内閣府の宇宙ビジネスコンテストから生まれ、JAXA職員も創業メンバーに名を連ねる株式会社天地人。衛星データと地上のデータをAIで解析する独自の「マルチモーダル」技術を武器に、インフラ、農業、都市開発など、さまざまな分野の社会課題解決に挑むディープテック・ベンチャーだ。
創業からわずか数年でシリーズBの資金調達を終え、2027年のIPO(新規株式公開)を目指す。そのトップである櫻庭康人CEOは、美容師からスタートアップ業界に転身し、宇宙ビジネスにたどり着いたという異色の経歴を持つ。
企業サイト:https://tenchijin.co.jp/
目次
美容師から宇宙ビジネスへ。異色のキャリアパス
── 宇宙ビジネスとは縁遠いキャリアからスタートされたそうですね。
櫻庭氏(以下、敬称略) もともと青森県の出身で、高校卒業後は美容学校に進み、美容師として働いていました。その後に上京し、ECサイトの運営などに携わっていたのですが、スタートアップ業界に足を踏み入れたことが転機になりました。
新規事業の立ち上げなどに携わる中で、IoTやVRといった、当時(2010年代中頃)の新しい技術に次々と触れる機会がありました。新しい技術が社会にどう実装されていくのかを目の当たりにするうちに、自然と宇宙という分野にも興味が「つながってきた」という形です。自分でも「突然宇宙がやってきた」という感覚でしたね。
「宇宙×地上」マルチモーダル分析という優位性
──2023年4月にリリースされた上水道の漏水リスク診断サービスが注目されていますね。
櫻庭 現在は、データの活用そのものが我々のビジネスのベースですが、特に水道インフラの課題解決に注力しています。2023年4月に上水道の漏水リスクを衛星データから特定するサービスをリリースしました。さらに2025年の1月に埼玉県八潮市で下水道管の老朽化が原因とみられる道路陥没事故が起きたことなどを受け、多くの自治体から「天地人で何かできないか」とご連絡をいただき、下水道分野の課題解決にも着手しています。
── 衛星データで水道管の漏水リスクが分かるのは驚きです。
櫻庭 「宇宙水道局」は衛星データだけを使っているのではありません。衛星データに加えて、自治体が保有している水道管のデータや気象データ、人流データなどをAIで組み合わせて分析しています。
この「衛星データ×地上データ」の組み合わせ、いわゆる「マルチモーダル」な分析手法に早期から取り組んできました。そのため、多くの知見を持っていることが最大の強みだと考えています。
── そのマルチモーダルな分析というアイデアはAI技術の進化がきっかけですか。
櫻庭 天地人という会社の原型は、内閣府が主催する宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster」に応募したことから始まっています。
そのときに、「衛星データだけではできないこと」「地上のデータだけでは解決できないこと」が世の中にはたくさんあると気づきました。これらを掛け合わせたら、ものすごい価値が生まれるのではないか。その気づきが、我々のビジネスの出発点です。
衛星データビジネスの「現在地」
── NASAやJAXAといった機関との棲み分けはどうなっているのでしょうか?
櫻庭 よく「NASAがすでにやっていそう」と言われるのですが、実は役割が違います。NASAやJAXAは、火星や月といった「深宇宙」の研究開発がメインです。地球周辺の観測技術は、科学的にはある程度確立された段階にあります。
── 技術が確立されたことで、民間にビジネスチャンスが移ってきたと。
櫻庭 そのとおりです。SpaceXが、NASAよりも多くのロケットを打ち上げているように、宇宙ビジネスは今、民間が担う時代に移行しています。我々はその中で、衛星から得られる「データ活用」の分野を担っているスタートアップです。
── 衛星データは国境を越えて取得できる強みがあると思います。グローバルでの展開は考えていますか?
