〔要旨〕
- 米国ではメッセージがまちまち:弱い小売売上高は経済にとっては悪材料だが、市場にとっては好材料となる。力強いPMIはその逆となる
- 英国株は上昇: 7月4日の総選挙に向けて政治的確実性が高まっていることに英国株が反応したことが、主な牽引力となったと思われる
- 米国歳出見通しが拡大:米議会予算局が、米連邦政府の財政赤字の見通しを4000億ドル以上引き上げた
米国経済に関するまちまちのデータがFRBに疑問を投げかける
7月4日の総選挙が迫る中で英国株は強さを見せている
6月会合で中央銀行の地域差の更なる兆候が浮き彫りに
米国の政府支出により連邦政府の財政赤字見通しが急拡大
ユーロ圏のインフレはそれほど懸念とはならない
原油価格は上昇しつつある
今後の展望
注目の日程
私はこれまで何度も、世界的な金利低下と景気の再加速への道のりには、ポジティブなサプライズとネガティブなサプライズの両方があるだろうと述べてきました。そして先週のデータからは、その両方が少しずつもたらされました。明るい面としては、米国の鉱工業生産が予想を上回る伸びを示し、英国株が一定の粘着的なインフレに直面しつつも強さを見せました。しかし、新たに発表された見通しによれば、米国の財政赤字は大幅に増える見込みであり、原油価格の上昇は財インフレに影響を与える可能性があります。
米国経済に関するまちまちのデータがFRBに疑問を投げかける
米国の経済データの内容は、引き続き混在したものとなっています。5月の米小売売上高は、特に自動車を除いた小売売上高が予想を大幅に下回り1 、住宅着工件数は4年ぶりの低水準に落ち込みました2 。一方、5月の鉱工業生産は0.9%上昇と予想を上回り3 、6月の米購買担当者景気指数(PMI)の速報値は予想を上回りました。総合PMIは26ヵ月ぶりの高水準となり、S&Pは特にサービス部門の景況感の改善を指摘しました4 。
昨今米国が、低所得世帯が大きなプレッシャー下に置かれた「2つのスピード」の経済になりつつあるとの兆候が見られますが、ここに来て更にこのようなまちまちのデータが出ました。私たちはまさに、絶妙なバランシング・アクト(綱渡り)を目の当たりにしています:米連邦準備制度理事会(FRB)は、利下げが必要になる程度に米国経済が減速することを望みつつも、景気後退に陥るほどの減速は望んでいません。こうした目標を念頭に置けば、弱い小売売上高は経済にとっては悪材料ですが、市場にとっては好材料です。FRBが7-9月期に利下げを行ってもよいと考えるには景気が過熱し過ぎているのかを見極めるため、今後発表されるデータを注意深く見守りたいと思います。
7月4日の総選挙が迫る中で英国株は強さを見せている
先週の英国株のパフォーマンスは傑出しており、MSCI英国指数は1%上昇しました5 。週初めのインフレデータにおいて、サービスインフレが予想以上に粘着的であったにもかかわらずです。しかも、イングランド銀行が6月会合で政策金利を据え置き、利下げを見送ったにもかかわらずでした。
では、英国株のパフォーマンスの背景には何があったのでしょうか?これには様々な牽引力が働きました。先週は、プライベート・エクイティ取引に関する個別のニュースが金融セクターの引き上げに一役買いました。また消費者信頼感も改善しました。しかしとりわけ、7月4日の総選挙に向けて政治的確実性が高まっていることに英国株が反応したことが、主な牽引力となったと思われます。
世論調査では、強い労働党支持が示唆されています。その場合、市場がネガティブな反応を示すのではないかと考える向きもあるかもしれませんが、そうした反応は見られていません。なぜでしょうか?私は、何年にも渡る保守党政権支配を経て、市場が新しいリーダーシップを迎える準備が整ったものとみています。新政権においては、EUとの貿易関係が改善する可能性があります。また、労働党を率いるのはもはやジェレミー・コービン氏ではなく、より現実的な中道派と目されているキア・スターマー氏です。英国はいくつかの非常に深刻な課題に直面しており、ブレア政権時代への回帰を望むノスタルジックな有権者には失望もあるかもしれません。しかし私は、8月に開始すると予想される段階的な利下げにより、英国のリスク資産は恩恵を受けると考えています。
