この記事は2024年6月27日に「The Finance」で公開された「金融DX最前線:証券業界の最新トレンド」を一部編集し、転載したものです。
本記事では、証券業界の最新トレンドを探るため、各証券会社のDX事例、成功までのロードマップを紹介します。
目次
証券業界とは
証券業界とは、株式、債券、投資信託などの金融商品を扱う業界のことを指します。企業が資金を調達するために発行する株式や債券を、一般的な投資家が購入することで、資本市場は機能します。また、証券業者はこれらの金融商品を取引所で売買する役割を果たし、投資家が必要な情報を得て適切な投資判断を下せるようサポートします。
証券DXとは?
証券DXとは、証券業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のことを指します。ブロックチェーンやAIといった最新技術を活用して業務プロセスを変革し、効率化と最適化を図るものです。また、これにより顧客体験の向上も目指されており、モバイル化やパーソナライゼーションサービスの開発が進んでいます。
証券DXが求められる背景
証券DXが求められる背景には、主に以下の三つの理由があります。
第一に、証券業界は伝統的に紙ベースの手続きが多く、またその業務処理は複雑で手間がかかるものが多いためです。デジタル化することで、業務効率を大幅に向上することが可能となります。
第二に、近年のテクノロジーの進化により、AIやブロックチェーンなどの新たな技術を活用したサービスが増えてきたため、取り入れることで、顧客体験を向上させるとともに、新たなビジネスチャンスを創出することが可能となります。
最後に、金融規制の緩和やフィンテックの進化により、証券業界にも新たな競争相手が増えてきました。競争圧力に対抗するためにも、証券DXは必須となっています。
①業務効率化を目指したDX
従来の証券業務は複雑で書類重視、時間とコストがかかるプロセスが多く、その効率化が求められていました。証券DXは、こういった問題を解決するためにテクノロジーを活用して業務プロセスを再設計し、効率化を図ることを目指しています。
以下、業務プロセス変革における取り組み例です。
改善領域 | 具体的な取り組み |
---|---|
業務フローの自動化 | 自動化技術の導入による効率化 |
ペーパーレス化の推進 | 紙の使用を減らし、デジタル化を推進 |
リアルタイムでの情報共有 | 情報共有プラットフォームの利用 |
適応的な意思決定プロセスの導入 | 柔軟で迅速な意思決定を可能にするシステムの導入 |
これにより、業務の速度と精度が向上し、顧客サービスの品質向上にも寄与します。
②顧客体験の向上を目指したDX
ユーザーインターフェースの使いやすさや、緻密な顧客データを利用したパーソナライズなど、テクノロジーの力を借りて顧客体験を高めています。
技術 | 特徴 | 効果 |
---|---|---|
AIやビッグデータの活用 | 個々の顧客に合わせたパーソナライゼーション | 顧客満足度の向上 |
モバイル化 | いつでもどこでも証券取引が可能 | サービスの利便性向上 |
上記のようなテクノロジーの活用は、証券業界におけるDXの鍵となる要素であり、顧客体験の向上を通じて業界全体の競争力を高める役割を果たしています。
証券会社のDX事例
野村グループ
野村グループは、全社的なデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいます。社内業務の効率化/高度化に加え、満足度の高いコミュニケーション手法を活用して、野村のサービスを提供しています。
一例として、「Nomura Navigation」を挙げます。AIを活用した資産運用支援ツールで、ユーザーの金融資産・ライフプラン・リスク許容度などの情報を基に、最適な資産運用を提案します。AI技術は、顧客のニーズに合わせたパーソナライズされた提案を可能にし、これまでの証券サービスとは一線を画す、顧客中心のサービスを提供しています。
また、新しい価値提供として「オリジネーション&アドバイザリー」を掲げており、「すべての権利を移転、利用できるようにして挑戦者と支援者を結びつける」というミッションのもと、デジタル証券(ブロックチェーン技術に基づきトークン化された有価証券)の発行・売買するためのプラットフォームを開発・公開し、デジタル証券発行サービスを提供しています。
参照:野村ホールディングス「特集 | デジタル・トランスフォーメーション」
みずほ証券
みずほ証券は、証券会社にとどまらずフィナンシャルグループ全体でDXを推進しています。
みずほ証券のDX例として、2021年12月に導入されたAI電話自動応答システムを挙げます。お客様とのタッチポイントの拡大やオペレーターの負担軽減など、CSとES両面の観点から導入されました。翌年には有人チャットと、チャットボットも導入し、お客様と従業員それぞれの利便性や満足度の向上につなげています。
