「経営者がいない組織」が実現する?
仮想通貨「ビットコイン」の基幹技術として注目を集めている「ブロックチェーン」だが、実際には金融の分野にとどまらず、あらゆるビジネス、組織の在り方、さらには私たちの働き方にまで本質的な変革をもたらす――。本連載ではそんな、ブロックチェーンの可能性についてお話をうかがってきた。
第1回「ブロックチェーンとは何なのか」
第2回「2つのブロックチェーン」
しかも、ブロックチェーンという革新的技術は「経営者がいない組織」すら可能にするのだという。それはいったいどういうことなのだろうか。
DAO「分散型自立組織」の登場
――前回は、ドイツのスタートアップ企業「Slock.it」についてうかがいました。ライドシェアや民泊といった「シェアリングエコノミー」に欠かせない電子ロックの開発を手がけ、まだ実際の事業が始まっていないにもかかわらず、1.6億ドルもの資金が集まっている。それだけでなく、「新しい組織の形」が現実になり始めているとのことでした。これはつまり、「経営にブロックチェーンを応用している」ということでしょうか。
野口 そうではありません。ブロックチェーンを活用することで、そもそも「経営の必要がない」「経営者がいなくてもよい」組織が生まれるということです。それが、新しい組織の形である「DAO」です。「Decentralized Autonomous Organization」の略で、日本語では「分散型自立組織」と言います。
伝統的な組織においては、中央に経営者、管理者がいて、彼らが様々な判断をすることで、組織を運営していきます。これに対して、DAOは管理者を持ちません。ブロックチェーンを構成する多数のコンピューターネットワーク=P2Pが、プロトコルに定められたルールにしたがって判断し、意思決定をし、実行するからです。
Slock.itも、事業の仕組みはDAOによって動いていますから、誰かが経営をする必要はありません。技術開発やメンテナンスをする人はいても、この仕組み自体を管理する人は必要ない。だからこそ、一度出来上がった電子ロックの仕組みは、仮にメンバーが全員亡くなってしまっても、企業が消滅したとしても、動き続けます。
――前回、新しい形の「予測市場」がブロックチェーンによって実現しているというお話がありました。胴元を人がやる代わりに、ブロックチェーンが行なう。これもやはり「DAO」によって可能になったということでしょうか。
野口 その通りです。予測市場を運営するには、これまでは誰かが胴元になることが必要でした。ただし、胴元が人間である以上、不正をするかもしれないという危険が常につきまとう。DAOで予測市場を運営すれば、胴元という管理者が必要なくなる。だから公正で透明な仕組みとなり、社会的信用を得られるのです。
――「経営者がいない」ことが、むしろ信頼につながるということですね。
「人間らしい仕事」だけをできる時代に?
野口 DAOは、他にもいろいろな応用が考えられます。たとえば、出版業をDAOで運営していくこともできる。ブロックチェーンで著者を選び、発注する。原稿をオンラインに掲載し、原稿料の支払いなども全部自動的に行なうのです。こうなると、編集者はいらなくなります。
――それはちょっと困りますが……(笑)。ブロックチェーンはさまざまな分野に応用が効くということですが、そうなると、ブロックチェーンによってなくなる仕事も発生してくるのでしょうか。
野口 まず「仲介者」がいらなくなります。たとえば、誰かに宿泊先を提供するためには、「鍵を渡す仲介者」が必要でした。しかし、Slock.itがあればそれが不要になる。モノを右から左に動かすだけ、情報を伝えるだけといった仕事は、DAOによって早晩なくなるでしょう。
――働く人にとってブロックチェーンは「脅威」になるということですか。
野口 そうとは言えません。むしろ私は、ブロックチェーンの活用によって、より人間らしい仕事に注力できるようになると予想しています。
たとえば、小さなレストランを経営するオーナー兼シェフがいたとします。この人は料理が好きでこの仕事を選んだのですが、実際には料理以外の仕事が山ほどあります。材料の在庫管理、水道光熱費などの支払い、会計と帳簿付け、税務署への申告……といったルーティン・ワークです。オーナーはこれらすべてを自分でやるか、人を雇って任せなくてはならなかった。今後は、これらのルーティン・ワークは全部DAOに代えられるはずです。
しかし、DAOでは料理を作ったり、新しいメニューを開発したりすることはできません。DAOによって、料理を作るという本当にやりたい仕事だけに専念できるようになるのです。
――なるほど。DAOがあるからこそ、人間はより人間らしい仕事ができるということですね。「人間らしい仕事」とは、具体的にどのようなものでしょうか。
野口
料理のような独創性が問われる手仕事はもちろん、介護サービスであれば、高齢者の話し相手になるような仕事もそれに当たるでしょう。
DAOによってもたらされる未来とは?
