マセラティジャパン
(画像=マセラティ ジャパン)
木村 隆之(きむら たかゆき)――アジアパシフィック統括責任者 / 代表取締役
1987年大阪大学工学部卒業後「トヨタ自動車」入社。海外商品企画に従事し、在籍20年のうち16年間を海外で過ごす。03年にMBA取得後、「レクサス・ジャパン」、「ファーストリテイリング」を経て、「日産インドネシア」、「日産アジアパシフィック」、「日産タイ」、「ボルボ・カー・ジャパン」の代表取締役を歴任。21年「グループPSAジャパン」代表取締役CEOに着任、22年「マセラティ ジャパン」代表取締役を兼任。24年、同社代表取締役兼日本・韓国統括責任者に着任。
マセラティは、一目でマセラティとわかる極めてユニークなクルマを生産しています。洗練されたスタイル、先進的なテクノロジー、そして、生粋の高級感で、高い基準と審美眼を持つお客様を魅了し、世界の自動車業界の歴史において常にベンチマークであり続けてきました。マセラティの使命は、ラグジュアリー市場におけるモビリティの未来を、顧客のニーズに応えながら創造することです。その使命は今も受け継がれ、未来を見据えながら、イタリアン・ラグジュアリーを世界に広めています。

目次

  1. これまでの事業変遷
  2. 自社事業の強みやケイパビリティ
  3. これまでぶつかってきた課題や変革秘話
  4. 今後の事業展開や投資領域
  5. メディアユーザーへ一言

これまでの事業変遷

ーーまずは、マセラティの事業変遷について教えてください。

マセラティ ジャパン株式会社 代表取締役・木村 隆之氏(以下、社名・氏名略) ブランドの起源で言うと、111年前に設立された非常に歴史あるブランドです。始まりはマセラティ兄弟がレースカーを作ることからスタートしました。戦後には4ドア車の製造に乗り出し、そこからもう77年ほどになります。

日本市場には、いわゆるスーパーカーブームの頃から入っておりまして、今から約50年前、フェラーリやランボルギーニ、ポルシェと並んで、ボーラやメラクといったスーパーカーを展開していました。特に、ジウジアーロ氏がデザインした車が注目を集めて、日本国内でも高い知名度を持つブランドとなりました。

私たちが「マセラティ ジャパン」として、イタリア資本で正式に会社を立ち上げたのが2010年、今から15年前です。それ以来、ラグジュアリーセグメントに特化し、台数的には大量に売れるものではありませんが、着実に展開を続けてきました。

最近では、世界共通で競合モデルをセグメント分けし、市場のサイズ(分母)に対して当社の販売台数(分子)を分析しながら、シェアを測っています。国別で見たときに、日本はイタリア本国に次ぐシェアをここ5年キープしています。絶対台数で言えばアメリカや中国が上ですが、日本は販売台数でも4位という位置づけを保っています。

ーー木村様ご自身がマセラティに加わられた経緯を教えてください。

木村 私がマセラティに加わったのは3年半前です。当時は中国を除くアジア・パシフィックの代表を務めておりました。その中でも日本市場は特に好調で、唯一イタリア本国が直接経営する拠点でした。他の国々ではインポーター体制が一般的でしたので、私はその日本での成功事例を各国に展開する役割を担っていました。

その中で、オーストラリアや台湾などでも成果が出てきており、常にトップ5に入るような国が増えてきました。そして、昨年からは新たなミッションとして韓国市場の立ち上げに取り組んでいます。

韓国は人口こそ日本の半分ですが、ラグジュアリーマーケットとしては非常に大きく、これまで自社経営が行われていなかった唯一の主要国でした。そこで、2023年7月に「マセラティ コリア」を設立し、11月から本格稼働しています。現在は日本と韓国を2週間ごとに行き来する生活をしています。