さらに、2023年8月にはみずほ証券Webサイトで ユーザー行動を元にしたチャットサポートを提供開始したことから、さらにパーソナライズされたサービスの提供に向けて取り組みが強化さています。
参照プレスリリース「MOBI AGENTがみずほ証券Webサイトで ユーザー行動を元にしたチャットサポートを提供」
SBI証券
SBI証券は、証券業界におけるDXの先駆者とも言える存在です。SBI証券のDX事例は、その斬新な取り組みと成功により、業界全体のデジタル化の進行を牽引してきました。まず、SBI証券が行った最も注目すべきDXは、オンライン証券としてのビジネスモデルの確立です。これにより、証券取引をいつでもどこでも可能にし、取引の手間を大幅に減らすことに成功しました。
また、AIを活用した顧客サービスの提供も行っており、その中にはロボアドバイザーによる資産運用アドバイスやAIチャットボットによる24時間対応の顧客サポートなどが含まれます。さらに、ブロックチェーン技術を活用した新規事業開発にも積極的に取り組んでおり、セキュリティトークンオファリング(STO)などの新たな資金調達手法を提供しています。
2023年12月には投資一任サービス「ROBOPRO for SBI証券」を提供開始しました。AIが相場上昇・下落を予測し、その予測をもとに投資配分をダイナミックに変更するという特徴を持つといったサービスです。
参照プレスリリース「「ROBOPRO for SBI証券」サービス開始のお知らせ」
アイザワ証券
アイザワ証券は、DXの取り組みにおいて、特にお客様の利便性向上と業務効率化の視点から注目されています。
一例として、2022年8月に口座開設時に使用可能な本人確認ツールとして「デジタル身分証システム」を導入しました。これにより開設時における本人確認書類が必要無くなるため、最短5分で入力が完了し、申込みをされたお客様の負担が軽減するとともに、書面の電子化により業務の効率化が図られました。
参照プレスリリース「口座開設時の本人確認にデジタル身分証システムを導入」
証券DXの成功までのロードマップ
DXは一夜にして達成するものではなく、明確なロードマップに基づいて段階的に進行するものです。
証券業界におけるDXの成功までのロードマップも例外ではありません。
以下一連のプロセスを通じて、証券会社は既存の業務を効率化し、同時に新たな顧客体験を提供することが可能となります。
- 具体的なビジョンを設定する。
- 必要な技術や人材、組織体制を確立する。
- ビジョンに向けた取り組みを段階的に進める。
- 各段階においる成功基準を設定し、進捗を評価する。
- 必要に応じて戦略を見直す。
- 業務を効率化し、新たな顧客体験を提供する。
証券DXを進めるうえでの注意点
証券DXを進める際には、いくつかの注意点が存在します。
まず、テクノロジーの導入は決して目的ではなく手段であるという視点を忘れてはなりません。技術的な最先端を追求することも大切ですが、それがビジネスの目標や顧客のニーズと揃っていなければ意味がありません。そのため、まずは業務の目的と顧客のニーズを明確に理解し、それに基づいて必要なDXの形を探求することが重要です。
次に、組織全体での理解と協力が不可欠であるという点です。証券DXは単にIT部門の業務改善ではなく、組織全体の変革をもたらします。そのため、全ての関係者がDXの意義と目的を理解し、共に取り組むことが求められます。
データの活用も重要な要素です。データはDXの原動力であり、顧客の行動分析やビジネスの最適化に利活用できます。しかし、データ利活用には個人情報保護やデータセキュリティなども考慮しなければならず、適切なガバナンス体制の構築が求められます。
最後に、証券DXは一度きりのプロジェクトではなく、継続的な取り組みであるという視点です。技術の進化や顧客ニーズの変化に対応するため、常に進化し続けることが必要です。
まとめ:証券DXの未来展望
証券業界は、より効率的で顧客中心のアプローチへとシフトしていくと予測されます。
AIやブロックチェーンのような新たなテクノロジーは、業務の自動化や新たなビジネスモデルの構築といった、次世代の金融サービス提供に大きな影響を与えるでしょう。また、データの活用によるパーソナライズされたサービスの提供や、顧客とのエンゲージメントの強化も、証券DXの進展により可能となります。一方で、テクノロジーの進化と共に、セキュリティやプライバシー問題、規制に適合することなど、新たな課題も生じます。証券業界がこれらの課題をどのように克服し、DXを推進していくかが、未来の業界の形状を決定づける重要な要素となるでしょう。