仙台市を拠点に『焼きとん大国』『元祖仙台ひとくち餃子 あずま』などの飲食店を展開する株式会社エムシスは「初任給30万円」や「有給休暇取得100%」を掲げ、メディアからも注目を集める。

だが、その裏には「私利私欲」で事業を広げ、資金繰りに喘いだ“暗黒時代”があったという。何を思い事業を⽴ち上げ、いかにして危機を乗り越え、独自の経営スタイルを確立したのか。そして今後、どのような挑戦を描いているのか。

瀧川 真雄(たきかわ まさお)──代表取締役
1979年、岩手県生まれ。父親の影響で幼少期から野球を始め、盛岡大学付属高校では寮生活を送りながら学業と野球に励む。国士館大学在学中にアルバイト先の店長の影響を受け、飲食業での独立を志す。大学卒業後は仙台で飲食店にて5年間修業を重ね、経験を活かして株式会社エムシスを設立、代表取締役に就任。

株式会社エムシス

2007年に設立。宮城県仙台市を拠点に飲食店16店舗と自社工場2拠点を運営している。主力ブランドは『元祖仙台ひとくち餃子 あずま』や『焼きとん大国』、ラーメン部門の『水原製麺』『もちだや』で、地元仙台の食文化を活かした店舗展開を行っている。2032年までに全国300店舗体制を実現することをビジョンに掲げ、特に『元祖仙台ひとくち餃子あずま』のフランチャイズ展開をスタートしている。

企業サイト:https://m-sysinc.jp/

目次

  1. 「私利私欲」と多角化の失敗。“暗黒時代”と再起の誓い
  2. 業界の常識を破る「初任給30万円」。人材不足を解消した「先行投資」の哲学
  3. コロナ禍の急拡大が生んだ「10億円の壁」と組織の不活性
  4. 700万円の即決。組織を蘇らせた「すごい会議」という“投資”
  5. 目指すは300店舗、仙台から初の大規模全国チェーンへ。

「私利私欲」と多角化の失敗。“暗黒時代”と再起の誓い

── 2007年、27歳で起業とのことですが、現在に至るまでの歩みについて教えてください。

瀧川氏(以下、敬称略) 創業は2007年の3月です。当時は飲食業、ショットバーを1店舗立ち上げたところからスタートしました。27歳の時だったのですが、正直に言うと「お金持ちになりたい」という私利私欲の塊で独立したのです。

その気持ちが強すぎたせいか、その後は儲かりそうだと思ったものに次々と手を出してしまいました。飲食以外にも整骨院をやってみたり、盛岡の郷土料理であるじゃじゃ麺のお店、しゃぶしゃぶ食べ放題、とんかつ弁当……。

── 結果はどうだったのでしょうか?

瀧川 まったく管理ができず、会社は悪い方向に向かっていきました。自分で「暗黒の時代」と呼んでいるのですが、その時期が長く続きましたね。結局、最初に始めたショットバーだけが収益を生んで、新しく始めた事業がことごとくその収益を食いつぶすような状態でした。当然、資金繰りも首が回らなくなり、毎月月末になると「お金がない」という状態が何年も続きました。

振り返ってみると、自分が一緒に現場に出て汗を流せる事業がほとんどなかったんです。自分自身が経営者としてセンスがないんだな、向いてないんだろうなと落ち込みました。

── “暗黒時代”から、どのようにして抜け出したのでしょうか。

瀧川 ある時、先輩の社長からアドバイスをもらったんです。「事業が横に広がった状態で成長させるのは、よほど高い経営スキルが必要だ。一本化したほうがいい」と。

その言葉にハッとしました。そして、当時の事業の中で、自分がもう一度現場に立ち、一緒に汗を流してスタッフに背中を見せられる業態は何かと考えた時、それは小さな立ち飲み屋だった『焼きとん大国』しかありませんでした。

そこで覚悟を決めて、それ以外の収益を生まない業態をすべて引き払い、「焼きとん大国」に経営資源を集中させることにしました。

資金繰りに追われていた当時は、周囲の信用も完全に失っていました。取引先への支払いも遅れがちで、「こいつはまた嘘をついてる」と思われていたはずです。誰に何を言っても信用してもらえない。あれほどしんどいことはありませんでした。

事業を一本化したと同時に、当たり前のことを徹底しようと決めました。シンプルに「嘘をつかない」「周りの人を大事にする」「時間に遅れない」。そうやって、失った信用を一つひとつ積み上げていくことに注力しました。

業界の常識を破る「初任給30万円」。人材不足を解消した「先行投資」の哲学

── 現在はグループ合わせて19店舗、コロナ禍で『元祖仙台ひとくち餃子 あずま』やラーメン店も立ち上げたそうですが、御社の強みはどこにあると考えていますか?

瀧川 現在、仙台市内と東京(足立区)に2店舗展開していますが、特に地元・仙台エリアにおいては「人材」が最大の強みだと自負しています。特徴的なのは、初任給を30万円に設定していることです。仙台の飲食業の相場からすると、頭二つくらい飛び抜けて高い水準だと思います。

── どういった狙いがあったのでしょうか?

瀧川 これを始めたことで、リファラル採用が非常にうまく機能するようになりました。社員が自分の友人や知り合いを「うちの会社いいよ」と連れてきてくれるんです。

飲食業は慢性的な人手不足と言われますが、おかげさまで弊社は他社と比較しても、その悩みは格段に少ない。リファラルで入社してくれた方々は定着率も高いので、新店舗を出す時以外は、ほとんど採用に困らないという安定した状態を作れています。この取り組みがテレビのニュース番組などでも取り上げられ、会社の知名度も上がりました。

── 導入するきっかけは何だったのですか?

