要旨
- 中国では経済成長率が加速してきた。4月17日に中国国家統計局が公表した17年1-3月期の実質成長率は前年同期比6.9%増と2四半期連続で上昇、3月開催の全国人民代表大会(国会に相当)で決めた成長率目標「6.5%前後」を上回る好スタートとなった。一方、インフレ面を見ると、消費者物価は落ち着いているものの、工業生産者出荷価格は大きく上昇した。
- 需要面の動きを見ると、個人消費は、雇用情勢の安定や中間所得層の着実な増加を背景に堅調なものの、小型車減税の縮小や住宅規制の強化などマイナス要因もあるため、伸びは2016年よりも小幅に鈍化すると予想。投資は、企業利益の底打ち、中国製造2025関連領域に対する中国政府の手厚い政策支援、新型都市化・環境対応に伴うインフラ需要があるため堅調なものの、住宅規制の強化や過剰債務のデレバレッジ(債務圧縮)などマイナス要因もあるため、前年並みの伸びに留まる。輸出は、世界経済の持続的回復などがプラス要因となるものの、製造拠点を後発新興国へ移転する動きが盛んなため、1桁台前半の伸びに留まると予想する。
- 一方、金融政策は「穏健」から「穏健・中立」へ引き締め方向に変更された。金融緩和を背景に景気は好調なものの、副作用で住宅バブルは深刻化した。中国政府は16年秋に住宅バブル退治に乗り出し、オペ金利を17年1月下旬以降は2度に渡り引き上げた。そして、ここもと景気指標の一部には陰りが見え始めたが、住宅バブルの膨張に歯止めは掛かっていない。
- 経済見通しとしては、2017年の実質成長率は前年比6.6%増、2018年は同6.4%増と、6.5%前後の経済成長に留まると予想、消費者物価は前年比1.6%上昇と予想する。なお、リスクは“住宅バブル ”にある。住宅バブルが崩壊すれば金融システムは不安定化する恐れがある。
経済成長とインフレ
中国では経済成長率が加速してきた。4月17日に中国国家統計局が公表した17年1-3月期の実質成長率は前年同期比6.9%増と2四半期連続で上昇、3月開催の全国人民代表大会(国会に相当)で決めた成長率目標「6.5%前後」を上回る好スタートとなった(図表-1)。内訳を見ると、第1次産業は前年同期比3.0%増、第2次産業は同6.4%増、第3次産業は同7.7%増だった。第3次産業が引き続き最も高い伸びを示し中国経済を牽引した。また、ここもと足かせとなっていた第2次産業も、16年1-3月期の伸び(同5.9%増)を底に持ち直しつつある。
また、国内総生産(名目)は18兆683億元(日本円に換算すると約298兆円)と、16年1-3月期の16兆1573億元を1兆9110億元上回り、前年同期比11.8%増となった。これは2013年10-12月期の同10.6%増以来となる2桁成長復帰である(図表-2)。鋼材や石炭などの価格上昇で実質的には付加価値が目減りしているとはいえ、2桁成長復帰は景況感を明るくしている。
一方、インフレ面を見ると、消費者物価は落ち着いているものの、工業生産者出荷価格は上昇した(図表-3)。17年1-4月期の消費者物価は前年同期比1.4%上昇と2016年通期の同2.0%上昇を0.6ポイント下回った。天候に恵まれたことで食品が同2.4%下落したことが主因である。また、17年1-4月期の工業生産者出荷価格は前年同期比7.2%上昇と16年10-12月期の同3.3%上昇を大きく上回った。資源高や人民元安といった価格上昇要因もあるが、中国政府が進めた過剰生産能力の削減に伴う供給減と、中国国内のインフラ投資加速に伴う需要増で、需給バランスが改善した面もある。このように供給過剰によるデフレ圧力は薄れてきたものの、鋼材価格は3月中旬をピークに下落に転じており、世界経済や不動産開発の動向次第では再び過剰感が強まる可能性も否定できない。需給バランスの変化には今後も注意が必要である。
需要面の動き
◆消費
消費は比較的高い伸びを維持している。消費の代表指標である小売売上高の動きを見ると、2017年1-4月期は前年比10.2%増と、2016年の同10.4%増を0.2ポイント下回ったものの、2桁に乗せる高い伸びを維持している(図表-4)。内訳を見ると自動車の落ち込みが目立つ。17年に入って小型車(排気量1.6L以下)を購入する際に掛かる自動車取得税が引き上げられた(5%⇒7.5%)影響と見られる(図表-5)。
