この記事は2024年4月4日に「テレ東BIZ」で公開された「“人に伝えたくなる商品” 老舗メーカー V字回復の舞台裏:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
油汚れ、黒カビ、焦げ…~大バズり洗剤の秘密
静岡・浜松市に住む清川佳代さんは「レンジフードの汚れが取れない」など、掃除に悩んでハウスクリーニング業者を呼んだ。
業者がファンを取り外すと、レンジフードには油汚れがベットリついている。これを60度のお湯につけて、取り出したのが「アズマジック」という油汚れ用の洗剤。漬けておくだけで油汚れがどんどん溶け出していく。約1時間後には、こびりついていた汚れがきれいに落ちていた。
続いてシンクのパッキンについた黒カビ。これまでさまざまなカビ取り剤を試したものの、落ちなかったという。ここで使うのは「アズマジック」のカビ取り剤。ジェル状で液だれしにくいので、根が深いカビにもしっかり浸透するという。2時間後に拭き取ってみると、黒カビが見事に落ちた。
続いては浴室。使うのは「アズマジック」の浴室用洗剤。カビや水垢など、汚れの種類によって洗剤を使い分け、すみずみまで掃除していく。2時間ほどで終了。水垢がこびりついていた棚はきれいに。ひどかった黒カビも見事に落ちた。
ハウスクリーニング業者は「我々のようなハウスクリーニングのプロが実際に現場で使用して、効くかどうかという情報をフィードバックして作っている洗剤なので、かなり落ちはいい」と言う。
SNSで効果を称賛する声が相次ぎ、大人気となった「アズマジック」。ホームセンターでも売れていて、「スーパービバホーム」八王子多摩美大前店には専用売り場まである。そこには「シリーズ累計800万個突破」の文字が。用途に応じて11種類(1,310~2,240円)ある。業務用をより安全性を高めて家庭向けに開発したものだ。
「アズマジック」を作っているアズマ工業は、ありとあらゆる掃除グッズを製造している掃除用品の専門メーカーだ。掃除用品売り場を見てみると、ほうきやモップに「azuma」の文字が。メーカー名は知らなくても「実は使っている」というケースは多い。
例えば「玄関タイルブラシ」。水だけで汚れが落ちるとSNSでバズり、年間100万個を売る大ヒット商品になった。水をつけてこするだけでこびりついた汚れがきれいに落ちていく秘密は、緑と白の2つの繊維にある。硬い緑の繊維が汚れをかき出し、柔らかい白の繊維がその汚れを拭き取るという。
掃除ひと筋128年~アイデア商品続々登場
アズマ工業の本社は静岡・浜松市。創業128年の老舗掃除用品メーカーだ。従業員数166人、年商64億円。これまで数々のアイデア商品を作ってきた。
社長・山下智樹(49)が「2,000アイテムほどある」と言いながら、ショールームを案内してくれた。「メラミンスポンジ」を日本で初めて掃除用品として売り出したのはアズマ工業だ。
「全社員からアイデアを集めるんです。『こういう商品を作ったら便利だ』と、やっぱり考えるのが大事。考え続ける。なかなかぱっと思いつかないので」(山下)
1896年、ほうきなどを扱う荒物問屋として創業。1954年には画期的なほうきを自社開発し、全国で販売する。
「いわゆる『カバーほうき』はアズマ工業の発明で、穂の部分を鉄板でガチャンと留めた」(山下)
「カバーほうき」はそれまで主流だった手編みのほうきより軽く、値段も安いことから大ヒット。室内用の座敷ほうきで全国シェアトップとなった。
その後も、次々とアイデア商品を開発。1965年発売の「アズロンモップ」は「バケツの中でカバーの上から絞ることで手が汚れない」(山下)。コップ洗い用のスポンジ「カップグリーン」(1967年発売)は、二股のスポンジで挟んで内側と外側を一度に洗えると、飲食店で大ヒットした。
1990年にはシートを付け替えられる「フローリングワイパー」を他社に先駆けて発売。ちりとりにほうきが収納できる「チリトーレ」は1992年に発売された。
2000年代に入ると100円ショップの台頭などで売り上げは一気にダウンしたが、2012年に山下が社長に就任するとV字回復した。山下は「客の声を聞く」を徹底した。
ヒットの秘密は「客の声」~商品開発の舞台裏
客の声を聞く1~実演販売。
静岡市のホームセンター「ジャンボエンチョー」下川原店に販売部・鈴木卓臣がやってきた。始めたのは「玄関タイルブラシ」の実演販売だ。その目的は売ることだけではない。客との会話を終えるとメモを取り出し、話した内容を書き込んでいく。
「お客さんがどういう汚れで困っているとか、悩んでいるとか、どういう商品が欲しいとか。お客さんの声を営業一同が各地で集めて、会社に情報を出しています」(鈴木)
集めた客の声は社内で共有。新商品の開発に活かしているのだ。
客の声を聞く2~一緒に開発
特販部営業課・中西健斗がやってきたのは愛知・西尾市の生協「コープあいち」西尾センター。そこに組合員が集まっていた。
中西が取り出したのは、開発中のフローリングワイパー用クロス。拭き取った汚れが、水で洗うだけできれいに落ちるという商品だ。
「クロスや雑巾についた汚れ自体が簡単に落ちて、お手入れが楽になる」(中西)
試作品を使ってもらい、改良点を探ろうというのだ。実際にワイパーに付けて使ってもらうと、クロスのすべりが悪く使いにくいという声が続出した。
こうして消費者と一緒になって商品開発を進めているのだ。
客の声を聞く3~無料のサービス
