この記事は2024年2月1日に「テレ東BIZ」で公開された「中小企業の救世主! ヒットを生む逆転の発想力:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
手首メモや筒形タオル~便利なアイデア商品
大阪・堺市の耳原総合病院。1日500人もの患者が訪れる命の現場は誰もが秒刻みで大忙し。麻酔科の研修医・阿比畄輝一さんは、激務の中で少し困った癖がついてしまった。腕に直接、処置に必要な数値を書き留めており、毎日、消すのにひと苦労だったという。
そのわずらわしさから解放してくれたのが、去年から使い始めた手首に巻くメモ「ウェモ」(1,320円)。シリコン製のバンドの表面に文字が書けるようになっていて、自由にメモを取ることができる。手首に巻けるから、仕事中邪魔にならない。特殊な加工がされているので、ボールペンで書いても消しゴムで簡単に消せ、繰り返し使える。
「これなしで仕事をするっていうのは、ちょっと考えにくいです」(阿比畄さん)
▽手首に巻くメモ「ウェモ」シリコン製のバンドの表面に文字が書けるようになっている
現場で働く人たちに刺さっている「ウェモ」。東京・渋谷の「ハンズ」渋谷店の文具売り場には専用コーナーが。2017年の発売以来、シリーズ累計の販売数が100万個以上の大ヒット。「最前線で使われる方、例えば介護の仕事や工事現場でも使われる方が多い」(「ハンズ」渋谷店・佐藤安美さん)と言う。
「ウェモ」を作っている「コスモテック」の主力事業は精密機器を保護する特殊な粘着フィルムの製造販売だ。同社はリーマンショックを機に、一時は売上が6分の1にまで激減、経営難に陥っていた。
「存亡の危機でした。いろいろなチャレンジをしてもうまくいかないことがたくさんあった」(高見澤友伸社長)
そんな暗闇の中で出会ったのがデザイナーのケンマ代表・今井裕平(42)だった。今井は「コスモテック」の技術を使って「ウェモ」を生み出した。今では「ウェモ」が、売り上げ全体の15%を占める主力事業に成長した。
「会社を助けてもらったと感じています。我々にとって救世主です」(高見澤さん)
今井が生み出したヒット商品は「ウェモ」だけではない。筒形のタオル「スッタ」は水滴による日常のストレスを解消してくれる商品だ。
▽筒形のタオル「スッタ」は水滴による日常のストレスを解消してくれる商品
特に「スッタ」が活躍するのが雨の日。自転車のサドルやカバンについた水分を、軽くなでるだけでみるみる吸い取る。絞ればすぐに乾くため、使った後もそのままポケットに入れて持ち運べる。価格は2,750円。決して安くはないが、発売後には一時、大手ECサイトの総合ランキングでトップ10に入るほどの人気を見せた。スマホの画面が曇った時に拭くなど、若者のライフスタイルにもマッチした。
東京・新宿区の雑居ビルにオフィスを構えるデザイン会社ケンマは2016年に創業したスタッフ9人の小さな会社だ。初めてのヒット商品が「ウェモ」だった。
「看護師さんがよく手の甲にメモするのを見かけていたので、メモが取り出せない状況で役に立つものができないか、と」(今井)
今井が得意とするのは真逆の発想。視点を常識の反対側に向けるのだという。
「企業が考えていることに対して真逆の発想で、かつ、企業側が求めている答え、要件に合致すると、むちゃくちゃパワフルなアイデア、企画になる」
「真逆」で新たな価値を~「ケンマ」独自の発想術
発想術1~「ウェモ」
「ウェモ」が生まれたきっかけは若者向けのファッションアイテム、タトゥーシール。「コスモテック」は高性能の粘着フィルムを作る技術をいかしてタトゥーシールを作っていた。タトゥーシールで作る新しい商品のアイデアをさまざまなデザイン会社から募ったが、「他の会社はタトゥーシールの装飾性に着眼した提案でしたが、それは誰でも思いつく」(高見澤さん)。一方、今井は違う視点で考えた。