6月会合で中央銀行の地域差の更なる兆候が浮き彫りに
先週政策金利の据え置きを決めたのは、イングランド銀行だけではありませんでした。オーストラリア準備銀行(RBA)もまた、政策金利の据え置きを決定しました。RBAは、インフレ率が目標レンジ内に持続的に収まるまでには一定の時間がかかると考えられると述べており、主要な欧米先進国の中央銀行の中では進みが遅い方となるかもしれません。
利下げの最前線に立つのは、3月に利下げを実施したスイス国立銀行(SNB)です。SNBは先週再び利下げを決定し、利下げの理由として、インフレ圧力の低下(スイスの5月のインフレ率は1.4%まで低下6 )、スイスフラン高、グローバルな不確実性の高まりを挙げました。
先週申し上げたように、中央銀行が各々の経済状況に応じて利下げのタイミングを判断していることは明らかです。欧米の中央銀行は全て同じ方向に動きつつありますが、今後数ヶ月は大きな地域差が見られるでしょう。
米国の政府支出により連邦政府の財政赤字見通しが急拡大
先週、米議会予算局(CBO)は、今年9月までの2024年度の連邦政府の財政赤字が1兆9000億ドルとなり、国内総生産(GDP)の6.7%を占めるだろうとの新たな見通しを発表しました7 。驚くべきは、今年2月時点に出された前回のCBO見通しから4000億ドル以上跳ね上がったことです。ちなみに財政赤字は、2022年にはGDPの5.4%まで縮小しましたが、実体経済が堅調で失業率が低く抑えられてきたにもかかわらず、過去2年間で拡大しています8 。
米国はもはや危機的状況になく、この水準の赤字歳出を行う必要はないはずであり、私はこの状況に懸念を抱いています。債務返済が最大の問題です。2024年度の純利払いは8,920億ドルにのぼり、国防費の8,490億ドルを上回ると予想されています9 。金利が高ければ高いほど、債務返済にかかる費用が大きくなるのは当然です。私はFRBがすぐに利下げを開始し、連邦予算に多少の余裕を持たせてくれることを望んでいます。何人かの歴史家が指摘しているように、大国が債務返済のために支出する額が国防費を上回ると、その隆盛は通常長くは続きません。
近年-おそらくは米国財政の持続可能性に対する懸念から―金が「セーフヘイブン」として選ばれるようになってきましたが、私はこの傾向は今後も続くだろうとみています。私は、こうした財政見通しにが出されたことで、投資家がこの水準の歳出への一種の抗議として国債を売却する(あるいは売却するぞと脅しをかける)、より顕著な「債券自警主義」が現れるのではと予想しています。
「責任ある連邦予算委員会」(米国のシンクタンク)が、連邦政府の財政赤字にどのような影響を与えるか見定めるべく、大統領候補の選挙公約をトレースしていることは注目に値します。その場の発想のようにして立てられたランダムな公約も多くあることを考えれば、愚かな対応に思われるかもしれませんが、財政の持続可能性が重要な問題となっている今、これは素晴らしい試みだと言えます。
ユーロ圏のインフレはそれほど懸念とはならない
ユーロ圏インフレ率の速報値によれば、5月は前年同月比2.6%上昇となり、4月の2.4%から上昇しました10 。ヘッドラインインフレ率のみならず、5月のコアインフレ率も前年同月比2.9%上昇し、4月の2.7%から上昇しました10 。サービスインフレは驚くほど大幅に上昇しました。
しかし、少なくとも一時的にこれを牽引した要因があるようです:ヘッドラインを賑わせたあるコンサートツアーにより、パッケージ旅行や宿泊サービスなどの大幅なインフレが見られ。スペインやポルトガル等でサービスインフレを押し上げました11 。ところで、エコノミストたちがこのツアーが経済的インパクトを与えたと指摘するのは、今回が初めてではありません。昨年の夏、このツアーが米国経済の押し上げに貢献したとの指摘があったのを覚えておいでかもしれません。
原油価格は上昇しつつある
WTI原油価格は先週、一時1バレル81ドルまで上昇しましたが、その後やや下落しました12 。最近の中東情勢の緊迫化-特に紅海でのフーシ派による船舶攻撃-が、在庫の低減と共にこれを牽引していると考えられます。原油価格の劇的な上昇は見込まれませんが、引き続き注意深く見守っていきたいと思います。