2017年以降の個人消費は堅調ながらもやや減速すると予想している。中間所得層の増加で高品質品や文化関連サービスに対するニーズが増えており、雇用情勢の安定(図表-6)を背景に消費者信頼感指数が改善していることから(図表-7)、個人消費は堅調を維持すると見ている。但し、小型車減税縮小に伴う自動車販売の反動減や、住宅規制の強化に伴う住宅販売の鈍化が消費にマイナスの影響を与えると見られるため、全体としては堅調ながらも小幅に減速すると予想している。
◆投資
投資は回復してきている。投資の代表指標である固定資産投資(除く農家の投資)の動きを見ると、2017年1-4月期は前年比8.9%増と、2016年通期の同8.1%増を0.8ポイント上回った(図表-8)。業種別に見ると、製造業が前年比4.9%増と0.7ポイント上昇、不動産開発投資も同9.3%増と2.4ポイント上昇、インフラ投資も同23.3%増と5.9ポイント上昇した(図表-9)。
2017年以降の投資は前年並みの伸びを予想している。(1)企業利益の底打ち(図表-10)、(2)「中国製造2025」関連領域に対する中国政府の手厚い政策支援、(3)新型都市化・環境対応に伴う巨大なインフラ需要(1)があるため、投資は堅調と見ている。但し、(1)住宅規制の強化に伴って住宅着工が減速すると予想されることや、(2)過剰生産能力を抱える製造業を中心に過剰債務のデレバレッジ(債務圧縮)が進むと見込まれることから、投資全体としては前年並みの伸びに留まると見ている。
なお、中国では、大気汚染対策、水質汚染対策、土壌汚染対策、ごみ処理能力増強など環境関連や、中国共産党・政府が2014年3月に発表した「新型都市化計画(2014~2020年)」に伴う交通物流関連の需要が大きいため、成長率目標を下回る恐れが出てきた場合には、長期計画を前倒してインフラ投資を加速させる可能性が高い。
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(1)新型都市化が生み出す投資需要は巨大で2020年までの累計で42兆元に達すると試算されている(中国財政部)。スケジュールとしては2017年までが試行地域における先行実施期間となり、その成果を踏まえて2018-20年には全国展開される予定。なおこれに関連して、2016年5月11日には投資総額4.7兆元に及ぶ交通インフラ整備3ヵ年計画(2016-18年)が発表された。
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◆輸出
輸出は底打ちしてきた。2017年1-4月期の輸出額(ドルベース)は前年比8.1%増と、2016年の同7.7%減からプラスに転じた(図表-11)。相手先別に見ると、米国向けが前年比11.0%増、EU向けが同7.1%増、日本向けが同6.9%増、ASEAN向けが同11.6%増と軒並み増加に転じている。また、輸出の先行指標となる新規輸出受注(中国国家統計局)や貿易輸出先行指数(中国税関総署)が好調なことから、当面は高い伸びを維持すると見られる(図表-12)。
2017年以降の輸出は1桁台前半の伸びに留まると予想している。引き続き、(1)世界経済の持続的回復や、(2)「一帯一路」の沿線地域への影響力拡大がプラス要因となるものの、国内生産の製造コストが上昇した中で、製造拠点を後発新興国へ移転する動きが外資系企業ばかりか国内企業にも及んできているため、輸出を抑制するマイナス要因として働くからである。
金融政策は「穏健」から「穏健中立」へ
以上のように景気は回復してきたものの、金融緩和の副作用で住宅バブルが深刻化してきた。ニッセイ基礎研究所で何年分の所得で住宅を購入できるか(住宅価格÷所得の倍率)を試算したところ、全国では約7.5倍だが北京や上海では14倍を超えている(図表-13)。合理的とされる4~6倍を遥かに超えるとともに、日本でバブルがピークを付けた1990年の東京都区部の16倍に接近してきている(2)。
