この記事は2024年3月7日に「テレ東BIZ」で公開された「社会課題を克服する! “異次元の発想力”の全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
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新型コロナ対策の希望~ウイルスを死滅させる装置を発明
思考に没頭すると「シャワーを浴びていて、気が付くと1時間が経っている」「新幹線に乗ろうとホームにいると、3本くらい行ってしまう」と言う、発明家でネジロウ社長・道脇裕(46)が3年ぶりに再び登場した。彼の発明に関わった人たちは「エジソンみたいな天才」「ノーベル賞をとれる人」「変人だけどイノベーションを起こせる」と口を揃える。
▽発明家でネジロウ社長・道脇裕さん(46)が3年ぶりに再び登場
長野市の救急病院「長野赤十字病院」の集中治療室に患者が次々と運び込まれていた。5類に移行した新型コロナウイルスが今年に入ってまた猛威を振るっているのだ。
「病床率は毎日が自転車操業。10人入って10人が出る。少しも減っていない厳しい状況です」(倉石博呼吸器内科部長)
しかし、患者が集まる病院でも効果的な感染対策はなく、換気に頼っているのが実情だ。
「病院内も残念ながら安全とは言えません。狭い空間なので、1人が感染すると他の患者さんも非常に危ない」(倉石さん)
この病院では3年前、実際に院内感染が発生。患者と職員の9人が感染し、5人が命を落としてしまった。
そんな苦い経験を持つ病院に、この日道脇が運んできたのは、3年かけて完成させた機械「ドクターエアー」だ。空気清浄機と使い方は似ているが中身はまったく違うと言う。
「空気中に含まれているウイルスや細菌類を死滅させる装置です」(道脇)
▽3年かけて完成させた機械「ドクターエアー」
つまり、これだけでコロナを撃退できるという待望の発明だ。装置の吸い込み口から吐き出し口まで、0.05秒の間にウイルスを不活化、感染力をなくすことができる。今回、この病院は3台の導入を決めた。
「大きな武器になります。こんな製品は他にない。ぶっ飛んでいます」(出口正男副院長)
しかし、初めて見た医師は「本当なのかな」と半信半疑。一通り説明を聞いても、まだ信じがたい様子で「感染が本当に減るのか。減るならありがたいですが……」(倉石さん)。
実は3年前、番組は「ドクターエアー」の効果の検証に立ち会っていた。北里大学の微生物学の権威、北里英郎医療衛生学部長に協力を仰いだ。
道脇が考えだした仕組みとは、まず筒の中心部に紫外線を出すランプを置き、その周りは道脇考案の紫外線を反射する素材と形状に。これで超高濃度の紫外線空間が生まれ、ここを通ったウイルスは不活化するという発明だ。
▽超高濃度の紫外線空間が生まれ筒を通ったウイルスは不活化するという発明だ
「紫外線は減衰してしまうので、高度な反射率を保つことは難しい」(道脇)
検証の結果、培養液の中に入っている新型コロナウイルスに「ドクターエアー」を使ってみると、99.999%の新型コロナウイルスの感染力がなくなっていたのだ。
あれから3年。改良を重ね、「ドクターエアー」は今年1月にようやく完成。処理能力を試作機の1,000倍までパワーアップさせ、一台76万7,800円で売り出した。6畳間なら約9分で部屋中の空気を吸い込み、新型コロナウイルスを不活化できると言う。
「新型コロナウイルスやインフルエンザ、耐性菌などウイルスや菌類はみんな死滅します」(道脇)
緩まないネジから始まった~発想力で難題を続々と解決
東京・文京区のネジロウ本社。オフィスの壁という壁はホワイトボードで、訳のわからない数式や図形がビッシリ。これが発明のアイデアの素だ。
道脇の名を世に知らしめた発明品が緩まないネジ、「L/Rネジ」だ。それまでの常識だった螺旋構造を捨て、新たなネジ山を考案。右回りと左回りのナットを同じネジで使えるようにした。
こうして締めれば、振動で上のナットが緩もうとしても下のナットは締まろうとする。二つが逆方向の動きになるので、絶対に緩まないのだ。ネジの誕生から2000年。不可能と言われた問題を解決した道脇の発明だ。
「“可能辞典”に載っていないことはみんな不可能だと思っている。でも『緩まないネジはできる』と考えたら『どうすればいいか』という思考に変わる。たいていのことはできてしまいます」(道脇)
