カーネル・サンダース(ケンタッキーフライドチキン創業者)

ケンタッキーの店舗の前に立っているカーネル・サンダース像からは温和な印象を受けるかもしれない。しかし、実際のサンダースは激情家だった。言葉遣いも自他ともに下品と認めるほどのもので、doggone(くそくらえ)、dammit(うるせえ)、son of a bitchなどを多用した。口グセは、言葉の最後に「don'tcha see?(don't you see?)=わかるだろ?」とつけることだったそうだ。

売られた喧嘩ではあるが、銃撃戦を演じたこともある。ガソリンスタンドを経営しているとき、店へと客を誘導するための矢印を鉄道沿いの壁に描いたのだが、それを商売敵のマット・スチュワートがペンキで塗りつぶすという事件が起きた。

今まさに塗りつぶしているという報せを受けたサンダースは、店を訪れていたシェル石油の幹部2人とともに現場に急行。すると、スチュワートは梯子から飛び降りて銃を手に取るや発射した。これによってシェル石油の幹部1名が死亡。サンダースともう1人の幹部はクルマのドアに隠れて果敢に応戦した。サンダースらの行為は正当防衛だが、スチュワートは殺人で有罪となった。

気性の激しさは運転ぶりからもうかがえる。サンダースが運転するロールス・ロイスの助手席に座ったジム・バフィスによれば、なんとサンダースはアクセルペダルを杖で固定していた。「心配は無用。この杖は世界で一番信用している」と言い放ったそうだ。

サンダースの杖は他にもさまざまな場面で活躍している。あるフランチャイジーの厨房で料理の手順の一部が省略されたのを目にしたサンダースは、杖をくるくる回すとテーブルを激しく叩いた。そして、正しい手順で調理できるまで店を閉めさせ、「ワシの指示どおり料理を作らないなら、お前の皮を剥いてやるぞ」と言ったという。

人生も波乱万丈で、農場の手伝いから始めて、ペンキ塗り、機関士、保険のセールス、フェリーの運航、アセチレンライトの製造販売、タイヤのセールス、ガソリンスタンドの経営、レストランの経営、モーテルの経営などと数えきれないほどの転職をした。その挙句、65歳で無一文となった。ケンタッキーフライドチキンを始めたのは、それからのことだ。恐ろしいまでのバイタリティを感じずにはいられない。

《参考文献》中野 明『カーネル・サンダースの教え』朝日新聞出版

(THE21編集部『 The 21 online 』2016年4月号より)

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