2016年8月19日午後の電話に山東省臨沂市の徐さんは喜んだ。彼女は今年6月の大学入試で南京郵電大学に合格、9月からの新学期を目前にしていた。家計は苦しく教育部門に奨学金を申請中で、まもなく許可が出るというタイミングであった。

このとき徐さん母娘は、相手が江西省・九江の自称教育局所属、詐欺グループの劉からとは思いもよらなかった。犯人の劉は福建省泉州市出身、供述によると「あなたは1カ月につき2680元の奨学金を得られる。今日は初回受け取りの最終日である。財政局のXXさんに連絡を取って下さい」と告げた。徐さんはそれを信じ、劉と同じ部屋にいた財政局担当者役の陳に電話した。

陳は福建省・福州市出身の22歳、中学1年でドロップアウトして以後は、詐欺グループのリーダーである。徐さんは「銀行に行き、奨学金が振り込まれているか確認して下さい。もしまだならあなたの口座にいくらあるか教えてください」という陳の言葉を鵜呑みにし、雨の中を銀行へ走った。

しかし振り込みはなかった。陳は彼女の口座に年間学費の9900元以上があることを確認すると次の指示を出した。「学費が未納のため奨学金が受け取れないようです。すぐに次の口座へ振り込んで下さい」彼女は9900元を振り込んだ。

被害者の急死が捜査機関を動かす

9900元の学費は、陳らの口座に吸い込まれたのだ。やがて連絡のないのを不審に思った徐さんは何回も電話した。もちろん応答はない。そこで初めてだまされたことに気付く。彼女は警察に訴えることを主張したが、父親は無駄だからと知らせなかった。彼女は泣き続け、食事も喉を通らなかった。

父親の話では、彼女は子供のころから余分なお小使いなど必要ない子だった、という。徐さんは父親を説得し続けた。そして翌日、一緒に派出所を訪問し、ようやく被害届を出した。その帰途に着いてから3分も経たないうちに、突然彼女は倒れた。救急車で搬送されるのに時間がかかり、病院に着いたときにはすでに心停止していた。

事件との何らかの因果関係は明らかだろう。とにかく彼女は18歳で、大学生活を始める直前、この世に別れを告げた。

この後、山東省、福建省、広東省などの合同捜査チームが発足し、広域捜査を始める。きっかけは彼女の死で間違いない。父親が届出をためらったほどの被害金額だ。彼女は命と引き換えに捜査機関を動かした。

現代的な典型事例

捜査の結果、福建省人を中心とする5人が捕まった。1カ月の利益は3万元と、金額的には冴えない小グループである。しかし役割分担はシステマチックだった。ネットから個人情報を盗んだのは、四川省の18歳の少年だ。彼は“有能”で、60万人もの山東省大学受験生の個人情報を提供していた。彼の売上は陳らに対しては1万4000元、総計では5万元だった。他の売り先は暴力団関係先で、大量の受験生情報が“黒社会”へ渡ってしまった。

また実行犯の福建省人グループのアジトが江西省、情報収集は四川省、現場は山東省といかにもネット社会ならではの広域性を持つ。公安当局は、現代的犯罪のさまざまな要素を含み、被害額は小さいこの事件を、啓蒙の好例として紹介したように見える。全国ではもっとシリアスなケースが続発しているに違いない。どこまで報道するのかは当局が決めるのだろう。

中国公安部は「電信網絡詐欺犯罪の防止と打撃に関する通告」を発布し、ネット詐欺などの一切の違法活動を即刻停止させ罰すると意気込んでいる。それに呼応するように、中国の大型マンションでは、詐欺やネット犯罪に注意しようという内容のポスターや表示が目につく。経済減速で誰もが付加価値創出に苦しむ中、手っ取り早く稼げる詐欺犯罪は、今花盛りといったところなのだろう。

そんな中に報道されたこの痛ましい事件。果たして再発は防げるのだろうか。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)

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