建設・プラント業界は今、深刻な人材不足と建設費高騰という荒波の中にある。この難局を打開するカギが「DX」だ。東洋エンジニアリングで全社DXを推進してきた瀬尾範章氏が、中核子会社であるテックプロジェクトサービスの社長に就任した。

EPC(設計・調達・建設)と保全事業のシナジー、そして独自の「ライフサイクル型エンジニアリング」で業界の課題をどう解決するのか。現場起点のDX戦略と未来の展望を聞いた。

瀬尾 範章(せお のりあき)── 代表取締役社長
東洋エンジニアリング株式会社にてDXoT(DX of TOYO)推進部長として、グループ全体のデジタルトランスフォーメーションを牽引。2025年6月より現職。デジタル技術と現場の知見を融合させ、新たな事業モデルの構築に取り組んでいる。
テックプロジェクトサービス株式会社
東洋エンジニアリンググループの国内子会社。石油化学、医薬・ファインケミカル分野等のプラント建設(EPC)および保全事業を展開。顧客のプラントライフサイクル全体に寄り添うエンジニアリングサービスを提供している。

「EPC」と「保全」をつなぎ、付加価値を高めるライフサイクル戦略

── 社長就任の経緯と、テックプロジェクトサービス(TPS)の現状について教えてください。これまで東洋エンジニアリングのDXoT推進部でグループ全体の変革を主導されてきましたが、今回の就任にはどのような戦略的な意図があるのでしょうか。

(画像=テックプロジェクトサービスの瀬尾範章氏)

瀬尾氏(以下、敬称略) 一言で申し上げますと、東洋エンジニアリンググループ全体が「待ったなしの変革」を迫られているということです。

私は2019年から6年間、DXoT推進部長としてデジタルを起点とした変革に取り組んできましたが、これからは事業会社の社長として、デジタルを活用しながら、事業の結果責任を持って変革を完遂する立場を担う。それが私に課されたミッションだと認識しています。

その布石として、東洋エンジニアリンググループとして新たな業態へ向かうべき方向性を1年間議論してきました。その中で、TPSは非常に興味深い事業ポートフォリオを持っています。EPC(設計・調達・建設)だけでなく、医薬・ファインケミカルといった今後の成長領域、そして顧客に寄り添い続ける「保全事業」を持っています。これらはこれからのエンジニアリングに求められる新業態にぴったりと合致します。そうした判断が、私のTPS社長就任の背景にあると考えています。

── TPSの強みと、逆に変革すべき課題についてはどうとらえていますか?

瀬尾 強みは大きく二つあります。

一つは事業ポートフォリオの独自性です。石油化学系の大型プラントだけでなく、医薬・ファインケミカルといった成長市場を押さえつつ、「つくって終わり」ではなくライフサイクル全体で顧客に寄り添える「保全事業」を肝として持っている点も大きな強みです。

もう一つの強みは、意思決定のスピードです。社員数250名規模というサイズ感が功を奏し、方向性が決まればすぐに「やってみよう」と動ける。この企業カルチャーは、変革において非常に強力な武器になります。

一方で課題は、これらの強みがまだ十分に統合されていない点です。EPCと保全が有機的につながれば、もっと高い付加価値を生み出せるはずですが、現状はまだ道半ば。ここを統合し、新しい業態として昇華させることが私の役割です。

ここで重要になるのが、中小企業ゆえの、DX投資体力の限界です。しかし、私はこれを“逆手に取れる”と考えています。親会社である東洋エンジニアリングでは、グループ全体でDX投資を進め、データ基盤、ツール群、DX手法など多くの資産を構築してきました。TPSでは、その資産をスピード感に合わせて使い倒せる。大企業の投資資産 x TPSの俊敏性という組合せは、競合他社では再現が難しい優位性です。この資産活用と統合デザインを進めることこそ、現在の私の戦略的な役割です。