道脇は企業とタッグを組み、社会課題を解決する事業にも力を注いでいる。
栃木・小山市の東京鉄鋼本社工場。大手鉄鋼会社と共同開発しているのは建設業界の未来につながる、建設現場に効率化を生む部品だ。
「建設現場に人手が足らず現場を回せなくなっている。省人化技術をどんどん開発して世に出していきます」(道脇)
建設業界をも直撃する2025年問題。現場では90万人の職人が不足すると言われている。そうした中で道脇が取り組んだのが鉄筋の改革。これまでは熱で溶かして接合してきたが、1カ所を繋げるのに5分もかかっていた。
▽これまでは熱で溶かして接合してきたが1カ所を繋げるのに5分もかかっていた
道脇が考案したのは新しい形の鉄筋。表と裏に突起がついており、さらに鉄筋同士を繋ぎ合わせる継ぎ手も作った。内側には特殊な溝が途中で角度を変えて刻まれている。これを鉄筋に差し込み、90度回転させる。反対側も同じ要領。これだけで固定されるのだ。これまでの方法より強度も増すと言う。
▽道脇さんが考案したのは新しい形の鉄筋、今まで5分かかっていた作業が30秒で終わる
道脇はどんな構造を考えたのか。継ぎ手の中には、特殊な溝が上下互い違いに刻まれている。そこに鉄筋を入れて90度回すと、突起が溝に噛み合う。構造的にはこれだけの話なのだが、なぜか強く固定されるのだ。
共同開発した東京鉄鋼も実は全貌を理解しているわけではなく、むしろ狐につままれたようだと言う。
「うちの開発メンバーや技術者で仕組みが分かっている人はいない。みんな家に持ち帰って一生懸命勉強したけど、誰も分からない。100年先の技術です」(経営企画部長・吉原栄孝さん)
ただしこの技術があれば、今まで5分かかっていた作業が30秒で終わる。東京鉄鋼は今後、全ての鉄筋を道脇式に変える方針だ。
「難しい課題や問題であるほど、誰も挑まないし挑めない。挑んでも解決できないことは往々にしてあるけど、自分がやればできるかな、と」(道脇)
学歴も実績もない…~苦難の発明家に新展開!
2023年の大晦日。道脇は大量の段ボールをオフィスに運び込んだ。
「大晦日は毎年、特許の読み込む仕事にあてています」(道脇)
集めたのは他社の特許。自分が発明を進める前に、関連のありそうな特許をチェックしておくのだ。8,000もの特許、約18万ページを、驚異的なスピードで読んでいく。こんな調子で1年365日、発明に没頭する。
▽大晦日は毎年、自分が発明を進める前に関連のありそうな特許をチェックしておく
「食事するのをやめるとか、呼吸するのをやめるのに近い感覚。『やめる、やめない』ではない。勝手にアイデアが出てくるところもあります」(道脇)
道脇は1977年、群馬県の生まれ。父は大手化学会社の研究所所長。母は大学の物理学の助教授という理系一家だった。
小学校に進むともらった教科書は1週間で読破。すべて頭に入ってしまったと言う。しかし小学校の高学年になると、学校が我慢ならなくなった。
「退屈ですね。分かりきった授業に1年間付き合う。先のことをやらせてほしいと思っても、やらせてくれない。1秒が永遠のように感じる、最大の拷問みたいな感じ」(道脇)
▽学校が我慢ならなく、ついには小学5年生で学校に行くのをやめる
ついには小学5年生で学校に行くのをやめる。自主休学してしまったのだ。その後、中学や高校へはほとんど行かず、漁師や鳶職など興味を持った仕事をして過ごした。
転機は18歳、受験が迫った友達の「微分、積分」といった会話を聞いた時のことだった。道脇は何を言っているのかまったく理解できず、愕然とした。
「周りが大学受験のタイミングで、ひどくかい離していることに気づくわけです。バカを克服するのか。克服しないなら生きていても意味がないと」(道脇)
そんなどん底の道脇の前に現れ、救いの手を差し伸べた恩師がいる。出会った当時は塾の講師をしていた佐藤敦さん。大検を受けるために通った塾で出会い、意気投合した人物だ。
▽どん底の道脇さんの前に現れ救いの手を差し伸べた恩師、佐藤敦さん
「言うことがあまりにもぶっ飛んでいるので、普通は頭がおかしいと思いますね。僕だけです、天才だと見抜いたのは」(佐藤さん)
「分かってもらえなくても『分かっているよ』と包んでくれる。そんな大人に出会ったのは初めてでした」(道脇)
