エン株式会社の新規事業として2024年に設立されたエンSX株式会社は、その名の通り、セールストランスフォーメーション(SX)に取り組む会社で、コロナ禍を契機に、企業の営業力強化を支援する事業を展開している。
主力サービス「エン転職」で培った「入社後活躍」の思想と、売上を4倍に伸ばした営業ノウハウを基盤に、大手企業を中心に事業を急拡大。属人化しがちな営業の「型」を標準化し、AI時代における営業職の価値向上と市場全体の活性化を目指すという岩﨑拓央社長に、その戦略と展望を聞いた。
目次
コロナ禍の事業立ち上げ、「入社後活躍」という思想
── 2024年4月に設立されたとのことですが、事業はその前から始められていたとか。
岩﨑氏(以下、敬称略) ええ。当社はSX(セールストランスフォーメーション、営業改革)を担うエングループの企業で、設立は2024年4月ですが、事業自体はコロナ禍の2021年8月頃に始まりました。
当時、採用ニーズが大きく縮小し、エン株式会社のHR領域だけでは成長環境を担保できないという危機感がありました。そこで、HR領域にも貢献できる新規事業を模索し始めたのがきっかけです。
その際、エン株式会社が大切にしている「入社後活躍」という採用の考え方が大きなヒントになりました。これは、単に採用をゴールとするのではなく、入社した方が企業で定着し、活躍して業績に貢献することをゴールとするものです。求職者の仕事人生が充実するだけでなく、企業の業績向上にも繋がるという考え方です。
たとえば、主力商品である「エン転職」では、求人広告に仕事のやりがいだけでなく厳しさも記載したり、向いている人と向いていない人を明示したり、口コミを連携させたりしています。企業にとって不利な情報も含まれる口コミを、有料メディアに掲載するのは競合他社ではあまり見られません。
しかし、入社後に活躍し続けてもらうためには、まず事実を詳しく、正直に知ってもらうことが重要だと考えています。
「入社後活躍」から「事業成長」へ:営業支援事業の誕生
── 「入社して終わり」ではなく、「入社してから活躍できる」ことが採用においても重要だと。
岩﨑 はい。その「入社後活躍」を追求する中で、転職が決まった方が再び当社のサイトに登録したり、エージェントのカウンセリングを受けたりするケースが散見されました。その理由を分析すると、入社先の会社が伸びていないという実態が浮き彫りになりました。
コロナ禍の影響も大きかったと思いますが、既存事業が伸びていなければ、その方が活躍できる環境も縮小してしまいます。これは、当社が掲げる「入社後活躍」の理念と矛盾します。
そこで、採用支援だけでなく、既存事業をドライブできるサービスを当社が持つべきだと考え、何ができるかを検討した結果、「営業支援」に行き着いたわけです。
営業支援を通じて顧客企業が成長すれば、新たな採用ニーズが生まれ、入社した方が活躍し、さらに事業が伸びるという好循環を生み出せると考えました。
当社にはインサイドセールスのメンバーが多数在籍しており、採用ニーズが減少した時期に彼らが手持ち無沙汰になるくらいなら、外部の案件を受けて経験を積むことが、自分たちの営業スキル向上にもつながると判断しました。これは筋の良いビジネスだと確信し、事業を始めました。
── エングループであることは特徴であり強みでもある。
岩﨑 当社の強みは、エン株式会社の案件でインサイドセールスのメンバーが経験を積めることです。一定のレベルに達したマネージャーや営業担当者を外部案件にアサインできるため、他の営業支援会社と比較して、アサインできる人材のレベルが高いのです。
他社では人材を獲得したらすぐに案件に投入せざるを得ないため、トレーニング期間を設けにくいという課題があります。当社にはそのような能力のばらつきがありません。
生産性を2倍にして、エン転職の売り上げを4倍にした経験
── 設立1年で従業員規模が400人弱とのことですが、エン株式会社からのメンバーが多いのでしょうか。また、多くの企業が導入されているようですが、新規顧客の獲得はどのように行われているのでしょうか。
岩﨑 従業員の多くは、もともとエン株式会社にいたメンバーが配置転換されたものです。もちろん、設立後も採用は行っていますが、事業開始当初のインサイドセールス部門は約350人規模でした。導入事例に掲載されている企業様は、エン株式会社とのつながりだけでなく、新規で獲得したお客様も多数いらっしゃいます。
当社のもう一つの大きな強みは、私自身のエン株式会社での成功体験とノウハウを外販している点です。
私が「エン転職」の事業責任者を務めるなか、2014年から2018年の5年間をかけて行った営業改革で、売り上げを約60億円から約240億円へと4倍に拡大させました。この成長を支えた戦略と実行の打ち手を、自社のノウハウとしてお客様に提供しています。
売上を4倍にする過程では、生産性を2倍にし、営業人員も2倍にするという戦略を取りました。人員を増やしながら生産性も上げるのは容易ではありませんが、営業初心者の人材でも成果を出せるように育成するノウハウを確立しました。これをオンライン商談解析ツールに応用しています。
── 生産性2倍の目標達成は難しそうですね。
岩﨑 生産性を2倍にするには、コア業務にどれだけ時間を割けるかが重要です。そのため、営業活動の分業化を推奨し、コンサルティングを行っています。
たとえば、新規営業活動におけるアウトバウンドコールや見込み客の創出といった時間のかかる業務を当社に切り出していただき、顧客企業には商談に集中してもらうことで生産性を向上させます。
これは、当社が当時実践した施策そのものです。インサイドセールスを自社で持ち、それを外販することで、分業化の戦略設計から実業務までを支援できることも強みです。
成長のカギは「顧客の絞り込み」と「トップアプローチ」
── これまでで特に事業が伸びたきっかけや出来事はありますか?
