1980年の創業以来、医療ICTの分野で独自の地位を築いてきた株式会社EMシステムズ。同社は、保険薬局向けシステムでトップクラスのシェアを誇り、医科、介護/福祉分野へと事業領域を拡大。医療現場の業務効率化に貢献し続けています。
創業から40年以上の歴史の中で、同社は時代の変化をどのようにとらえ、変革を遂げてきたのでしょうか。そして、超高齢社会という大きな社会課題に、テクノロジーでどう向き合っていくのでしょうか。
2020年に代表取締役に就任した國光宏昌社長(代表取締役社長執行役員)に、同社のこれまでの歩みと経営哲学、そしてデータ活用が拓く未来のビジョンについてうかがいました。

「医薬分業」の流れから創業者が見据えた未来
冨田 EMシステムズ社のこれまでの歴史についてお聞かせください。多くの企業がそうであるように、創業事業から始まり、市場や社会のニーズに合わせて事業の軸足を変化させながら成長されてきたことと存じます。御社はどのような事業変遷を経て、現在に至るのでしょうか。
國光 当社は創業して今期で43期目に入りますが、創業当初は自社で製品を持つメーカーではありませんでした。 当時、医療業界のソリューションで強みを持っていた販売メーカーの代理店として、主に無床のクリニックや診療所向けにレセプトコンピュータの販売・保守を手掛ける会社としてスタートしました。当時はまだ、現在のように院外処方が一般的ではなく、保険調剤を行う薬局もほとんど存在しない時代でした。
当社の歴史における最も大きな転換点は、国策として「医薬分業」が本格的に推進され始めたことです。 医薬分業とは、医師が診察に専念し、薬剤師が医師から発行された処方箋を患者経由で受け取り、調剤と服薬指導を担うという制度です。それまで院内で薬を出すことが主流でしたが、過剰な投薬の温床になっているという指摘もあり、処方内容のダブルチェック機能を働かせるためにも、病院と薬局の機能を分離し、それぞれが専門性に基づいて確認し合う仕組みが求められました。 この流れを受け、創業者であり、私の父でもある最高顧問(國光浩三氏)が、「これからは薬局の数が爆発的に増える」という未来を見据えました。そして、代理店から脱却し、自社で薬局向けのソリューション、すなわち調剤システムを開発・製造するメーカーへと舵を切ることを決断したのです。
この大きな事業変革が成功し、当社の成長角度は劇的に変わりました。まさにこの一点が、現在のEMシステムズの礎を築いたと言えます。
冨田 なるほど、国の制度変更という大きな時流を的確に捉え、事業モデルそのものを変革されたのですね。國光社長が代表に就任されたのは2020年とのことですが、ご自身が社長になられてから特に意識された変化についてはいかがでしょうか。
國光 私が社長に就任したのは2020年6月の株主総会をもってですが、まさに新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始めた時期でした。社内では「コロナのどさくさに紛れて社長になった」と自嘲気味に話しているのですが(笑)。 もちろん、事業承継自体は何年も前から計画的に準備を進めており、いよいよ社長交代というタイミングで、世の中の状況が一変しました。私が社長として臨む最初の株主総会は、株主の皆様に「ご来場はご遠慮ください」とお願いせざるを得ないような、異例の幕開けでした。
社長に就任してからの約3年間は、医療業界全体が「いかにコロナと向き合うか」というテーマに直面していました。お客様である医療従事者の皆様は、まさに最前線で戦っておられ、我々システムベンダーも、その特殊な環境下で何ができるのかを常に問われ続けました。
ですから、私が社長として何か新しい変革を主導したというよりは、この未曾有の社会環境の変化に対して、会社全体で「アジャスト(適応)する」ことに全力を注いできた期間であったと認識しています。私自身、大学を卒業してすぐにEMシステムズの事業に参加し、役員からキャリアをスタートさせましたので、入社経験がありません。いつか社長になったら実現したいと思っていた構想は数多くありましたが、まずはこの大きな環境変化に対応することが最優先でした。
ポリシーは「我々は『商売』である」
冨田 未曾有の危機の中での船出だったのですね。経営に携わる中で、國光社長が最も重視されている経営判断の軸についてお聞かせください。