「見た目ではなくて機能という逆の方で考えることで、ひょっとすると新しい発想が生まれるのではないかと」(今井)
機能に目を向ける中で、今井はタトゥーシールの表面に文字が書けることに気づく。そこで「文字が書けるタトゥーシール」という新しい視点から生まれたアイデアを提案。このアイデアがもとになり、身につけるメモが生まれたのだ。
発想術2~「スッタ」
「スッタ」を作っている会社「アイオン」は、半導体などの洗浄で使われる高性能な吸水スポンジの製造が主力事業だ。「スッタ」に使われている素材も、「ソフラス」という吸水力に優れた特殊なウレタンスポンジ。ビジネス拡大のため、一般ユーザー向けの商品を作りたいと、今井とのプロジェクトが始まった。今井は「ソフラス」を使った商品を提案したが、高価な素材のため、社内からは「一般ユーザーには高すぎる」という声が上がった。
「最初は『これダメなんじゃないの』と、正直思いました」(「アイオン」小西紀行社長)
そこで今井が目を付けたのは、工場向けにつくられているローラー型の「ソフラス」。すでにある商品をそのまま使えば、高価な素材でもコストを抑えられると考えたのだ。
工場用のローラーが手に持てる筒形タオルに。新しい視点がヒットを生んだ。 「売れました。私たちが想像する以上に使い方があるというのが分かり、ビックリしました」(小西さん)
発想術3~日本茶カフェのレンタルサービス
名古屋市西区の日本茶カフェ「ミルメ深緑茶房」。天皇杯を受賞したお茶の生産農家が運営している。コロナ禍で一時は売り上げが3分の1にまで落ちこみ、苦境に陥った。当時、多くの飲食店がテイクアウトに乗り出したが、このカフェは二の足を踏んでいたという。
「特に紙コップの場合、紙の匂いがして、味はあまりよくなかったというのがあります」(店主・松本壮真さん)
紙やプラスチックのカップではこだわりの日本茶の味が損なわれてしまうのだ。
店の立て直しを依頼された今井は視点を変えたテイクアウト方法を提案。それが、日本茶が入ったボトルをレンタルする「朝ボトル」(300円)というサービスだった。使ったのはガラスのボトル。これなら日本茶のおいしさを損なわず、人の目も引く。ボトルを返すついでに、カフェでひと休みしたり、買い物したりする客も増えたという。
サービスは成功し、売り上げはコロナ前のおよそ2倍にまで拡大した。
「今井さんは僕が見えてない未来が見えてらっしゃると思います。『あっ、こういうことだったんだ』と後から気づくことがめちゃくちゃ多いので」(松本さん)
今井流アイデアが生まれる現場~緻密な販売戦略も
今井のアイデアが生まれる現場に迫ってみた。行われていたのは、「モノトラップ」という素材を使った一般向け商品の会議。「モノトラップ」には小さな穴が無数に空いていて、香りの成分を大量に吸収できるのが特徴だ。
まずはスタッフが「襟元など匂いが気になるところに取り付けて消臭する」「嫌なにおい、足のにおいなどを消臭」と、アイデアを出す。すると今井は、それらが書かれたメモを「吸収」などの大まかなカテゴリーに分けていく。
「モノトラップ」には熱を加えると吸収した香りを拡散させる性能もある。スタッフからは「例えば好きな花の香りを吸着させて、それをアロマとして出す」というアイデアが出る。これは「大きくいうとキャッチ&リリース」(今井)というカテゴリーに。アイデアのカテゴリー分けを終えると、ここからが本番だ。
「あまり意識してなかったと思うけど、吸うのは嫌な香りで、出す方はいい香りというアイデアばかりだった気がする。じゃあ、逆を狙おう」