岩﨑 様々な試行錯誤を繰り返しながら成長してきましたが、やはり「支援する企業先の絞り込み」が最も効果的でした。現在、当社は大手企業を中心に営業支援を行っていますが、この絞り込みが非常に重要なポイントだったと考えています。
特に業種としては、SIerなどのIT系企業やSaaS企業、広告領域の企業に注力しています。これらの企業はソリューション力強化の流れがあり、新規顧客獲得については外部委託を検討しやすいのです。
一方で、個人営業が中心となる不動産会社などはターゲットから外しています。これは、エンで培ったノウハウが法人営業に特化しているためです。個人営業の会社では、当社の強みが活きにくいと判断しています。
ターゲット企業へのアプローチとしては、SaaS系企業はマーケティングコストを投入し、採用も積極的なため、当社の認知が広がるにつれて自然にお声がけいただくケースが多いです。
一方、大手SIerなどに対しては、我々の方から積極的にトップアプローチを行っています。私だけでなく、セールスメンバーもキーパーソンのリストを作成し、レターを送るなどして営業活動を展開しています。
大手企業ほど既存顧客が多く、ルート営業で事業が成り立ちやすい傾向にありますが、経営層はそれだけではいけないという危機感を抱いています。新規サービスや新規事業の立ち上げ、新規営業の必要性を強く認識しているため、そこに対して我々ができることを提案すると、高い関心を持っていただけるようです。
営業職のプロフェッショナル化とAI時代の役割
── 現在、最も関心のあるトピックは何ですか?
岩﨑 関心事の一つは、エンが出資し、エンSXが営業支援を行うという座組みの会社が増えていることです。
たとえば、外国人採用を促進する「Linc」というサービスを運営する会社がその一例です。
エンにはCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)的に資金力があります。これから伸びそうなHR周辺領域の会社に出資し、エンSXが営業支援を行うというモデルは、非常に良い方向性だと考えています。今後も同様の案件を増やしていきたいですね。
この流れの中で感じるのは、営業する人材の希少価値が今後ますます高まるだろうということです。営業職は決して楽な仕事ではありませんが、売上や利益を生み出す重要な役割です。
しかし現状では、その担い手が不足しています。エンジニアのように、営業も専門性が高く、求人の倍率が上がる職種になるのではないかと見ています。そうなれば、そういったプロフェッショナルな人材を抱える当社の価値はさらに向上するでしょう。
AI時代においても、営業は最後まで残る職種の一つだと考えています。AIでは難しい、相手の課題に共感し、受け止め、改善策を共に考えるといった「共感を生む」プロセスや、最後の「交渉」といった部分は、やはり人間が担うべき領域です。この「ラストワンマイル」の人間的な繋がりが、今後ますます重要になるでしょう。
── 今後の事業拡大に向けた構想や経営戦略はいかがですか?
岩﨑 営業支援だけではどうしてもリソース商売になってしまうので、当社のノウハウをプロダクト化し、標準化していくことに注力しています。
昨年から事業化している「エンSXセールスアナリティクス」というサービスは、当社の営業生産性向上・育成ノウハウを形にしたツールです。このツールがあれば、当社が直接支援しなくても、営業の「勝ち筋」や「やるべきこと」がわかるようになります。
このプロダクトを広げることで、営業全体のレベルが上がり、「営業も悪くない、楽しい」と感じる人が増えれば、マーケット全体が活性化すると考えています。
営業には実はちゃんとした「公式」や「ポイント」があるのですが、それがまだ広く認知されていません。これを「物差し」として確立し、例えば「営業検定」のようなものを作れたら面白いですね。英検のように、客観的なレベルを示す指標があれば、営業職のプロフェッショナル化がさらに進み、世の中に貢献できると考えています。
閉塞感を覚えている方も多いと思いますが、それを打破するカギは「生産性の向上」です。人口が減少する中で、一人当たりの生産性を上げることが不可欠です。
特に営業や組織全体の生産性向上は、多くの企業にとって重要な課題でしょう。もしそうした課題でお困りの経営者の皆様がいらっしゃいましたら、ぜひ当社のサービスを選択肢の一つとしてご検討いただければ幸いです。
- 氏名
- 岩﨑 拓央(いわさき たくお)
- 社名
- エンSX株式会社
- 役職
- 代表取締役社長