建設現場のBPOサポートや日本の伝統工芸の支援、さらには農業支援やアスリートのデュアルキャリア形成など、一見するとまったく異なる多岐にわたる事業を展開している株式会社ファストコムホールディングス。
代表取締役の小林栄治氏は、通信制高校に通いながら16歳で社会に飛び込み、現場の最前線で汗を流してきた異色の経歴の持ち主。26歳での起業以来、一貫して現場のリアルな声に耳を傾ける「現場主義」を貫いてきた。
単に自社の利益だけを追求するのではなく、「社員の心からのやりたいこと」と「世の中が抱える社会課題の解決」を掛け合わせる独自の経営哲学により、社員発信のボトムアップで次々と持続可能なソーシャルビジネスを創出している。
小林氏の波乱万丈なキャリアの原点から、一過性のボランティア活動に終わらせない「ビジネスとしての社会貢献」を成立させる緻密な事業戦略の核心、そしてグループ全体で描く今後の壮大なビジョンまで、語ってもらった。
企業サイト:https://fastcom.co.jp/
学歴なし、飛び込んだ社会で見つけた経営の道
── 創業までの事業変遷を教えてください。
小林 現在は株式会社ファストコムホールディングスとして、約2年半前からホールディングス体制を敷いています。その前身となる株式会社ファストコムを立ち上げたのは、私が26歳のときです。今から約17年前のことになりますね。
私の経歴を振り返ると、高校は通信制に通いながら16歳のころから働き始め、同世代よりもかなり早く社会人の世界へ飛び込みました。当時は力仕事など、現場の最前線でさまざまな職種に携わっていました。
最初の大きな転機は18歳のときです。あるベンチャー企業の社長と出会ったことがきっかけでした。それまでは会社経営なんてまったく意識したこともありませんでしたが、その社長のもとでお付きのような仕事から始まり、そこで初めて「会社経営」というもののダイナミズムを知りました。
その会社は、IT業やアパレル業など多角的に展開しており、私もさまざまな事業に関与させていただきました。しかし、だからこそ、ビジネスの厳しい現実も目の当たりにしました。
その後、仲間内で起業に挑戦しましたが、ビジネスモデルが甘く、難しい結果になりました。
それでも、私の中に「あきらめて普通に会社員になる」という選択肢はなくなっていました。学歴がない中でも事業を起こし、自分の腕でチャレンジしていきたいという思いが人一倍強かったのです。
── その後、どういった経緯で会社を立ち上げたのですか。
小林 起業に失敗したあと、そのチャレンジ精神を買っていただき、先に起業していた先輩に声をかけてもらいました。そこではより深みのあるIT事業を手掛けており、ウェブマーケティングを一から学ぶ機会を得ました。これがファストコムを立ち上げる一社前の経験です。
23歳で入社したその会社では、ウェブマーケティングの領域で重要な役目を担わせてもらいました。
しかし私の思いとしては、もっとクライアントの立場になって現場主義でやっていきたかった。そこで、独立を決意し、26歳で個人事業としてファストコムを立ち上げました。
現場を知るためのアパレル運営が事業の土台を築く
── 独立当初はIT事業者でありながら、アパレル等の実店舗運営も手掛けたと聞いています。その理由は何ですか。
小林 ウェブ制作やマーケティング支援を提供しながら、アパレルの店舗運営代行(販売代行)を始めたのは、マーケティング会社によくある、「自分たちはその事業の現場を経験したことがないのに、データだけを見て『あれやったほうがいい、これやったほうがいい』とコンサル的なことを言う」という状況を絶対に避けたかったからです。
クライアントと同じ目線に立つためにも、ちゃんと現場の泥臭さを知っているプレーヤーになろうと考えました。
具体的には、とあるブランドの店舗を丸ごと預かり、店長から末端のスタッフまで自社で採用して用意しました。いかにして売り上げを上げていくかを実践することで、モバイルマーケティングを活用する方たちが、実際の現場でどんなことに悩み、どうやってお客様と向き合っているのかを学ぶ、インプット事業のつもりで始めたのです。
気づけば5年ほどで店舗数は15店舗、一緒に働いてくれるスタッフも80人規模にまで拡大しました。周囲からはすっかり「アパレル屋」だと思われる時代もありましたね。
