この記事は2025年4月18日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「トランプ政策のリスク認識ギャップが生み出した原油先物価格」を一部編集し、転載したものです。


トランプ政策のリスク認識ギャップが生み出した原油先物価格
(画像=柳迪 付/stock.adobe.com)

トランプ米政権が繰り出す関税政策について、リスク認識は立場によって大きく異なっている。例えば、製造業は関税によってコスト構造が変わってしまうため、トランプ関税に対するリスク感度は高い。一方で、サービス業は関税による直接的な影響を受けにくく、目立った初動対応は見られていない。

同じ事象に対するリスク認識の相違は、商品市場でも確認される。商品市場では、商業筋が在庫などの現物資産の値下がりリスクをヘッジするため、先物(売建て)を利用する機会が多い。一方で投機筋は、値上がり益を狙って先物(買建て)によりリスクテイクしている。

トランプ大統領当選以降の原油先物価格の値動きから、商業筋と投機筋の認識ギャップが垣間見える。

当初、市場関係者の多くは「トランプ大統領はビジネスマンだから、経済にとって合理的な政策決定をする」と期待していた。そのため原油市場では、投機筋が成長期待や協調減産などを相場材料に原油を買い進め、昨年12月初旬に60ドル台半ばだったWTI原油先物価格は約1カ月で80ドルへと上昇した。

一方で商業筋は、カナダやメキシコ、グリーンランドなどに対するトランプ大統領の強権的な発言から、トランプ政策が原油価格の下落リスクになると認識。需要の弱さもあって、売り建てによるリスクヘッジを進めてきた。今回の相互関税の導入発表でWTI原油先物価格が大幅下落した背景にも、商業筋の売り建ての増加があった。

これまでもトランプ政権は容赦なく関税賦課を行っており、交渉材料の一つとして米国からのエネルギー商品の輸出実現を望んでいる。かつては、エネルギー商品は米国へ向かっていたが、現在は米国から外へ流れる時代といえる。

シェール原油の生産は間もなくピークアウトするのではないかとの見方はあるものの、この次に待ち構えている社会課題が、ガス化や電化など新しいエネルギーの利用である。足元では、米国とイランが核合意を目指して交渉を開始したことで、原油に内包されてきた地政学的リスクプレミアムが剥落することになりそうだ。

WTI原油先物価格は4月9日、相互関税により世界経済が減速するとの見方が広がり、4年2カ月ぶりの水準となる1バレル=55ドル台まで一時下落するなど、上昇の兆しは見えてこない(図表)。筆者は今後3カ月、WTI原油先物価格は1バレル55~65ドルを中心の値動きになるとみているが、需給状況を踏まえると、依然として下方リスクは高いと考えている。

トランプ政策のリスク認識ギャップが生み出した原油先物価格
(画像=きんざいOnline)

住友商事グローバルリサーチ チーフエコノミスト/本間 隆行
週刊金融財政事情 2025年4月22日号