ーーこれまでのキャリアや、マセラティに至るまでの経緯についてもお聞かせください。

木村 自動車業界でマネジングディレクター職を務めて、今年で16年目になります。最初は日産で、インドネシア社長から始まり、その後タイ、そしてアジア・パシフィック地域(中国を除く)を担当しました。次にボルボ・カー・ジャパンで6年間勤め、そこからステランティスグループに声をかけていただきました。

実は、最初のキャリアはトヨタで、20年にわたりトヨタおよびレクサスでの経験があります。ただ一度だけ、自動車業界を離れて、ユニクロで2年間お世話になった時期があります。

当時は珍しかったと思いますが、オペレーションを重視するユニクロのビジネスモデルに惹かれて挑戦しており、その経験があったからこそ、現在のような少数精鋭の組織で迅速に意思決定をして運営する経営スタイルに活かされています。ユニクロ時代の柳井さんのスピード感や現場重視の考え方は、非常に勉強になりました。

自動車の全機能に関わってきた経験と、非自動車業界でのマネジメント経験。その両方が今の自分を形作っていると思っています。

自社事業の強みやケイパビリティ

—— マセラティ ジャパンの事業としての強みについて教えていただけますか。

木村 はい、マセラティは国別のマーケットシェアで本国イタリアに次いで上位を占めています。日本ではブランドの認知度が非常に高く、販売台数の割には多くの方に知られています。イタリアのラグジュアリーでスポーティーな車としての評価も高いです。この認知度をどうビジネスに結びつけるかが私たちの課題であり、ここ数年その取り組みを進めてきました。

—— 具体的にはどのような取り組みをされてきたのでしょうか。

木村 私がマセラティ ジャパンに入社してから、課題を整理し、ブランドビジネスとしてのアプローチを強化しました。自動車ビジネスではなく、ラグジュアリーブランドとしてのビジネスを展開しています。競合は他の車だけでなく、旅行や高級バッグなど富裕層が関心を持つジャンル全般です。量ではなくクオリティを重視し、マセラティのストーリーを発信することに注力しています。

—— マーケティング戦略についても教えてください。

木村 マーケティングよりもコミュニケーションに力を入れています。売上に基づく予算の制約があるため、PRを活用し、ブランドの記念日をインパクトある形で活用しています。これにより、メディアでの露出を増やし、週平均で40本の記事が出るようになりました。ピーク時には400〜600本の記事が掲載されることもあります。

—— インフルエンサーを活用したマーケティングについてはどうですか。

木村 インフルエンサーに頼るのではなく、自分たちでインパクトを作ることを重視しています。カー・オブ・ザ・イヤーや異業種のイベントにも積極的に参加し、ターゲットオーディエンスにアプローチしています。また、本社のデザイナーやマネジメントに語ってもらうことで、独自の色を打ち出しています。

—— グラントゥーリズモについても詳しくお聞かせください。

木村 グラントゥーリズモは、長距離を楽しく疲れずに走れる車のことを指します。マセラティはこのカテゴリーを始めたブランドであり、どのモデルにもこのコンセプトが共通しています。これを軸にメディアやイベントでの露出を増やし、ブランドの認知度を高めてきました。

これまでぶつかってきた課題や変革秘話

—— 今までぶつかってきた課題や、それをどう乗り越えてきたかについて、お話しいただけますか?

木村 そうですね。やりたいことは非常に明確でしたが、大きな課題がありました。新しい車、グレカーレというSUVを出しました。これは今までより小ぶりで価格も手頃な車です。これが現在、私たちの中心になっています。しかし、私たちは小さなメーカーなので、フルラインナップでさまざまな車を準備できる状況ではありません。これまでやってきたセダンは今お休み中で、大きなSUVも後継が出るのを待っている状態です。

他のブランドから乗り換えていただくことは非常にありがたいのですが、一度自社ブランドに乗っていただいたお客様に継続して乗っていただくことが一番手堅い。お客様の満足度も高く、やりやすいビジネスでしたが、その殻を打ち破らなければならないと感じています。ディーラーも安定的に商売できるように、新しいお客様を開拓していく必要があります。

—— 新しいお客様というのは具体的にどのような層を指しますか?

