この記事は2024年3月14日に「テレ東BIZ」で公開された「商売の本質を見極めろ! 常識を超える問屋ビジネス:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
現場の悩み解消で絶好調~苦難の業界でも儲かる秘密
現場の悩みを解消してくれるという台車がある。一般的な台車と比べて、動かした時の音が抑えられている。ユーザーは「以前は騒音のクレームがあったが、この台車にしてからはない」と言う。
静かさの秘密はタイヤ。衝撃を吸収する特別な樹脂を使っている。さらに底板をわざと隙間だらけにし、音を反響しにくくした。重さは一般的な台車より4キロほど軽い。静かで持ち運びも楽と、累計60万台を売る大ヒットとなった。
▽静かで持ち運びも楽と累計60万台を売る大ヒットとなった「台車」
現場が喜ぶ商品を作る会社、トラスコ中山の本社は東京・港区の新橋にある。
この日、行われていたのは新商品開発会議。東京PB商品課に来て2年の田部友理がプレゼンしていた。彼女が提案したのは高所作業などで職人がベルトと工具をつないでおく「安全ロープ」。現行品は10年前の商品。ロープがコイル状になっていて絡まりやすい欠点があった。ユーザーからは「力を入れないと伸びないので疲れやすい」という声が上がっているという。田部が考えたのはストレートなゴムタイプの新製品。絡まりにくく、今までより少ない力で伸びるようにした。
▽「これ、伸びる距離が短くない?」と言いながら伸縮性を入念にチェック
説明を聞いていたひとりの男性が何回も引っ張り始めた。「これ、伸びる距離が短くない?」と言いながら伸縮性を入念にチェック。さらに金属の留め具にも「手袋をしていたら操作しにくい」と、ひと言。田部は職人用の腰ベルトも改良しようとしていたが、これにも鋭い指摘が飛ぶ。
「これは水洗いOK? 職人さんは夏に汗をかくから『臭い』となる。できるなら『洗濯可』と書かないといけない」
現場思いの意見を次々と出しているのがトラスコ中山社長・中山哲也(65)だ。
▽「使う身になって考えないといい商品はできない」と語る中山さん
「腰ベルトに工具をつけて社内をずっと歩き回ってみないと。それくらいすれば『もう少しこうすればいい』とわかる。使う身になって考えないといい商品はできない」(中山)
トラスコ中山はこのように自社ブランドの商品も作っているが、ビジネスの本丸は問屋業。全国のホームセンターや商社に部品などを卸すBtoBの企業だ。多くの業界で問屋が減るなか、売り上げは2,600億円に達する。
▽トラスコ中山のビジネスの本丸は問屋業、売り上げは2,600億円に達する
「人が思いつかないことをやる、人がやらないことをやるのがビジネスの“一番の鉄則”かな」(中山)
戦略1 「在庫は少なく」は間違い~メリットだらけの大量在庫
埼玉・幸手市にあるトラスコ中山の国内最大級の倉庫「プラネット埼玉」。ここだけで59万種類、658万個という膨大な量の在庫を抱えている。中には工場に貼られる「火気厳禁」の看板やコンクリートを削るドリルなど、現場で使うありとあらゆる物が置かれている。12メートルのハシゴなど、滅多に売れない物まで置いている。
▽12メートルのハシゴなど滅多に売れない物まで置いている
「工事中に『はしごの長さが足りない』『できるだけ早く欲しい』というご要望がある」(中山)
客の要望にすぐに応えられるように在庫を大量に持つ。「過剰在庫は悪」という常識を破り、今も在庫を増やし続けている。その結果、トラスコ中山を頼る会社が増えて取引先は5,632社に拡大。便利さが認められ、今ではライバルの問屋からも注文が入ると言う。
「とにかくどんな好みにもしっかり応える。こんな在庫の置き方をしている無駄な会社はあまり世の中にはないですけど」(中山)
これだけ在庫を持ちながら商品の廃棄率は約0.1%。ほとんど無駄を出していない。
