〔要旨〕
- 日銀:マイナス金利終了の決定は日本経済への信任を表しつつも、正常化は極めて緩やかに行われる見込みであり、「考えられる限り最善のシナリオ」に沿っていると考えられる
- スイス国立銀行:今回の金利サイクルで利下げを行った最初の先進国中央銀行となった。これにより、イングランド銀行、FRB、ECBが利下げを開始しやすくなったと考えられる
- 市場への影響:緩やかな利下げにより、リスク資産にとって多少有利な環境が生まれる可能性があり、それは積みあがった高水準のキャッシュによっても後押しされる可能性がある
日銀が17年ぶりに利上げ
スイス国立銀行が予想外の利下げ
イングランド銀行は金利を据え置き
FRBはハト派的なトーン
これらは何を意味するのか?
注目の日程
かねてより私は、金融政策が市場に過大な影響をもたらしてきたと主張してきました。始まりは、主要中央銀行が世界金融危機と闘うため、異次元の緩和的で実験的な金融政策を実行したことでした。そしてここ数年は、パンデミック期間のインフレと闘うために大規模な引き締めが続いており、2022年はこれが市場に劇的な影響をもたらしました。市場を動かす金融政策の重要性に鑑みても、先週は、先進国5カ国、新興国7カ国の中央銀行会合が開催され、2つの歴史的な決定が行われた重要な週となりました。
まず、先週政策変更を決定した中央銀行である日銀とスイス国立銀行(中央銀行)から見てみましょう。
日銀が17年ぶりに利上げ
日銀は、2007年以来初めて政策金利を引き上げ、マイナス金利政策を解除しました。採決は7対2で行われ、短期金利の誘導目標-0.1%から、政策金利の幅を0 - 0.1%程度に引き上げました。日銀はまた、最近の労使交渉による大幅な賃上げにも後押しされ、上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(REIT)の買い入れ終了も決定しました。最後に、イールドカーブ・コントロール政策の終了も発表しましたが、同時にこれまでとほぼ同じペースで日本国債の買い入れを行い、長期金利が急上昇した際には同国債の買い入れを通じて金利抑制を行うとも述べました。
日銀からの重要なメッセージは、緩和的な環境が続くということでした。植田総裁は、「異次元の緩和は終了したが、過去に買った国債が残高として大量にバランスシートに残り、同じことはETFについても言える。過去の異次元の緩和の遺産のようなものは当面そういう意味では残り続ける」と述べました1。日銀は当面緩和的な金融環境が続くことを示唆し、将来の利上げに関するガイダンスは示しませんでしたが、これは秋まで次の利上げが行われそうにないサインとして解釈されました。
私は、日銀の決定は今のところ「考えられる限り最善のシナリオ」に沿っていると考えています。というのも、正常化を始めたこと自体が日本経済への信任を表し、日本がようやくデフレ経済からインフレ経済へ転換を遂げたことを意味するからです。これは、日本株にとってポジティブな意味を有します。それでも、記者会見での植田総裁の発言がハト派的であり、将来の利上げについてのガイダンスが示されなかったことから、日本国債利回りは低下し、円相場は一段と円安に振れました―これもまた、日本株にとっては追い風となります。こうした背景から見れば、週の終わりに日経平均株価が過去最高の40,888円に達したのも当然でしょう2。
スイス国立銀行が予想外の利下げ
スイス国立銀行は先週、0.25%の利下げを実施し、市場を驚かせました。ここ数年、同銀行が私たちを驚かせる動きを見せてきたことは注目に値します。2022年6月には、0.75%の利上げを実施して市場を驚かせ、その3カ月後には更に0.75%の利上げを実施しました。先週の小幅利下げの根拠はシンプルで、2024年と2025年のインフレ率見通しが下方修正されたことによります(2024年は1.9%から1.4%、2025年は1.6%から1.2%に下方修正)。政策当局はまた、インフレ率が同銀行の許容レンジである0%から2%の範囲に持続的に留まるとの確信がより深まったと明かしました。
