企業部門は資金調達をして事業を行う主体であるため、日銀資金循環統計でみると、資産側(金融資産)に対して負債側(資金調達、金融負債と株式・出資金)が大きい。そして、その差がネット資金調達額(Net Financial Obligation, NFO)となり、実際に企業で働いている資本(Working Capital)であると言える。
日本は資本の純輸出国である
会計やマーケットのミクロ経済ではROEやROAが重視される。企業がどれだけ実際に働いている資本を効率的に使っているかを見る、マクロ経済ではこのNFOに対する利益率の方が重要であろう。企業のネット資金調達額に対する利益率(RoNFO)を見ると、1990年前後のバブル期(+20%程度)以来の高さになっている。
長年のリストラや事業再編・再構築による構造改革により、マクロ経済としての企業はかなりの高利益体質になっているばかりではなく、資本効率的になっていることが確認できる。マクロ経済として、企業の資本効率が高ければ、経済活動として必要な資本はセーブされ、家計の貯蓄対比で残った資本は海外へ投資することができる。
資本の純輸出国であるということは、国際経常収支が黒字であるということである。
更に、もう一つの資金調達をして事業を行う主体である政府部門が、企業と資金を取り合うクラウディングアウトの問題が深刻にならず、国債などでファイナンスしながら、大きめの財政支出を維持することが可能となる。言い換えれば、企業部門の資本効率が高いという恩恵により、市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ整備、防災対策、地方創生、そして貧富の格差の是正と貧困の世代連鎖の防止を目的とした財政支出の増加の余裕があるということになる。
そのような財政拡大で、社会厚生を向上させたり、所得を増加させることができることになる。
物価目標実現には、政府との協業と時間が必要
マクロ経済として企業部門の資本効率が高いということは、貯蓄に対して投資が過小になりやすく、投資不足(マイナスであるべき企業貯蓄率がプラス)の状態が長く続けば、需要が過小で所得が減少していってしまうことになる。もちろん、物価もデフレになるくらい悪い意味で「安定」することになる。このような状態を放置しておくと、企業の利潤は抑制されるため、いずれ企業部門の利益率は落ちていくことになる。
このようなメカニズムを日本経済がもっている以上、ただでさえ潤沢な資本を日銀の量的金融緩和によって過多にすることのみでは、経済活動を強く刺激し、所得を増加させることはできない。その結果として、財政政策は金利上昇と為替高をもたらすために効果がなく、デフレは貨幣的現象であり、需給ギャップも金融緩和のみで解消できると、いたずらに金融緩和だけを拡大していった日銀の行動は限界にきてしまっているようだ。
「量」と「金利」の手段を使うことができず、ETF買い入れ拡大という「質」的な金融緩和に限定された7月29日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現する観点から、次回の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」・「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行う」ことを決定した。
この総括的な検証は、現行の枠組みでの追加金融緩和の単純なトリガーにはならず、物価目標を早期に実現するためには、財政政策による需要拡大策、そして構造改革による企業部門の刺激策が重要で、物価目標の実現のためには、政府との協働と時間が必要あることを確認することになるだろう。