瀧川 実は、これも「暗黒の時代」の経験から来ています。『焼きとん大国』がまだ1店舗しかなく、僕自身も現場で串を焼いていたころの話です。カウンター席のお客様の会話が聞こえてきたんです。「うちの会社は給料も安いし、休みも少なくて、ほんと辞めたいわ」

その会話の中で出てきた「安い」と言われていた給料より、うちの給料の方がずっと低かったんです。あの時は、横にいた社員の顔をまともに見ることができませんでした。

その時に感じた「申し訳なさ」が、ずっと心に引っかかっていました。いつか会社が立ち直ったら、社員には世間の相場よりも胸を張れる給料を払える会社にしたいと強く思ったんです。それが原動力ですね。

── 有給休暇取得100%の推進や人事制度の整備にも力を入れているそうですね。

瀧川 はい。これもコロナ前から取り組んできました。そもそも飲食業は不人気業種で採用が難しい上に、これからは人口も減っていきます。

そしてこれからは、食べログで飲食店の点数が付けられるように、会社が社員から点数化される時代が来る。その時、点数が低い会社は、間違いなく人が採れなくなって詰むだろうと。

そうなる前に、福利厚生をしっかり整えて「人気のある会社」にしておかなければいけない。そう考えて、給与アップだけでなく、年1回の海外社員旅行など、さまざまな施策を打ってきました。

── 手厚い福利厚生を実現するのは、簡単なことではなかったと思います。

瀧川 お給料を上げることや社員旅行も、すべて「投資」だととらえています。投資ですから、必ずリターンがあるという前提で実行しています。

ありがたいことに、社員のために良かれと思って実行した投資は、ほとんどの場合、想定以上のリターンとなって返ってきています。その経験があるからこそ、今も大胆な決断ができているのだと思います。

コロナ禍の急拡大が生んだ「10億円の壁」と組織の不活性

── そうした「投資」が、既存店売上の前年比110%達成といった成果にもつながっているのですね。

瀧川 実は、そこにはもう一つの壁がありました。

コロナ禍はむしろチャンスだととらえて、大手が撤退した良い物件を積極的に押さえました。コロナ禍が終わるころには店舗数が倍くらいになっていたんですが、そこで組織の問題が起きました。

急拡大する中で入社してきた人たちは、「勢いがあるから」「給料が高いから」という理由が先行し、僕の考え方や会社の理念がうまく浸透しきれなかった。社長である僕と社員との距離も遠くなってしまいました。

結果として、コロナが明け世の中が動き出しても、うちの会社は思うように売り上げが伸びなかった。組織が不活性化してしまったんですね。年商でいうと「10億円の壁」にぶち当たった感覚でした。

理念の刷新なども行いましたが、それだけで売り上げが戻るほど甘くはありませんでした。従業員を鍛え、組織を根本から変える必要がありました。

700万円の即決。組織を蘇らせた「すごい会議」という“投資”

── その「10億円の壁」をどう突破したのですか?

瀧川 昨年の11月から、会議コーチングプログラムを導入しました。いわゆる“経営のライザップ”と呼ばれるようなもので、結果にコミットして組織を鍛え上げるプログラムです。

── 導入してみての効果は?

瀧川 組織が劇的に変わりました。今までは会議といえば僕と専務だけが喋っていて、他のメンバーはシーンとしているのが当たり前でしたが、「すごい会議」の手法を取り入れたことで、幹部メンバーが自ら考え、活発に意見を出すようになったんです。

風通しが良くなり、社員の当事者意識も高まった。その結果が現場のサービス向上につながり、今年の3月くらいから、売り上げが目に見えて回復・成長しています。

目指すは300店舗、仙台から初の大規模全国チェーンへ。

── 組織の壁も乗り越え、東京進出もされていますが、その先のビジョンは?

瀧川 今、最も注力しているのは『元祖仙台ひとくち餃子 あずま』です。実は昨年、ある有名な外食経営者の方から「この業態はすごい。300店舗はいける」というお褒めの言葉をいただきました。

我々は多角化で失敗した経験から、一つの業態を多店舗化していく方が得意だとわかっています。2032年までに300店舗を達成するという大きな目標を掲げました。

── 300店舗となると、ファイナンス戦略も重要になります。

瀧川 一時は上場を目指したこともありましたが、我々のような居酒屋業態と上場の親和性はあまり高くないと感じています。上場準備にコストや人材を割くよりも、今は純粋に会社を成長させることに集中したいので、現時点で上場は考えていません。

── M&Aなども含めた戦略は?

瀧川 M&Aは考えていません。それよりも、僕が成し遂げたいことが別にあるんです。

以前、名古屋の飲食経営者の方々と交流する機会があったのですが、彼らは「100店舗やりたい」「100億目指す」「上場したい」と、すごく熱量が高い。それに比べて仙台の経営者は、高い目標を口にする人が少ないと感じていました。

なぜだろうと考えた時、「目指すべき背中がないからだ」と気づきました。仙台から、100店舗や100億円規模の全国チェーンを成し遂げた人がまだいないんです。

それなら自分がその第一号になろうと。仙台から全国チェーンを本気で作り上げる。それが実現できれば、次の世代の「目指すべき背中」になれる。それが業界の活性化になり、ひいては地域貢献になると信じています。

氏名
瀧川 真雄(たきかわ まさお)
社名
代表取締役
役職
株式会社エムシス