事業を引き継いだとき、会社はまさに「火の車」だったという。創業者亡き後の混乱、主要メンバーの集団退職、そしてコロナ禍。次々と訪れる逆境を乗り越え、伝統の事業を守りながら、ITの力で新たな活路を見出そうと奮闘するクックサービスの飯尾社長に、これからの経営論を聞いた。
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「もう悲惨な状態でした」事業承継のリアル
── 4代目とのことですが、就任後、会社ではどんな変化がありましたか?
飯尾氏(以下、敬称略) クックサービスはもともと、ラーメン店の経営と、そのフランチャイズ本部運営から始まった会社です。そのラーメン事業は今も会社のメイン事業として続いています。私が社長に就任してから大きく変わったのは、新たにネット事業、特にプラットフォーム事業に力を入れ始めた点ですね。
── ネット事業への進出は、飯尾社長が推進された大きな変革だったのですね。
飯尾 ラーメン店のような飲食事業は、どうしてもフロービジネスになりがちです。お客様に来ていただいて、初めて売り上げが立つ。もちろんそれは大切なことですが、経営の安定性を考えると、それとは別に継続的に収益を生み出す仕組みがもう一つ欲しいとずっと考えていました。
そこで着目したのが、システム開発を伴うネット事業です。システムや機能を提供し、その利用料をいただく。このモデルが、私たちが目指すストックビジネスに最も近い形だと考え、舵を切りました。
── 現場とITの両方を知っているからこその発想ですね。事業を承継された当初は、どのような状況だったのですか?
飯尾 もともと私の親が20年以上前からここのフランチャイズに加盟しており、オーナーとしてラーメン店を経営していたので昔から馴染みのある会社でした。そんな縁もあって、「経営を立て直してくれないか」と声がかかったのです。ちょうど私自身、別の事業を手放して次の道を模索していたタイミングだったので引き受けたという流れです。
創業者である先代が亡くなった後、会社を相続した親族が高齢で、経営が難しい状況でした。そこで、社内にいた部長クラスの者が3代目の社長を務めていたのですが、彼はもともと職人気質。1店舗を切り盛りするのは得意でも、会社全体の経営となると勝手が違ったようです。私に相談が来たときには、正直に申し上げて、経営状況がかなり悲惨でした。
相次ぐ退職とコロナ禍、逆境の連続を乗り越えて
── 事業再生に近い形でのスタートだったのですね。特に苦労されたのはどのような点でしたか?
飯尾 引き継いだ時点で立て直しが必要なことは覚悟していましたが、想像以上に大変でしたね。一番堪えたのは、私が社長に就任した途端、本部にいたメンバーが一斉に辞めてしまったことです。彼らにとっては、外から来た私がトップに立つのが面白くなかったのかもしれません。
特に深刻だったのは、製麺工場の製造担当者が全員いなくなってしまい、工場が完全にストップしてしまったことです。ラーメン店にとって、麺の自社製造は利益率を確保するための生命線です。それを急遽、外部から仕入れることになったため、一気に採算が悪化しました。一日も早く自社製造を復活させなければならない、と。そこが最も大変な局面でした。
── どのようにして再稼働にこぎつけたのですか?
飯尾 まずは、新しく麺を作ってくれる従業員を採用しました。ただ、当然ながら彼らに製麺のノウハウはありません。そこで、小麦粉メーカーの技術者の方にお願いして、ラボで私たちの店のレシピを完全に再現してもらったのです。
しかし、新しい従業員がすぐに同じ品質のものが作れるわけではありません。最初の半年間は、来る日も来る日も練習です。作っては廃棄、作っては廃棄の繰り返しでしたね。
そして、ようやく工場の稼働が軌道に乗り、さあこれからだ、というタイミングで、今度はコロナ禍がやってきました。こればかりは本当に想定外でしたね。立て直しから3年ほど、本当に厳しい時期が続きました。
── 次々と困難が押し寄せる中で、心が折れずにいられたのはなぜですか?
