
オムロン株式会社の新規事業として産声を上げ、プリントシール機市場で圧倒的シェアを持つフリュー株式会社。かつてはエンジニア集団特有の「技術偏重」により挫折を味わったが、主なユーザーである女子中高生の生の声を取り入れることで躍進を遂げた。
同社の強みは、メーカーのDNAを受け継いだ論理的なPDCAと、属人性を排除した組織づくりにある。2025年、代表取締役社長に就任した榎本雅仁氏に、再現性を生み出す組織戦略をはじめ、デジタル社会におけるアナログな体験価値の重要性、生成AI時代を見据えたエンタテインメント企業の展望を聞いた。
クリエイティブな業界でどのように組織化を進めているのか
── Qオムロン社内で創業したときは、どのような状況だったのでしょうか?
榎本氏(以下、敬称略) 当社の事業は、オムロンの研究技術を活用した新規事業の立ち上げから始まりました。画像認識技術をプリントシール機に転用できないかという発想がスタートです。エンジニア集団だった創業者の田坂をはじめとするプロジェクトメンバーは技術力を生かして差別化を図り、撮った写真が似顔絵になる「似顔絵マシン」を開発しました。
しかし、市場に出してみるとまったく売れませんでした。アミューズメント施設でも見向きもされない状況に直面し、私たちは大きな挫折を味わいます。なぜうまくいかないのかを考えるため、ターゲットとなる女子中高生へのヒアリングを行いました。
これが、現在も年間約300回以上(2024年度実績)行っている「ユーザーインタビュー」の始まりです。ユーザーからは「似顔絵なんていらない、普通のプリ(プリントシール)が欲しい」という厳しい意見をもらいました。自分たちがつくりたいものとユーザーが求めているものの間に、大きな隔たりがあると気づいた瞬間です。
当時、倉庫には500台ほどの在庫が積み上がっていました。この在庫を何とかするために、ユーザーの意見を愚直に取り入れたプリントシール機への転用を決めました。
男性ばかりの企画チームが女子中高生の生の声を取り入れ、ヒット作を生み出す体制を整えました。
── Q榎本社長が合流した当時の組織はどのような雰囲気でしたか?
榎本 私が入社したのは数年後ですが、当時はオムロン内の一部署でありながら、非常にベンチャー気質が強い組織でした。親会社の一部門というより、スタートアップの人たちが集まっているような熱気がありました。社内公募制度を利用して異動した私は、その雰囲気の違いに驚いたことを覚えています。
当時の組織は30人足らずの規模で、2つのチームが交互に新機種を開発していました。約8ヵ月の開発サイクルで、常に新しいものを世に送り出すスピード感がありました。同時に、クレーンゲームの景品ビジネスなど、第2、第3の新規事業も立ち上がり始めていた時期です。
当時(2000年初頭)のプリントシール機は、遊び機能を重視する「遊び機」と、写りの良さを追求する「写り機」に分かれていました。当社は業界の主流でもあった遊び機を中心に展開していましたが、ユーザーの優先順位では遊び機能は2番手以降になりがちでした。そこで業界1位を目指すには、王道でありユーザーが求めている「写り」で勝負するしかないと考えたのです。
「遊び機」が主流の中でエンジニアたちに「写りで勝負する」と伝えても、最初はなかなか理解されませんでした。「写り以外に新しい機能がなければ勝てない」という意見もありましたが、私は写りの向上のために撮影空間や画像処理の徹底的な改善が優先だと考えました。
画像処理技術を磨き、ユーザーが求める「かわいさ」を追求した結果、支持が急拡大しました。
── Qエンタメ業界は個人のセンスに依存しがちですが、どのように仕組み化していますか?
榎本 当社はオムロンというメーカーからスピンアウトしたため、真面目にPDCAを回す文化が根づいています。
企画者が一人で抱え込むのではなく、チームでノウハウを共有し、後進を育てる風土が初期からありました。属人性を排除し、再現性をどうつくるかを重視する姿勢は、エンタメ業界では独特かもしれません。
現在も、特定の個人がいなければ成り立たない部署はほとんど存在しません。
たとえば、クレーンゲームのぬいぐるみ開発でも、組織として「一番かわいいもの」をつくれる体制を構築しています。個人の「エイヤッ」と勢いだけで進めるのではなく、なぜ成功したのか、なぜ失敗したのかを論理的に分析します。
プリントシール機開発においても、インタビューを通じてユーザーの反応を真摯に受け止め、仮説を現実に適応させる、地道な作業の連続です。このコツコツとした積み重ねを必ず開発ステップや様々な事業活動に組み込んでいることこそが、個人のセンスに依存しすぎない仕組みであり、当社が支持され続けている理由です。
男子校出身から「女子高生が顧客」のビジネスへ
── Q榎本社長のキャリア・経歴についても教えてください。
榎本 私は理系の大学院を修了後、ソフトウェアエンジニアとしてオムロンに入社しました。最初は駅務機器(券売機、改札機など)の開発に携わっていましたが、開発工程の一部分のみを担当するという仕事の進め方に物足りなさを感じていました。
そこで、もっとやりがいのある仕事を求め、社内公募制度でプリントシール機の部署へ異動したという経緯です。
募集要項に「女子高生と気軽に話ができること」とあり、男子校出身の私には大きな挑戦でした。
しかし、少人数での開発では、自分の考えたことがダイレクトにユーザーの反応として返ってきます。異動後は1年足らずで商品が世に出るスピード感と、喜ぶお客様の姿を見て、仕事への情熱が湧きました。
その後、さらなる挑戦を求めて一度会社を離れ、スタートアップ企業などを経験しています。
退社から4年後の2009年に縁あってフリューに戻り、その後プリントシールの画像取得閲覧サービス『ピクトリンク』の責任者に就任。当時は「会員数100万人の壁は超えられない」といわれていましたが、私は絶対に突破してやろうと考えました。スマートフォンの普及という波をとらえ、機能を充実させることで会員数は大きく伸びました。現在、『ピクトリンク』の総会員数は2,500万人、有料会員数は137万人を突破しています。(2025年3月末時点)
その後、新規事業の責任者としてアニメや家庭用ゲームなどを統括していました。現場が好きで、40代半ばまでは自らアプリを企画し、手を動かす現場主義を貫いてきました。
── Q昨年、社長に就任しましたが、どのような課題意識を持っていますか?
