創業70年を迎える金属加工メーカー、山本精工。かつては徹底したトップダウン型組織だった同社は、三代目・山本正人社長の就任を機に大きく舵を切った。現場の声を徹底的に吸い上げるボトムアップ体制を築き、従業員満足度は日本一を獲得。さらに営業利益率14%という高収益を実現し、残業ゼロと生産性向上を両立している。そこには、Made in Japanへのこだわりと、中小企業の“お手本”を目指す経営哲学がある。本記事では、改革の背景から具体的施策、そして未来構想までを掘り下げる。

山本 正人(やまもと まさと)──代表取締役社長
1982年大阪市生野区生まれ。龍谷大学卒業後、駆動系の専門商社で営業として2年間経験を積み、2008年に家業である山本精工に入社。先代経営者時代は究極のトップダウンだった同社だが、2016年に正人氏が常務取締役に就任してからはボトムアップ組織へと変貌。2021年に代表取締役に就任すると、生産性が向上して約10年で経常利益は460%、売上は240%もアップした。企業理念は「スタッフ並びに関係する方々を幸せにする」。

山本精工株式会社

大阪市生野区で1955年創業の70期を迎える金属部品加工会社。主に産業機械向けの部品製造・販売を行っている。「機械加工はサービス業だ」のスローガンのもとスタッフ一丸で顧客満足度向上に取り組む。従業員満足度向上が顧客満足度向上に直結すると考え、3Kイメージを持たれる製造業の中で従業員のエンゲージメント向上を実現。「Well-Being Workers Awards 2024+」の「継続改善部門」で最優秀賞を受賞する。

目次

  1. ◾️トップダウンからボトムアップへ。職場を変えた対話力
  2. ◾️愚痴を提案に変える「何でも言って委員会」
  3. ◾️従業員満足度で日本一、バブル期以来の営業利益率に
  4. ◾️理念と人間力を浸透させる「従業員手帳モノリス」とスキルマップ制度
  5. ◾️中小企業の希望に。新事業とMade in Japanへのこだわり

◾️トップダウンからボトムアップへ。職場を変えた対話力

── 社長は三代目でいらっしゃるそうですが、事業内容は創業時から変わっていないのでしょうか?

山本 ええ。事業内容は創業から変わらず、金属加工業です。主な製品は半導体製造装置部品、FA機器部品、油圧・空圧部品、産業機械部品、食品機械部品など、多品種小ロットの精密部品です。規模は中小企業ながら、日本の製造業の基盤を支える重要な役割を担っています。

私が経営に携わってから大きく変えたことは、二つあります。一つは、自社製造から外注型へのシフトを更に強めていった点。もう一つは、組織の在り方をトップダウンからボトムアップに切り替えたことです。

初代と二代目(父)の時代は徹底したトップダウン型で、父は非常に優秀でした。現場も「社長の指示が一番成果につながる」と納得していて、私も入社当初は「白だ」と言われれば黒でも「はい、白です」と答えるような環境にいました。恐怖政治とまでは言いませんが、上からの絶対命令が常態化していました。

── その背景には、時代の変化も影響していたのでしょうか。

山本 そうですね。昭和・平成初期は、製造業全体が「現場は黙って上の指示に従う」文化だったと思います。

ただ、IT化や人材の多様化が進む中で、限界が見えてきました。加えて、私自身は父ほど万能型ではありません。だから、自分一人の判断に頼らず、従業員の知恵を借りて組織として強くなる必要があると考えたんです。

◾️愚痴を提案に変える「何でも言って委員会」

── そこからどのようにして現場の声を引き出したのですか。

山本 最初は本当に地道な取り組みでした。毎日現場に顔を出しては、業務だけでなく雑談......体調のことや家庭の話まで聞きました。

当初は「どうせ先代の社長に伝わる」と警戒されていました。現場の不満を話すとなると、伝わり方によって文句と捉えられて、父に怒られるのではないかという心配もあったからです。私はルールとして、「絶対に告げ口しない」と決めました。現場の不満や改善案を上に伝えつつも、相手を不利にするようなことは絶対にしない。この姿勢を貫くことで、少しずつ「この人は味方だ」と信じてもらえるようになりました。

その中で出てきたのが「めんどくさい」という言葉。多くの経営者はネガティブにとらえますが、私は「改善の宝」だと考えています。面倒な作業は非効率のサインであり、放置すれば生産性低下や離職につながります。

そうした声を拾うために、少人数で週2回集まる「何でも言って委員会」を立ち上げました。雑談でも愚痴でも構いません。最初は世間話ばかりでしたが、徐々に業務改善の提案が出てくるようになりました。