これまでの住宅価格(70都市平均)(3)の推移を簡単に振り返ると、前回高値を付けた14年5月前後にも住宅バブルは問題となっていた。13年春には、中国政府が住宅価格の急騰を抑えようと「国五条」と呼ばれる住宅購入規制を実施した上で監視を強化した。その効果で、住宅販売が落ち込むと住宅在庫は積み上がり、販売業者が在庫を消化しようと値引き販売に走って住宅価格は下落、景気を一気に悪化させた。これを受けて14年11月以降、中国人民銀行は基準金利を6度に渡って累計1.5ポイント引き下げ、景気下支えに動き出した。この金融緩和で住宅販売は持ち直し、住宅在庫は減少に転じて住宅価格は上昇、16年7月には前回高値を超えてきた(図表-14)。しかし、16年の成長率目標(6.5-7.0%)の達成が不安視されていた中で、中国人民銀行は「穏健」な金融政策を継続したため、住宅価格は最高値更新を続け、住宅バブルを深刻化させる結果となった。
但し、景気テコ入れには成功したといえる。住宅販売・住宅着工の回復で鋼材需要が増加、鋼材価格は15年12月の底値を基準にすると17年3月の高値まで約2倍に急騰した(図表-15)。需要が増加したことで、過剰だった生産能力との需給バランスも改善に向かった。
住宅バブルが深刻化する中で、中国政府は経済政策を引き締め方向に調整し始めた。16年9月末前後には深?市や上海市など多くの地方政府が住宅購入規制を強化した。また、同年10月には中国人民銀行が商業銀行17行の幹部および融資担当者などを招集して住宅ローンの管理強化を要請、中国銀行業監督管理委員会(銀監会)も不動産融資を巡るリスク管理を強化した。そして、同年12月には中央経済工作会議で「住宅は住むためのものであって、投機のためのものではない」として不動産市場の平穏で健全な発展を促進する方針を打ち出し、17年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)では「穏健・中立」な金融政策を実施するとし、16年の「穏健」よりも引き締め方向に軸足を移すこととなった。そして、全人代閉幕後も「四限(購入制限、融資制限、価格制限、販売制限)」と呼ばれる住宅規制の導入・強化に動く地方政府が増えている。中国共産党も金融リスクの予防に向けて指導力を発揮、4月25日には習近平総書記が中央政治局集団学習会を開催、(1)金融改革の深化、(2)金融監督管理の強化、(3)重点リスクの処置、(4)実体経済の発展に資する金融環境の整備、(5)金融幹部の行政能力引き上げ、(6)金融政策・金融行政に対する党の指導強化の6点を挙げている。
また、中国人民銀行は17年1月下旬以降、リバースレポ(7日物)や常設流動性ファシリティなどの短期金利を2度に渡り引き上げており、基準金利の引き上げも視野に入ってきている(図表-16)。
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(2)住宅バブルに関しては「
図表でみる中国経済(住宅市場編)~住宅バブルの現状と注目点
」基礎研レター 2016-11-1を参照
(3)住宅価格は、中国国家統計局が毎月公表する「70大中都市住宅販売価格変動状況」の中で、新築分譲住宅価格(除く保障性住宅)を用いている。また、2016年1月以降の2010年基準指数及び70都市平均を定期公表されてないためニッセイ基礎研究所で推定している。
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経済見通し
◆ポイントの整理
中国経済の行方を見通す上で重要なポイントを整理したのが図表-17である。主なプラス要因としては、(1)企業利益の底打ち、(2)雇用情勢の安定と中間所得層の着実な増加、(3)中国製造2025関連領域に対する政策支援、(4)新型都市化・環境対応に伴う巨大インフラ需要(含む17年4月に公表された「雄安新区」の開発)が挙げられる。一方、主なマイナス要因としては、(1)バブル退治に伴う住宅規制の強化、(2)過剰債務のデレバレッジ、(3)小型車減税の縮小が挙げられる。これらを総合的に勘案すると、マイナス要因の影響がプラス要因を上回ると見ている。
◆経済見通し
