要旨

  1. 失業率が約22年ぶりの2%台まで低下するなど雇用関連指標は大幅な改善が続いており、企業の人手不足感もバブル期並みの高さとなっている。こうした中、人手不足が経済成長の制約要因になるとの見方が増えている。
  2. 足もとの人手不足は労働需要の強さが主因であり労働供給力は低下していない。10年前(2007年)の雇用政策研究会の報告書では、2017年の労働力人口は、労働市場への参加が進まないケースでは2006年と比べ440万人の大幅減少、労働市場への参加が進むケースでも101万人の減少が見込まれていた。実際の労働力人口は、女性、高齢者の労働参加拡大が予想以上に進んだことから、10年間(2007~2016年)で9万人増加した。
  3. 就業を希望しているが求職活動を行っていないため非労働力人口とされている潜在的な労働力は380万人(2016年)いる。人口の減少ペースは今後加速するが、労働力率を潜在的な労働力率まで引き上げることができれば、今後10年間は現状程度の労働力人口の水準を維持することが可能だ。
  4. 人手不足の一因は、雇用の非正規化などで一人当たりの労働時間が減少し、労働投入量が伸び悩んでいることだ。不本意型の非正規労働者の正規労働者への転換、追加就業を希望する非正規労働者の労働時間増加も人手不足への対応として有効だろう。
  5. 潜在的な労働力の活用によって当面は労働供給力の急低下は避けられる。人手不足による経済成長への悪影響を過度に悲観する必要はない。

●人手不足はどこまで深刻なのか

雇用情勢は着実な改善を続けている。失業率は完全雇用とされる3%程度での推移が続いていたが、2017年2月には2.8%と1994年12月以来22年2ヵ月ぶりの2%台まで低下した。また、有効求人倍率は2013年11月以降、求人数と求職者数が一致する1倍を上回り続けており、2017年2月には1.43倍と約25年ぶりの水準まで上昇した。

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日銀短観2017年3月調査では、全規模・全産業の雇用人員判断DI(過剰-不足)が▲25となり、バブル崩壊直後の1992年以来のマイナス幅となった(図1)。宿泊・飲食サービス、小売、運輸・郵便など労働集約的な業種が多い非製造業、人材の確保が難しい中小企業の人手不足感が特に高くなっている。

こうした中、スーパーや百貨店の営業時間短縮、ファミリーレストランの24時間営業の取りやめ、宅配業者のサービス縮小などが相次いだこともあり、ここにきて人手不足が日本経済の制約要因となりつつあるとの見方も増えている。

◆労働需要の強さが人手不足の主因

人手不足は労働市場の需要が供給を上回る状態を示すため、需要の拡大によって生じる場合と供給力の低下によって生じる場合がある。

実際、労働市場の需給バランスを表す指標である失業率や有効求人倍率は、労働供給力が減少すれば労働需要が強くなくても指標が改善することがある。たとえば、「失業者=労働力人口-就業者」で表され、就業者が増加すれば失業者が減少することは言うまでもないが、労働力人口が減少しても失業者は減少する。

実際、失業者は2009年7-9月期の359万人(季節調整値)をピークに8年近くにわたって減少を続けているが、2013年初め頃までは高齢化の進展や職探しを諦める人の増加によって労働力人口が減少していたことが失業者の減少をもたらしていた。

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しかし、その後は就業者が増加に転じ、失業者減少の主因が労働力人口の減少から就業者の増加に変わってきている。2016年10-12月期の失業者数は204万人とピーク時から156万人減少したが、この間に労働力人口は35万人増加しており、このこと自体は失業者の増加要因となる。しかし、就業者が188万人増加したため、失業者が大幅に減少したのである(図2)。

また、就業者数の伸びは自営業主、家族従業者が長期にわたって減少を続けていることによって抑えられているが、労働需要の強さをより敏感に反映する雇用者数の伸びは高い。2012年10-12月期を起点とした今回の景気回復局面における雇用者数の増加ペースは1990年以降では最も速くなっている(図3)。

さらに、内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」によれば、今後3年間の雇用者数の見通しは、2013年度調査から4年連続で増加率を高めており、2016年度調査では2.5%となった。実質経済成長率、業界需要の実質成長率の見通しが1%前後でとどまる中、雇用者数の見通しの強さが際立っている(図4)。このことも企業の採用意欲の高さ、労働需要の強さを示したものといえるだろう。

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◆労働力人口は見通しから大きく上振れ

日本は少子高齢化が進む中ですでに人口減少局面に入っており、人口動態面から労働供給力が低下しやすくなっていることは確かだ。生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに20年以上減少を続けており、団塊世代が65歳を迎えた2012年以降は減少ペースが加速している。しかし、生産年齢人口の減少が労働力人口の減少に直結するわけではない。労働力人口は生産年齢人口に含まれない65歳以上の人がどれだけ働くかによっても左右されるためだ。

