E−JANネットワークス株式会社

1999年2月22日にサービスが開始されたNTTドコモの「iモード」は、日本のビジネスシーンに大きな変革をもたらした。その可能性にいち早く着目し、2000年に株式会社いい・ジャンネットワークス(当時。2012年にe-Janネットワークスへ社名変更)を創業したのが坂本史郎氏だ。

しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。BtoC事業の失敗による5億円もの借金、給与の支払いもままならない苦境。そこからいかにして、法人向けリモートアクセスサービス「CACHATTO」(カチャット)を国内トップシェアにまで育て上げたのか。そして、コロナ禍を経て新たな壁に直面する今、何を思うのか。数々の困難を乗り越えてきた坂本氏の経営哲学と、成功の秘訣に迫る。

坂本史郎(さかもと しろう)──代表取締役 CEO
1962年、東京都生まれ。1986年、早稲田大学理工学部を卒業後、東レ株式会社に入社。その後、米バージニア大学ダーデン校でMBAを取得。2000年に株式会社いい・ジャンネットを設立し、2012年に社名をe-Janネットワークスへ変更。
e-Janネットワークス株式会社
2000年3月設立のIT企業。「いつでも、どこでも、安全に」を理念に、ハイブリッドワークプラットフォーム「CACHATTO One」および関連製品の企画・開発・販売・運営を中心に事業を展開。ハイブリッドワークとは、オフィス勤務とリモートワークを柔軟に組み合わせ、業務効率と働きやすさの両立を目指す働き方。東京・大阪・高知・インドに拠点をもち、安全で柔軟な働き方を支援するとともに、自社製品を活用し社員一人ひとりの柔軟な働き方を実現している。
企業サイト:https://www.e-jan.co.jp/

目次

  1. 「便利」なだけでは売れない。顧客の声が示したBtoBへの活路
  2. 「あきらめたら終わり」5億円の借金の中で見出した、逆境を乗り越える力
  3. 成功体験からの脱却。AIで「働き方のジレンマ」を解決する
  4. 社会課題の解決こそが、我々の使命

「便利」なだけでは売れない。顧客の声が示したBtoBへの活路

── NTTドコモの「iモード」が創業のきっかけということですが、経緯を教えてください。

坂本氏(以下、敬称略) もともと私は技術者として東レ株式会社に勤めていました。経営にはまったく関心がなかったのですが、アメリカ企業とのジョイントベンチャーに携わったこと、そして会社の制度でバージニア大学のビジネススクール(MBA)に留学させてもらったことが大きな転機になりました。そこでは2年間で約700ものビジネスケースを学び、「自分でも事業をやってみたい」と強く思うようになったのです。

帰国後、工場で携帯電話向けの素材開発を手がけ、事業を大きく成長させることができました。その実績が認められ、東レから出資と融資の枠を確保してもらい、退職を前提に会社を立ち上げました。1999年にNTTドコモの「iモード」が登場しガラケーでインターネットが使えるようになったのを見て、「これでビジネスをやりたい」と直感しました。

── 創業当初は、現在とは違う事業モデルだったそうですね。

坂本 はい。最初は、クラウド上で個人のメールを預かるBtoCサービスから始めました。携帯電話でいつでもメールが確認できれば、絶対に便利だろうと。しかし、3年間鳴かず飛ばずで、気づけば個人的に5億円もの借金を抱え、社員の給料も払えなくなる寸前でした。

さすがにこれ以上は無理だと、事業のピボットを決断します。BtoCで培った技術を法人向けのBtoBサービスに転用し、2002年12月に「カチャットサーバー Version 1.0(2006年に名称を「CACHATTO」に統一)」をリリースしました。

当時、多くの企業で使われていたメールシステムを、携帯電話からも安全に利用できる仕組みです。これが、現在の事業の原型となりました。

── BtoCからBtoBへ。大きな方向転換ですよね。

坂本 正直、手探りでした。当初はBtoCと同じように「利便性」を売りにしていたのですが、なかなか企業の担当者には響きません。企業は、社員が少し便利になる程度のことにあまり投資をしてくれない、ということを痛感しました。

潮目が変わったのは、ある生命保険会社との商談です。「この仕組みなら、外部から社内ネットワークに侵入されるリスクがない。セキュリティが強みですね」と言われたのです。