誰も気づかなかった視点にこそ、ヒットの種がある。これぞ今井流、逆転の発想術の真骨頂だ。その視点に、スタッフは「どういう基準で、売れるものユニークなものとするかという判断基準を教えてもらえるのが、すごく面白いなって思っています」と言う。
では、嫌な香りを出す商品とはいったいどんなものなのか。埼玉・入間市の「ジーエルサイエンス」社で、新たな視点から生まれた商品の試作品ができ上がった。
それは強烈なミントで眠気を覚ます「アロマショット」。高機能な素材を使っているため、価格はちょっと強気に1万5,000円ほどに設定した。
▽強烈なミントで眠気を覚ます「アロマショット」
商品のイメージが固まったら、次はどんな人が買ってくれるか、自ら探しに行く。想定したユーザーはエナジードリンクを頻繁に飲む人だ。
「例えばエナジードリンクを週3本飲む人は、年間3万円ぐらい使う。その人にとって1万5,000円は安いんじゃないかと、ロジカルに決める」(今井)
市場調査の協力者の仕事は救急救命士。夜勤が多く、眠気を覚ますためにコーヒーを毎日1リットル飲むという。さっそく試してもらい、「いくらだったら買うか?」と確認した。
確実に買ってくれる人たちの特徴をつかみ、その層への販売戦略までケンマが考えている。アイデアは大胆でも販売戦略は緻密。企業側も一歩を踏み出しやすくなる。
「緻密に考えていて繊細な方だなと。非常に感謝しています」(「ジーエルサイエンス」大窪泰二さん)
建築家からデザイナーへ~「絵がめっちゃ下手」
東京・板橋区の印刷会社「技光堂」が数年前、ある画期的な技術を開発した。樹脂に特殊な印刷をすることで、本物の金属のような光沢や立体感を再現できるという技術だ。だが、どう売り出せばいいか分からず、開発して数年は、売り上げがゼロだったという。
そんな時、今井が商品化へ向けたデザインを担当。金属は光を通さないが、この技術なら金属が光を通しているように見える。その特性を活かしたLEDの看板、自動車のディスプレイなど、金属調のスタイリッシュな商品デザインを打ち出した。売り上げゼロだった技術が、今では年間2千万円を稼ぐまでに。
「今井さんに頭が上がらないというか、足を向けられない」(「技光堂」佐藤英則さん)
1981年、大阪・堺市に生まれた今井は幼い頃から建築に興味があった。将来は建築家になりたいと神戸大学の建築学科に進む。だが、その夢を阻む致命的な弱点があった。
「器用じゃないんです。そもそも不器用で『自由に工作しましょう』だと、きれいに切れないなど、できないことが多い。さらに、絵を描くのがめっちゃ下手なんです」(今井)
▽「器用じゃないんです。さらに、絵を描くのがめっちゃ下手なんです」と語る今井さん
画力のなさにコンプレックスを抱えながらも、神戸大学大学院修了後は大阪の安井建築設計事務所に就職。そして建築の仕事をする中で、誰にも負けない自分の武器を見つける。
「(建築では)なぜそういうデザインにしたのか、どういう意図があるのかというのを、デザインとセットで話さなければいけない。僕はそのコンセプトを作るのが好きだったし、発想もそんなに負けていないぞ、と」(今井)
今井はコンセプト力をさらに磨くため、経営コンサルタントに転職。同時に建築学科の後輩たちと、企業のデザインコンペに挑戦し始める。これが企業の課題を解決する「ビジネスデザイン」との出会いだった。
「僕もデザインから離れるのはやはり違和感があり、何かやりたいと」(今井)
今井がデザインのコンセプトを考え、後輩たちが形にしていく作業を担当。本業の合間にアイデアを練り上げて応募する日々が続いた。だが、多くのコンペに挑戦するものの落選ばかり。手応えがないまま2年の月日が流れた。
「悲惨でした。自分自身のリーダーシップに問題があるかもしれないし……」(今井)
そんな今井に人生の大きな転機が訪れる。きっかけは「サントリー」の子会社「サントリーミドリエ」(当時)が主催したビジネスデザインのコンペだった。