國光 私が、そして当社が一貫して最も大切にしているポリシーは、「我々は『商売』である」という意識を忘れないことです。特に医療業界では、「商売」という言葉が持つ営利的な響きを避け、「世のため、人のため、命のため」という奉仕の精神を前面に出す文化が根強くあります。もちろん、その精神は崇高ですし、我々もその根幹は共有しています。
しかし、その意識が強すぎるあまり、健全な経営という視点が二の次になってしまう傾向があるのも事実です。現に、日本全国の公的病院の約7割が赤字経営であるというデータもあります。これでは、持続的な医療サービスの提供は困難になります。
我々が考える「商売」とは、単に利益を追求するという意味ではありません。我々自身が健全な財務基盤と経営状態を維持することによって、初めてお客様に質の高い、安定したサービスを提供し続けることができる。そして、そのサービスをさらに良くしていくための研究開発投資も可能になる。この順番を間違えてはならない、ということを強く意識して経営判断を行っています。
冨田「事業の継続性(ゴーイングコンサーン)」という概念そのものですね。健全な経営基盤があってこそ、より多くの患者様や社会に貢献できるという考え方は、創業者であるお父様から受け継がれたものでしょうか。
國光 仰るとおりです。父は根っからの「商売人」ですので、その哲学は幼い頃から徹底的に叩き込まれました(笑)。我々がしっかりと事業として成り立っていなければ、結局は誰も助けることができない。社会貢献も事業の継続があってこそ可能になる、という考え方が会社の根底に流れています。
ただ、この「商売である」という考え方は、医療業界の中では声高に言うと少し違和感を持たれることもあるため、これまではやや控えめに発信してきました。
冨田 國光社長ご自身の経営者としてのルーツについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。新卒でEMシステムズに参加されたとのことですが、どのような環境が今の社長を形作ったのでしょうか。
國光 私のルーツを語る上で、やはり家系は無視できないかもしれません。これは最近になって強く認識するようになったことですが、國光家は代々、非常に「創業気質」の強い家系です。新しい事業を興したがる人間が多いのか一昨年、親族一同が集まる機会があったのですが、数えてみたら社長が14人もいました。
冨田 14人ですか!それは驚きですね。
國光 そうなのです。そういった背景もあるかもしれませんが、私自身、物心ついた頃から、創業者である父と、創業期を支えた母が二人三脚で事業を切り盛りする姿を間近で見て育ちました。家庭内には常に「商売の空気感」がありましたし、父からは後継者として必要なスキルセットや物事の見方について、日常的に教えを受けてきました。 その一環として、私は社長に就任するまでに、社内のあらゆる主要な業務を経験させてもらいました。南京の現地法人で総経理(代表)を務め、福岡の拠点長として現場を統括し、常務としてはチェーン薬局様向けの事業本部長や、製品開発の事業部長も担当しました。唯一経験していないのは経理や総務といった管理部門ですが、これらの業務は経営者として、実務を通じて理解を深めているところです。
これらの経験を通じて、会社の全体像を肌感覚で理解した上で社長に就任できたことは、私にとって非常に大きな財産となっています。
冨田 まさに理想的なサクセッションプラン(後継者育成計画)ですね。近年、コーポレートガバナンス・コードでもその重要性が叫ばれていますが、それを何十年も前から実践されてきたお父様の経営手腕には感服いたします。
「医療現場の効率化」は医療の「質の向上」につながる
冨田 次に、御社の未来についてお伺いします。現在、御社は「医科」「調剤」「介護/福祉」の三つの領域で、電子カルテや業務支援システムなどを提供されています。今後、どのようなテーマを軸に事業を展開されていくお考えでしょうか。
國光 我々の現在のビジネスの中心は、医療保険の計算(レセプト作成)や、診療記録の電子化といった、医療現場の「業務効率化」を支援することにあります。
しかし、我々が見据える半歩先、一歩先は、その先にある「医療の質」そのものにいかに貢献できるか、というテーマです。ここでの「質」とは、医療レベルの向上と、経済性の両方を含みます。