スイス銀行は、先進国の中央銀行としては、今回の金利サイクルにおいて利下げを行った最初の中央銀行であり、この決定は歴史的と言えます。私は2024年に、先進国中央銀行による利下げ開始の小さな連鎖が見られると予想していますが、これはまさにその象徴です。
イングランド銀行は金利を据え置き
イングランド銀行も先週会合を開きましたが、先週会合を行った他の中央銀行のほとんどと同様、政策変更はありませんでした。しかし、利下げが間もなく開始されることを期待する向きにとっては、ちょっとした心理的な収穫がありました:今回の金融政策委員会で、利上げに賛成した委員がいなかったことです。利上げに賛成した委員がいなかったのは、2021年9月以来初めてのことでした。そして、スイス国立銀行の見解と似たような見解が、イングランド銀行からも出されました。イングランド銀行の政策声明は、インフレが目標到達への軌道に乗っており、これが持続されるだろうということについて、金融政策委員会が確信を深めていることを示唆しています。ベイリー総裁は、「まだ利下げを行える段階にはないが、物事は正しい方向に進んでいる」と説明しました3。これは、2月の英国のインフレ率が1月の前年同月比4.0%増から同3.4%増に低下したことにも裏付けられます。これは、2021年9月以来の低いインフレ率となり、市場予想を下回るサプライズとなりました4。
イングランド銀行は声明文の中で、政策が「十分に長く抑制的であり続ける」必要があり、「より長期にわたって抑制的である」必要があると警告するなど、引き続きタカ派的な文言を多用しています5。しかし私は、FRB関係者によるタカ派的な声明と同様、これには金融環境を抑制し、性急に緩和が進むことを防ぐ意図があると考えています。
更に重要なのは、ベイリー総裁がフィナンシャル・タイムズへのインタビューで語ったことです。彼は、「全ての会合がインプレ―の状態にある(全ての会合で利下げの可能性がある)」と述べ、5月の利下げに非常に現実的な可能性があることを示唆しました6。
実際には、政策金利が5.25%という16年ぶりの高水準に留まってはいるものの、私はイングランド銀行が利下げを行う未来は近いと考えています。
FRBはハト派的なトーン
予想通り、米連邦準備制度理事会(FRB)はFF金利を据え置きました。しかしFRBの決定、「ドットプロット」、記者会見はいずれもかなりハト派的なトーンとなりました。
3月のドットプロットでは、2024年中の利下げ回数見通しが2回となるのではと囁かれていましたが、実際には今年の利下げ回数見通しの中央値は依然として3回でした(かろうじてではありましたが)。しかし、特にドットプロットの他の改定内容、すなわち2024年の成長率見通しの大幅な上方修正、今年の失業率見通しの改善、コア・インフレ率見通しの上方修正という文脈に照らすと、本ドットプロットが市場にとって重要な意味を持つことが分かります。具体的には、2024年の成長率見通しは12月のドットプロットの1.4%から2.1%へと大幅に引き上げられ、2024年の失業率は12月のドットプロットの4.1%から4%に引き下げられ、2024年のコア消費者物価指数のインフレ率見通しは12月のドットプロットの2.4%から2.6%に引き上げられました7。
これについては、記者会見でも繰り返されました。FRBのパウエル議長は、FRBが目標とするインフレ率に達するには時間がかかると認め、予想を上回る値となった最近のインフレデータに過剰反応はしないと述べました。パウエル議長はまた、利下げの開始に米労働市場の弱含みが必要なわけではないと述べました―これは、彼がここ数ヶ月、何度も伝えてきたことです。
2025年と2026年の利下げ回数見通しが引き下げられ、これによりイールドカーブがスティープ化したことは注目に値します。とはいえ、私はFRBの予測、特にそこまで先の予測についてはほとんど重視していません。金利のより長期の見通しについて質問されると、パウエル議長は、長期的に金利が上昇するかは分からないと答えました。彼は、長期的に高金利となることは予想されないものの、金利水準について大きな不確実性があることは認めました。
パウエル議長はまた、FRBは量的引き締めのペースを緩めつつあると述べました。これはFRBによる正常化プロセスの一部であり、朗報と言えます。
これらは何を意味するのか?