ホームクリーニング事業部の堀井彰人が行っているのが、家の汚れに悩んでいる客にリモートで掃除のやり方を教えるサービス。料金は無料で、その代わりにやりとりを動画で配信し、商品のPRにつなげている。
「お掃除に関して皆さん悩まれている。お客様の声を受け止めて、それを(商品に)反映していくことが口コミにつながると思っています」(山下)
27歳で迎えた大ピンチ~「人に伝えたくなる」商品を
山下は1974年、広島で生まれた。97年、立命館大学大学院に進学。当時、結婚を前提に交際していたのがアズマ工業社長の娘、雅代だった。
「ご両親にご挨拶に行って『結婚を前提に付き合っています』という話をしたら、『ゆくゆくアズマ工業に入る気があるのであれば、今から入ってほしい』と」(山下)
2000年に大学院を修了すると、結婚と同時にアズマ工業に入社する。その直後、義理の父で三代目社長の修右に重いがんが見つかった。山下は27歳の若さで副社長に就任。会社の舵取りを任されることになった。
「やれるかやれないかじゃなくて、もうやらざるを得ないと」(山下)
だがまさにそのころ、100円ショップが台頭。安い掃除用品を売るようになっていた。価格競争に巻き込まれたアズマ工業は売り上げが激減。すると社員の不満が噴出し、その矛先は副社長の山下に向かった。
「売り上げが立たないのは副社長のせいだ。うまくいかないのは副社長のせいだ。そんな声はよく聞きました。苦しいなと思ったのは事実です」(山下)
なんとか売り上げを伸ばそうと山下は次々と新商品を開発。その一つが、延長用の棒がつけられる食器洗いスポンジ。ジョッキの奥まで洗えるようにと考えたのだが、棒をつけるのが面倒だと、まったく売れなかった。フローリングワイパーにつける香り付きのウェットシートも「これも売れなかった。香るところまで求めてなかったということでしょうね」(山下)。失敗の連続で苦しい状況が続いた。
そんなある日、転機となる出来事が。ホームセンターで実演販売に立った山下はガラスワイパーを必死に売り込むが、立ち止まる客はほとんどいなかった。そこに、山下を店員と勘違いした客が、近くの棚にあった他社の洗剤を持ってきて「こっちを売った方がいいわよ。本当によく落ちるの」と言う。女性は嬉しそうに商品の良さを話し続けた。
「びっくりしましたね。全然関係のない私に商品の良さを伝えてくる。我々はいろいろな商品を作ってきましたが、『わざわざ商品の良さを人に伝えたくなるような商材を作っていたのかな』と自問自答しました」(山下)
それまでメーカー目線で自分たちが良いと思う商品を作っていたが、消費者目線で客が欲しいと思うものを作ることにしたのだ。その最初の商品が「アズマジック」。
「プロが使うような強力な洗剤が欲しい」という客の声に応えて開発した。その後も客の求める商品を次々と発売。復活の糸口が見えた2012年、山下は社長に就任。アズマ工業をV字回復へと導いたのだ。
「おそうじ塾」って何?~プロの掃除を届ける
前出のアズマ工業のハウスクリーニング担当・堀井が客の家を訪ねた。依頼されたのは浴室の清掃だ。すると堀井は、連れてきた研修中の男性にやり方を教え始めた。洗剤や用具の使い方を実際の現場で学んでいくのだ。
いまアズマ工業ではこうした研修に力を入れている。浜松市の研修施設にある「おそうじ塾」の中に入ってみると、大量のエアコンが並ぶ部屋で研修生たちが掃除の練習をしていた。メーカーや機種によって分解や清掃方法が違うため、どのエアコンにも対応できるよう、ここで練習を重ねるのだ。
先ほどの研修中の男性はアズマ工業の社員ではなく、「ムラキ」の河原崎晃平さんだ。
「もともとは新聞販売店です。新聞を読む人が減ってきたり、企業が打つチラシもだいぶ減っているので、新しく第二の柱として(清掃業を)やろうかなと」(河原崎さん) 運送業者「城南」の吉田智暁さんも参加していた。
「ガソリンの高騰などで切羽詰まる状況があったので、新規事業として清掃を始めました」(吉田さん)
「おそうじ塾」は、こうした人たちが独立、あるいはフランチャイズとして開業するのをサポート。開業後も提携することでハウスクリーニングのネットワークを広げている。
一方、社長の山下もエリア拡大のため、奔走していた。
「スーパービバホーム」八王子多摩美大前店の売り場に並んでいたのはハウスクリーニングの注文カード。客が手軽に注文できるよう、このホームセンターに代理店になってもらったのだ。
「『どの業者に頼んでいいかわからない』とか『ちょっと怖い』とか、いろいろある。ホームセンターの冠があると、安心して頼んでいただけます」(店長・福冨豪さん)
「店舗を構えていると逃げられないので、自ずと信頼が生まれる。普段からのつながりもある」(山下)
現在、ホームセンターやスーパー、ドラッグストアなど20社と提携。代理店は全国300店以上に拡大している。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
「マルチ洗剤」「油汚れ洗剤」「ガラス洗剤」「浴室洗剤」「苔取り剤」「鏡のウロコ取り」クリームタイプの研磨材「浴槽の湯垢取り」、「ステンレスの磨き剤」「IHの焦げ付き取り」それらのすべては、昭和の中頃、座敷箒の全国シェア50%を誇った山林商会(今のアズマ工業)の吾妻箒からはじまっている。
しなやかな掃き心地を生みだすために、箒草の軸の部分を切り落とし、穂先だけを均一にそろえたものをまとめた。アズマ工業は「使う人」のことだけを考えて、半世紀以上の長さを生きてきた。