長らく続くデフレーション (デフレ) を脱却するために、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という三本の矢を掲げ始動したアベノミクス。デフレには歯止めをかけたものの、緩やかな物価上昇には程遠い状況だ。

そのようななか、インフレ醸成のため、にわかに注目を集めた理論が「シムズ理論」である。今回は、日本の将来を左右するアベノミクスに、大きな影響を与えるかもしれないシムズ理論を紹介する。

シムズ理論とは

(写真=g0d4ather/Shutterstock.com)
(写真=g0d4ather/Shutterstock.com)

シムズ理論とは一般的に、ノーベル経済学賞受賞者である米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱する「物価水準の財政理論 (FTPL) 」のことを指す。このシムズ理論とは、どのような理論なのだろうか。

理論の骨格を一言でいうと、政府が財政支出を増やし、それを増税で返そうとしなければ、物価水準の調整、つまりインフレが起きて、相対的に現金価値が減少することにより、財政赤字の帳尻が合うということだ。

財政政策を行っても「将来の増税や歳出削減の可能性」を国民が感じ取ると、国民はそれを前提に行動する。つまり、将来の負担増加が見えているなら、国による景気浮揚策 (=財政政策) が打たれても、財布の紐をあまり緩めることはせず、財政政策の効果を減退させてしまう。そうであれば、インフレが醸成されるまで、将来の増税や歳出削減を行わないことを約束し、国民が安心して所得を消費に回せる環境を作ろう、というのがFTPLの考え方だ。

しかし、現実世界では、政府および指導者が「インフレが醸成されるまで将来の増税や歳出削減を行わない」と宣言しても、国民がそれを簡単に信じるとは限らない。あくまでもFTPLは、政府および指導者と国民との間に確固たる信頼関係があることが前提の理論ということだ。

日本への提言

シムズ教授は、日本に対して「金融政策と合わせて財政政策を行っていくことが重要」と政策提言を行っている。具体的には、物価上昇率2%達成まで消費増税を延期すること、基礎的財政収支 (プライマリーバランス) の改善目標はインフレターゲット目標達成を条件とすることを挙げている。

また、日本のようなゼロ金利状態では、利下げ余地がなく、金融政策だけではインフレ期待を喚起するのは難しい。インフレターゲット目標達成を担うのは中央銀行 (日本の場合は日銀) という考え方には距離を置くべきだという旨の発言も行っている。日本は2013年4月の質的量的緩和 (QQE) 発動から大規模な金融緩和を約4年継続してきたが、物価上昇率2%達成までの道のりはまだまだ遠い。そこで、財政政策のサポートが必要というわけだ。

このような議論で心配されるのが、2%という目標水準よりインフレが進んでしまう場合だ。しかし、シムズ教授はその点も問題ないだろうと語っている。理由のひとつは、日本はデフレに慣れきってしまっていて、FTPLを実際に導入したとしても、ハイパーインフレの可能性より、インフレ期待が高まらない可能性の方が高いということだ。ふたつめの理由として、日銀の巨額のバランスシートと現状の金利水準から考えても、金融引き締めによるインフレ退治は比較的容易ということを挙げている。

経済成長のエンジンは金融政策から財政政策へ ?

このFTPL自体は1990年代から存在していたが、2016年夏に行われたジャクソンホール会議 (カンザスシティー連銀が毎年開く経済シンポジウム) でシムズ教授が講演したことで、急速に注目を集めた。

奇しくも2016年は、G7でも財政拡張による景気下支えが議論され、共同声明も発表された。世界最大の経済大国である米国でも、財政拡張を主張するトランプ氏が大統領に就任した一方で、2017年3月のFOMC議事録によると、FRBのバランスシート縮小が議論されたという。

リーマン・ショック後、先進主要国では金融政策中心の経済回復を果たしてきた。しかし、FTPLが実際の経済政策に採用されるかはさておき、注目を集めていることを鑑みても、今がまさに、さらなる経済成長のエンジンの中心が「金融政策」から「財政政策」へ移行している過渡期なのかもしれない。

(提供: 大和ネクスト銀行

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