二人っ子政策への移行
次に、人口問題については、今般の建議において、一人っ子政策の廃止が決定された点が挙げられる。つまり、全ての夫婦に第2子までの出産を認めるというもので、これまでの人口抑制策の見直しを意味する。
一人っ子政策の廃止には、2013年11月の「夫婦のどちらかが一人っ子であれば、第2子の出産を認める」といった緩和策の導入後、第2子の出産申請や、新生児の増加が政府の当初の予想の1割程度に留まった点もあるが、それ以上に、経済成長を維持していく上でも生産年齢人口を増やしていく必要があるとの判断があったのであろう。
生産年齢人口が増えることは、経済のみならず、国が社会保障制度を維持していく上でも重要な意味がある。前掲のように、中国の少子高齢化は更に進み、10年後の2025年には高齢社会に突入すると予測されている。高齢者の増加は、医療、年金などの社会保障給付における受給者の増加を意味しており、結果として社会保障関連の支出規模を更に大きくする。
今後、高齢化の進展による社会保険に関する経費の自然増が、国の財政に大きな圧力を与える可能性は高い。中国社会は現在、20~30歳代の一人っ子同士の夫婦(2名)が双方の両親(4名)の老後の生活を支え、自身の1人っ子を養育するという「4・2・1家庭」が主流となりつつある。
一人っ子同士の夫婦に両親の介護にかかる負担が重くのしかかるが、現段階において、高齢者を支える介護保険制度については、実験的な導入はされているものの未整備のままだ。
今般の建議においては、その介護保険制度についても触れている。建議では、これまでと同様、地域に設置した社区(コミュニティ)でのデイサービスや訪問介護を活用し、家族などによる在宅介護を主とし、一部を施設介護で支える体系を構築するとした。加えて、現在、一部地域で実施されている慢性疾患や寝たきりの高齢者への医療給付をベースにした長期介護保険制度の設立について、更なる検討を行うとした。
また、一人っ子政策が廃止されることで、今後、社会保険の1つである育児・出産保険の保険料の積立金が公的医療保険と統合されることも発表している。前掲の実験的な介護保険制度において、財源は主に医療保険の保険料の積立金から拠出されており、財政面での強化も狙っていると考えられる。
このように、第13次5ヵ年計画における社会保障制度の整備は、多くにおいて少子高齢化の問題が焦点となっている。前回の5ヵ年計画では、それまでカバー範囲外とされた対象者に対する社会保険や、国庫負担の導入を行うことで、制度そのものの枠組み作りが中心となっていた。
しかし、新たに迎える5年間では、先の5年間で導入された制度をどう維持していくかに加えて、少子高齢化の進展による経費の自然増に対する財源の確保、これまでの先延ばしされてきた制度構造の見直し等、解決が難しい問題が横たわっている。
経済成長が減速化する中で、これまで力を入れてきた政治腐敗の取り締まりとは違い、国民の生活に直結する社会保障の改革を間違えば、社会不安は一気に高まりかねず、その舵取りはやはり難しそうだ。
(i)「中国共産党中央の国民経済と社会発展の第13次5ヵ年計画に関する建議」。建議(提案)に基づいて第13次5ヵ年計画が策定され、2016年3月に開催される全国人民代表大会で正式に採択される。
(ii)2002年当時の江沢民総書記が提唱。「小康社会」(ある程度ゆとりがある社会)指標として、2020年までにGDPを2000年の4倍、社会保障の整備、社会主義的民主主義の法整備、民族の思想・モラル・科学・文化・健康の質的向上などを掲げた。
(iii)基礎研レポート拙稿「増加する中国の社会保障関係費と高まる財政圧力」(2015年10月16日発行)
(iv)基礎研レター拙稿「偶然か必然か、怪我の功名か。-年金積立金の株式投資解禁へ」(2015年8月18日)
(v)地域によって多少異なるが、例えば、北京市の場合、男性は保険料を25年以上、女性は20年以上納付した場合、定年退職後は保険料負担なく、引き続き当該医療保険の給付を受けることができる。
片山ゆき
ニッセイ基礎研究所 保険研究部
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