特に印象的だったのが、寡黙な社員からの「工場間の壁を抜いて動線を短縮したい」という提案です。

実現には200万円かかりましたが、時間削減効果は絶大で即決しました。結果的に生産性は大幅に向上し、この成功体験が「声を上げれば会社は変わる」という空気を生みました。

◾️従業員満足度で日本一、バブル期以来の営業利益率に

── 他にも成果事例はありますか。

山本 

当社は多品種、多工程の部品を作っているので、各工程間で物を探している時間が多く発生するという課題がありました。それに対し、一目で見てわかる各担当者の名前札を品物と一緒に入れることや、各工程間をバーコードで管理するなどして結果大幅な時間削減につながりました。

上記のような意見は正社員だけでなくパートさんから出てきたものも多いです。

こうした改善は直接的なコスト削減や納期短縮に結びつきます。委員会は単なる意見交換の場ではなく、経営上の投資判断にも影響を与える重要な機能になりました。

── 数値面ではどのような成果が出ましたか。

山本 2020年から従業員満足度を数値化し、2024年には組織改善サーベイ「ラフールサーベイ」を導入した2,000社以上の中で、当社は2年連続で日本一を受賞することができました(※)。

(※)Well-Being Workers Awards 2024+「継続改善部門」最優秀賞。表彰対象は「2024年に組織改善施策の立案・実行・評価・改善を行い、継続的に顕著な実績をおさめた企業」。前年の取り組みを対象にした同アワードでも、最上位の「優秀賞」を受賞している。

ただ、離職率は5〜8%あります。理念や方針に合わない人は早期に離職しますし、それで良いと考えています。年間数百件の応募から採用するのは3〜5人のみ。価値観を徹底的に共有し、合う人だけを残す。だから残った社員の定着率は極めて高いです。

◾️理念と人間力を浸透させる「従業員手帳モノリス」とスキルマップ制度

── 御社の競合優位性はどこにあると分析されていらっしゃいますか?

山本 一番の強みは「管理力」です。製造業は技術力を売りにしますが、技術は新しい機械に追いつかれます。当社は「機械加工はサービス業」という発想で、お客様に安心と利便性を提供します。

リーマン・ショックの時、多くの企業が管理部門を縮小する中、当社は逆に強化したんです。その結果、景気回復時に発注先として選ばれ、売上が急伸しました。9年間営業利益率10%以上を維持し、昨期は14%を記録。これはバブル期以来の高水準です。

── 社内制度で特に効果的だったものは何ですか。

山本 「従業員手帳モノリス」です。理念や戦略、行動指針を明文化し、毎月テストで浸透度を確認します。さらに独自の「人のスキルマップ」で職務スキルだけでなく人間性も評価します。

たとえば、陰口を指摘されたパート社員が半年間。徹底的に改善し、面談で「ゼロになった」と伝えると嬉しくて泣き出したことがあります。

「もし改善できなければ辞めようと思っていた」と打ち明けられ、この制度の意義を再確認しました。

◾️中小企業の希望に。新事業とMade in Japanへのこだわり

── 今後はどのような展望をお持ちですか。

山本 本業では新しい加工技術を持つ外注先を開拓し、新分野の部品製造に挑戦します。そして来年、B2Cの新製品を発売予定です。全てMade in Japanで、国内外に展開できる製品です。

── その新事業への思いをもう少し詳しく教えていただけますか。

山本 新事業は「日本の技術でしか作れない価値」がテーマです。海外製のほうが安く作れる場合もありますが、精度や耐久性、安全性で“Made in Japan”には確固たる信頼があります。当社の製品が海外で評価されれば、「やはり日本製は違う」という印象を世界に広められる。それが他の中小製造業にも波及し、国内の雇用や技術継承にもつながるはずです。

さらに、この事業は社員が自ら企画・開発に関わります。製造現場の知恵と営業の視点を融合させ、「自分たちの商品」という誇りを全員が持てるようにしたい。これが社員のモチベーションや定着率の向上にも直結します。

そういった点でも、業績を上げたいなら、やはり従業員満足度を上げることだと思います。従業員が会社を好きになれば、お客様のために全力を尽くし、その結果として業績が上がります。顧客満足度を上げる前にやるべきことは、必ず従業員満足度なんです。これは変わらぬ私の経営の核でもありますね。

氏名
山本 正人(やまもと まさと)
社名
山本精工株式会社
役職
代表取締役社長