いつかは自ら事業を興し、新たなチャレンジをしてみたい……そうした希望を抱くビジネスパーソンは少なくないだろう。しかし、独立して起業するのは簡単ではないうえ、それ相応のリスクが伴う。資金は、人員は、もしも会社を辞めてうまくいかなかったら……。
挑戦を踏みとどまらせるこうした問題を解決し、リスクを最小限に抑える可能性を秘めているのが「社内起業」だ。企業に所属している利点を生かしつつ、トップとして新規事業をハンドリングできる。この社内起業が注目を集めている。
CAC Innovation Hubでは、自らも会社員時代に社内起業を経験し、現在、社内起業や事業開発の支援を行う「株式会社アイディアポイント」を設立して代表を務める岩田徹氏へのインタビューを実施した。岩田氏に社内起業の特徴やメリット、進めるうえで注意すべきポイントなどについて解説していただき、これをシリーズとして6回にわたってお届けする。
第5回目のテーマは、楽しく社内起業を続ける方法について。事業を進めるうえでぶつかる壁やトラブルを乗り越え、モチベーションを維持しながら社内起業を楽しむためには、何が必要なのか。「仕事は本来創造的で楽しいもの」という考えを持つ岩田氏のインタビューから、その秘訣をお伝えする。
【特集・記事一覧】
#1 新規事業で会社に新風を 独立のリスクを抑えられる「社内起業」のメリットとは
#2 社内起業を始めるのに必要なことは何か？ 進めるうえで注意点すべきポイント
#3 始めたもののうまくいかない……社内起業の成功を阻むよくある「誤解」とは
#4 「企業風土」が社内起業の推進を阻む？ 会社に必要な要素と改善策とは
#5 （本記事）
#6 社内起業に残る課題とは チャレンジした経験を財産として生かせる企業を目指す
一般社団法人 日本イノベーション協会 代表理事
東京大学工学部精密機械工学科卒、同大学院工学系研究科修了。工学修士。A.T.カーニー株式会社、株式会社ローランド・ベルガーにてコンサルティング業務に従事。SAPジャパン株式会社にて、マーケティングを担当。その後、株式会社ファーストキャリア設立に参画。経営戦略／ 事業戦略 ／営業戦略立案～実行支援、商品・サービス開発を担当。ヒトの知性及び創造性、組織における創造性の開発をテーマに、2011年9月8日、株式会社アイディアポイン卜を設立、現職。「異なる知性から生まれる」価値をテーマに、新しい価値の創造＝アイディアが生まれて形になる瞬間を作り出すことを追求。2017年、一般社団法人 日本イノベーション協会 代表理事に就任。
やりたいことを提案しハンドリングできる社内起業は本来「楽しい」仕事
ーー岩田様から見て、この人は社内起業を楽しんでいるなと感じた事例と、逆に、この人は辛そうだな、楽しめていないなと思った事例がありましたら、お伺いできますか。
岩田 まず、声を大にして言いたいのは、僕が知る限り社内起業に携わっている人の多くが、楽しんでいるということです。社内起業は本来楽しいものですし、つまらないとかやらなければよかったと言っている人は、ほとんどいません。なぜかというと、皆さん自分がやりたいことを提案して、会社に認められて、そして会社のお金を使ってチャレンジをしているからです。
もちろん、自分がやりたいわけではないのに会社の指示で……という方も中にはいますが、基本的には希望が通り、権限を付与され、そしてやりたかった事業を自分でハンドリングしているので、苦労はあっても皆さん楽しんで取り組んでいます。
ーー希望が持てますね。それでも楽しいだけではなく、大変な局面もあるのではないかと思います。
岩田 もちろん、辛いこと、苦しいことに直面することもあります。一番大きく影響してくるのは、やはり、事業がうまくいくかどうかです。ただしこれは、社内起業に限らず普通の仕事でも同じだと思います。
僕自身が社内起業をしていたときも、数字が上がらないときは周囲からいろいろ言われてきつかったことを覚えています。ただ基本的には全部自分の責任なので、数字が出ないことを言われるのは当たり前、結果を出せばよいと考えるようにしていました。
それから先日お会いした方なのですが、社内起業を始めたばかりで、営業先から「実績がないから売れない」と言われひどく落ち込んでいました。新しい事業に実績がないのは当たり前なのに、その方は言われたことを気にして、考え込んでいるんです。そんな様子を見ると、言われたことを一つひとつ真面目に受け止めすぎるのもどうなのかな、と思います。
社内起業に携わっている知人が「人の話を聞く能力も大事だし、聞かない能力も大事」とおっしゃっていて、至言だなと思いました。周りの言うことを一つひとつ受け止めすぎてしまうと、辛くなってしまいます。聞く耳を持つことが必要な局面もありますが、いちいち気にしていたら続けられない、というのも真実です。
社内の人間関係からくるストレスとの向き合い方
岩田 それから、社内起業をするうえでストレスになりがちなのが、社内の人間関係や雰囲気です。例えば、陰で「あれじゃあ売れないと思う」など、コソコソと事業を悪く言われているのが耳に入ってきたり、取引先の紹介をお願いしたら、その場ではOKしてくれても結局動いてくれなかったり……といったことは頻繁にあります。
仲間だと思っていた人が実はこちらのことを良く思っていなかった、社内の支援が思うように受けられない、などの状況があると、やはり皆さん気持ちが滅入ってしまうのではないでしょうか。社内起業の場合、既存事業とは異なり、自分たち以外の外の部署から見ると、「何をやっているかわからない」と思われがちという事情も関係していると思います。同じ会社と言っても、それぞれの職制の中で動いているので善意に期待し過ぎてはいけないのでしょう。