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労働力人口は1990年代後半から減少傾向が続いてきたが、2005年頃を境に減少ペースはむしろ緩やかとなり、2013年からは4年連続で増加している(図5)。15歳以上人口の減少、高齢化の進展が労働力人口の押し下げ要因となっているが、女性、高齢者を中心とした年齢階級別の労働力率の大幅上昇がそれを打ち消す形となっている。少なくとも現時点では労働力人口の減少が経済を下押しする形とはなっていない。

団塊世代が2007年に60歳に到達することが意識され始めた2005年頃から、労働力人口の大幅減少を懸念する声が急速に高まった。しかし、65歳までの雇用確保措置を講じることが義務付けられた「改正高年齢者雇用安定法」が2006年4月に施行されたこともあり、2007年以降に団塊世代が一気に退職するような事態は起こらなかった。高齢者の継続就業とともに女性の労働参加拡大が進んだことも労働力人口の減少に歯止めをかける形となった。

10年前の2007年12月に公表された厚生労働省の雇用政策研究会の報告書(1)では、2017年の労働力人口は「労働市場への参加が進まないケース(2)」で2006年と比べ440万人減少、「労働市場への参加が進むケース(3)」でも101万人減少すると見込んでいた。当時は筆者も含めほとんどの人は労働力人口が減少すること自体は避けられず、急速な減少に歯止めをかけることが課題と考えていた。

しかし、実際の労働力人口は予想を大きく上回り、2016年には6,673万人と2006年の6,664万人から9万人の増加となった(図6)。「労働市場への参加が進まないケース」の見通しと比較すると2016年の労働力人口は400万人以上も多い。さらに、「労働市場への参加が進むケース」の見通しと比べても100万人程度上回っている(4)。

なお、実質経済成長率の想定(2006~2017年の年平均)は、「労働市場への参加が進まないケース」で0.9%程度、「労働市場への参加が進むケース」で2.1%程度となっていたが、実際の実質経済成長率(2006~2016年の年平均)は0.5%である。経済成長率は当時の想定を大きく下回っているにもかかわらず労働市場への参加が予想以上に進んだことになる。

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(1)「すべての人々が能力を発揮し、安心して働き、安定した生活ができる社会の実現」~本格的な人口減少への対応~
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2)「労働市場への参加が進まないケース」は、性・年齢別の労働力率が2006年実績と同じ水準で推移すると仮定したケース
(3)「労働市場への参加が進むケース」は、各種の雇用施策を講ずることにより、若者、女性、高齢者等の労働市場への参加が実現すると仮定したケース
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4)ただし、雇用政策研究会の報告書では2017年、2030年の見通しのみ示されているため、その間の年は線形補完した数値を用いて比較した
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◆潜在的な労働力の活用

このように、現時点では予想されていたような労働供給力の低下は顕在化しておらず、労働需要の拡大が人手不足の主因となっている。しかし、労働需給の逼迫によって企業の人手不足感が大きく高まっていることは事実であり、これに対応するためには現在就業していない潜在的な労働力を活用することが不可欠である。

潜在的な労働力としてまず考えられるのは、就業を希望しているにもかかわらず求職活動を行っていないために非労働力人口とされている人である。2006年の非労働力人口は4,358万人だったが、このうち就業希望者が479万人(女性:354万人、男性:124万人)いた(5)。

2016年の非労働力人口は4,432万人となり、10年間で74万人増加したが、このうち就業希望者は380万人(女性:274万人、男性:106万人)と女性を中心に大きく減少した(図7)。労働力人口が10年前とほぼ同水準を維持しているのは、少子高齢化の進展で労働力人口の減少圧力が高まる中でも、就業を希望しながら非労働力化していた人の多くが労働市場に参入したためと考えられる。

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就業希望者の非求職理由をみると、女性は「出産・育児のため」が全体の3分の1を占めている。このことは育児と労働の両立を可能とするような環境整備を進めることにより、非労働力化している女性の労働参加をさらに拡大することが可能であることを示している。実際の労働力人口に就業を希望する非労働力人口を加えて潜在的な労働力率を試算すると、女性は20~54歳の年齢層で80%台となる(2016年時点では概ね70%台)。

男性については、25~59歳の労働力率が現時点で90%台となっているため上昇余地は小さいが、60歳以上の労働力率はさらなる引き上げ余地がある。

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5)非労働力人口全体は基本集計、就業希望者は詳細集計の数値
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◆労働力人口の先行き試算

ここで、4/10に国立社会保障・人口問題研究所から公表された最新の将来推計人口をもとに、今後10年間の労働力人口を試算した。男女別・年齢階級別の労働力率が2016年実績で一定とすると(悲観ケース)、高齢化の影響で全体の労働力率は2016年の60.0%から2026年には57.4%へと低下する。15歳以上人口の減少ペースは今後加速するため、15歳以上人口に労働力率を掛け合わせた労働力人口は2026年には6,200万人となり、2016年よりも473万人減少する(年平均で▲0.7%)(図8)。