土に代わる素材として開発された特殊なスポンジ「パフカル」。土以上に植物がよく育つというこの新しい素材を使った商品や空間のデザインを募るコンペだ。
「よく育つし、土とか出ないし、清潔に育てられるという特徴は尊重しつつも、見つけてない特徴を見つけた方が、発想として新しい」(今井)
企業が気づいていない素材の特徴は何なのかを徹底的に追求する中で、スポンジを切り分けることができるという特徴に目をつけ、「緑のおすそわけ」というデザインを提案。見事、最優秀賞に選ばれた。
そして表彰式で社長からかけられた「素晴らしいデザインだった。このデザインを見せただけで会社のビジョンまで伝えることができるよ」という言葉が今井の人生を変える。
「会社のことを伝えようとすると、キャッチコピーやビジョンで語るのが自然だと思うんですけど、デザインのほうが強力だと言ってくれた。それが僕の中では大きかった」(今井)
デザインは言葉以上に伝える力を持ち、企業のフラッグシップ、つまり象徴となる。このことに気づいた今井は、企業の課題を解決するビジネスデザインこそが自分の生きる道だと確信。2016年、フラッグシップ・デザイン・カンパニー「ケンマ」を創業した。
広がるデザインの可能性~万博プロジェクトにも参画
神奈川・藤沢市の藤沢郵便局で事務員として働く小野寺朗さん(63)は「ウェモ」の愛用者で、上司からの指示を、すぐさま書き留める。小野寺さんは50歳のとき、若年性認知症と診断された。この先、仕事を続けられるのか。そんな不安を取り除いてくれたのが「ウェモ」だった。
▽小野寺さんは50歳のとき若年性認知症と診断、「本当に命綱みたいなものです」
「本当に命綱みたいなものです」(小野寺さん)
今井のデザインが人々の悩みの解決に役立ったというケースが増えている。
「狙っていたわけではないんです。デザインを突き詰めてやっていくと、たまたま社会課題解決や社会性のあるものにも役に立ったというのが積み重なった」(今井)
そんな今井は今、新たな挑戦を始めている。
埼玉・坂戸市の高齢者施設「SOMPOケアラヴィーレ坂戸」で、入居者が毎回楽しみにしているのが「旅介ちゃんねる」というオンライン旅行のサービスだ。この日は出雲大社。施設にいながらにして旅行気分を味わえ、同時に体操もできる。
その場に今井の姿があった。今井は、来年開かれる大阪万博に関わっている。遠出ができない高齢者や障害を抱えた人たちが万博を楽しむためのプロジェクト。そのビジネスデザインを任されたのだ。
「『旅介ちゃんねる』で見たいですか?」「昔の大阪万博で覚えていることはありますか?」などと聞いて、現場で拾った声をヒントに、万博のオンライン旅行や現地でのサポート態勢を考えるのが狙いだ。
▽施設にいながらにして旅行気分を味わえ同時に体操もできる「旅介ちゃんねる」
ビジネスデザインの力で社会課題の解決を目指す。それが今井の次なる挑戦となる。
「リアルな映像で行った気分になれる、この楽しみ方も万博の楽しみ方の一つとしてあるべきものだと、お話を伺って改めて実感しました」(今井)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
100万本を売ったwemoを、絵で説明できるだろうか。リストバンドだが、それにメモなどを書く、ということで看護師の必須アイテムとなっている。絵で説明することはできない。
「STTA」はどうか。吸水スポンジのタオルとして売れているが、これも絵では説明不可だ。茶葉を入れたボトルを店舗外にあるカウンターで販売というのは、絵で説明できない。
今井さんは、絵では説明できないデザインを提案する。絵が下手だからということだが、それは才能だと思う。絵が下手という才能を駆使して今井さんはアイデアを見つける。