この記事は2024年4月18日に「テレ東BIZ」で公開された「地方に眠る魅力を再発掘 “まちづくりベンチャー”の挑戦:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
田舎の隠れた魅力を再発掘~水田に浮かぶ人気ホテル
出羽富士・鳥海山を望む山形県の庄内平野。日本でも有数の米どころだが、この田園風景の中に見る者の意表をつく建物がある。田植え前の田んぼの中に佇むホテル「スイデンテラス」だ。
▽田植え前の田んぼの中に佇むホテル「スイデンテラス」
館内は大きな窓から光が差し込み、開放感いっぱい。部屋に向かう廊下には山形ゆかりの本をそろえたライブラリーも。客室の大きな窓に広がるのは何もない田園風景だが、それが新鮮に映る。
▽客室の大きな窓に広がるのは何もない田園風景
風がない日はホテルがまるで田んぼに浮かんでいるように見える。四季折々、表情を変える田園風景と共にホテルの魅力も移ろいでいく。こんな唯一無二の景観に惹かれ、今や年間6万人が訪れる人気施設だ。
田んぼの真ん中から外を眺める露天風呂も用意されている。地下1,200メートルから掘り当てた源泉掛け流しの天然温泉だ。ホテルの一番の売りはディナー。鶴岡市は日本で初めて、ユネスコ食文化創造都市に選ばれた食材の豊かな土地。
▽山形牛をはじめ地元の食材を駆使した料理4品が味わえる
山形牛をはじめ地元の食材を駆使した料理4品を選ぶイタリアンやフレンチのコースが味わえる(コース料理つきで料金は1泊2食、1万7,800円~)。
ホテルを設計したのは、プリツカー賞など国際的な賞を受賞している世界的建築家の坂茂さんだ。坂さんが初めて手がけたホテルということで取材も殺到。観光地でもない場所に客が押し寄せるのだ。地元の人からも「地域が潤っている」「魅力を発信してもらっている」と、歓迎されている。
「スイデンテラス」を運営しているのは旧「ヤマガタデザイン」で、この春からSHONAIに社名変更した。本社は元小学校の一部を鶴岡市に間借りして使っている。中はほとんど小学校の時のままで、元音楽室がオフィスだ。社員は現在120人で平均年齢は35歳。その8割はUターンやIターンだと言う。
東京生まれの社長・山中大介(38)も以前は三井不動産で働いていたが、山形の魅力に惹かれ移住。2014年に「ヤマガタデザイン」を設立した。
▽「我々が解決したいのは日本の地方課題。」と語る山中さん
「我々が解決したいのは日本の地方課題。課題を解決する事業を作ることで山形・庄内で生まれたモデルが日本全国に展開して、他の地方都市の課題解決につながればいいなと」(山中)
山中の熱い思いに触れ転職してきた社員も多い。
「地方創生を実現しようと動いている企業がない中で、ここであれば実現できるのではないかと思って転職しました」(元NHK記者・長岡太郎)
社員を外部から引っ張ってくるのは山中の戦略だ。
「多様性をどんどん地方企業に入れていくことで、企業は絶対に成長します」(山中)
儲かる有機農業に挑戦~求人サイト、教育施設も
SHONAIは観光業にとどまらず、4つの事業を同時展開している。
そのひとつが農業だ。「スイデンテラス」から5分ほどの場所にビニールハウス54棟を建てて、ベビーリーフを栽培している。
「地域の農家が儲かっていない。自分たちでやれることをやろうと考えた時に、農作物の単価が課題だと思う。単価を生産者が優位に決められる市場を分析していくと、有機農業という市場があった」(山中)
目をつけたのは日本の生産者には敬遠されがちな有機農法。安定して生産できれば、単価が高いので勝負できると考えたのだ。
農業部門のグループ会社「ニューグリーン」を作り、そのトップに据えたのが中條大希だ。都内のベンチャーで働いていたがUターン。農業経験ゼロからの挑戦だった。
「みんな素人だったので、ある日はすごく良くできても夏場になると何も生えていない。初期の頃は全然収穫できない時期もありました」(中條)