実は、この時の経験が現在の経営の大きな土台となっています。16歳から40代まで、幅広い年齢層の女性スタッフをマネジメントしました。16歳の子が「彼氏とけんかして目が腫れたからお店に行けません」と急に休むなど、マニュアル通りにはいかない店舗運営の大変さをリアルに経験しました。
また、メーカーがなぜ今シーズンはこのデザインやカラーにしたのかという「作り手の思い」が、エリアマネージャーからも現場のスタッフにまったく落ちてこない実態を知りました。そういった背景情報が現場にしっかり落とし込まれるだけで、スタッフのモチベーションは劇的に変わり、接客のトークにも熱がこもります。
従業員たちがより楽しく、やりがいを持って働ける環境づくりとは何かを深く考えさせられ、「現場から市場を良くしていくんだ」という今の思いの土台が組み上がりました。
── そこから、現在の多様な事業領域へと展開していくのですね。
小林 ええ。アパレル業界・店舗業界も徐々にスタッフが集めづらい時代へと突入する中、もともとIT事業者としてのインプットのために始めた事業でしたので、本来の本業に力を入れていこうと決めました。現場主義でやるという価値観が完全に備わったので、それを具現化させるため、約11年前に新たな事業を次々と立ち上げ始めました。
その一つが、日本の伝統工芸職人を支援する「ニッポン手仕事図鑑」です。また、現在私たちのグループで一番事業規模が大きくなっている「株式会社建助」(ケンスケ)の事業もこの時期に始まりました。これは建築・建設現場の職人の皆さんの事務作業や駐車場手配などを代行し、完全現場寄りで支援するBPO事業です。
これらの事業展開と同時に、グループの総合理念である「社員の”やりたい!“と社会の”ほしい!”を両思いにする」の原型となる考え方も生まれました。現場主義とは、結局のところそこにいるのは「人」であるということです。世の中のサービスはすべて、人が人のために提供しています。
だからこそ、現場で働く仲間が「こういうことにチャレンジしたい」「この課題を解決したい」と願う強い思いを事業化していこうと考えました。ニッポン手仕事図鑑にしても、建設系事業にしても、社長である私がトップダウンで「やろう」と言い出したのではなく、強い思いを持った仲間が発起人として存在し、会社を挙げてそれを具現化してきた結果なのです。
既存事業と社会課題を掛け合わせる独自の戦略
── 社員の思いからボトムアップで事業が生まれる文化は素晴らしいですが、ボランティアではなくビジネスとして成立させるのは難しいと思います。そのための独自の評価基準やバランスの取り方はありますか。
小林 そこが非常に難しいのは事実です。私たちはNPOやボランティア団体ではなく営利企業ですので、収益を上げることが大前提にあります。これがクリアできず、資金繰りに窮してしまえば、持続可能なソーシャル活動とは言えません。
過去には、社会貢献の意義は大きいものの、ビジネスとしての収益化が難しくボランティア要素が強すぎる事業を、苦渋の決断で廃止したこともあります。
私が各ソーシャル事業を起こすときに一番の思考の軸にしているのは、「既存でしっかりと成り立っているビジネス」×「解決すべき社会課題」をいかに織り交ぜるか、という観点です。どう考えても交わらない、無理やりな掛け算になる場合は推進しません。
たとえば、株式会社建助は建設会社向けのBPOサービス事業なので、ここだけを切り取ると普通のビジネスに見えます。
しかし私たちは日本全国に営業所を持ち、労働集約的なサービスを提供しています。通常の観点なら地元で普通にフルタイムの人材を募集するところですが、ここに「ヴィレジョブ」という仕組みを掛け合わせました。
これは、フルタイムでは働けないけれど優秀なスキルを持つ主婦を主とした皆さんの活躍の場として、業務を切り出して提供する仕組みです。
また、「デュアルキャリア形成雇用制度」もその掛け算の一つです。地方リーグで頑張っているサッカー選手などは、競技だけでは給料が出ないためアルバイトで生計を立てています。
しかしアルバイトでは昇給や昇格といったキャリアパスが見込めず、将来への不安から、結婚などを機に競技という目標を諦めざるを得なくなってしまいます。そこで私たちは彼らを正社員として雇用し、練習時間を避けた変動的な勤務形態でも、しっかりとビジネススキルを身につけ、キャリアパスが望める環境を作っています。
これは私たち企業にとっては優秀でガッツのある労働力の確保になり、選手にとっては夢・目標を追いながら安定して働く環境を手に入れられるという、強固な相乗効果を生んでいます。