飯尾 もちろん、作業の大変さや人と関わることでのエネルギー消費はありましたが、精神的に「大変だ」と感じることはありませんでした。なぜなら、引き受ける前からある程度分かっていましたし、課題を一つひとつこなしていけば、必ず会社は立て直せるという確信のもとでやっていましたから。
なんとかやってこれた理由は、ひと言で言えば、性格でしょうね(笑)。私自身、もともと成長意欲が高く、常に上を目指したいタイプなんです。困難な状況に置かれると、なんとかして乗り越えようとしてしまう。そういう性分なのかもしれません。
あとは、過去の経験も大きいですね。実はクックサービスに関わる前、10年ほど居酒屋を4店舗経営していた時期があります。そのときにリーマンショックを経験し、一度、会社を立て直した経験がありました。
だから、今回のケースもなんとかなるだろうと。ただ、コロナだけは本当に読めませんでしたけれど。
「フロー」から「ストック」へ。IT事業への挑戦
── 現在はラーメン事業に加えて、新ブランドの立ち上げや「サブパス」(サブスクリプションパスポート)というサービスも展開しているそうですね。
飯尾 既存のラーメン事業は、東北の地で38年間、地域のお客様に愛されてきました。これは私たちの大きな財産です。しかし、東北から一歩外に出ると、強力な競合他社がたくさんいる。そこで、全国でも戦えるような新しいブランドを一つ、二つと育てていきたいと考え、まずは「京麺 藍色 Kyo-men aiiro」を立ち上げました。
そして「サブパス」に関しては、先ほどお話ししたストックビジネスへの思いが根幹にあります。やはりインターネット関連の事業が最も親和性が高いですし、幸い私自身、ITリテラシーが人よりは少しある方だと自負していますので。自分たちができる範囲から、新しい挑戦をしていきたいと考えています。
── そうした中でもやはりラーメン事業を軸としていく。
飯尾 壮大な目標かもしれませんが、最終的には一風堂のような存在になれたらいいな、と思っています。せっかくこの事業に携わっているのですから、できる限り高みを目指したい。常に良い状態を追求し、事業を拡大していきたいという思いがあります。
これから本格化させていくサブパスのようなサービスと、既存の店舗運営を融合させていく点に強みを発揮できると考えています。飲食業界は、まだまだIT化が進んでいない領域です。だからこそ、そこに大きな可能性がある。今はまだ、その価値が市場に浸透しきっていない狭間にいますが、必ず道は拓けると信じています。
伝統の味は守り、ITで新たな価値を創造する
── 歴史ある事業を引き継ぎながら、新しいことに挑戦する。そのバランスについては、どのように考えていますか?
飯尾 歴史があり、今現在もお客様に支持されている良い状態のもの。これは、決して変えてはいけないと思っています。長年続いてきたのには、必ず理由があるからです。そこに、私の個人的な好き嫌いや好みで手を入れてはならない。そこは強く意識しています。
もちろん、時代に合わせて取り入れた方が良いものは積極的に採用すべきです。しかし、その見極めを間違えると、これまで築き上げてきたものまで壊しかねない。だからこそ、常に慎重に判断するようにしています。
私自身、性格的には新しいものをどんどん試したくなるタイプなのですが、そこはグッとこらえて(笑)。昔からあるものだからといって安易に変えるのではなく、より良い方向へ進むための変化なのかどうかを冷静に見極めるようにしています。
飲食業界の未来を切り拓く「サブパス」構想
── 今後の成長のカギを握る「サブパス」について教えてください。
飯尾 多くの店舗ビジネスでは、売り上げの8割は、2割のファン(常連客)が生み出しているというデータがあります。サブパスは、このファン層をさらに育成し、強固な顧客基盤を築くための仕組みです。
具体的には、店舗が独自のサブスクリプションを簡単に導入できるプラットフォームなのですが、最大の特徴は、一般的なサブスク構築機能に加えて、全国約10万箇所以上で使える優待特典を、自店のサブスク会員特典として付与できる点にあります。
同じ価格、同じ内容の商品があったとして、片方にはたくさんの特典がついている。お客様がどちらを選ぶかは明白ですよね。この顧客ロイヤルティプログラムを、どんな店舗でも手軽に導入できるようにしたのです。
── ただ、飲食店の経営者の方々は日々の集客で手一杯で、なかなか新しい仕組みの導入まで考えが及ばない、という現実もあるのではないですか?
飯尾 おっしゃる通りです。そこが今の課題でもあります。「おいしいものを作って、お客様に並んでもらえればいい」という考え方が主流なのも事実です。
しかし、集客に加えて、安定したストック収益があれば、経営はもっと楽になるはず。その重要性や導入の手軽さをどう伝えていくかが今後のカギだと考えています。またIT導入補助金のツールにもなりましたので、補助金の活用も可能です。
新しい仕組みとしては、発注分析と原価率コントロール機能、粗利最適化機能は追加することができました。さらに構想しているのは、原価率コントロール機能にAIによる需要予測を連携させることや、誰でも簡単にウェブサイトを作成・更新できる機能などです。
店舗経営にまつわる様々な課題を、サブパス上で解決できるようにしていきたい。成功すれば、飲食業界にとって非常に大きなインフラになり得ると信じています。
- 氏名
- 飯尾崇行(いいお たかゆき)
- 社名
- クックサービス株式会社
- 役職
- 代表取締役