中條はビニールハウスごとに種を植える深さや与える水の量などを変え、最適な栽培環境を探った。また、全国の農家を回り、現場の知恵や最先端の農業技術を教わり持ち帰った。
こうした努力は実を結び、わずか3年で農業事業は軌道に乗り、収穫も安定。イオンなど全国のスーパーにも卸せるようになり、売り上げ7億円の事業に成長させた。
「僕らが『農業で地方を良くしたい』と思っても、自分たちが農業を全くできていなかったら誰も信用してくれない。成功させないといけないという思いが強かったです」(中條)
この成功に地元の若手農家も反応。有機栽培の技術などの勉強会に参加し、全国の農家と情報交換を行っている。
「SHONAIは全国とネットワークがつながっているから、いろいろな成功例や失敗例を早く知ることができて、農業に対する希望が見えた気がします」(米農家・齋藤弘之さん) 「外から来た人だけではダメだし、中にいる人だけでも限界がある。だから、外と中の人がミックスされていくと地方が良くなると思います」(山中)
外部人材を地方に呼び込む人材業も行っている。今春、SHONAIに中途入社した阿部聖人。きっかけは山中が作った「ショウナイズカン」と言う転職サイトだった。「全国の地方都市の課題を本気で解決したいという熱い思いに惹かれて入社しました」と言う。
サイトは庄内地方の求人情報を網羅。単なる求人情報ではなく、職場環境ややりがいなども分かるようになっている。開設から6年で現在112社、1,700人が登録している。
夫婦で移住してきた阿部は休日のこの日、車で40分かけて鳥海山の麓へ。お目当ての湧水を汲むと、持ち帰って庄内産の米を炊き上げた。
庄内地方の将来を見据え、子どもたちの教育事業にも進出している。山中が教育事業のために作った施設、キッズドーム「SORAI」では学童保育を行っている。アスレチックやものづくり体験ができる場を提供することで、子どもたちの創造性や個性を育むのが狙いだ。移住してきたSHONAIの社員もこの施設を活用している。
▽キッズドーム「SORAI」子どもたちの創造性や個性を育むのが狙い
観光・農業・人材・教育を同時に行うスタートアップは地方をどれだけ変えられるのかに注目が集まる。
「私たちは山形・庄内を拠点に深堀りした実績を作り、そこで得た知見やサービスを全国の地方のまちづくりに生かしたいと思っています」(山中)
エリート街道を捨てて山形へ~スイデンテラス誕生秘話
山中は1985年、東京・大田区生まれ。父親の仕事の関係で幼少期はヨーロッパで暮らし、オランダでは名門クラブ「アヤックス」の下部組織でサッカーに打ち込んだ。
帰国後は慶應高校のサッカー部で活躍。大学を卒業後は三井不動産に入社。ショッピングモールの開発や運営に当たるなど花形部署で働いていたが、「商業施設はもう飽和状態。自分のテーマとして、よりインパクトのある事業を作りたかった」と言う。
そんな時、仕事で山形を訪れる機会があった。
「庄内空港から降りてくると、最初に見える景色が田んぼの風景なんです。冬の田んぼには白鳥がたくさんいて白銀の世界で、すごくきれいだった」(山中)
「この風景を多くの人に見てもらいたい」と思った山中は翌年、三井不動産を辞め山形に移住。いったんベンチャー企業に就職した。
するとチャンスが訪れる。入った会社の隣にあった空き地を有効利用できないかと行政から相談があり、前職で商業施設の開発を経験していた山中に白羽の矢が立ったのだ。 「庄内に移住して開発の案件を相談されるとは何かのご縁だろうと思い、全力で応えようと」(山中)
これを機に山中は独立。水田の中にホテルを作ろうと思い立つ。設計は母校の慶應SFCで教鞭をとっていた坂茂さんに頼み込んだ。
山中は坂さんが描いた完成予想図を携えて地元企業をまわり、資金集めに奔走する。だが、「町全体が潤う」と訴える山中に「こんな何もない田んぼの中にホテルを作って誰が来るんだ」と、発想は理解されずに門前払いの日々が続いた。
それでも諦めず、事業計画書は100回以上書き直した。すると、山中の声に耳を傾けてくれる人が現れる。県内最大手の山形銀行で専務を務めていた石川芳宏さん。当時は新規事業を支援する部署を率いていた。
