アベノミクスの成長戦略による構造改革の動きは鈍いと言われるが、構造改革の目的は、企業が収益を上げやすい経済環境をつくり、企業活動の活性化を生産性の向上につなげることだ。
アベノミクスの成果と抱える問題
データをみてみると、構造改革が必要だと言われてきた非製造業の売上高経常利益率は過去最高まで上昇している。アベノミクスの開始後に上昇が加速しているように見え、企業が収益を上げやすい経済環境をつくるアベノミクスの成果が確認できる。
失業率が2%台に低下し、労働需給が更に逼迫することにより、企業から家計への富の分配が、総賃金の拡大として確認され、景気回復も徐々に実感されていくことが重要である。
企業の収益力の向上と需要の拡大が合わさり、実質GDPが潜在成長率を上回り続けることにより、潜在成長率も緩やかな上昇が確認できる経済の好循環が生まれることになる。現在、企業の収益力を向上させる構造改革の遅れより、向上した企業の収益力が家計の富の拡大につながる動きが弱いことの方が問題であると考えられる。
企業から家計への富の分配が強くなるには時間がかかるため、その間は、財政が拡大し、その動きを補完する必要がある。だが、日本の財政は逆に緊縮となり、家計に異常な負担を掛けてしまってきた。家計の貯蓄率の高齢化などによる低下は、国際経常収支が赤字になる。即ち政府と企業の資金需要を、国内の貯蓄でまかなえないリスクにつながると解説されることが多い。
家計の貯蓄率の低下を警戒するあまり、財政ファイナンスに対する過度な危機感が強まり、増税や歳出キャップなどの財政緊縮が、高齢化の進行、即ち後者の家計の貯蓄率の低下を上回って加速してしまった。
財政緊縮が招いた家計貯蓄率の低下
2014年4月の3%という大きな消費税率の引き上げ、そして社会保険料の引き上げが例である。2014年以降、消費税率引き上げ後の需要の低迷、そしてグローバルな景気・マーケットの不透明感などにより、企業活動は鈍化してしまった。
財政収支は大幅に改善(2012年4-6月期のGDP対比9.6%の赤字から、2016年4-6月期には2.8%まで縮小)したが、企業貯蓄率も上昇してしまったため、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済が拡大する力、そして企業と政府が支出する力であるネットの資金需要(財政収支と企業貯蓄率の合計)が、震災復興とアベノミクスで拡大してきたが、再び消滅してしまった。
ネットの資金需要が、富を企業・政府から家計に移転する力であるため、消滅してしまうと、2000年代のように、家計への富の移転が再び阻害されてしまうことになる。実際に、家計の貯蓄率は2015年1-3月期の+4.4%から、2016年4-6月期には同+0.2%まで低下してしまった。
高齢化による家計の貯蓄率の低下と財政ファイナンスを過度に懸念した、拙速な消費税率引き上げなどを含む財政緊縮によって、家計の貯蓄率の低下が加速し、ゼロ%に近いてしまったのはとても皮肉な結果である。
中間所得層の疲弊、富の移転で取り除けるのか
この家計の貯蓄率の低下は、貯蓄できていた世帯、即ち中間所得層が疲弊してしまい、家計には消費を拡大する余力が、なくなってしまっていることを意味する。中間所得層の疲弊が続けば、ポピュリズムが拡大することによる政治不安など、社会の安定を損ねてしまうことになる。
家計の貯蓄率がここまで低下してしまったことを考えれば、改善しすぎた財政の力を使って、大幅な減税などで家計に富を移転することが急務になっている。財政を拡大し、家計への富の移転の力であるネットの資金需要を強くしておくことが重要である。
構造改革で企業の収益力が向上しても、家計が景気回復の実感をえられなければ、需要拡大の見通しが立たず、企業の収益力はいずれまた悪化し、長期の低迷への悪循環に逆戻りになってしまうリスクとなる。
目先の財政再建に拘って、経済の好循環を生むことができず、潜在成長率を上昇させる今回の機会を逸してしまうと、将来の少子・高齢化の問題の深刻化、財政ファイナンスの困難化、そして政治の不安定を深刻になってしまうことになろう。
会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部 チーフエコノミスト
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