経済見通しとしては、2017年の実質成長率は前年比6.6%増、2018年は同6.4%増と、6.5%前後の経済成長が続くと予想している。雇用情勢の安定や中間所得層の着実な増加を背景に消費者信頼感指数が改善傾向にあるため、個人消費は堅調を維持すると見ている。但し、小型車減税の縮小や住宅規制の強化などマイナス要因もあるため、伸びは2016年よりも小幅に鈍化すると予想している。投資に関しては、(1)企業利益の底打ち、(2)中国製造2025関連領域に対する中国政府の手厚い政策支援、(3)新型都市化・環境対応に伴う巨大なインフラ需要があるため堅調に推移すると見ている。但し、(1)住宅規制の強化に伴って住宅着工が減速すると見られることや、(2)過剰生産能力を抱える製造業を中心に過剰債務のデレバレッジ(債務圧縮)が進むと見込まれることから、投資全体としては前年並みの伸びに留まると見ている。輸出に関しては、世界経済の持続的回復や「一帯一路」の沿線地域への影響力拡大がプラス要因となるものの、国内生産の製造コストが上昇した中で、製造拠点を後発新興国へ移転する動きは外資系企業ばかりか国内企業でも盛んなため、引き続き輸出を抑制するマイナス要因となるだろう。従って、全体としての伸びは1桁台前半の伸びに留まると予想している。また、消費者物価は原油高や住宅価格上昇、それに人民元安に伴う輸入物価上昇を受けて緩やかに上昇していくと予想している(図表-18)。
金利見通しとしては、中国政府(含む中国人民銀行)は16年秋以降、住宅バブル退治に乗り出したため、景気指標の一部には陰りが見え始めている。しかし、17年1-3月期の実質成長率が17年目標(6.5%前後)を大幅に上回るなど、景気の勢いは想定以上に強く、住宅バブル膨張にも歯止めが掛かっていない。従って、中国人民銀行は17年7-9月期にも基準金利の引き上げに踏み切らざるを得なくなるだろう。一方、米国では経済の持続的拡大が続いており、今後も段階的に政策金利を引き上げると見られる。但し、トランプ政権への期待が萎むとともに米国の長期金利は低下、米中の長期金利差は拡大し始めている(図表-19)。従って、米利上げが先行するため米中の短期金利差は縮小するものの、長期金利差は縮小しにくくなっているため、米ドルに対する人民元レートはほぼ横ばいと予想する(図表-20)。
◆リスクの所在
リスクは“住宅バブル(4)”にあると考えている。住宅バブルが崩壊すれば、金融システムが不安定化する恐れがあるからである。そもそも中国では、過剰設備・過剰債務問題を解消すべくゾンビ企業の淘汰を進めており、不良債権は増加傾向にある(5)。それに加えて、16年に急増した個人の住宅ローンまで返済が滞るようだと、銀行が抱える不良債権は急増する恐れがでてくる。
中国政府(含む中国人民銀行)は前述の「四限」で住宅バブルを退治しようとしてきた。しかし、これまでのところ住宅バブル膨張に収まる兆しは見られず、今後は基準金利の引き上げに踏み切ることになりそうだ。「四限」と基準金利の引き上げで、住宅バブルのソフトランディングに成功するというのがメインシナリオだが、金融引き締めが行き過ぎてオーバーキルとなる可能性も残る。
具体的には、住宅価格が微調整ライン(A)を上回っているうちはメインシナリオの範囲内(黄信号)、それを下回ればシナリオ修正が必要な「赤信号」と考えている。仮に「赤信号」が点灯したとしても、中国政府が適時適切なタイミングで政策運営を切り替えることができれば金融システム不安に陥るのを回避できる可能性はある。しかし、タイミングが遅れて、デッドライン(B)を下回るようだと、住宅バブル崩壊へと一直線で突入する恐れもある。ここ数年で建設された住宅在庫のほとんどがデッドストック(含み損を抱えた資産)となってしまうからだ(図表-21)。中国政府にとっては極めて難しい舵取りとなるだけに、今後の政策運営を注視したい。
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(4)住宅バブルに関しては「
図表でみる中国経済(住宅市場編)~住宅バブルの現状と注目点
」基礎研レター 2016-11-1を参照
(5)不良債権の現状に関しては「
図表でみる中国経済(不良債権編)
」基礎研レター2016-07-15を参照
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三尾幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部
上席研究員
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