――最近よく「人間の仕事がロボットに奪われる」という話がメディアを賑わわせています。こうした話とDAOとはどのような関係にあるのでしょうか。
野口 DAOによってどんな未来がもたらされるかについては、下の図のように、労働者がいる/いない、経営者がいる/いないの2軸で、4つに分類するとわかりやすいでしょう。
図の左上が現在の企業の姿です。経営者がいて、労働者がいるという形です。
ロボット化が進んだ企業は、図の右上に当たります。経営者はいますが、労働者はいません。その代わりに機械が使われている。たとえば、フルオートメーションの工場で機械が自動的に製品を作っている企業です。銀行のATMコーナーは、窓口の行員がロボットに代わったものです。
DAOは、この図の左下に当たります。ここには、人間にしかできない仕事をする労働者はいます。しかし、組織を運営する経営者は、ブロックチェーンに取って代わられているわけです。
つまり、DAOにおいては、人間にしかできない創造的な仕事が労働者の仕事の中心になるということです。最も人間らしい仕事に専念して、働く喜びを実感できるような働き方が可能になると考えられます。
――右下の、「経営者も労働者もいない会社」というものも、将来現われる可能性があるのでしょうか。
野口 十分にあり得ます。ブロックチェーンとAI(人工知能)によって完全に自動化された会社です。まだ現実には存在しませんが、フィクションではすでに描かれています。
たとえば、映画『ターミネーター』シリーズに登場する「スカイネット」です。スカイネットはブロックチェーンのようなコンピューターの集団で、ロボットの兵士たちを作り上げ、使役して人類を殲滅しようとする。こうした組織では、経営者も労働者も自動化されているわけです。
2つのブロックチェーン、2つの未来
――ビットコインを支えている技術、というイメージしかなかったブロックチェーンですが、社会全体を変えていく、まさに革命的な技術であることがわかってきました。ブロックチェーンにより、我々の未来はより自由なものになっていく気がします。
野口 ブロックチェーン本来の性格から言えばそのとおりです。ただし、気をつけねばならないことがあります。それは前回もお話しした「パブリックブロックチェーン」と「プライベートブロックチェーン」の違いです。
たとえば、現行の通貨制度の代わりにブロックチェーンによる仮想通貨が主流になれば、より自由な取引が可能になるでしょう。しかし、それは参加が自由で管理者がいないパブリックブロックチェーンの場合です。プライベートブロックチェーンが主流になると、話は大きく変わります。
前回の連載で述べたように、プライベートブロックチェーンとは、「ネットワークに入るコンピュータを組織が自分たちで決める」というものです。「誰でも参加できる」パブリックブロックチェーンとは根本思想が違います。「銀行が悪いことをするはずはない」「証券取引所が不正はしないだろう」といった信頼に基づく仕組みです。
では、中央銀行が主導する、パブリックブロックチェーンによる仮想通貨が国の通貨となったら、どうなるでしょうか。
――ブロックチェーンを使った仮想通貨では、P2Pと呼ばれるコンピュータネットワークにすべての取引が記録されるのでしたね。つまり、国民のすべての取引を国家が把握できる?
野口 そのとおりです。所得が完全に捕捉されるだけでなく、あらゆる経済活動を国家が把握することができる。国民全員のお金のやり取りが丸裸になるのです。
マイナンバーの導入を巡って個人情報の扱いが問題になりましたが、それどころの話ではありません。言ってみれば、ジョージ・オーウェルが『1984』で描いたような究極の管理社会、ビッグブラザーの世界の到来です。
すでに現在、各国の中央銀行はブロックチェーンを使った独自の仮想通貨を発行しようと研究を行なっています。たとえばスウェーデンの中央銀行では、数年以内に仮想通貨を導入するのではないかと見られています。各国の中央銀行が仮想通貨の発行を検討している今、こうした未来はSF的な想像ではなく、ぼやぼやしていると本当にそうなる、という段階まで来ています。
パブリックブロックチェーンによる自由な社会がよいか、プライベートブロックチェーンによる管理された社会がよいかは、思想の問題であり、一概には言えないでしょう。しかし、2つのブロックチェーンのどちらを選ぶかが、将来の社会の性格を決める大きな意味を持っていることは、知っておく必要があります。
野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問/一橋大学名誉教授
1940年、東京都生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イェール大学Ph.D(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年より現職。著書に、『「超」整理法』(中公新書)、『超「超」整理法』(講談社)など、ベストセラー多数。(取材・構成:川端隆人、写真撮影:長谷川博一)(『
The 21 online
』2017年4月号より)
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