── アスリートとしての背景を隠すのではなく、むしろビジネスの強みやアドバンテージに変えているのですね。
小林 はい。すべてを掛け算して、事業領域の強力なアドバンテージに変えるのです。
彼らは営業の際、名刺の裏にプロフィールを記載し、「実はサッカーをやりながら、この会社で正社員として頑張っているんです」と自己紹介します。そうすると、少なからず応援の言葉をいただけ、本人もモチベーションがあがりますよね。
建設事業で職人の皆さんの事務作業の手を空け、本来の技術力向上に時間をかけられるようにするという本業のソリューションを提供しながら、同時にそこで働く主婦やアスリートたちのソーシャルな課題も解決する。この掛け算の枠組みが作れるものを事業として残しています。
ソーシャルビジネスを志す方の多くは、「こういう社会課題があるから、これを解決するために何か新しいことをしよう」という課題解決からのアプローチで入りますが、私の場合は逆です。
特徴は、「すでに成り立っている普通の事業があって、これに解決のための社会課題をうまく掛け算できないかな」と逆から考えていく点だと思います。
さらに、社内活動から始まった「UCHINO(ウチノ)」という農業支援のプロジェクトもあります。高齢化や後継者不足で悩む米農家の皆さんと連携し、業務委託として我々が前払いでお支払いすることで、農家の収入安定につなげています。
とれたお米は社員に毎月3キロずつ福利厚生として配りますが、一人暮らしなどで食べきれないお米は「返納米制度(権利放棄)」で会社に戻してもらい、それを子ども食堂や一人親世帯、養護施設にすべて寄付しています。農業支援から始まり、社員の福利厚生を満たし、そして人道支援へと一気通貫で繋がる持続可能なソーシャル活動です。
また、「山形よしだ桐箱店」という、経営難で破たんした山形の伝統工芸に出会い、強い思いを持った社員にそこの社長を任せ、山形の伝統工芸の復活と事業再生にチャレンジしている事業もあります。
「誰とするか」を追求し、一社に一つのソーシャルビジネスを
── ホールディングス化して組織が拡大する中で、トップとしてこれだけは守っているカルチャーなどはありますか。
小林 現在、グループ全体で120人規模になりましたが、人数が増えるとどうしても熱量の濃度が薄まり、一般的な「ただの会社」になる懸念は常にあります。
だからこそ、私が繰り返し呼びかけているのは「チャレンジ精神」です。とにかく現場でやってみないと分からないという精神を持ってほしい。そして、何があってもいい意味でケツを持つ、最後のリスクを取るのが会社の責任だと明確に伝えています。
多種多様な事業を展開しているため、経営者仲間からは「結局、ファストコムは何屋なの?」と聞かれることもよくあります。でも私からすると、それは最高の褒め言葉なんです。「社員の”やりたい!”と社会の”ほしい!”を両思いにする」という理念を掲げている以上、社員の数だけ多種多様なビジネスが生まれて当たり前だからです。
どれも自負している自慢の事業活動ですが、極端なことを言えば、実はやる事業自体は「何でもいい」とすら思っています。
一番大事なのは「何をするか」よりも「誰とするか」です。どれだけ人数が増えようとも、「この人が熱意を持っているから、一緒にやっているよね」とお互いに思える環境を、全員で作っていきたいですね。
── 「誰とするか」を大切にしながら、今後さらにグループとして取り組んでいきたい新しいテーマや、これから形にしようとしている構想はありますか。
小林 今まさに進めている新たな活動として、「農福(農業×福祉)」に、我々のような一般企業を掛け合わせる事業を構想しています。
具体的には、障害者雇用など社会課題の解決にもチャレンジしたいです。
社会課題の解決は、決して特別なボランティアではなく、立派な事業になります。私たちの取り組みのように、企業が本業の延長線上で少しずつ社会課題と掛け合わせることで、真の意味で持続可能な世の中を皆さんと一緒に作っていけたらと思っています。
社会は世の中の会社がつくっています。だからこそ、我々は社会を本質的によくするソーシャル企業のリーディングカンパニーを目指します。
- 氏名
- 小林栄治(こばやし えいじ)
- 社名
- 株式会社ファストコムホールディングス
- 役職
- 代表取締役

