1888(明治21)年、横浜で創業した株式会社新井清太郎商店は、ユリの球根貿易から始まり、これまで海藻、寒天、香辛料、ワイン、提灯、電子製品、繊維製品、不動産賃貸など多角的な事業を展開してきた。
そして2025年2月、創業家出身の新井文明氏が代表取締役会長に、またプロパー社員出身の平野陽大氏が代表取締役社長に就任し、137年の歴史を持つ老舗商社は新たな変革期に突入している。
保守的な経営から脱却し、M&Aや新規事業、社内改革を通じて、伝統を守りつつも未来へ向けたアグレッシブな挑戦をどのように進めるのか、会長の新井氏に語ってもらった。
企業サイト:https://www.seitaroarai.co.jp/
ユリの球根貿易から137年の間に多角化を実現
── 専門商社として取り扱っている商材を教えてください。
新井氏(以下、敬称略) 当社はユリの球根貿易から始まり、へちま、みかん、電球、釘など、さまざまな事業を手がけてきました。現在に至るまで、多岐にわたる商材を扱っています。
── 長い歴史の中で、ターニングポイントとなった出来事はありますか?
新井 三つあります。
一つ目は、ユリの球根貿易における変化です。もともと日本からオランダへ輸出していましたが、オランダの技術進化により、今では逆にオランダから輸入することがメインになっています。これは、日本のユリが病気になってしまったことも背景にあります。
日本がユリの栽培技術の始まりであり、オランダがそれを模倣して発展したという歴史は、あまり知られていないかもしれません。当社は、その流れに乗って貿易業を続けてきたのです。
二つ目は、関東大震災や第二次世界大戦など、幾度となく訪れた危機からの復活です。事務所が焼失し、何もかも失ったときでも、倉庫に残っていたものを商売にして食いつないできました。あるものをとにかく商売にするという姿勢が、当社の強みの一つです。
三つ目は、多角化です。専門商社という枠にとらわれず、チャレンジャー精神でさまざまなものにトライアンドエラーを繰り返してきた結果、事業が増えていきました。
たとえば、繊維事業は20〜30年前に始まりました。かつて中国からの繊維製品輸入は、国が認めた日中友好商社に限定されていましたが、当社は無地のTシャツなどを日本に輸入する第一号です。これは、お客様からの依頼と当社が持つ中国とのコネクションによって実現したものです。
ニッチ市場で培われた「諦めの悪さ」と信頼
── 137年もの長きにわたって、生き残ってきた強さはどこにあるのでしょうか?
新井 正直なところ、当社はさまざまな事業を手がけているため、ある事業が好調なときもあれば、別の事業が不調なときもあり、それを繰り返しながら成長してきました。百年以上にわたる歴史の中で、何か一つが大きく悪くなっても、別の何かがカバーしてくれるという繰り返しで、危機を乗り越えてきたのです。
原料系の川上に比較的、近い事業が多いことも景気に左右されにくい安定性につながっています。
また当社の特徴として、「諦めが悪い」点があります。一つの商品を細々とでも長く続ける傾向があるということです。たとえば、提灯事業は一時期やめようかという話も出ましたが、続けていたところ、製造を中止する国産提灯メーカーが相次いだとき、「輸入品だが品質に定評のある新井さんがいる」と、全面的に国産から輸入品に切り替えてもらったことがあります。
長く続けることで、いざというときに頼られる存在になる。これは、当社の経営姿勢そのものかもしれません。
一方、不動産事業も当社の安定を支える大きな柱です。二代目から三代目の時代に「これからは土地だ」と横浜市内に多くの土地を購入したことが、現在の貸しビルや駐車場の賃貸事業につながっています。昔に取得した土地なので、賃料も比較的安価に設定できることも強みです。
これまでは保守的な経営が続いていましたが、先ほども話に出たターニングポイントを挙げるとすれば、「今」がまさにそうだと考えています。私が会長として、そしてプロパー社員出身の平野陽大が社長として、それぞれ代表取締役に就任し、保守的な部分からアグレッシブな経営へと舵を切っている最中だからです。
M&Aは同業他社や「突拍子もない」分野も検討
── ニッチな分野で諦めない原動力は何でしょうか?
