場に対する説明責任を果たす必要があるとした。
一方、対象会社の取締役会は、当該買収が企業価値の向上と株主利益の確保に有用と考えるか、より望ましい方策が他にあるかについて、財産権の保護や経営陣の保身など自らの利害を離れて株主に意見を示すことが求められると定義。買収への対応方針や対抗措置の賛否も、株主総会における株主の合理的な意思を確認することが基本であるとした。
「真摯な買収提案」には「真摯な検討」を
また、買収によるシナジーの実現や非効率な経営の改善などは、経営にとって重要な手段と指摘。対象会社の経営陣らが経営支配権を取得する旨の買収提案を受領した場合は、取締役会への速やかな付議・報告を求めている。「真摯な買収提案」には「真摯な検討」を行い、企業価値などを高める提案を安易に断ることにならないよう留意する必要があると説いた。
さらに、企業価値・株主共同の利益を損なう買収への対抗措置を適法とした判例があることは認めつつ、対抗措置を用いる可能性があるということが買収提案への真摯な検討を阻害する結果を招いてはならないと強調。「対抗措置は『経営陣にとって好ましくない者』から経営陣を守るためのものではない」とクギを刺している。
M&Aの拒否はより困難に
経産省と法務省は2005年に買収防衛策の指針1 を策定。経産省は2007年にMBO指針2 、2019年には公正M&A指針*3 を策定した。今回の新指針の創設を目指した研究会は2022年11月に発足し、2023年4月まで計8回の会合を重ねて原案を検討。その後、指針案についてのパブリックコメントも実施した。
●公正なM&Aに関する主な指針・報告書
2005年 | 「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」1 |
2007年 | 「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」2 |
2008年 | 「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」 |
2019年 | 「公正なM&Aの在り方に関する指針」*3 |
2020年 | 「事業再編実務指針」 |
2023年4月 | 「対日M&A活用に関する事例集」 |
2023年8月 | 「企業買収における行動指針」 |
新指針には「2005年指針の策定時には買収者側の『矛』が強くなるのではないかという懸念が指摘されていたが、実際にはそうならなかった」と結論付け、国内企業がM&Aを行いやすい海外企業の買収に積極的な現状も明記。企業価値の向上につながる買収は是認すべきとの姿勢を鮮明に打ち出したことで、買収提案の拒否はより困難になったと言える。