私たち自身は利便性を売っているつもりだったので、目から鱗でした。企業が投資するのは「利便性」ではなく「セキュリティ」や「業務効率の向上」なのだと気づかされました。それ以降、私たちは「端末にデータを残さない」というセキュリティの高さを前面に押し出すことで、大手企業や官公庁からも信頼を得て、導入が拡大していったのです。

「あきらめたら終わり」5億円の借金の中で見出した、逆境を乗り越える力

── 創業初期は5億円もの借金を抱え、精神的にもかなり厳しかったのでは。

坂本 ええ、本当に大変でした。心が折れそうになり、知り合いの経営者に「もう辞めたい」と弱音を吐いたこともあります。すると、その方から「じゃあ、辞めたら?」とあっさり言われたんです。

その一言で、頭の中で会社をたたむシミュレーションをしてみました。すると、事業の清算など事務的な手続きは進んでいくものの、誰一人として「坂本さん、辞めないでくれ」とは言ってくれないことに気づきました。

自分では「辞めさせてもらえない」と思い込んでいましたが、それは勘違いで、自分が「辞める」と言えば、すべてがあっけなく終わってしまう。そのことに衝撃を受けました。あきらめた時が本当の負けなのだと悟り、二度と弱音を吐くのは止めようと心に誓いました。

── その気づきが、会社を立て直す力になったのですね。

坂本 そしてもう一つ、大きなきっかけがありました。それまでは「自分が、自分が」という意識が強かったのですが、苦境の中で「社員がこんなに頑張ってくれている」と、周囲への感謝の気持ちが芽生えるようになったのです。

2004年の1月から、社員が前日にやってくれたことを毎朝まとめて、感謝の言葉とともに全社にメールで共有する「朝メール」という習慣を始めました。今も続くこの取り組みを始めてから、社内の雰囲気が劇的に変わりました。同じ方向を向いてくれる仲間が集まり、会社に一体感が生まれたのです。そこから業績はV字回復し、2006年には黒字化を達成することができました。

成功体験からの脱却。AIで「働き方のジレンマ」を解決する

── その後、スマートフォンの普及とともに事業は順調に拡大したと思いますが、新たな課題はありましたか?

坂本 実は今、第二の壁に直面しています。コロナ禍でリモートワークが普及し、私たちのサービスは非常に好調でした。しかし、コロナが落ち着くと同時に、売上が急激に落ち込みました。

過去の成功体験に組織全体がとらわれてしまい、新しい時代に対応した製品開発に乗り遅れてしまったことに原因があると分析しています。一度成功してしまうと、そのやり方に固執してしまう。組織の舵取りの難しさを改めて痛感しました。

── その壁を越えるために、どのような展望を描いていますか。

坂本 現在は「第二創業期」と位置づけ、新たな挑戦を始めています。その中核となるのが、今年リリースした新サービス「CACHATTO One」です。そして、このサービスにAIを組み込むことで、現代の「働き方のジレンマ」を解決したいと考えています。

たとえば、リモートワークは社員にとってありがたい働き方ですが、会社にとっては一体感の醸成が難しいという側面があります。

また、社内の情報をAIに活用したいけれど、情報漏えいが怖いというジレンマもあります。私たちは、CACHATTOがもつ「高いセキュリティ」と「独自の通信技術」を活かし、安全な環境で社内データとAIを連携させる仕組みを開発しました。

── 具体的にはどのようなことが可能になるのですか。

坂本 たとえば、膨大な量の就業規則や社内規定のデータをAIに読み込ませることで、「家族が亡くなった場合、休みは何日取れますか?」と質問すれば、会社のルールに基づいた答えが瞬時に返ってくるようになります。

しかも、英語やヒンディー語など、多言語に自動で翻訳してくれます。これにより、外国人材の活用もスムーズになるでしょう。私たちは自社でこうした仕組みを実践しながら、本当に使えるサービスへと磨きをかけ、世の中に提供していきたいのです。

社会課題の解決こそが、我々の使命

── セキュリティを担保しつつ、より柔軟な働き方をサポートできると。

坂本 私たちが目指しているのは、単に便利なツールを売ることではありません。労働人口の減少や東京一極集中といった、日本が抱える本質的な社会課題を「柔軟な働き方」を普及させることで解決したいのです。

満員電車に揺られて会社に行くような働き方をなくし、子育てや介護といったライフイベントと仕事を両立できる社会を実現したい。そのための仕組みを、私たちはこれからも考え、作り続けます。

氏名
坂本史郎(さかもと しろう)
社名
e-Janネットワークス株式会社
役職
代表取締役 CEO

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