この記事は2024年11月19日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.259『居住者の評価が高まり続ける“職住近接”』」を一部編集し、転載したものです。


居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=David/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. 賃貸マンションの賃料は2014年同期比+23.2%上昇
    1. どのマンションの賃料が上昇したのか
    2. 本稿では“職住近接”に係る地理的条件に注目
  3. “職住近接”に係る地理的条件の重要性
  4. 評価が高まり続ける“職住近接”
    1. 分析手法としてヘドニック・アプローチを採用
    2. 「CBDからの距離」、「最寄り駅からの時間」はいずれも統計的に有意
  5. 今後の賃貸マンションの開発、投資に対するインプリケーション
    1. 都心駅近のケースと近郊駅遠のケースの賃料差は過去10年で11.0%拡大
    2. CBDからの距離の観点で賃料が割安な地域に投資機会
  6. コラム 用途地域の違いはマンション賃料に影響を与えるか
    1. 住居系の用途地域以外に供給が増加
    2. 現時点で統計的な有意性は認められない

この記事の概要

• 東京23区の賃貸マンションは、賃料上昇のポテンシャルが評価され、不動産投資市場において投資対象として有望視されている。

• J-REITの保有物件を対象とした計量分析にて、「CBD(中心業務地区)からの距離」、「最寄り駅からの時間」という“職住近接”に紐づく2つの地理的条件によりマンション賃料にもたらされるプラスの影響が、過去10年間で拡大していることが明らかになった。

賃貸マンションの賃料は2014年同期比+23.2%上昇

どのマンションの賃料が上昇したのか

東京23区の賃貸マンションは投資対象として有望視されている。なぜなら、その賃料上昇のポテンシャルが注目されているからだ。実際、賃貸マンションの賃料は上昇している。日本不動産研究所・アットホーム・ケンコーポレーション「住宅マーケットインデックス」によれば、東京23区の賃貸マンション(ファミリータイプ・築10年)の2024年1月~6月の月額賃料は12,033円/坪と前年同期比+6.8%、2014年同期比では+23.2%上昇した(図表1)。日本銀行の金融政策の転換でローン調達金利が上昇し投資収益を圧迫し始めているなか、不動産投資家にとってどのような物件の賃料が上昇してきたかは関心事となっている。

本稿では“職住近接”に係る地理的条件に注目

居住者が賃貸マンションを選ぶ条件は、一般的に建物の築年数、階層、部屋タイプ、部屋の向き、建物の規模(総戸数や延床面積)といった物件に由来する条件、駅徒歩分数、都市中心部からの距離、周辺環境、旧来からの住宅地としての知名度や自然災害からの安全性といった地理に由来する条件、の大きく2つに分けられる(図表2)。本稿では後者の地理的条件のうち“職住近接”に係る条件に着目し、それらの賃料に与える影響の変遷を明らかにする。さらに分析結果から賃貸マンションの開発、投資に関するインプリケーションを導きたい。

居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=三菱UFJ信託銀行)

“職住近接”に係る地理的条件の重要性

地理的条件は複数の観点(1)から近年重要性を増している。なかでも、筆者は都市中心部からの距離に代表される“職住近接”に係る条件について注目している。“職住近接”のニーズについては相反する見方があり、マンション賃料に与える影響の解釈が難しいためである。以下では代表的な2つの見方を紹介する。

1つは、共働きの浸透によって“職住近接”ニーズが高まったという見方である。東京都が実施する「東京都福祉保健基礎調査」によれば、2022年度の共働き率(2)は66.7%と、2012年度比+12.9%pt上昇している(図表3)。子育て世帯等では、時間的余裕がない傾向が強いと考えられ、住宅選択において“職住近接”ニーズを高める要因として働いている可能性がある。

もう1つは、コロナ禍を経て定着した、出社とテレワークを組み合わせたハイブリッドな働き方が通勤負荷を低減したという見方だ。コロナ禍においてはテレワークが普及し、コロナ禍後においてもハイブリッドな働き方の定着が見られる。東京都が実施した「テレワーク実施率調査」によれば、都内企業(従業員30人以上)の2024年3月のテレワーク実施率は43.4%と、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが5類に移行する前の水準(2023年3月は51.6%)には及ばないものの、第一回緊急事態宣言前(2020年3月は24.0%)よりも高い水準を維持している(図表4)。通勤負荷の低下が逆に“職住近接”ニーズを低くする要因として働いている可能性もある。

