社会保険料の料率を引き下げ検討も、社会保障関係費の急増中

今般の建議において、5年間の目標を達成する上で、5つのキーワードが挙げられている。それは、「創新(イノベーション)」、「協調」、「開放(規制緩和)」、「緑色(環境事業)」、「共享(共に分かち合う)」である。

社会保障に関する内容は最後の「共享(共に分かち合う)」に該当する。「共享(共に分かち合う)」の内容には、公共サービスの拡充、貧困問題の改善、教育水準の向上、就業・起業の促進、格差の是正等の内容もあるが、多くを割いているのが、社会保険と人口問題である。

まず、社会保険については、「(2020年までに)更に公平で持続可能な社会保障制度を構築し、原則として、全ての国民をカバーする保険制度を整備する」とした。その上で、財源となる国(国庫)、企業、個人の負担バランスを精査し、社会保険料の料率を適切に引き下げるとした。

中国の社会保険は大きく分けて、都市の就労者を対象とした保険制度(年金、医療、労災、失業、出産・育児の5つの保険)、都市の非就労者および農村住民を対象とした保険制度(年金、医療)があるが、保険料率の引き下げが適用されるのは、前者の都市の就労者を対象とした保険制度となる。

都市の就労者の社会保険の料率(5つの社会保険の個人、事業主負担割合の合計)は既に40%ほどとその負担は重い。この点については従前より指摘がされており、経済成長の減速化、グローバルな競争が厳しさを増す中で、中国経済を支える企業のコスト負担の軽減も目的の1つとしていると考えられる。

ただし、近年、国(国庫)による財政負担が急増している点に留意が必要である。中国は前掲の胡錦濤政権下で、それまでカバーの範囲外であった都市の非就労者の医療保険(2007年)、年金(2011年)が導入された。また、農村住民を対象とした制度についても医療保険は2003年、年金は2009年から国庫による財政負担が導入されたため、社会保険の国庫負担は大幅に増加した。

2014年の年金、医療、福祉といった社会保障に関する経費(全般)はおよそ2.6兆元(約50兆円)にのぼり、一般財政支出のおよそ17%を占めている(iii)。これはもはや、国の財政支出において最大の支出となっている。しかも、直近5年間をみても、その他の経費項目を凌ぎ、年平均18%というペースで増加しているのだ。

前政権では、経済の高度成長と税収の増加を背景に、被用者保険とは異なる、国(及び地方政府)の財政負担による社会保険を一気に導入した。農村住民等においては、それまでなかった国による負担を高く評価した面もあるが、国全体の経済成長が減速し、制度を運営する地方政府の財政が厳しい現況下においては、制度を維持していくこと自体が難しい。

今般の建議にあるように、都市の就労者を対象とした制度の企業や個人の負担を軽減した場合、国による社会保障関係費の財政支出は更に膨らむことになる。保険料率を引き下げることで、都市の就労者を対象とした制度の加入率の改善、皆保険を目指す方法も考えられるが、持続可能な制度を目指すのであれば、負担のみならず、給付も含めた両面からの見直しが必要となるであろう。

料率引き下げもさることながら、習政権においては、これまでの政権が解決を先延ばししてきた課題の解決に直面する事態となっている。先の胡錦濤政権下での社会保険や国庫負担の導入は、多くの国民に歓迎されたが、習政権下ではそのような果実はほぼ残されていない。

例えば、国民の老後を支える年金をめぐる課題がある。建議でも提起されているが、年金積立金(1階の基礎年金部分)の全国統合とその運用利回りの向上といった地方政府の利権が関係する課題や、定年退職年齢(年金の受給開始年齢)の引き上げといった受給者の反発が確実な課題である。

年金積立金の全国統合及び運用の規制緩和については、8月に、年金管理機関による委託運用をし、運用もこれまでの銀行預金及び国債から、純資産価額の最大3割まで株式、債券等での運用を可能にすると発表した(iv)。

地方政府が年金積立金に対して一定の運用判断をする権利が確保されたため、それほど問題は生じていないようであるが、年金の運用機関を具体的にどこにするかや、投資や保全・管理を行う金融機関の選定基準等、解決すべき課題は多い。

また、定年退職年齢(年金の受給開始年齢)の引き上げについては、急速な高齢化や生産年齢人口の減少などの問題から回避できないという判断はあるものの、その導入時期については慎重な姿勢を崩さない。

主務官庁である人力資源社会保障部は、第13次5ヵ年計画中の2017年に実施案を発表し、その後段階的に年齢を引き上げていくことを検討しているようである。定年退職年齢が据え置かれればその分、収支の赤字幅が膨らむことが予想されるが、国民の不満に直結する内容であるだけに、慎重にならざるをえないようだ。

一方、医療保険については、高額療養費の給付を目的とした「大病医療保険」の更なる整備が挙げられている。大病医療保険は、主に都市の非就労者や農村住民など、入院や通院治療費に対する給付限度額がある程度抑えられている制度の加入者を対象としている。主に高額な入院費や重大疾病の治療費を給付対象とし、自己負担の軽減に大きな役割を果たしている。

制度は各地方政府が管轄し、当該地域に進出した民間の保険会社がその運営を行っている。2014年末時点で、28の地域で17社が引き受けをしており、およそ8億人をカバー、従前より10~15%の患者負担が軽減されている。

大病医療保険は、公的医療保険を補完する官民協働の医療保険であり、官との連携の中で民間の保険会社がリスクに見合った保険料をどう設定するかや、給付内容として給付上限をどのように設定するかなどの課題の解決もしていく必要がある。中国では、公的医療保険制度を維持していく上で、民間保険に求められる役割は大きいと言えよう。

また、建議において、高齢化の進展にともなう、医療費の増加への対応策として、これまで先延ばしにされてきた、定年退職者からの保険料徴収についても提起されている。少子高齢化が進展し、高齢者人口が占める割合が多くなる中で、高齢者の医療費が制度に与えるインパクトも大きくなっている。

現行では、都市の就労者を対象とした医療保険制度において、一定期間保険料を納付した場合(v)または定年退職時にそれまでの不足分の保険料を一括納付した場合、定年退職後も引き続き当該制度の医療給付を受けることができる。

しかも、対象となる定年退職者の保険料については企業負担のみで本人の負担がない上、定年退職者は入院、通院の自己負担割合が現役層より軽減されている状態にある。建議では、少子高齢化が進展すれば、給付負担は更に重くなるのは明らかと指摘しており、どのように負担をするか今後5年間で検討するとした。