道脇は3カ月間勉強し、大検に合格。すると佐藤さんから「アメリカ留学に行かないか?」という電話が入る。佐藤さんは留学にかかる費用500万円を用意していた。しかも「『これは貸しじゃないから返さなくていい』と。『世の中に大きな形で返すはずだから、それで返済したことにしてほしい』と」(道脇)。
「世の中の役に立つことをして恩返しする」これが道脇の人生の目標になった。
それから12年後の2009年、道脇はネジロウを創業。最初に作ったのが「L/Rネジ」だった。
▽12年後ネジロウを創業、最初に作ったのが「L/Rネジ」だった
この画期的な発明品はさまざまな賞を獲得、道脇は世界に誇るべきニッポンの100人という雑誌記事にも選ばれた。しかし、道脇のネジは世の中に広まらない。
「どこからもオファーがなかった。メーカーは完全否定でした」(道脇)。自動車メーカーやゼネコンに持ち込んでも「実績がない」という理由で、軒並み不採用となった。原発事故を受けて道脇が作った放射線をブロックできる水の壁も、採用されることはなかった。
それでも道脇は諦めない。佐藤さんと交わした約束を胸にひたすら発明し続けたのだ。
「とにかく世の中に還元する。めげずにこりずに、ほふく前進をしてでも歩み続ける。半歩でも1ミリでも1マイクロメートルでも進もう、みたいな」(道脇)
報われない日々が続いた道脇だが、3年前に潮目が変わる。世界中に約10万社の取引先をもつ世界最大の鉄鋼商社「メタルワン」からタッグを組もうと声をかけられた。
▽世界最大の鉄鋼商社「メタルワン」からタッグを組もうと声をかけられた
そして、メタルワンの取引先の課題解決にあたる会社「ネジモ」を2021年、共同出資で設立した。
「稀な能力をお持ちの人と愚直に取り組む会社だから、タッグを組めないかと」(「メタルワン」久富成祥さん)
簡単につながる鉄筋を一緒に開発した「東京鉄鋼」も実は「メタルワン」の取引先。不遇の続いた天才発明家は、その発想力を思う存分使える場所に立ったのだ。
「『どこでもドア』を手に入れたのに近いかもしれません。どの分野にもアクセスできる。世界中に課題解決で技術を普及できたらいいなと思います」(道脇)
驚きの発明品が続々誕生~インフラ工事に革命?
道脇は今、1万キロあるうちの4割が老朽化していると言われる日本の大動脈・高速道路の課題解決にも挑んでいる。現状の高速道路は、アスファルトの下のコンクリートがひび割れ、中の鉄筋は錆びついている。
▽道脇さんは今、日本の大動脈・高速道路の課題解決にも挑んでいる
「第1回の東京オリンピックの頃に建設されたものが多く、さらに老朽化が進むともう間に合わない」(道脇)
改修工事を急ピッチで行っているが、思うように進んでいないのが現状だ。改修は劣化したコンクリート板を剥がし、そこへ新しい物を入れていくため、時間がかかる。クレーンで吊り上げ、所定の場所へミリ単位の正確さで設置しなければならないのだ。さらに間の部分は、後からコンクリートで繋げなければならない。
そこで道脇が発明したのは、工事のスピードを10倍にする方法だ。作ったのは、コンクリート板をつなげる連結器具。
▽作ったのはコンクリート板をつなげる連結器具
今まではミリ単位の正確な設置が必要だったが、道脇式ならだいたいの場所におけばOK。ネジを締める力でコンクリート板を動かし、正確な位置に調整できるようにしたのだ。
これなら間にコンクリートを打つ必要もなく、作業時間は以前の10分の1に。インフラ工事に革命が起きるかもしれない。
▽間にコンクリートを打つ必要もなく作業時間は以前の10分の1に
「今日の非常識を明日の常識にするのがイノベーションだと思っているので、“明日の常識”をつくっていきたいと思います」(道脇)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
道脇氏に聞いた。「小さいとき友だちはいたか」。彼は、友だち?と、不思議な表情をした。意味がわからないのではと思った。就学前くらいまで耳がよく聞こえなかった。そのため文字が苦手だった。聴力は徐々に戻ったが、小学校の低学年ではひたすら機械を分解した。
Dr.AIRは深紫外線を増幅させ、超高濃度紫外線空間を作り出すことにより、吸い込んだ空気を装置内に0.05秒以上かけて通過させることで測定限界値以上のウイルス除去を実現、といっても、わけがわからない。天才は日本酒が好きらしい。天才が教えてくれた日本酒はすごくおいしかった。