歴代最多となる高校通算140本のホームランを放ったスラッガーとして進路が注目されていた花巻東高校の佐々木麟太郎選手が、日本でプロ志望届は出さずに米国の大学へ留学することが明らかになった。留学先は未定なので、学問の修得ではなく野球留学とみられる。日本球界を蹴って米メジャーへの最短ルートを選択したようだ。野球に限らず、「卒業したら海外で就職」が当たり前の時代が目前に迫っている。
平均でメジャー選手は1年で国内野球選手の15年分を稼ぐ
佐々木選手はメジャー入団が幼い頃からの夢といい、9月中旬に渡米してメジャー球団の施設や、バンダービルド大学など野球の強豪大学を視察している。花巻東出身の大谷翔平選手や菊池雄星選手がメジャーで活躍しているが、大谷選手は5年間、菊池選手は9年間、日本球団に所属した後の移籍。佐々木選手が米国でプロ入団すれば、それだけ長くメジャーで活躍できる。
2022年の国内プロ野球選手の一軍選手(外国人選手を除く)は平均年俸4312万円、最低年俸1600万円だ。これに対してメジャー選手は平均年俸441万4184ドル(約6億5800万円)、最低年俸70万ドル(約1億円)と、円安もあって平均年俸では15倍以上の開きがある。
一般のサラリーマンに比べて働ける期間が短い野球選手だけに、年俸が段違いに高いメジャーへ1年でも早く入団したいのは当然だろう。しかもメジャーではプロとして尊重され練習やシーズンオフの調整は選手個人の裁量が大きいのに対して、日本では効果に科学的なエビデンスがない猛特訓を課す球団も少なくない。若い有望選手から「できれば日本の球団には所属したくない」と思われても仕方ない状況だ。
これは何もプロ野球だけの話ではない。一般企業への就職でも円安の影響で給与水準が日本企業よりもはるかに高く、長期の有給休暇が遠慮なく取れ、長時間残業も強いられない海外への人材流出が始まっている。
海外で職を得たとみられる永住者は過去最高に
2023年3月に海外留学サービス会社のリアブロード(東京都渋谷区)が発表した同4月~6月に渡航予定の1008人を対象に実施した「2023年春のワーキングホリデー渡航者実態調査」によると、2022年1月以降にワーキングホリデービザで渡航する人が急増し、2023年4月までの1年間で3倍以上も増えていることが分かった。
渡航者の内訳で最も多かったのは社会人の45.7%で、かつては主流だった大学生・専門学生の35.5%を上回った。「国内で就職する前に学生らしい経験をしたい」のが目的だったワーキングホリデーだが、今や社会人が「外国で就職するために就労経験を積む」ための制度になりつつあるようだ。
外務省の「海外在留邦人数推計推移」によると、海外在留邦人は2019(令和元)年に141万356人でピークを迎えた後に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的なパンデミックにより3年連続で減少し、2022(令和4)年には130万8515人となった。しかし、このうち在留国で永住権を認められて、生活の拠点を海外に移した海外永住者は55万7034人と過去最高を記録している。
地域別では長期滞在者を含む全体では米国、中国、豪州の順だが、永住者では米国、欧州、豪州と日本よりも賃金水準が高く、労働環境や社会的多様性が良好な国に集中している。日本だと賃金はじめ雇用条件が劣悪な女性永住者の比率が約62%と高いのも象徴的だ。
かつて円高時代は定年退職を迎えた高齢者が、物価の安い国に移住していた。今となっては円建ての年金や金融資産を頼りに海外で余生を過ごすのは割高でリスクが高い。永住者の多くは現地で定職を得て永住権を認められたものとみられる。
今後、東京大学や京都大学、一橋大学、早稲田大学、慶應義塾大学といった名門大学の新卒者が海外へ渡航して外国企業へ入社する事態になれば、若手人材が一気に海外へ流れる動きが加速する可能性がある。深刻な人手不足が懸念される日本だが、人材獲得も「国際競争」となる時代が近づいている。
文:M&A Online