また、新規事業は目立たなければいけないし、また、注目を集めやすいので、メディアなどの取材が来ることも多くあります。そうした際は当然ながら外向けにプラスのこと、前向きなことをアピールすると思うのですが、それを見た人から「利益も出ていないのに」「私たちが稼いだお金を使って、楽しそうにやっている」などという反応が出ることも残念ながらありえるでしょう。
こういうこともまた「あるある」だなと思って、気にしないでおくしかないでしょう。まさか、取材で自分がいかに大変か、周囲からの支えがあって生き永らえているか語るわけにはいきませんから。
スタート時に人を集める際、何を重視するべきか
ーーやる気を維持して楽しく社内起業を進めていくために、チームにはどのような人材が必要になりますか。
岩田 まず必要なのは、自分の右腕となる存在です。何かあったときや、うまくいかないときでも、「この人は信頼できる」という仲間が1人いるだけで、気持ちのありようがだいぶ違うと思います。できれば自分と似た価値観や考え方を持ったうえで、自分にはない違う能力を持っている人だと、より心強い味方になってくれるはずです。
そして次に、明るい人。自分が落ち込んでいるときでも、その場にいるだけで周囲を明るくしてくれる人は貴重です。社内起業を進めていくと、思った通りに物事が進まない、予想外にくだらない失敗があったり、そんなことやって大丈夫？ と周囲から言われてしまったりと、日々いろいろなことが起きます。
それらに楽しく取り組んで、失敗しても検証したうえで次、次と前向きに進むことができるメンバー、うまくいったらみんなでやったねと笑い合えるメンバーだと事業にも良い影響があると思います。
やはり最初に見るべきポイントは、自分と合うかどうかです。それは、自分の言うことを聞いてくれる人という意味ではありません。ときには意見が分かれることがあっても、基本的な相性が合う人であれば、余計なストレスを感じずに議論ができ、一緒に楽しく仕事ができるはずです。そしてある程度事業が発展していったら組織としての多様性を保つ意味でも、いろいろなタイプの人を集めると良いのではないでしょうか。
ーー楽しく社内起業を進めるうえで、どのような能力やスキルがある人を集めたらいいのでしょうか。
岩田 社内起業を始めると、「仕事があるならやりますよ」という人が本当にたくさんやって来るんです。皆さん悪気はなく、良かれと思って言ってくれるのは大変ありがたいのですが、立ち上げ時期はそもそも仕事がありません。最初の段階では、仕事がない状況から仕事を一緒に作っていける人、その段階から共に汗をかける人材が必要だと思います。
壁にぶつかった際、拠り所となるのは「自分の思い」
ーー岩田様ご自身は、壁にぶつかったときのリフレッシュの方法など、楽しく仕事をするために意識していることはありますか。
岩田 トップがイライラしていると周囲にも気を遣わせてしまいますし、事業の進捗にも悪い影響が出てしまいます。良いコンディションを保てるよう、意識をして過ごしています。
僕の場合は、基本的なことですが、睡眠、運動、食事。たくさん寝て体を動かして良い食事をとるようにしています。それだけでも、だいぶ気分が変わります。それから、経営者として仕事でイライラしているときは、何にイライラしているのかを自分でも明確に説明できないことがよくあるんです。そういうときは、まず思っていることを全部書き出すようにしています。
書き出してみると、「あいつのあの発言にむかついた」とか（笑）、「これは大したことないな」とか、冷静に考えられることがほとんどです。書き出すことで頭の中身を吐き出して、自分でもよくわからないけれど精神状態が良くない、という状況をなくすように気を付けています。
それから、具体的に事業で行き詰まり、その局面で悩んでいるときも、同じく書き出しています。その場合は取り得る選択肢を書いて、それぞれのメリットとデメリットを一覧表にしています。頭も整理されますし、どうやって解決するかに考えが向いてしまえば、できることをやるだけですし、どう頑張ってもできないことを考えても仕方がない、とスッキリします。
ーー社内起業を進めていくと、楽しいことばかりではなく、大変なこと、辛いことも必ずどこかの節目でやってくるかと思います。そこをうまく乗り越えるためのコツとして、どのようなことがあるとお考えですか。
岩田 最後は、自分自身の拠り所となる、しっかりとした思いが自分の中にあるかどうかだと思います。自分は何のためにこの仕事をやっているのか、なぜ社内起業をしたいと思ったのか、自分がやっていることは世の中のためになるのか。具体的な行動としては、それを自分自身に腹落ちさせるためにも、ビジョンやミッション、バリューを作りこむことも重要だと思います。
実際に何かがあったとき、自分は大切なことをやっていると思えるかどうかは大事です。そうしたコアとなるものがないと、踏ん張ることができないのではないでしょうか。
逆に、自信を持って掲げられる思いがあるならば、やる価値がある素晴らしいもののはずです。ぜひ、楽しみながら、社内起業に取り組んでいただければと思います。
【特集・記事一覧】
#1 新規事業で会社に新風を 独立のリスクを抑えられる「社内起業」のメリットとは
#2 社内起業を始めるのに必要なことは何か？ 進めるうえで注意点すべきポイント
#3 始めたもののうまくいかない……社内起業の成功を阻むよくある「誤解」とは
#4 「企業風土」が社内起業の推進を阻む？ 会社に必要な要素と改善策とは
#5 （本記事）
#6 社内起業に残る課題とは チャレンジした経験を財産として生かせる企業を目指す
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（提供：CAC Innovation Hub）