新井 当社のポジションは独特です。競合他社はいますが、提灯やユリの球根など、当社が扱うニッチな商材は、他社が参入しにくい領域です。
事業継続に必要な資金力も、不動産事業で安定的に確保できています。大手商社がやらないような、参入障壁の高いニッチなマーケットをあえて開拓し、独自の市場を築いてきました。
ユリや不動産以外の原料系に近い商材は、取り扱いが難しいものも多く、独自の小さいマーケットを形成しています。どの商材も、短くても30年は続けているものばかりです。
地道に、しつこくやり続けることで、いつしかマーケットを握り、お客様からの信頼を得てきました。
── 今後はM&Aも積極的に検討されるとのことですが、どのようなビジョンをお持ちですか?
新井 M&Aは検討中ですが、突拍子もない業界への参入も視野に入れています。もちろん、既存事業との相乗効果があれば理想的ですが、融合できるかどうかも重要です。当社は堅実な会社なので、冒険しつつも堅実に着地したいと考えています。
私個人としては、繊維事業のマーケット拡大のため、同業他社の買収も一つのビジョンです。
当社の強みに立ち返ると、小さなマーケットながらも、個人のお客様から中小企業、食品メーカー、アパレル系メーカーまで幅広い顧客層を持つことです。また、輸入においては南米、アジア、アフリカなど、発展途上国の仕入れ先が比較的多く、世界的なネットワークがあります。
これらの強みを活かし、シナジーを生み出せるM&A先を模索中です。
伝統と近代が融合する働き方と人材育成
── 先ほども少し話に出たように、新井会長とともにプロパー社員出身の平野陽大氏が社長に就任しました。このツートップが形成された経緯と、それぞれの役割について教えてください。
新井 先代の高齢化に伴う事業承継がきっかけです。私は創業家の一員として、会社のオーナーであることは必要だと考えていましたが、会社の運営は別の人物が担うべきだと常々思っていました。
平野は大学卒業後から当社でプロパーとして働き、私の考えに近く、当社の理念をよく理解しているため、平野に社長就任を打診し、受けてもらったという経緯です。
役割分担としては、平野が会社のマネジメント全般を担当しています。当社の社内は、古い会社とは思えないほど近代的なシステムが導入されており、その立案と実行は平野が中心となって進めています。
私は、会社の名前を背負う者として、経済界など社外との関係構築を担当します。
── 新代表就任で新たな時代に入ったということで、今後、どのような会社をつくり上げていくのでしょう?
新井 コンセプトとしては、社名からイメージされる「古い会社」という印象を覆し、テレワークやハイブリッド勤務など、最先端の働き方を追求したいと考えています。これまで守り中心の経営だったのに対し、今後はM&Aや新規事業にも積極的に挑戦し、かつてみかんやフカヒレなどさまざまな事業を手がけていたころと同様、「挑戦する会社」にしたいです。
── 新しいことを始める上で、社内の調和をどのように図っていますか?
新井 一番大きいのは「月例会」の変革です。以前は先代社長の訓話が中心でしたが、今は私と平野がどう考え、どう意思決定しているかといった情報の透明化を心がけています。社内アンケートも取り、皆の意見を聞きながら良い方向に進めるよう努めています。
── 次期幹部人材の育成や採用について、期待されていることはありますか?
新井 当社の社員ピラミッドは歪(いびつ)で、本来幹部となるべき40代や30代後半の層が薄いのが現状です。しばらくは代表取締役の二人が頑張らなければなりませんが、次世代の育成も重要です。
今、さまざまな部門横断のプロジェクトチームを考案しています。それらをできるだけ多く立ち上げ、モチベーションを持って会社のために頑張ろうという人が出てくれば、積極的に引き上げていきたいと考えています。
今はまだ、素質のある人材を見つけ、チャンスを与え、チャレンジしてもらう段階です。
── どんな人材に来てほしいですか?
新井 当社は、さまざまなチャレンジを通じて進化中の会社です。古き良き伝統による安定性も持ち合わせています。ぜひ、私たちと共に未来を創る仲間になりましょう。
- 氏名
- 新井文明(あらい ふみあき)
- 社名
- 株式会社新井清太郎商店
- 役職
- 代表取締役会長