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一方、男女別・年齢階級別の労働力率が10年後には現在の潜在的労働力率まで上昇すると仮定すると(楽観ケース)、全体の労働力率は2016年の60.0%から2026年には62.1%まで上昇する(男性:70.4%→71.3%、女性:50.3%→53.5%)。15歳以上人口は大きく減少するものの、2026年の労働力人口は6706万人となり、2016年よりも33万人の増加(年平均で+0.0%)となる。

労働力率を潜在的な水準まで引き上げることができれば、今後10年間は少なくとも量的な労働供給力は低下しないことになる。

もちろん、現在就業を希望している非労働力人口を全て労働力化することは現実的には厳しいかもしれない。ただ、過去を振り返ってみると、女性は現実の労働力率の上昇に伴い潜在的な労働力率も上昇している(図9)。このことは現時点の潜在的労働力率が必ずしも天井ではなく、様々な施策を講じることによりさらなる引き上げが可能であることを示している。

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また、日本の男性高齢者の労働力率は国際的にすでに高水準にあり、これ以上長く働くことは非現実的という見方もあるかもしれない。しかし、かつて日本の労働者(男性)は今よりも長く働いていた。1970年代前半まで男性高齢者の労働力率は60~64歳で80%台、65~69歳で60%台半ばで、現在よりも高い水準にあった。

もちろん、当時は定年がなく健康状態に問題がなければ年齢と関係なく働き続けることができる自営業者の割合が高く、現在とは労働市場の構造が異なっているが、平均寿命が当時から10歳以上延びていることからすれば、60歳以上の労働力率をさらに引き上げることは非現実的とはいえないだろう。

◆構造的失業率は失業率の下限ではない

非労働力人口の多くが労働市場に新たに参入するようになれば、労働力人口は増えるが、新たに職につけなければ失業者の増加につながってしまう。2016年の失業者は208万人となり、ピーク時の2002年(359万人)と比べると150万人以上減少した。失業率が完全雇用とされる3%台前半を下回っていることから、これ以上失業者を減らすことは難しいという見方もある。

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しかし、足もとの失業率がすでに完全雇用とされる構造的失業率の水準を下回っていることからも分かるように、構造的失業率は失業率の下限ではない(図11)。また、構造的失業率は一定ではないことに留意が必要だ。筆者がUV分析をもとに推計した構造的失業率の長期的な推移を確認すると、1990年代前半までは2%台前半で推移していたが、その後大きく上昇し、2000年代前半には4%台となった。

その後は一時的に上昇する局面もあったが、緩やかな低下傾向が続き、足もとでは3%に近づく形となっている。求人・求職間のミスマッチ(年齢、地域、職種等)を縮小させることなどによって、今後構造的失業率を低下させることは可能だろう。

◆正規労働者への転換、労働時間の増加も有効

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雇用者数が高い伸びとなっているにもかかわらず人手不足が解消されない一因は、雇用者数に一人当たりの労働時間を掛け合わせた労働投入量があまり増えていないことだ。前述したように雇用者数の伸びは1990年以降の景気回復局面で最も高いが、非正規化の進展などにより一人当たり労働時間が減少しているため、労働投入量の増加ペースは1990年以降で最も低い(図12)。

この問題を解決するためには、一人当たりの労働時間を増加させることも考えられる。働き方改革で長時間労働の是正が大きな課題となる中で、労働時間を延ばすことはこれに逆行する動きと思われるかもしれない。

しかし、長時間労働の問題は一部の産業でフルタイム労働者を中心に過剰な残業をしていることであり、パートタイム労働者などの非正規労働者の中には就業時間の増加を希望する者も少なくない。労働力調査によれば、就業時間の増加を希望する就業者は全体では約6%に過ぎないが、非正規の職員・従業員は13%(269万人)が就業時間の増加を希望している。

また、近年は「自分の都合のよい時間に働きたいから」などの理由で自ら非正規を選択した労働者の割合は増加傾向にある。しかし、その一方で「正規の職員・従業員の仕事がないから」という理由による不本意型の非正規労働者も全体の15%程度(296万人)存在する(いずれも2016年の数値)。

すでに就業している人の労働時間を増やすことや、非正規から正規への転換は雇用者数には影響しないが、一人当たりの労働時間が増加することによって労働投入量を拡大させる効果がある。

ここまで見てきたように、現在の人手不足は主として労働需要の強さによってもたらされており、懸念されていた労働供給力の低下は今のところ顕在化していない。もちろん、一部の業種で人手不足が事業の継続や拡大の支障となりつつあることは事実だが、当面は賃上げによる人材の確保、非正規労働者の正規労働者への転換などで対応することが可能だろう。

人口の減少ペースは今後加速するが、潜在的な労働力を十分に活用できれば10年程度は現在の労働力人口の水準を維持することができる。人手不足による経済成長への悪影響を過度に悲観する必要はないだろう。

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斎藤太郎(さいとう たろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 経済調査室長

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