居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=三菱UFJ信託銀行)

1: 本稿にて行った計量分析では、“職住近接”に係る「CBDからの距離」、「最寄駅からの時間」以外に、地理的条件として「用途地域の別」、「標高」等についても分析を行った。「用途地域の別」の分析結果に関する考察は本稿末のコラムにて紹介している
2:20歳未満の子供を養育する家庭の共働き率

評価が高まり続ける“職住近接”

分析手法としてヘドニック・アプローチを採用

本稿では、“職住近接”に係る地理的条件の賃料に与える影響を明らかにするにあたって、物件に由来する条件、地理に由来する条件の両方を考慮した計量分析を行う(3)。具体的には、JREITが保有する東京23区内の賃貸マンションの物件情報等を用い、物件に由来する条件についてコントロールを行ったうえで、「中心業務地区(以下、「CBD」)からの距離」、「最寄り駅からの時間」等が2014年~2024年において賃料に与える影響を推定した(4)。以下では分析結果の解釈を示す。なお、CBDの座標には、都市住宅学99号に掲載された『都心高額住宅地の成立条件:東京23区における中古マンション等取引価格を用いた実証分析』(早川季歩・田島夏与)にて求められた雇用重心の座標(5)を採用した。

3:本分析ではヘドニック・アプローチを採用した。ヘドニック・アプローチとは、市場で取引されない特性の価値を実際の消費において顕示された選好としての支払価格情報を用いて推定する手法である。なお、物件に由来する条件も採用した理由は、地理に由来する条件のみを考慮した単純な分析では、物件に由来する条件をコントロールできずに誤った結論を導きやすいためである。例えば、特定の地理的条件を満たした地域の賃貸マンションに新築物件が集中した場合、当該条件が過大に評価される可能性がある。基本となるデータはJ-REITの保有する賃貸マンションの物件情報、決算情報(各年の1~6月決算期末)を採用した
4:地理に由来する条件としては、東京都における都市空間を捉える説明変数として、「CBDからの距離」、「最寄り駅からの時間」、「標高」、「用途地域の別(ダミー変数)」を採用した。「雇用重心からの距離」、「最寄り駅からの時間」、「標高」は物件の立地する場所、「用途地域」は場所の質と示す。これらの説明変数は包括的に居住者の顕示選好を捉えられていると考える。例えば、リクルート「賃貸契約者動向調査(首都圏)」では、賃貸住宅の“決め手になった項目”のうち地理的条件として、「最寄り駅からの時間」、「通勤通学時間」、「生活利便性」、「治安の良さ」、「自然災害リスクの低さ」を選択肢として挙げている。とりわけ、「最寄り駅からの時間」、「通勤通学時間」は重視されていることが窺われる。本稿で扱う説明変数のうち、「CBDからの距離」、「最寄駅からの時間」は「最寄り駅からの時間」、「通勤通学時間」、に対応しており、「用途地域の別」、「標高」は「生活利便性」、「治安の良さ」、「自然災害リスクの低さ」に対応していると解釈され、一定の網羅性が確認できる。なお、物件に由来する条件としては、「築年数」、「戸当たり面積」、「賃貸可能戸数」、「タワーマンションの別(ダミー変数/20階以上をタワーマンションとして識別)」を採用した。J-REITの棟別データを用いたため採用できるデータが限定されており、コントロールしきれていない要因があることは今後の課題としたい
5:東京都23区の全産業従業者数の重心の座標は東経139.74度、北緯35.68度(千代田区隼町、最高裁判所及び国立劇場の所在地付近)。総務省「経済センサス基礎調査」の「2分の1地域(500m)メッシュ統計」を用いて求められている