櫻庭 衛星は一つのセンサーで地球全体を観測しているので、日本で培った分析方法をそのまま海外に持っていきやすいというメリットがあります。我々の水道サービスも、すでにフランスやマレーシアでPoC(概念実証)を終え、実際の契約にもつながっています。
他社の事例では、駐車場の車の台数を分析して経済動向を予測したり、あるいは、ロシアとウクライナの情勢分析に衛星データが使われたりもしています。
「儲かるが環境に悪い」はやらない。組織が貫く倫理観
── 軍事利用の話も出ました。利益と倫理が相反する可能性やそのバランスについては考えていますか?
櫻庭 おっしゃる通り、確かに紙一重の部分はあると思います。衛星データは、まだ法律が整っていないグレーな部分もありますし、使い方によっては軍事施設が見えてしまうといった可能性もゼロではありません。
だからこそ、我々が大切にしているのは「会社の皆がやりたいと思うか」という視点です。軍事利用のような、社員が「これは会社として違うのではないか」と感じることは、我々はやりません。
── 倫理観という点では、環境負荷についても議論があるかと思います。
櫻庭 はい。それも社内で常に議論があります。例えば、「衛星で観測すれば、ヘリコプターや飛行機を飛ばすよりCO2排出量が少ない」という議論がある一方で、「ロケット打ち上げ時や、衛星を大気圏で燃焼廃棄するときにCO2が出ている」という指摘もあります。
今のところ、トータルで見れば衛星活用のほうが環境負荷は低いとされていますが、我々が重視しているのは、それが「今のやり方よりも環境にとって良いか」という点です。
結局のところ、事業倫理も環境倫理も、我々のブレーキは「皆がやりたいと思うか」に尽きます。例えば「これはすごく儲かるけれど、地球環境に負荷をかける」といった案件は、組織として明確にブレーキをかけます。それが天地人としての倫理観ですね。
「フラットな組織」で挑む2027年IPOとグローバル戦略
── 経営者として大切にしているスタンスを教えてください。
櫻庭 こうして取材を受けていますが、決して自分一人で会社を経営しているわけではありません。社員みんなでスクラムを組んで取り組んでいます。
ですから、いわゆる日本の昭和のような上下関係や、形式的な序列は作りたくない。一人ひとりが主役として動けるような、フラットな組織でありたいと常に考えています。
天地人の強みは、宇宙業界だけでなく、農業やインフラなど、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが集まり、横のつながりが生まれていることです。
もちろん、人数が増える中で「皆で同じ方向を向く」ことには難しさがあります。そこで最近、会社のミッション・ビジョン・バリューをアップデートしました。方向性を変えたのではなく、「新しく入ったメンバーも含め、誰が読んでも分かりやすい言葉」に噛み砕いたのです。
── 今後のファイナンス戦略についてはどう考えていますか?IPOも見据えているとか。
櫻庭 はい。2027年12月を目標にIPOの準備を進めています。すでにシリーズBラウンドはクローズしましたが、IPOまでにもう一回、あるいは数回の資金調達を想定しています。
IPOで得た資金は、海外展開の加速に使います。すでに実績のあるフランスやマレーシアに続き、水道インフラに課題を持つ他の国々へもサービスを広げていきます。
── IPOの先、5年後、10年後はどう考えていますか。
櫻庭 まず近い目標として、我々のようなディープテック領域のスタートアップがIPOを達成し、ユニコーン企業となることで、後に続く日本のスタートアップに「夢がある」という姿を見せたい、という強い思いがあります。
日本で生まれた会社が、海外展開で大きく成功している例は、残念ながらまだ多くありません。しかし、先ほど申し上げたとおり、衛星データビジネスはグローバルに展開しやすいという特性があります。
この恵まれた環境を活かし、日本人が不得意とされてきた領域で、グローバルに挑みたい。10年後、日本だけではなく、世界中の社会課題を解決できる。天地人をそういう会社にします。
- 氏名
- 櫻庭康人(さくらば やすひと)
- 社名
- 株式会社天地人
- 役職
- 代表取締役社長 CEO