木村 上場企業の部長さんや役員さん、パワーカップル、そして外資系のCXOのような方々です。これまでの客層とは異なる新しい層へのアピールを倍増させなければなりません。今取り組んでいる最中です。

—— 新しい客層の開拓が難しいということですね。

木村 そうですね。これまでのお客様は非常にありがたいのですが、だいたい上位3%ぐらいです。パワーカップルや外資系の方々も車に乗ることがあります。特に車好きの方は多いですね。年齢層で言うと、従来の平均ドライバーの年齢は50代前半、女性比率は15%でしたが、これを40代に、女性は25%に増やす必要があります。簡単に言えることではありますが、実際には一人一人の購買の積み重ねの平均値で、なかなか変えられないのが現実です。

—— 確かに、外資系のコンサルタントや投資銀行の方々もターゲットに入るわけですね。

木村 そうです。予算的には全然届くのですが、マセラティを自分のブランドと思っていない方が多いんです。実際には新しく出したグレカーレが手の届く価格帯です。しかし、ブランドイメージがまだ浸透していないのが課題です。

今後の事業展開や投資領域

—— 木村さん、今後の事業展開や投資領域についてお聞きしたいのですが、特にアジア全体についてお話しいただけますか?

木村 アジア全体で見ると、韓国は日本ほど成功していないという話をしましたが、同じ問題に直面しています。韓国では、若くしてビジネスで成功し、高収入を得ている人が多いです。韓国の方が、日本よりもそのような人が多いですね。購入者の平均年齢も40代前半、45歳くらいです。マーケットにはポテンシャルがありますが、日本ほど成功できていないのは、日本と同じ課題です。アジア全体、特にASEAN地域では二極分化が進んでおり、平均年齢は30代くらいになると思います。日本で40代の新しい成功モデルを作らないと、韓国やアジア全般でも成功は難しいと考えています。

—— なるほど、アジアには富裕層が多そうですね。

木村 アジア太平洋全体を見て、日本は社会主義的な国だと思います。負の分配という面では、これほど平等な国は他にないでしょう。タイでも駐在していた経験がありますが、日本の月収と比べると、タイの部長級は今では日本人よりも高い収入を得ているかもしれません。円安と日本のデフレで、30年間給料が上がらなかった結果、こうなっています。韓国も一人当たりGDPで日本を追い越しています。韓国は高齢化が進むとはいえ、生産年齢人口の比率が高いので、まだキャッチアップされています。

—— たしかに、日本も二極化が進んでいますね。

木村 先進国では消費行動が二極化します。特定のセグメントにはお金をかけるけれど、他のものは安く済ませるという形です。私たちは車に対して強い思い入れを持ち、イタリアの高級車にお金を払う人をどれだけ増やせるかが勝負です。データを見ると、日本も悪くない状況です。日本輸入車協会のデータによれば、全体の輸入車販売は8%減少していますが、千万円以上の車は6%増加しています。これは消費の二極化を示しています。

—— それは興味深いですね。

木村 そうですね。車にはお金を使うけれど、他のものは節約する人が多いです。韓国やASEANでは収入の二極化が進む一方で、車に対する熱意が高い人が多いです。アジアにはまだまだポテンシャルがあります。

メディアユーザーへ一言

—— 最後に、読者の皆様に一言お願いできますか。

木村 マセラティについてもっと知っていただきたいと思っています。特に「グラントゥーリズモ」、つまり「GT」という言葉をご存知の車好きの方や車の購入者の方も多いと思いますが、実はこのコンセプトは私たちマセラティが約80年前に初めて世界に送り出したものです。今でも、私たちが販売しているすべての車がGTという作りになっており、その違いをぜひ体感していただきたいです。

氏名
木村 隆之(きむら たかゆき)
社名
マセラティ ジャパン
役職
アジアパシフィック統括責任者 / 代表取締役

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