膨大な在庫を実現するためにトラスコ中山は収納にも力を入れ、最先端のシステムを導入している。例えばピックアップのロボットが動く、売れ筋商品を保管するコーナー。通常は棚の両脇に通路があるが、トラスコ中山はこのスペースをなくし、固めて商品を置く「高密度収納」を実現した。
▽固めて商品を置く「高密度収納」を実現した
「非常に収納効率がいいです。トラスコの武器の1つでもあります」(中山)
この収納は作業効率も抜群だ。例えば上から5番目の商品を取り出す時は、まずロボットが4番目までの商品を上に引き上げ、脇に置いておく。そして5番目をピックアップし、運搬。つまり、人手をほとんどかけず作業できる。
他にも商品のサイズや出荷頻度によって合計5種類のハイテク収納システムを導入。このやり方で大量在庫を実現しているのだ。
戦略2 早い!便利!助かる!~客を喜ばせる即納システム
大量在庫が生みだす最大のメリットが即納、即納品だ。即納を実践するため、業界では少なくなっている自社物流にも力を入れる。
自前のトラックで配達に向かったのは、金属加工の工具などを扱う、さいたま市の「東京山川産業」。現場から特殊な刃物の発注があり、メーカーではなくトラスコを頼ってきたと言う。担当者は「26ミリの穴を開けるドリルです。午前中に発注すれば午後に納品していただける。本当に早い。メーカーさんに頼むと1、2日かかってしまうので」と言う。
これを可能にしているのが1日2回、同じ取引先を回るルート配送。一見無駄が出そうだが、実は合理的。注文のたびにコストと人手をかけて配送しなくて済む。
▽1日2回、同じ取引先を回るルート配送
午前11時までに注文すれば午後には届き、夕方6時までに注文すれば翌日の午前には届く。このスピードは他の追随を許さない。配送料は無料。電池1個でも届けてくれる。
さらにルート配送だから、納品のついでにコストをかけず返品や修理品を回収できるのだ。「精密機械は梱包を厳重にしなければならないが、梱包せずに配達員に渡せるのでとても助かっている」と言うユーザーもいた。
大量在庫と即納、取引先の便利さを追求する戦略で顧客をガッチリと捕まえたトラスコ中山。厳しいと言われる問屋でありながら、売り上げはこの30年で3倍以上に。創業時、数人だった従業員は今や3,000人になった。
幹部を前に、中山は大切にしている思いを語った。
「常識の範囲内でやっていたら常識は超えられない。若い皆さんには新しい常識にチャレンジしてもらいたいと思います」
客のニーズを追い続ける~業界最後発からの逆転劇
朝7時、大きなキャリーケースを2つ持ち歩いて中山が出社してきた。キャリーケースの中身は資料。直近の仕事に関する物だと言う。もう1つのキャリーケースには先々の仕事に関連した資料が詰まっている。
▽キャリーケースには先々の仕事に関連した資料が詰まっている
中山はかなりの心配性だ。名刺入れとは別に長財布と手帳の中にも名刺を入れている。「名刺を切らさないことを心がけています」と言う。そして名刺入れには、もしもの時のために1万円札を忍ばせている。
▽名刺入れには、もしもの時のために1万円札を忍ばせている
「社員は笑っていますが、経営としても「心配性」は大事。成長著しい業界ではないので、その中を生き抜くためには細心の注意を払うことが大事だと思います」(中山)
トラスコ中山が「中山機工商会」として創業したのは1959年、父親が大阪で起こした工業用商材の問屋だった。業界最後発だったが、ドラム缶で仕入れたサビ止め剤を小分けにして売るなど、先行するライバルとは違った品揃えで客を増やしていった。
▽小分けにして売るなど先行するライバルとは違った品揃えで客を増やしていった
中山は1981年、近畿大学を卒業後に入社。倉庫から始まり、配送、経理と、じっくり現場を経験し、体で仕事を覚えたと言う。
「勉強では何周も遅れたかもしれないけど、社会人のスタートラインでいったんリセットされた。今度は絶対周回遅れにはならないという気持ちを持っていました」(中山)
次第に大きくなったのが、ライバル会社に追いつきたいという気持ち。ある日、先輩に「なぜ追いつけないのか」と聞くと、「使っている交際費の額が違う」という答えだった。
