この記事は2026年8月12日に配信されたメールマガジン「アンダースロー:円安の修正に必要なことは利上げではなく投資拡大」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)

目次

  1. 円安の修正に必要なことは利上げではなく投資拡大

円安の修正に必要なことは利上げではなく投資拡大

  • 円安水準が続く中、通説はその主因を日米の金利差に求める。日銀がデュアルマンデートの下で利上げに慎重なため、金利差の縮小が見通せないという説明だ。しかし、より本質的な要因として「投資力の非対称性」が挙げられる。米国では官民連携の戦略投資にAI関連の巨額投資が重なり、政府・企業の支出力(ネットの資金需要、企業貯蓄率+財政収支)はGDP比マイナス10%程度に達している。対して日本では、高市政権が掲げるサナエノミクスの戦略投資はいまだ本格始動していない。ネットの資金需要は消滅してしまっている。この構造的な差がマンデル=フレミングモデルの論理で資本を米国へ引き寄せ、円安圧力を持続的に生み出している。金利差はその結果の一側面に過ぎず、「利上げさえすれば円安は止まる」という処方箋は問題の本質を見誤っている。2026年7月に決定された骨太の方針で、これまで投資拡大の障害となってきたプライマリーバランス黒字化目標を事実上無力化し、新たな投資枠を設けることで、2027年度予算の執行から官民連携の戦略投資が本格的に動き出す。この投資拡大が実現して初めて、日米の投資力の差が縮まり、円安の構造的な修正が始まる。

  • 最も強く警戒されるのは、日銀の急速な利上げで円高を強制的に実現しようとするシナリオだ。グローバルな投資競争が激化する中で金融引き締めを行えば、国内投資が萎縮し、将来の供給能力が毀損される。供給能力への不信が高まれば、円安は再燃し、今度は投資の裏付けを欠いた「制御不能な悪い円安」に転落するリスクがある。現在の円安は投資拡大を伴っており将来の供給能力増強が見込まれるため懸念は小さいが、投資が失速すれば話は根本的に変わる。1985年のプラザ合意後に急激な円高が進んだ際、日銀が過度な金融緩和で対応した結果、バブルが生まれ、その崩壊が「失われた30年」の起点となったことは今日ではコンセンサスとなっている。円高に緩和で対応したことが誤りであったなら、円安に引き締めで対応することも同様に誤りで、現在の円安局面での過度な金融引き締めは大きなリスクとなる。高市政権が目指すのは「官民連携の戦略投資拡大→生産性向上→実質賃金上昇→円安の構造的修正」という好循環のシナリオだ。このシナリオが実現すれば、金融引き締めに頼らずとも円安は自律的に修正される。


円安水準が続く中、通説はその主因を日米の金利差に求める。日銀がデュアルマンデートの下で利上げに慎重なため、金利差の縮小が見通せないという説明だ。しかし、より本質的な要因として「投資力の非対称性」が挙げられる。米国では官民連携の戦略投資にAI関連の巨額投資が重なり、政府・企業の支出力(ネットの資金需要、企業貯蓄率+財政収支)はGDP比マイナス10%程度に達している。ユーロ圏はマイナス3%程度である。対して日本では、高市政権が掲げるサナエノミクスの戦略投資はいまだ本格始動していない。ネットの資金需要は消滅してしまっている。この構造的な差がマンデル=フレミングモデルの論理で資本を米国へ引き寄せ、円安圧力を持続的に生み出している。金利差はその結果の一側面に過ぎず、「利上げさえすれば円安は止まる」という処方箋は問題の本質を見誤っている。2026年7月に決定された骨太の方針で、これまで投資拡大の障害となってきたプライマリーバランス黒字化目標を事実上無力化し、新たな投資枠を設けることで、2027年度予算の執行から官民連携の戦略投資が本格的に動き出す。この投資拡大が実現して初めて、日米の投資力の差が縮まり、円安の構造的な修正が始まる。

円買い為替介入の効果は、「限定的」と受け止められた。しかし、介入には「牽制」としての意義がある。円安は輸出競争力の強化や対内投資の呼び込みという点で、投資拡大路線には追い風である。しかし、投資拡大の果実が労働生産性の向上や実質賃金の上昇として家計に届くまでには相当の時間を要する。その移行期間中に円安が過度に進めば、輸入物価の上昇が家計を圧迫し、内需が腰折れするリスクが生じる。このため、家計の負担と企業の投資を促すための円安の目途は、150円台近辺だと考えられる。それを超える円安には介入で牽制するという設計を採っているとみられる。重要なのは、政府が円安を「大きく円高方向に修正しよう」とは考えていない点だ。あくまで過度な円安を抑制する牽制であり、円高への積極的な誘導ではない。家計への直接的な負担軽減は、所得税・消費税の減税を含む積極財政で対応する。

高市政権は日銀に対し、物価安定に加えて強い経済成長も責務とする「デュアルマンデート」を課している。これを「政治的圧力による利上げ抑制」と批判し、日銀の独立性が損なわれているとの懸念がある。しかし、デュアルマンデートは日銀法4条に基づく政府との連携の枠内であり、物価安定のみを責務とするECB型から、物価安定と最大雇用の双方を責務とするFRB型へと政策運営の枠組みを転換する試みであって、日銀の独立性を毀損するものではない。さらに、利上げが後手に回っているなら、市場では急激な利上げ予想が形成されるはずだが、そのようなエコノミストは皆無だ。市場予想に急激な利上げが織り込まれていない以上、日銀が後手に回っているとは言えない。また、市場が政治的圧力を織り込んだ上で利上げ予想を抑制しているのであれば、物価上昇率の大幅な上振れの予想が形成されるはずだが、そのようなエコノミストは皆無だ。

最も強く警戒されるのは、日銀の急速な利上げで円高を強制的に実現しようとするシナリオだ。グローバルな投資競争が激化する中で金融引き締めを行えば、国内投資が萎縮し、将来の供給能力が毀損される。供給能力への不信が高まれば、円安は再燃し、今度は投資の裏付けを欠いた「制御不能な悪い円安」に転落するリスクがある。現在の円安は投資拡大を伴っており将来の供給能力増強が見込まれるため懸念は小さいが、投資が失速すれば話は根本的に変わる。1985年のプラザ合意後に急激な円高が進んだ際、日銀が過度な金融緩和で対応した結果、バブルが生まれ、その崩壊が「失われた30年」の起点となったことは今日ではコンセンサスとなっている。円高に緩和で対応したことが誤りであったなら、円安に引き締めで対応することも同様に誤りで、現在の円安局面での過度な金融引き締めは大きなリスクとなる。高市政権が目指すのは「官民連携の戦略投資拡大→生産性向上→実質賃金上昇→円安の構造的修正」という好循環のシナリオだ。このシナリオが実現すれば、金融引き締めに頼らずとも円安は自律的に修正される。

図1:日本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

日本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(出所:日銀、内閣府、総務省、クレディ・アグリコル証券)

図2:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

図1:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(出所:BEA、FRB、クレディ・アグリコル証券)

図3:ユーロ圏のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

ユーロ圏のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(出所:Eurostat、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。