「CBDからの距離」、「最寄り駅からの時間」はいずれも統計的に有意

分析結果として、「CBDからの距離」、「最寄り駅からの時間」は、いずれも賃料を説明するうえで、統計的に有意であることが確認された(6)。「CBDからの距離」の係数は通勤利便性への居住者が認める価値を示すが、対象期間において一貫して高まっていることが分かる(図表5)。2014年時点では1㎞遠ざかるごとに▲3.11%の賃料下落効果だったが、2024年時点では▲3.71%まで拡大した。この背景として、同期間に“職住近接”ニーズが高まり、勤務地から距離のある物件は選択されなくなったことが考えられる。前述の通り、共働き率は大幅に上昇しており、居住者が“時間を買う“ニーズは高まっているのではないか。また、「最寄り駅からの時間」の係数も同期間において評価の重みが増していることが見られる(図表6)。2014年時点では最寄り駅に1分遠ざかるごとに▲0.33%の賃料下落効果だったが、2024年時点では▲0.64%まで拡大した。こちらについても“職住近接”が従前以上に評価されたと解釈できることに加え、駅周辺に集積する商業施設等に近いことで“生活利便性”も評価された可能性もあるだろう。

さらに、「CBDからの距離」、「最寄り駅からの時間」のいずれも、コロナ禍を経ても住宅選択の条件としての重要性が高まっている点も注目される。前述の通り、テレワークの普及から通勤負荷の低下が生じることで“職住近接”要因の評価が低下する可能性も想定されたが、コロナ禍の最中である2022年の寄与率をみても“職住近接”要因の評価が高まるトレンドには変化が見られてない。

居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=三菱UFJ信託銀行)

6:本稿においては焦点を当てていないが、「標高」についても統計的に有意であることが確認された。「標高」の係数は2014年から2024年の期間において標高が1メートル高いことで0.3%程度の賃料増加効果で安定している。「標高」の持つ意味は、浸水リスク等の自然災害リスクが相対的に低いことに加え、江戸時代からの東京都の都市空間形成の過程で台地上に人気の高い住宅地が形成されたことが指摘される。『都心高額住宅地の成立条件:東京23区における中古マンション等取引価格を用いた実証分析』(早川季歩・田島夏与)では、「地震や災害に対して現在よりもはるかに脆弱であった徳川期に安全な台地上に武家地が設けられ、これを出発点として東京の都市が発展した。明治期以降は旧武家屋敷を転用した公園や学校、文化施設が多く設置されるなど多くの内生的な地域公共財の供給が生じており、住民の生活満足度や住宅地としての高い評価につながっている」としている

今後の賃貸マンションの開発、投資に対するインプリケーション

都心駅近のケースと近郊駅遠のケースの賃料差は過去10年で11.0%拡大

上記の分析結果を基に、“職住近接”に関連する2つの条件が賃料に与えた影響をモデルケース別に整理したい。図表7ではモデルケース別のCBDからの距離要因、最寄り駅からの距離要因の賃料への寄与率を試算した。具体的には、都心駅近(CBDからの距離3㎞、駅徒歩分数3分)、都心駅遠(3㎞、15分)、近郊駅近(15㎞、3分)、近郊駅遠(15㎞、15分)の4つのモデルケースを想定し、都心駅近を基準としてその他のモデルケースとどの程度賃料成長に差が生じていたのか求めた。いずれの条件も賃料に対して無視できない影響を及ぼしており、例えば都心駅近のケースと近郊駅遠のケースの賃料差は過去10年で11.0%拡大していると推定される。特にCBDからの距離要因による影響が大きいことが分かる。

居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=三菱UFJ信託銀行)

CBDからの距離の観点で賃料が割安な地域に投資機会

“職住近接”の居住者からの評価が高まり続けることを想定した場合(7)、どういった地域に賃貸マンションを開発、投資するべきだろうか。筆者は特に賃料に与える影響の大きいことが確認されたCBDからの距離から見て、賃料が割安な地域に賃貸マンションの開発、投資機会があると考える。