「飲み食い接待で買ってもらうのが主流の時代だったのですが、やはり必要な商品を届けることだろう、と。それが一番分かりやすい本質ですよね」(中山)
追求すべきは客のニーズに応えること。これが後の経営の原点になる。
1994年、中山は35歳で社長に就任。まず、「会社はどこに向かうべきか?」と、10日間社長室にこもって考えた。ライバルとどう差別化するか、そもそもこの会社は何のために存在しているのか。そこで打ち出したテーマが「がんばれ!日本のモノづくり」だった。製造業と向き合い、現場に必要とされる問屋になると決めた。
「自分の頭で考えると、世の中にはない面白い答えや教科書にはない答えがいっぱいあると気付いた。とにかく考えて、考えて、最善の方法を探していこうと」(中山)
ここから教科書にはない、在庫を大量に持ち即納するという戦略を進めていく。
さらに4年前には、これまでの戦略を進化させたサービスをスタートする。商品を買い手の倉庫で保管するサービス「MROストッカー」だ。
神奈川・南足柄市の取引先「守山乳業」の製造現場で、ゴム手袋が切れた。製造スタッフが向かった先は工場の奥にある倉庫。実はここに、リクエストがあった商品をあらかじめ置かせてもらっているのだ。
▽「MROストッカー」スマホアプリで処理をすれば、必要な時に必要なだけ買える
スマホアプリで処理をすれば、必要な時に必要なだけ買える。参考にしたのは「富山の置き薬」。ほしい時にほしい分だけどうぞという、まさに「究極の即納」システムだ。
「在庫がなくなったらすぐに買えるのでとても便利です」(「守山乳業」担当者)
客も社員も満足させたい~手厚すぎる?驚きの制度続々
トラスコ中山の社員の平均年収は700万円以上。さらに特別収入が得られるなど、社員のために他にはないさまざまな仕組みを作っている。
幸手支店の嘉数遥香は、普段営業として取引先を回っているが、休日には自社の倉庫で働いている。利用しているのは「社内副業制度」。希望すれば、休みの日に普段とは違う部署で働けて、別に給料がもらえるのだ。
▽「社内副業制度」休みの日に普段とは違う部署で働けて別に給料がもらえる
「海外旅行に行きたいのでその資金を貯めようと。丸1日ではなく半日でも働けるので、空き時間にあった働き方ができるのもメリットだと思います」(嘉数)
一方、最近では導入している企業が目につく社内託児所だが、トラスコ中山が他と違うのは保育士を正社員として採用していること。預ける相手が同僚なので、親も安心だ。
「仕事のことが分からない人に話しても状況を理解してもらいにくいと思いますが、ここは仕事のことも分かってくれているので、相談しやすいです」(利用者)
▽トラスコ中山が他と違うのは保育士を正社員として採用していること
社員食堂などで働く料理人や栄養士もトラスコ中山は正社員として雇っている。
『おいしい物を食べさせたいと思っている人に包丁を握らせる。愛情を込めて社員の健康を考えてくれる人に料理を作らせたい』(中山)
この他にも、「有給休暇は何日でも無制限に積立できる」「不妊治療のために1年間、休職することができる」などの仕組みが。新入社員に対しては、「新社会人支度金制度」として、実家から通う場合は10万円、1人暮らしの社員には20万円を現金で支給している。
「社会人となって家具や家電など必要なものが多いので、とても助かりました」(2024年4月入社予定・佐々木亜優)
~村上龍の編集後記~
買い手からすると、品揃えも在庫も多ければ多いほどいい。在庫は少ない方がいいというのは売り手の理論。
「MROストッカー」。ものづくり現場で使用される工場用の商品を、事前に棚に置いておく納期ゼロの即納サービス。置き薬の工具版。
「この会社は何のためにあるのか」というのが原点。日本の製造業のために役に立たなければという思いで、いろんなことを改善したり、改革した。趣味は仕事くらいしかない。毎朝午前4時ごろに起床。考え事は山のようにあるけど悩み事はゼロ。幸せな人だと思う。