今後の展望
今週は「Fedspeak(FRB関係者の発言)」が多く予定されていますが、金曜日に発表される、FRBにとって最も重要な単一のインフレ指標である米国個人消費支出(PCE)価格指数に比べれば、それほど重要ではないでしょう。コアPCE価格指数は、前年同月比2.6%上昇程度に低下すると予想されており、これはFRBが7-9月期中に利下げを開始する自信を深めるのを助けると考えられます。同様に、カナダのインフレデータにも注目です―これによって、カナダ銀行が7月に再び利下げを行うかどうかが決まるでしょう。私はそうなるだろうと予想しています。
私たちはまた、中国経済にも注目しています。先週は中国の小売売上高が予想を上回り、消費の堅調さを示唆しました。今週終わりには中国のPMIが発表される予定ですが、中国経済の現状についてより前向きなデータが得られることを期待したいと思います。
世界的な金利低下と景気の再加速への道のりには、ポジティブなサプライズとネガティブなサプライズの両方があると予想されます。しかしこの道のりは、特に割安で過小評価されている市場分野において、投資家に複数の機会をもたらすと考えられます。これらの投資機会予想については、私たちの2024年後期のグローバル市場見通しをご参照ください。
注目の日程
公表日 |
指標等 |
内容 |
---|---|---|
6月24日 |
ドイツ景況感 |
今後6カ月間のドイツの景況感を測定 |
6月24日 |
カナダ銀行マックレム総裁講演 |
中央銀行の意思決定プロセスについて更なる |
6月25日 |
カナダCPI |
インフレの動向を示す |
6月25日 |
S&Pケースシラー米国住宅 |
住宅市場の価格を測定 |
6月26日 |
米国新築住宅販売戸数 |
住宅市場の健全性を示す |
6月26日 |
日本小売売上高 |
小売セクターの健全性を示す |
6月27日 |
イングランド銀行金融安定 |
英国の金融システムの安定性と |
6月27日 |
ユーロ圏消費者信頼感 |
ユーロ圏の消費者センチメントを追跡 |
6月27日 |
米国国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
6月27日 |
メキシコ銀行金融政策決定 |
金利の道筋に関する最新の決定を発表 |
6月27日 |
米国耐久財受注 |
現在の産業活動を測定 |
6月28日 |
英国国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
6月28日 |
ドイツ小売売上高 |
小売セクターの健全性を示す |
6月28日 |
英国企業投資 |
民間企業の資本支出額を追跡 |
6月28日 |
フランスCPI
|
インフレの動向を示す |
6月28日 |
米国PCE価格指数 |
インフレの動向を示す |
6月28日 |
ミシガン大学消費者インフレ |
米国消費者のインフレ動向に対する |
6月29日 |
中国購買担当者景気指数 |
製造業とサービス業の景況を測定 |
- 1.出所:米国勢調査局、2024年6月18日
- 2.出所:米国勢調査局、2024年6月20日
- 3.出所:FRB、2024年6月18日
- 4.出所:S&Pグローバル、2024年6月21日
- 5.出所:MSCI、2024年6月21日
- 6.出所:スイス連邦統計局、2024年6月4日
- 7.出所:米議会予算局、2024年6月
- 8.出所:米議会予算局、2024年6月
- 9.出所:米議会予算局、2024年6月
- 10.出所:ユーロスタット、2024年6月18日
- 11.出所:ニューヨーク・タイムズ、2024年6月21日
- 12.出所:ブルームバーグ、2024年6月21日
クリスティーナ フーパー
チーフ・グローバル・マーケット・ストラテジスト
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MC2024-83
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