そのゴールにたどり着くための重要なステップが、データの活用です。たとえば、我々がクラウドソリューションの提供を推進しているのは、単にクラウド化することが目的ではありません。クラウド上にデータを集約することで、これまでは各医療機関に閉じていた医療情報が蓄積されていきます。
もちろん、個人が特定できないように匿名化した上で統計データとして二次活用させていただく契約をユーザー様と結んでいますが、この膨大なデータを分析することで、日本の医療全体の質向上に繋がる新たな価値を生み出すことができると考えています。 さらに、医療の質を語る上で、介護/福祉分野との連携は不可欠です。高齢者のケアは医療だけで完結するものではなく、介護と一体となって初めて意味をなします。だからこそ我々は介護/福祉システム事業にも注力し、両分野のデータを統合(マージ)することで、より質の高い医療・介護サービスの実現と、昨今問題になっている社会保障費の適正化に貢献できると確信しています。
冨田 なるほど。業務効率化という「点」の支援から、データを活用した医療・介護全体の最適化という「面」の支援へと進化させていくのですね。その先には、病気になる前の「予防医療」や「ヘルスケア」といった領域も見据えていらっしゃるのでしょうか。
國光 まさにおっしゃる通りです。我々が現在主戦場としている、病気になった方をケアする領域を「シックケア」(Sick Care)と呼ぶならば、その外側には、病気にならないための「ヘルスケア」(Health Care)という、より広大なマーケットが存在します。シックケアで蓄積した質の高いデータを活用することで、将来的にはこのヘルスケア領域にも貢献できる可能性があると考えています。
ただし、ヘルスケア領域は参入障壁が低く競合も多いため、我々の強みが最も活かせるのは、やはりシックケア領域におけるデータ価値化です。まずはこの領域で確固たる地位を築き、データの力で医療の質を着実に向上させていくことに注力したいと考えています。
「高齢化の最先端」を走る課題先進国の日本からできること
冨田 御社が描く未来像について、もう少し長期的な視点でお聞かせください。
國光 世の中の大きな潮流として、現在、医療・介護の情報は様々なシステムに「分断」されており、そのことが非効率や無駄を生み、結果として社会保障費の増大につながっています。この課題を解決できる中心的な役割を担うのが、我々のようなIT企業であり、政府が推進する「医療DX」の本質もそこにあります。
高齢化の進展と生産年齢人口の減少という、避けることのできない社会構造の変化の中で、我々の事業が持つ社会的意義はますます高まっていくでしょう。我々はその責任の大きさを自覚し、この社会課題の解決に真正面から取り組んでいきます。
さらに長期的な視点、たとえば15年後、20年後を考えると、我々のビジネスモデルを海外へ展開する可能性も見えてきます。日本は今、「高齢化の最先端」を走る課題先進国です。
しかし、いずれは他のアジア諸国なども同じ道をたどります。日本で培った医療DXのノウハウやシステムは、各国の状況に合わせてローカライズすることで、世界の国々が直面するであろう高齢化社会の課題解決に貢献できるはずです。そのような大きな野望も抱いています。
冨田 最後に、投資家の皆様に向けてメッセージをお願いいたします。
國光 我々は、調剤システムで約40%超という高いシェアを基盤に、日本の医療が抱える社会課題の解決に向けて、非常に大きなポテンシャルを秘めた会社であると自負しています。お話ししてきたように、我々の事業領域は今後ますます重要性を増すマーケットであり、そこに対して愚直に、真面目に事業を推進しています。
正直なところ、私自身、この強固な事業基盤と将来性を考えれば、現在の株価は、当社の本当の価値をまだ示しきれていないのではないかと感じています。
しかし、我々が取り組んでいるのは、一過性のブームではなく、社会にとって不可欠なインフラを支える事業です。この確実に見えている社会課題の解決に、全社一丸となって取り組み、企業価値の向上に努めて参りますので、ぜひEMシステムズという会社の名前にご注目いただき、長期的な視点で応援していただけますと幸いです。
冨田 國光社長の力強いお言葉、そしてEMシステムズが描く壮大な未来像を伺うことができ、大変感銘を受けました。本日は誠にありがとうございました。
國光 こちらこそ、ありがとうございました。
- 氏名
- 國光宏昌(くにみつ ひろまさ)
- 社名
- 株式会社EMシステムズ
- 役職
- 代表取締役社長執行役員