──「ライフサイクル型エンジニアリング」というビジョンを掲げられていますが、具体的にはどのような構想なのですか?実現度はどれくらいでしょうか。

瀬尾 これまではEPC事業、保全事業と、プロジェクトごとに別々にお客様から仕事を受注していました。

しかし、ライフサイクル型エンジニアリングとは、これらをシームレスにつなぎ合わせ、一気通貫でお客様を支援することで新たな付加価値を生み出すものです。

たとえば、上流工程から我々が入り込み、EPCの段階で後の保全業務を見据えた提案を行えば、運用の効率化やコスト削減につながります。さらに保全で得た知見を次のEPCにフィードバックすることで、循環経済的な価値も提供できます。”部分最適”ではなく”全体最適”の視点を持つことで、最適化の効果は最大化されます。

実現度は、まだまだ道半ばといったところです。しかし、建設費が高騰し、コストダウンの限界が見えている今、コスト削減だけでなく「付加価値」に重心を移さなければなりません。お客様にとって1億円が高いか安いかは、そこから得られるメリットとの相対的なものです。だからこそ、付加価値を高めることに注力する必要があります。

(画像=インタビューに答える瀬尾氏)

── 建設業界全体の問題として、人手不足や2024年問題が深刻です。特にプラント業界では熟練技術者の技能承継も課題となっていますが、どのような解決策を持っていますか。

瀬尾 最大の問題は建設現場の人手不足です。半導体工場などの大型プロジェクトに人材が流出し、必要なプロジェクトに人が集まらない状況が起きています。また、多重下請け構造の中で、実際に手を動かす協力会社の方々の技術や暗黙知が見えにくく、継承が難しいという構造的な課題もあります。

ここでTPSが持つ「保全事業」がシナジーを発揮します。保全の現場は、大規模な建設工事に比べて多重下請け構造になっておらず、より現場に近い位置で仕事ができます。ここを「教育の場」として活用しようと考えています。

新入社員や若手エンジニアを、まずは保全の現場で半年ほど経験させる。保全はタスクが明確でサイクルが速いため、「こうすれば失敗する」「こうすればうまくいく」というフィードバックが即座に得られます。

大規模プロジェクトでは工程全体が長期化し、経験や気づきを得るまでのサイクルがどうしても遅くなります。一方で、保全の現場は作業単位のサイクルが非常に早く、計画・準備・施工・振り返りの一連のプロセスを短期間に何度も経験できるという特性があります。

この「高速な学習サイクル」が若手の理解と成長を強力に後押しします。品質・安全を最優先しながら、現場での判断力や段取り力を密度高く習得できる環境であることは、建設人材育成において非常に大きな価値があります。

データの「鮮度」と「量」がDXの成否を分ける

── 保全事業を活用することは、DXの観点からもメリットがあるのでしょうか。

瀬尾 おっしゃる通りです。プラント業界でDXが進まない壁の一つに、データの蓄積スピードの遅さがあります。

プラント建設は1つのプロジェクトが終わるのに2~3年かかります。10個のプロジェクトデータを集めるのに30年もかかっていては、技術の進化にまったく追いつけません。その頃には前提条件が変わってしまい、データが使い物にならない可能性すらあります。

一方、保全業務は「溶接する」「ボルトを締める」といった作業単位でのサイクルが非常に速く、使えるデータがどんどんたまっていきます。歩掛(ぶがかり)や生産性のデータを短期間で大量に収集できるのです。

教育という観点での密度の濃さと、データをためるスピード。この両面において、保全事業は非常に重要な役割を果たします。

── 医薬・ファインケミカル分野やカーボンニュートラル関連事業といった新しい領域において、DXはどのような役割を果たすと考えていますか?

瀬尾 医薬やファインケミカルの分野は、開発自体が不確実性を伴う難しい世界です。これまでは要件が固まってから仕事を受けるのが一般的でしたが、これからはお客様の構想段階、まだ要件が明確化途上にある段階から寄り添い、支援する必要があります。

また、お客様は段階的な投資を行います。パイロットプラントのような小規模な段階から我々が入り込み、スピード感を持って製造設備を立ち上げる。そして製造後の運用プロセスまで含めて効率化を提案する。

この一連の流れにおいて、時間的価値を高めるためにDXは不可欠です。他社が真似できないスピードで製品をリリースできるよう支援することが、我々の貢献できる領域だと考えています。

「現場ドリブン」と「経営の目線」で進める二軸のDX

── 親会社ではDXを推進されていたそうですが、TPSでは具体的にどの領域からDXに着手されていますか。

瀬尾 TPSでは、DXの教科書的なセオリーからはあえて逸脱した進め方を採用しています。通常は業務プロセスを可視化し、標準化したうえでシステムを導入するという手順を踏みますが、この方法では時間がかかり、成果が出る前に現場が疲弊してしまうことがあります。

