本記事は、安斎 勇樹氏、水野 祐氏の著書『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中から一部を抜粋・編集しています。
事業戦略としてのルールデザイン― 4つの要諦
事業戦略としてのルールデザインに求められる要諦を、4つに整理しておきます。
① ルールと実態のギャップにある社会課題に目を向ける
法令などの規制・ルールと実態とのギャップにはその時代の社会課題が凝縮されています。ギャップ≒ グレーゾーンを畏怖するのではなく、既存のルールが生み出している社会的な不合理を発見し、それを解く新しいルールを提案することが出発点となります。ルールを「時代の変化とともに変えていくべきもの」として捉え、そこに社会課題と市場性を見いだすマインドセットが、企業にとって確かな戦略の手がかりとなります。あらゆるステークホルダーにとってのwin‐win構造を諦めず、止揚させるポイントを探り続けましょう。
そのような新しいルールの提案においては、法務の「クリエーション機能」を活用するのも一案です。この法務のクリエーション機能とは、会社の「守り」を司る法務のガーディアン機能ではなく、現行の法律や判例のルールを分析・解釈し、事業ができる領域を広げる法務の新しい役割・機能のことで、経済産業省などが提案しているものです。
② 多様なステークホルダーとの対話とナラティブの構築
ルールデザインの基本原則における「インクルーシブ」は、事業戦略においても重要です。ステークホルダーによって、各々の事情や価値観、考え方は当然異なります。
各ステークホルダーと対話を重ね、現場の課題を経営の言葉に、経営の理念を現場のルールに、あるいは自分たちの課題意識や背景を社会や対外的なステークホルダーの文脈に「翻訳」し、単に個社の利益ではなく、公共の利益や社会善となるナラティブを構築していくことが、合意形成において大切になってきます。
このような「翻訳」やナラティブの構築は、公共政策・政府渉外など分野横断型の組織が担うこともあれば、コーポレートや法務、広報・PRなどが各領域の延長で担うこともあります。また、最近では、個社の利益ではないことを示すためにも、業界団体を組成し、その業界団体を通じて政策形成を働きかけるアドボカシー活動も増えてきています。
ロビイングやルールメイキングというと、どうしても政府や行政と「カウンター」としての対立構造を想定してしまう方が多いのですが、あるべき社会に向けた新しいルールを民間から提案し、「カウンター」ではなく、共感や共鳴によって変化を誘導していく姿勢が重要になります。
③ 「小さく始める」段階的アプローチを採る
複雑かつ社会変化が激しい時代にあって、行政側も法律を含む政策を立案するリソースが枯渇しており、新たなアイデアを求めている実情があります。民間が適切にアジェンダを設定した上で、具体的なアイデアを提供できれば、政策を公民で共創していくことがより現実的な時代になっていきます。実際、経済産業省では、新規事業における規制の解釈・適用の有無を判断する「グレーゾーン解消制度」、AIや自動運転など新技術による新規事業の実証実験を行い、規制改革や事業化につなげる「プロジェクト型『規制のサンドボックス』」、規制の特例措置の適用を認める「新事業特例制度」といった門戸を広げています。政府もこのような諸制度や規制改革推進会議などを通じて、公民で政策や制度を共創していく手段を整備してきています。こうした制度的な資源を活用し、実証実験などから始め、段階的にデータによる裏づけや社会的な信頼を積み重ねていくことで、事業化を目指すことも選択肢の一つでしょう。いずれにしても、いきなり大上段で法改正などを掲げるのではなく、段階的に、小さく始めてみるアプローチが有効です。
④ 事業戦略・計画の中に位置づける・組み込む
制度変更に要する時間軸は、領域によって大きく異なります。例えばオンライン診療の場合、その必要性を含め以前から制度変更の議論はありましたが、コロナ禍による行動制限が規制緩和の機運を一気に加速させました。一次的には法改正ではなく、厚生労働省による「オンライン診療の適切な実施に関する指針」等のガイドラインに基づき、サービス運用がなされましたが、最終的には、2026年の医療法の改正により「オンライン診療」が医療の一形態として明確に位置づけられるに至りました。
この例からもわかるように、ルールメイキングの段階的なアプローチと制度変更の時間軸、そして、四半期ごとに成果を測る企業の事業の時間軸は噛み合わないことも多く、事業成長に悪影響を与え、事業の撤退やピボットを余儀なくされることも少なくありません。事業においてはしっかり計画を立てるにもかかわらず、ルールメイキングやロビイング活動においては場当たり的で、計画性がないケースが散見されます。
もちろん、予測が立てづらい領域ではありますが、最悪の事態を避けるためにも、ある程度時間を要することを見越して、ルールメイキングを事業戦略や事業計画のなかに位置づけることが経営側の胆力や覚悟を問う意味でも重要になってきます。
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論について探究している。
主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『新・問いかけの作法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『パラドックス思考』(共著・ダイヤモンド社)、『冒険する組織のつくりかた 「軍事的世界観」を抜け出す5つの思考法』(テオリア)など。