榎本 フリューは売り上げこそ伸びていますが、営業利益ベースでは一定の範囲にとどまっているという課題意識があります。いわゆる「利益の壁」を突破できていない状態です。やるからには企業価値を向上させ、利益も右肩上がりに伸ばす方向へ舵を切りたいと考えています。
そのためには、社員一人ひとりが「成長」を意識して動くことが不可欠です。私は「チームワークを大切にして成長する」というシンプルなキーワードを掲げました。個人の成長が組織の成長につながり、それが会社の成長、ひいては企業価値の向上につながるという考えです。
当社では「動的ビジョン」という、社員の働きがいと企業成長を両立させる独自の価値観を大切にしています。「やりたいこと(Will)」、「できること(Can)」、「やらねばならないこと(会社からの期待:Must)」を重ね合わせ、今「やるべきこと(Shall)」を導くものです。Shallの実現が、個人の成長であり企業の成長にもつながると考えています。
── Q組織の壁やセグメント間の対立についてはどのようにお考えですか?
榎本 事業が拡大すると、どうしても組織のサイロ化が起きやすくなります。当社でも、キャラクター・マーチャンダイジングビジネスと創業事業であるプリントシールビジネスの間で、売上の逆転による微妙な空気感はありました。しかし、対立してもメリットはありません。私は意図的にその壁を壊そうとしています。
具体的には、各部門の本部長を兼任させるなど、人的交流を促進する施策を打っています。プリントシール事業のデータ分析力と、キャラクター・マーチャンダイジングビジネスのIP活用ノウハウを融合させるためです。この半年で、主語が「自分の組織」から「フリュー」へと変わり始めています。
「アナログの体験価値」は今後ますます高まる
── Qデジタル化が進む中で、物理的な空間や体験の価値はどう変化すると予測していますか?
榎本 スマートフォンが普及し、便利になればなるほど、その対極にある「体験価値」がクローズアップされます。そうした中でプリントシール機は、スマホでは実現できない没入感や体験を提供できるツールです。アナログ的なシールが手に入ることも、デジタル社会だからこそ感情に訴えかける価値を持ちます。
たとえば、最近のチェキブームも、物理的なものが手に入る喜びが再評価されている証拠です。プリントシール機はスマホと共存しながら、あの「箱」の中でしかできない体験をいかに提供するかが重要です。キャラクター・マーチャンダイジングビジネスにおいても、たとえばアニメなどを見て画面越しで好きになったキャラクターを、実際にぬいぐるみなどのグッズで触れられる価値は揺るぎません。
リアルな体験は、スマホの画面を見るのとは比較にならないほど強く思い出に刻まれます。デジタル化が進むほど、体験価値は貴重で大切なものになるはずです。私たちはIPと体験価値を掛け合わせ、スマホ時代における対極の価値を追求します。
── Qグローバル展開については、どのようなチャンスを見出していますか?
榎本 日本のエンタテインメントは、将来的に自動車産業に並ぶ輸出産業になる可能性を秘めています。北米や中国、東南アジアでも、日本のアミューズメント施設やIPが急速に広がっています。国際情勢のリスクはありますが、エンタテインメントを求めるニーズは世界共通です。
特定のエリアに固執せず、ビジネスチャンスがある場所へ積極的に進出する方針です。キャラクター商品やプリントシール機それぞれの展開はもちろん、両事業の強みを融合させたフリューならではの強みでリアルな価値を提供できる当社には、多くの可能性があります。
ITに寄り添いながら、ユーザーの「楽しい」という感情を引き出すノウハウは、世界でも通用します。
AI時代にエンタメ企業はどう成長すべきか
── Q経営者として、今どのようなことに時間を使っていますか?
榎本 自社の強みを再定義し、ポテンシャルを最大限に引き出すための戦略構築の時間です。特に生成AIの可能性には注目しており、部門間での交流促進を目的に毎年実施している社内向けアプリ開発イベント「フリューハッカソン」でも驚くべき成果が出ています。AIを駆使することで、少人数でも圧倒的なスピードでプロダクトをつくり上げることが可能になります。
ルーティンワークはAIに置き換え、人間はより本質的でクリエイティブな仕事に注力する。
そのような組織へのシフトが、次の大きなテーマです。生産性が向上した分は社員に還元し、より優秀な人材が集まる仕組みをつくりたいと考えています。
── Q今後の展望を教えてください。
榎本 フリューを「プリントシールの会社」から、より広い意味でのエンタテインメント企業へと進化させます。フリューの強みは、ユーザーが抱く"かわいい"の感覚に共感して形にする"かわいい"のプロデュース力だと考えています。プリントシールをはじめとするガールズトレンド事業とキャラクター・マーチャンダイジング事業で培ったこの強みを活かして、今後は日本のみならず世界にもフリュー独自のエンタテインメントを届けていく方針です。
経営者の最も重要な役割は、企業価値を向上させることです。市場に対して成長の方向性を明確に示し、着実に実績を出す責任があります。「フリューは将来性があり、成長し続ける会社だ」とマーケットに認められるよう、全力で取り組みます。