先進国経済全般が予想以上に底堅いことが示されつつあります。これは市場にとって朗報です。また、欧米先進国では不完全ながらもディスインフレが進行しつつあります。その結果、2024年の緩やかな利下げ開始に結びついており、これも市場にとっては朗報です。
スイス国立銀行は、先進国の中央銀行として利下げを実施した最初の中央銀行となりましたが、私はそれが今年の最初で最後の利下げにはならないと考えています。この利下げはまさにトレンドセッターであり、今回の小幅な利下げ実行をきっかけに、他の先進国の中央銀行も間もなく後に続くでしょう。スイス国立銀行の決定により、例えばイングランド銀行、FRB、欧州中央銀行(ECB)その他の先進国中央銀行が、今後数カ月のうちに利下げを開始しやすくなったと考えられます。
先週行われた金融政策関連の決定は、今年の市場にとって重要な意味を持ちます。世界銀行が「世界の多くの中央銀行が、過去50年間には見られなかったほど同期した形での利上げを行っている…」と警告した2022年とは、全く異なる期間に突入しつつあるのかもしれません8。それは劇的な利上げにより、多くの資産クラスにとって恐怖の年(annus horribilis)となった期間でした。今年、多くの中央銀行が緩やかな利下げを行うことで、リスク資産にとって多少有利な環境が生まれる可能性があります。
そうした利下げが既に株式や債券の価格に織り込まれていると考える向きに対して、私は今年、株式及び債券を下支えするきっかけとなる要因が他にもあると主張したいと思います。具体的には、キャッシュが高水準であることに注目してしてください(私からするとキャッシュへのオーバーウェイトと言えるほどです)。その一部は、特に金利が低下し始めたり、FOMO(機会を取り逃すことへの恐れ)を抱く投資家が増えたりすることで、株式や債券に回る可能性があります。例えば、マネー・マーケット資産は2008年10-12月期にピークを迎え、その後大幅に減少しました9。2009年3月、株式が数年にわたる力強く長い上昇を開始したと同時に、積み上がっていたキャッシュが動き始めたのは偶然ではないと思われます。
注目の日程
今週発表予定のデータで最も重要なのは、FRBが選好するインフレ指標である、米国の個人消費支出(PCE)価格指数です。このデータ発表の前後には、一定の不安やボラティリティが生じる可能性があります。しかし今週は、それ以外にも重要な発表が目白押しとなっています:
公表日 |
指標等 |
内容 |
---|---|---|
3月25日 |
ラガルドECB総裁講演 |
中央銀行の考え方について |
3月25日 |
米国新築住宅販売戸数 |
住宅市場の健全性を測定 |
3月26日 |
米国耐久財受注 |
耐久財の新規発注を追跡 |
3月26日 |
S&Pケースシラー住宅価格指数 |
住宅市場の健全性を測定 |
3月27日 |
原油在庫 |
エネルギー需給の状況を示す |
3月27日 |
ウォラーFRB理事講演 |
中央銀行の考え方について |
3月28日 |
英国国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
3月28日 |
ドイツ小売売上高 |
消費需要を測定 |
3月28日 |
ドイツ失業率 |
労働市場の健全性を測定 |
3月28日 |
米国国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
3月28日 |
カナダ国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
3月28日 |
ミシガン大学消費者信頼感 |
米国消費者の経済と個人消費の |
3月28日 |
ミシガン大学消費者インフレ期待 |
消費者の将来のインフレ期待を測定 |
3月28日 |
韓国鉱工業生産 |
鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
- 1.出所:ロイター、植田日銀総裁の記者会見コメントより引用、2024年3月19日
- 2.出所:ブルームバーグ、2024年3月22日
- 3.出所:ロイター、“UK inflation 'moving in right direction' for rate cuts, Bank of England says”、2024年3月21日
- 4.出所:英国国家統計局、2024年3月20日
- 5.出所:イングランド銀行、2024年3月21日
- 6.出所:フィナンシャル・タイムズ、“Bank of England’s Andrew Bailey says rate cuts ‘in play’ in upbeat take on UK economy”
- 7.出所:FRB、2024年3月20日
- 8.出所:世界銀行、2022年9月15日
- 9.出所:2023年12月31日までのFRB、2024年3月7日
クリスティーナ フーパー
チーフ・グローバル・マーケット・ストラテジスト
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MC2024-041
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