本記事は、安斎 勇樹氏、水野 祐氏の著書『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中から一部を抜粋・編集しています。
現場レベルで直面するルールの諸問題
ここまで、ルールデザインの理論的な枠組みと基本原則について解説してきました。しかし「ルールを変えよう」と言われても、多くの方は「自分には権限がない」「経営層でなければ無理だ」と感じているかもしれません。
確かに、定款や各種の社内規程、就業規則、人事評価制度といった公式ルールを変更するには、相応の権限と手続きが必要です。しかし、組織文化を形づくるのは公式ルールだけではありません。シャインの定義する「暗黙の前提」、すなわち日々の行動様式やコミュニケーションの仕方といった「ルーティン」もまた、組織を強く特徴づけるものです。そしてこのルーティンは、たった一人のマイルールや、チームレベルにあるローカルルールといった「非公式ルール」を見直すことで、変えていくことができるのです。
本章では、現場で働く従業員の視点から、「今日からできる」ルールデザインの実践について具体的に解説します。まずは個人レベルの「マイルール」から始め、次にチームレベルの「ローカルルール」へと展開していく。小さな変化の積み重ねが、やがて組織全体の文化を変革していく──。そんな「ゆるやかな組織変革」へとつながります。
ここでは、個人レベルのルールデザインの話に行く前に、現場でルールデザインに取り組もうとするとぶつかってしまう、いくつかの問題を整理しておきましょう。
問題① ルールよりも「暗黙の前提」のほうが効力が強い
多くの組織では、明文化されたルールよりも「暗黙の前提」のほうが強く機能していることがあります。身近な例を挙げると、育児休暇制度は整備されていても、実際には「取得しづらい空気」が職場に漂っているケース。制度としては公式に存在するのに、誰も利用していない──。これは制度が形骸化している典型例です。
こうした暗黙の了解は、しばしば組織の強力な価値基準となり、組織文化そのものとして機能していることがあります。「長時間働くことが美徳」「上司より先に帰宅してはいけない」「有給休暇は病気のときだけ」といった不文律が、公式ルールを上書きしてしまうのです。
さらに厄介なのは、中途入社の社員にとって、こうした暗黙の了解はキャッチアップしづらいことです。何がOKで何がNGなのかがはっきりとは明示されていないため、手探りで組織に適応しなければなりません。これは定着率やエンゲージメントに悪影響を及ぼす要因となります。
だからこそ現場におけるルールデザインでは、「暗黙の前提」に直接働きかけることが重要になります。
問題② 現場の実態にそぐわないルールがトップダウンで降ってくる
経営層が「良かれ」と思って導入した施策が、現場では機能しないことも少なくありません。例えば、コミュニケーション活性化を目的として、フルリモートワークからオフィス出社日を設けるハイブリッド勤務に変更したとします。しかし、同じオフィスにいるからといって、自然とコミュニケーションが増えるわけではありません。
むしろ「出社日なのに各自がパソコンに向かって黙々と作業している」「フリーアドレスだから誰がどこにいるかわからず、結局オンラインでやり取りする」という状況も起こり得ます。
こうした乖離が生じる原因の1つは、ルール策定のプロセスに現場の声が反映されていないことです。基本原則の1つである「インクルーシブ」が欠けていると、現場の実態とかけ離れたルールが生まれやすくなるのです。
問題③ ミドルマネジャーの「無理ゲー」課題
1on1ミーティング、360度評価、ハラスメント対策、ストレスチェック、ナレッジマネジメント……。ミドルマネジャーが取り組むべき制度や仕組みは増加の一途をたどっています。新たな制度が導入されるたび旗振り役としての働きが期待されるものの、部下には「働き方改革」の下で業務負荷をかけられず、ハラスメントが気がかりで指導にも二の足を踏む。こうした「無理ゲー」課題がミドルマネジャーには重くのしかかっています。
問題④ 若年層を中心に広がるリスク回避思考
経営者やマネジャーから「最近の若手は挑戦したがらない」という声がよく聞かれますが、SNS ネイティブである世代にとって、“デジタルタトゥー”のようにたった一度の失敗が、将来にわたって悪影響を及ぼしかねないことを実感しています。そような世代にとっては「リスク回避思考」が当たり前となるのはごく自然な流れなのかもしれません。失敗に対する寛容性が低く、挑戦を評価する仕組みが不十分な組織では、リスク回避こそが最適な戦略となってしまうのです。
問題⑤ そもそもルールを変更できる立場にない
「職場に問題があるのはわかっている。でも自分にはルールを変える権限がない」──。そう思い込んでいる人は少なくありません。しかし、本書で提案するルールデザインは、公式ルールの改訂だけを意味するものではありません。まずマイルールを見直すこと、チーム内のローカルルールを工夫すること、既存のルールの解釈を変えること──。これらはすべて、公式に了承を得る必要はありません。現場にいる一人ひとりが、今日からでもすぐに取り組めるルールデザインです。
例えば、「就業時間の30分前までに出社する」という公式ルールを「自分のためのインプット時間にする」とマイルールとして読み替えるなどです。こうした小さな解釈や逸脱を積み重ね、周囲と共有していくことが、ルールデザインの出発点となるのです。
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論について探究している。
主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『新・問いかけの作法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『パラドックス思考』(共著・ダイヤモンド社)、『冒険する組織のつくりかた 「軍事的世界観」を抜け出す5つの思考法』(テオリア)など。
- ルールを増やすだけでは変わらない、組織文化を動かす設計思考
- 納得して動ける、現場の力を引き出すルールの条件
- なぜ制度があっても職場は変わらない? 暗黙の前提が強すぎるから
- 小さく試して制度にする、ボトムアップ型ルールデザイン
- グレーゾーンを恐れるな! 新しい市場をつくるルールデザイン