そこで、私は「課題ドリブン」かつ「ピンポイント適用型」のアプローチをとっています。親会社のDXoTで構築した豊富な資産がありますので、TPSの現場が抱えている具体的な課題に対して、即効性の高いツールや仕組みを優先的に適用し、現場がすぐに効果を実感できるようにするのです。

「楽になった」「便利になった」と体感できるクイックウィン(早期の成果)を積み重ねることが、DXを定着させるうえできわめて重要だと考えています。

同時に、経営視点でのトップダウン型DXも進めています。これはレポートの効率化や経営判断の高度化など、会社としてやらなければならない領域です。つまりTPSでは「現場起点の課題解決」と「経営視点の改革」。この二軸を掛け合わせて進めています。

── 3D CADやVR、デジタルツインといった技術は、現場でどのように活用されているのでしょうか。

瀬尾 3Dモデルに関しては、高価なハイエンドツールだけでなく、比較的安価な「オープンBIM」などのツールを活用して、電気・空調・配管などの情報を統合し、空間調整を行っています。

今後はこれに時間軸を持たせた「4D」へと進化させ、施工手順のシミュレーションに活用したり、属性情報を持たせて保全や運転にも使えるデータにしたりしようと考えています。単に「見る」だけのモデルから、データを利活用できる形へと進化させるフェーズにあります。

また、現場の進捗管理や資材管理にもデジタル技術を導入しています。たとえば、360度カメラを持って歩くだけで現場の状況をデジタルツイン化し、進捗確認を効率化するといった取り組みを行っています。これらはすでに実装され、成果を上げている事例です。

さらに、RFIDタグを用いて資材の位置情報や移動を管理することで、現場で頻発する「モノ探し」の時間を削減する取組みは、現在試験導入を開始している段階で、効果検証を行いながら本格展開を目指しています。

(画像=デジタルツインについて語る瀬尾氏)

経営の羅針盤「CMC」と、グローバルなリソース展開

── 東洋エンジニアリンググループのDX基盤を活用できるという意味で、「展開力」があると言えそうですね。

瀬尾 私が東洋エンジニアリング時代に構築した「Corporate Management Cockpit(CMC)」という経営管理システムがあります。これは、プロジェクトの受注状況、リソース(人員)、収益予測などを一元管理し、シミュレーションできる仕組みです。

これまでは「受注目標を達成するために無理をしてでも案件を取る」ということが起きがちでしたが、それはプロジェクトのリスクを高めるだけです。CMCを使えば、「この案件を取るとリソースがどうなるか」「利益率はどう変化するか」を事前にシミュレーションし、最適な受注計画を立てることができます。無理な受注を防ぎ、リソースの過不足を見ながらリスクを低減する。この仕組みはすでにTPSにも導入し、実績が出始めています。

また、「展開力」という点では、海外拠点との連携強化も進めています。国内の熟練設計者が減少する中、インドネシアのIKPTなど、同じツールやプロセスを共有できる海外グループ会社のリソースを活用することは必須です。同じ基準、同じツールで仕事をすることで、品質を担保しながらリソースの融通を利かせることができます。これは固定費の変動リスクを抑えつつ、人材不足を解消する大きな武器になります。

── 最後に、DXを通じて実現したいTPSの未来像を教えてください。

瀬尾 エンジニアリングの本質は、社会課題を解決することにあります。

しかし現状では、紙の突き合わせや転記作業、レポート作成といった付加価値の低い業務に多くの時間が割かれています。

私は「レポーティングコスト・ゼロ」を掲げています。業務を行えば自動的にダッシュボードに反映され、報告のための資料作成は不要になる。そうすることで生まれた時間を、本来のエンジニアリング業務、つまりお客様の課題解決や新しいソリューションの創造に充ててほしいのです。

AIやデータ活用によって、これまで無理だと思われていた課題も解決できる時代が来ています。時間の使い方を変え、より付加価値の高い仕事にシフトする。それが、社員の働きがいにもつながり、ひいては社会貢献にもつながると確信しています。