この記事は2024年5月1日に「The Finance」で公開された「世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察」を一部編集し、転載したものです。


世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
(画像=batjaket/stock.adobe.com)

マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与(以下 「マネロン等」)対策に関してグローバル規模で規制が強化されています。マネロン等の金融犯罪は、 近年、 複雑化 ・ グローバル化しており、特に国際業務を行う銀行ではKYC 業務が不可欠なコンプライアンス要件となっています。 そこでFenergo社では、日本を含む世界6カ国において国際業務/法人取引業務を行う銀行の経営層を対象として、KYC業務の状況やテクノロジー活用に関するグローバル調査を行いました。 本稿では、各国の規制動向を踏まえ、KYC業務にかかる負担の現状やテクノロジーの可能性について、主な結果と見解を述べます。

目次

  1. 調査の概要
  2. 主な調査結果
  3. まとめ

調査の概要

世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
(画像=The Finance)

Fenergoは英国調査会社Censuswideに委託し、2023年9月から10月にかけて、イギリス、米国、オーストラリア、シンガポール、ドイツ、日本の計6か国で国際業務/法人取引業務を行う銀行のコンプライアンスやリスク管理、情報システム等を統括する経営層を対象にKYC業務やテクノロジー活用に関するオンライン調査を実施しました。有効回答数は1,164、うち日本の有効回答数は203でした。

主な調査結果

世界6カ国におけるKYC審査1件あたりの平均費用は、前回(2022年実施)調査よりも17%増加し、2,598ドルに上昇しました。最も上昇した国はオーストラリアで、2022年比で31%増加し、2,608ドルでした。シンガポールもコスト抑制に苦労しており、26%増加の2,753ドルでした。イギリスも19%増加し2,613ドルでした。最もコストを費やしているのはドイツで、2,856ドルでした。

グローバルでのKYC関連の平均従事人数に関しては、31%が「1,501〜2,000人」、31%が「1,001〜1,500人」でした。回答者の22%は依然として2,000〜3,000人を雇用しKYCを実施しています(「グローバルでのKYCの従事人数」グラフ参照)。尚、グローバルでのKYC平均従事人数は1,566人で、前回(2022年実施)の調査結果1,831人と比較して14%減少しました。グローバルでのKYC平均従事人数が減少した要因は、技術の進歩による効率化だけでなく、スキルを持つ人材の不足やアウトソーシングも挙げられます。具体的には、リスク管理やコンプライアンス関連部門は世界的な人材不足に直面していること、さらに、金融犯罪防止に関わる運用リソースをアウトソーシングする金融機関が増加していることも一因であると考えられます。

世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
(画像=The Finance)

グローバルにおける中リスクの顧客のKYC審査に要する平均時間は、121~150日が全体の26%と最も多い結果となりました。国別で見ると、アメリカは82日であり、前年と比べ35日短縮しました。日本は4日短縮され76日でした。ドイツは平均106日と調査対象国の中で最長でした(「中リスクの顧客のKYC審査に要する平均時間」グラフ参照)。

世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
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世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
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世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
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世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
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テクノロジー投資のリスク重点項目について、6カ国すべてにおいて「情報・サイバーリスク」「オペレーショナルリスク」が上位にあげられました。特に、アメリカでは「オペレーショナルリスク」が筆頭となりました。日本、イギリス、オーストラリアでは「金融犯罪リスク」が引き続き注視されています。これは規制監視レベルが高いことに起因するものと考えられます。オーストラリアでは、主要銀行に対するAML(Anti-Money Laundering)制裁措置が過去数年間に実施され注目を集めたことから、金融犯罪リスクに対する経営幹部の関心が高まっています。日本では、レピュテーションを守ることに関心が高く、金融犯罪リスクは銀行にとって引き続き優先度の高い事項です。

世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
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日本では、マネロン等防止のために行動検出やルール・分析を含むAI活用が優先されています。金融犯罪リスクの効率的な検出・防止を目的としたAIや機械学習(ML)の導入機能は、「行動検出」(58%)、「ルール・分析」(56%)、「ケースマネジメント」(44%)でした。

世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
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日本の銀行では、効率化を進める一方で、KYCコンプライアンスおよび顧客オンボーディングにおいてデータ管理と顧客体験に関する課題を抱えています。非効率なオンボーディングが原因で顧客を失ったことのある経験がある銀行は49%となりました。

世界6カ国におけるKYC業務調査レポートからの考察
(画像=The Finance)

※本調査結果を引用の際は、必ず「Fenergo(フェナーゴ)調べ」の記載をお願いします。

まとめ

世界6カ国におけるKYC審査1件あたりの平均費用は、前回(2022年実施)調査よりも17%増加し、2,598ドルに上昇しました。コスト増加の一因として、手作業への依存、世界的なリスク管理やコンプライアンス関連部門の人材不足などが挙げられます。グローバルにおける中リスクの顧客のKYC審査所要時間は、121~150日が最も多く、オンボーディングにコストと手間を要しているKYCの状況が明らかになりました。
今回の調査では、KYCの現状は国毎に異なることがわかりました。これは、各国の金融犯罪対策やマクロ経済状況等が影響していると考えられます。
日本では、金融庁が各金融機関に対し、「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」において、2024年3月末までに態勢の整備完了を求めていたことを背景に、銀行ではKYCの効率化、業務スピード向上に取り組んでおり、AIや機械学習といった最新テクノロジーの活用が進んでいます。一方で、顧客満足度向上に課題があります。
新たな規制要件の導入や既存規制の変更、異業種の金融サービス参入による競争激化は、顧客の獲得と維持プロセスにおいて、業務の煩雑さとコストの増加を招きます。人材不足の課題を抱える銀行が厳しいビジネス環境で勝ち残るためには、KYCの効率性向上だけでなく、サービス品質の向上が必須であり、先進テクノロジーを活用した自動化や機械化が益々重要であると言えます。


[寄稿]Cengiz Kiamil
Fenergo
市場開発部長

2021年8月にFenergoに入社、戦略部門を統括。金融サービス業界のデジタル戦略やイノベーションの経験に加え、商業銀行、コーポレートバンク、インスティチューショナルバンクにわたる豊富な専門知識を持つ。シンガポールのスタンダード ・ チャータード銀行に入社後、CCIBCOOオフィスのエグゼクティブディレクター兼プロダクトマネジメントのヘッドとして活躍。それ以前は、 香港とロンドンで6年以上HSBCに在籍し、ビジネスマネジメントやGBMクライアントマネジメントグループのグローバルプロダクトマネジャーなどを経験。