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これまでの事業変遷について
—— これまでの事業の変遷についてお聞かせいただけますか?
ダイニチ工業株式会社 代表取締役・吉井 唯氏(以下、社名・氏名略) 当社は今年度創業60周年を迎えました。創業当初は石油バーナーや風呂釜の製造を手がけるメーカーとしてスタートしました。大きな転機は1971年、業務用石油ストーブの製造販売を開始したことです。1980年には家庭用石油ファンヒーターの製造販売を開始し、これらは現在でも当社の主要製品であり、事業における大きな柱となっています。
次に、加湿器事業が重要な柱の一つとなりました。2003年にハイブリッド式加湿器を発売し、現在ではこれも当社を代表する製品です。さらに2019年には、京セラ株式会社と共同開発した家庭用燃料電池ユニットの受託生産を開始しました。他にも空気清浄機、セラミックファンヒーター、コーヒー機器、スモーク発生器など多岐にわたる製品を展開しています。
—— 創業以来、暖房機器を中心に展開されてきた中で、2000年代に加湿器や燃料電池分野へ進出された理由について教えてください。
吉井 石油ファンヒーターの事業で培った熱管理や風のコントロール技術を応用し、新しい製品を開発してきたことが背景にあります。加湿器事業への参入もその一環です。加湿器や石油ファンヒーターでは市場シェアでトップクラスを誇れる実績を築いてきましたが、これは長年の技術力と地道な努力の成果です。
当社の特徴は、多岐にわたる事業展開よりも、一つ一つの分野を深掘りする姿勢にあります。新規参入分野でも時間をかけて市場で地位を確立してきました。今後も既存技術を活かしながら、新たな可能性を追求していきたいと考えています。
自社事業の強みについて
—— 競争優位性や長年トップクラスのシェアを維持している秘訣について教えてください。
吉井 当社の強みは「よい商品を作る」という姿勢が全社員に浸透していることです。これは毎朝復唱する社是にも表れており、生産や開発だけでなく、営業を含む全社的な意識として共有されています。私が入社した10年前にはこの文化は根付いており、社員一人ひとりが真面目に仕事に取り組む姿勢が当社の品質や性能の高さにつながっています。
全ての製品を新潟の工場で生産していることも競争優位性の一つです。コスト面での課題はありますが、品質と性能で他社に負けないという信念があります。この信頼が、お客様や販売店からの高い評価につながっていると自負しています。
—— 社員の真面目さや全社員がモノづくりへの高い意識を持つ文化は、他社にはなかなか真似できない強みですね。
吉井 そう思っております。また、当社の規模が小さいことも強みとして活かしています。大手企業ほど広告費をかけられないという制約はありますが、その分、意思決定の迅速さや情報伝達の速さ、チームワークの良さが際立ちます。特に、全社員の意識を統一しやすい環境は当社ならではです。
また、当社の製品は冬の需要が中心で、気温や天候に大きく影響されます。この不確定要素に対応するため、営業や生産体制を柔軟に調整しています。例えば、ファンヒーターを製造していたスタッフが加湿器の生産に回るなど、機動力のある対応が可能です。この柔軟性が、競合にはない当社の強みだと考えています。
さらに、協力工場との密接な連携も当社の強みを支えています。年に一度、協力工場も含めた800人規模の運動会を開催し、交流を深めています。このような近い関係が、迅速かつ柔軟な対応を可能にしています。
ぶつかった壁やその乗り越え方
—— 会社を経営する中でぶつかった壁やその乗り越え方について教えてください。
吉井 大きな壁というものはあまり思い浮かびませんが、常に危機感を持って経営に取り組んできました。たとえば、石油ファンヒーターの市場が縮小する中、売上を減らさず事業構成を変えてこれたのは、地道な対応の積み重ねによるものです。新型コロナの際には加湿器の需要が急増しましたが、その後はコロナ禍以前の水準に戻っていません。こうした市場の変化に対して、他の事業で補う準備を日頃から進めてきた結果、安定した業績を維持できていると考えています。
—— 市場の変化に柔軟に対応されているのですね。
吉井 当社では季節商品である加湿器やファンヒーターを通年生産しています。これにより、需要変動に柔軟に対応できます。たとえば、石油ファンヒーターの需要が低い年は翌年用の製品を前倒しで生産し、高需要の年には1月から追加生産を行います。この仕組みは、リスク回避だけでなく、少人数で効率的に生産を続けられるという点でもメリットがあります。
—— 在庫を抱えるための資金管理についてはいかがでしょうか?
吉井 よく聞かれる質問ですが、当社は現金を十分に保有しており、借金をせず在庫を抱えられる体制を整えています。シーズン終了時には在庫が売れて現金が戻る仕組みのため、資金繰りの不安はほとんどありません。ただし、決算期には現金保有が多いことから、外部からの評価が難しい場合もあります。
—— 現金を持っていることが株価の評価に影響しているのですね。
吉井 現金や在庫を持つことは、PBR(株価純資産倍率)などの指標に影響を与えます。しかし、それは将来の投資の準備でもあります。この点を理解していただければと思っています。
現在、シーズン前の倉庫には多くの在庫がありますが、本当に売れるのか毎年不安になります。ただ、これまでの経験から必ず売り切れると信じています。
今後の経営・事業の展望
—— 今後の事業展望についてお伺いします。どのように事業を発展させていきたいとお考えですか?
吉井 当社は複数の事業を展開していますが、その数は多くありません。強みは、既存技術を活かした地続きの展開にあります。ただし、むやみに事業を広げるのではなく、一つ一つを丁寧に深掘りしていく方針です。たとえば、2022年に空気清浄機、2023年に家庭用コーヒー豆焙煎機を発売しました。これらの製品を育てるとともに、燃料電池の開発にも注力しています。
—— コーヒー事業のブランディングや価値を高めるための工夫はありますか?
吉井 食品系だからといって特別な戦略を取っているわけではありません。当社の基本方針は、他社が真似できないほどの「圧倒的に良い商品」を作ることです。これは石油ファンヒーターや加湿器でも同じです。一貫したチーム体制で作り込むことで、細部にこだわった製品を提供できるのが当社の特徴です。
—— 小さな組織だからこその強みを活かし、技術開発を進めているのですね。そのこだわりが伝わります。
吉井 たとえば、石油ファンヒーターのような室内で燃焼する製品を扱う中で、安全性や品質への高い意識が培われました。この経験を活かし、すべての製品で高い基準を維持し続けています。
ZUU onlineユーザーへ一言
—— 読者の皆さんに向けて、何かメッセージをいただけますか?
吉井 当社は、大きな変化を追い求めるのではなく、現在の延長線上で「良いものを作り続ける」ことを大切にしています。お客様に本当に役立つ商品を提供し続けることが、私たちの使命です。
—— 必要なものを必要な人に届けるという姿勢が、事業の根幹にあるのですね。また、まだ気づかれていないけれど「あると便利」と感じるものを提案することで、社会の課題解決にもつながるという考えですね。
吉井 当社の製品が社会の課題を解決する一助となれば、それは非常に意義深いことだと思います。これからもこの視点を大切にしながら、事業を進めていきたいと考えています。
- 氏名
- 吉井 唯(よしい ゆい)
- 社名
- ダイニチ工業株式会社
- 役職
- 代表取締役社長