竹下登元首相の生家として知られ、首相在任中に発売した「出雲誉」が話題になった竹下本店(島根県雲南市)が10月16日に松江地裁から特別清算開始命令を受けた。負債総額は2021年9月末時点で約1億1700万円。酒造事業については2022年10月に田部竹下酒造(同)に譲渡しており、1866(慶応2)年に創業した老舗の酒造りは引き継がれた格好だ。竹下本店の事業を承継したのは、どのような会社なのか?

竹下家と田部家の歴史的なつながり

竹下本店の酒造事業を譲受したのは田部(たなべ)。本部は松江市に置くが、元は島根県雲南市で日本最大の山林地主だった田部家の企業グループ。いわば「地方財閥」だ。遠祖の由来は鎌倉時代にさかのぼるが、初代は室町時代半ばの1460年にたたら製鉄を営んだ田辺彦左衛門。江戸時代に松江藩から「長右衛門」名を賜って以降、歴代当主は「田部長右衛門」を襲名しており、現在の田部長右衛門は25代目だ。(登記上の本店は現在も雲南市)

田部は早くからM&Aに取り組んでいた。1901年創刊の地元紙「松陽新報」がオーナーの代替わりで読売新聞社に買収されかけていたところ、1940(昭和15)年に第23代田部長右衛門(田部朋之)が「地元紙は地元資本で経営すべきだ」との信念から同紙を買収した。

この時に第23代長右衛門に賛同して買収資金を提供したのが、2022年に事業譲受した竹下本店の前身である竹下酒造を経営する竹下勇造だった。竹下家は田部家の中番頭を長年にわたって務める間柄だった。昨年の事業譲受が両家のファミリーヒストリーと関わっているのは間違いないだろう。

ただ、勇造の息子・登が島根県議会議員選挙や衆議院議員選挙で、主家の田部家が推す現職候補を破って初当選し、両家の関係が一時悪化したこともある。


起業にも積極的な田部家

戦時新聞統制で1942年1月に松陽新報と読売新聞系の山陰新聞が経営統合して島根新聞が誕生すると、同社株式の55%を保有する第23代長右衛門が新会社の社長に就任する。1946年に読売新聞社で大規模な労働争議が起こると、長右衛門が読売側の持ち株45%を引き取り、島根新聞の全株を取得した。

田部家は新規事業にも積極的で、1969年1月に島根放送(現・山陰中央テレビジヨン放送)を設立したほか、1996年10月に「たなべ森の鶏舎」を運営する田部養鶏場、2014年5月に高級冷凍食品「ブレジュ」通販のダノベーターインターナショナル(2021年9月に後述のTANABEグローバルキッチンと合併)を立ち上げている。

2015年11月にフジテレビジョン社員だった田部真孝が第25代長右衛門を襲名した後も、2019年10月に建築・不動産業のたなべの杜、2020年10月にケンタッキー・フライド・チキン、ピザハット、マネケンなどのフランチャイズ事業を統括するTANABEグローバルキッチン、2021年10月に山林事業やたたら製鉄事業などの地域振興ビジネスを手がける、たなべたたらの里を相次いで設立するなど、田部家の起業熱は冷めていない。

(文中敬称略)

文:M&A Online