「若者・よそ者・バカ者の3つがそろわないと地方は変わらない。おそらくその一人が山中さんだったのではないかと思います」(石川さん)
石川さんの後押しで前代未聞のチャンスが訪れる。役員を前にプレゼンする機会をもらったのだ。
「地元の人は庄内には何もないと言いますが、美しい水田はどこにも負けない観光資源。それに気づいていないんです」という山中の熱のこもったプレゼンに、役員たちは聞き入った。「君にこの事業ができるのかい」と尋ねる頭取には「日本中から見てもらえる町に変えてみせます」と答えた。
「退路を断って来ているということ。それぐらいの情熱と、まちづくりがしたいという思いを、我々も周りも受け止めた」(石川さん)
数日後、山形銀行は4億円の出資を決定。これを機に地元の企業も続々と出資に応じ、23億円の資金調達に成功した。
山形に本社を置く「平田牧場」は最も早く応援してくれた企業だった。
「庄内以外から来る人は、庄内の人よりもいい土地だと理解してくれる。それが伝わります、彼と話していると」(新田嘉七社長)
この資金で4年後には「スイデンテラス」をオープン。ホテルを起点にさまざまな事業も展開し、まちづくりを進めていった。
SHONAIの新たな船出~地方創生で日本一を目指す
3月10日、鶴岡市。社員を集めた山中が社名変更を正式に告げた。その理由を「山形・庄内みたいな田舎からでもできるんだと、価値を証明してきたのがこの10年間。次の10年間は観光・農業・人材の分野で日本一になること」と説明した。
グループ会社3社もそれぞれ社名を変更。これを機に全国展開を加速させる。
例えば人材事業の「クロスローカル」なら、都心に集まる経営のプロ人材を地方企業と繋ぐ求人サイト「チイキズカン」を広める。
このサイトを山中と共に立ち上げたのが「クロスローカル」代表の坂本大典。経済メディア「NewsPicks」の創設メンバーの一人だ。山中とは1年前に出会ったばかり。「フェイスブックで『地方で面白い人に会いたいから紹介してほしい』と投稿したら、いろいろな人を紹介されましたが、一番多かったのが山中君だったんです」と言う。
この日は愛媛で地元の経営者や後継者を集め講演。人材を呼び込むメリットを訴えた。参加した経営者からは「起業はやったことがないチャレンジなので、『チイキズカン』にお手伝いしていただきたいと感じました」(「ネッツトヨタ愛媛」・玉置竜さん)という声が聞かれた。
一方、SHONAIの農業部門のグループ会社「ニューグリーン」が開発したのは「アイガモロボ」だ。ヒントにしたのは名前の通りアイガモ農法。農薬の代わりにアイガモを放ち、雑草や害虫を食べさせる環境にやさしい農法だ。
▽グループ会社「ニューグリーン」が開発した「アイガモロボ」
ロボットならコストが抑えられ、有機農法へのハードルが下げられる。その仕組みは、スクリューで田んぼの泥を巻き上げて雑草の光合成を邪魔し、生えにくくしているというもの。
導入した農家は「朝、自分たちより早く仕事を始めて、夕方4時ぐらいまで勝手に仕事をしてくれる。すごい機械だと思います」(米農家・井上貴利さん)と言う。
新社名の発表会では、新たな企業理念もお披露目された。共有する想いは「地方の希望であれ!」。熱い想いは山形を飛び出し、日本中に広がっていく。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
ある若者が庄内平野を眺めていた。この風景を多くの人に見てもらいたい、山中氏は、小学校時代を海外で過ごし、アヤックスのユースに入り、帰国後も背番号11で足は速かった。大学までスポーツ漬けで、会社に入ったばかりのころはExcelが使えず電卓で計算した。庄内平野を眺めていたのはそんな人だった。
ここにホテルを造る、ホテル建設は多くの人に反対されたが、造った。総工費41億円。今はSORAIという教育施設をはじめ、8つの事業を展開している。やることは速く広く、背番号11の快足を思い起こさせる。