以下では、estie「estieレジリサーチ」のデータを基に簡易的な割安割高分析を行った(図表8)。具体的には、東京都内に存在する鉄道駅のうち、SRC・RC造かつ最寄駅からの距離が10分以内の賃貸募集件数が100件超える駅(374駅)(8)について、被説明変数を平均月坪賃料、説明変数をCBDからの距離のみとするシンプルな単回帰モデルを推定した。そのうち、図表9では求められた理論値からの下方乖離が月坪2,000円を超える駅を抽出している。こうしたエリアには市場全体で賃料が上昇していく中で、賃料の割安さから需要が流れ込みやすいと考えられる。また、駅周辺の生活利便性の低さや公共施設の不足など地域ごとに何らかの賃料上昇を阻害する要因があることも想定される。エリア毎の特性を踏まえた分析は次稿以降の課題としたいが、それらの要因が今後解消される可能性がある場合は、より賃料上昇のポテンシャルが大きい地域として開発、投資ストーリー等は検討しやすいだろう。

居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=三菱UFJ信託銀行)

7:“職住近接”の居住者からの評価が高まり続ける背景には、共働きの増加、女性の社会進出等の社会構造的要因があると思われる。国として女性活躍の推進は継続的発展のために不可欠の要素として捉えていることからも、今後もマンション賃料への影響が強まる可能性があると考えられよう。内閣府「女性版骨太の方針2024」(2024年7月)では、「男女共同参画は、日本政府の重要かつ確固たる方針であり、国際社会で共有されている規範である。また、全ての人が個性と能力を十分に発揮し、生きがいを感じられる、多様性(ダイバーシティ)が尊重される社会を実現するとともに、我が国の経済社会にイノベーションをもたらし持続的な発展を確保する上でも不可欠な要素でもある」としている
8:筆者調査時点(2024年8月末時点)

コラム 用途地域の違いはマンション賃料に影響を与えるか

本稿で行った計量分析では、“職住近接”に係る「CBDからの距離」、「最寄駅からの時間」以外に、複数の地理的条件についても分析を行った。以下では用途地域の違いがマンション賃料に与える影響の有無についての分析を紹介する。

住居系の用途地域以外に供給が増加

都心部の住宅地におけるマンション開発用地の不足等によって、賃貸マンションの住居系以外、つまり商業系ないし工業系の用途地域への物件供給が増えている。例えば、JREITが保有する賃貸マンションの用途地域別の構成比は、1999年以前に建築された物件は半分が住居系の用途地域に供給されていたが、2000年以降は商業系の用途地域が増え、近年では工業系も増えた。

用途地域(9)は大きく住居系、商業系、工業系の3つに分けられるが、住居系以外は必ずしも住宅に向いておらず、商業施設や工場の騒音などを介して居住者が負の外部性(10)を被ることで賃料が押し下げられてしまう可能性がある。

居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=三菱UFJ信託銀行)
居住者の評価が高まり続ける“職住近接”
(画像=三菱UFJ信託銀行)

現時点で統計的な有意性は認められない

本稿でフォーカスした“職住近接”に係る条件と同様に、J-REITの保有する東京23区内の賃貸マンションを対象に「用途地域の別」が2014年~2024年に賃料に与えた影響を分析した。結果として、全ての時点で統計的に有意な影響を与えないことが確認された。賃貸マンションを供給するデベロッパーや投資家は、商業系、工業系の用途地域の中でも居住環境の優れた立地や生活利便性の高さが評価される立地を選択することで、居住者から住居系と遜色のない評価が現時点では得られていると解釈できる。

ただし、工業系の用途地域については、負の影響を与えることが統計的に有意(11)に近づきつつあることには今後注意が必要だろう。

9:用途地域とは、都市計画に基づき計画的に市街地を形成するため、建築できる建物の規模や用途を制限する目的で都市計画法に基づいて設定される地域のことを指す。住居は工業系に含まれる工業専用地域以外で建築することができる。
10:負の外部性とは、ある主体の行動が市場取引を介さずに他の主体の厚生に負の影響を与えることを指す。具体例としては、工場が生産活動を行う際に生じた騒音が近隣住民の日常生活を妨げる、等が挙げられる
11:一つの指標として図表で示したp値(結果の差が偶然によって生じたと考えられる確率=係数が有意ではない確率)が0.10(10%)ないし0.05(5%)以下の場合に有意であるとすることが多い

舩窪芳和
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部