国産牛を格安に~家族が喜ぶ焼肉新勢力
川崎市麻生区にある「スエヒロ館」。看板には「肉の名門」と書いてある。週末、午前11時半の開店を待てない客が集まっていた。オープンすると、店内にはあっという間に客たちがなだれ込んだ。お目当ては肉厚のハンバーグだ。
こだわりの国産牛100%で、ゴロゴロと荒く挽いた甘みのある肉質が特徴。しかもおいしいだけではない。1380円でサラダ、パンは取り放題。さらに誕生日にはバースデーケーキを無料でプレゼントするというサービスも(要予約、「スエヒロ館」レストラン業態のみ)。
そんな大満足のスエヒロだが、以前は全く違ったという。実は経営難のため、2009年にある企業の傘下に入った。以前から勤める営業本部の堀川稔によれば、「ここは『スエヒロ5』というレストランだったのですが、あみやき亭と一緒になって『スエヒロ館』というレストランになったのです」。あみやき亭が経営するようになって以来、売上高30%増、利益は13倍と、業績は急激に改善したという。
あみやき亭は、愛知県を中心に全国107店舗を構える焼肉チェーンだ。すでに東京へも進出し、大行列を作るほど客の支持をつかんでいる。
西東京市のあみやき亭田無店。そのメニューは他の焼肉チェーンとちょっと異なる。「豪快!一本カルビ」(480円、以下すべて税別。店舗によって価格、取り扱う商品は異なる)はまさに豪快。一方、骨の間からとれる「和牛中落ちカルビ」(580円)は骨のうま味をたっぷり含んだカルビ。ヒレの近くにある「和牛カイノミ厚切りカルビ」(830円)は脂が少なく赤身がおいしいカルビだ。あみやき亭にはカルビだけでなんと10種類もある。
ご飯も「かため」と「やわらかめ」が選べるようになっていて、炊きたて30分以内のものしか出さない決まり。さらにこだわりたい人には、20分で炊きあがる「釜炊き一番ライス」も。韓国海苔がついて280円とかなりお買い得だ。
うれしいサービスで支持を集めるあみやき亭。今や、大手焼肉チェーンの一角に駆け上がり、急拡大するグループ年商は300億円を突破した。
あみやき亭は他のチェーンとは全く違う戦略で客をつかんできた。それが使っている肉の産地だ。あみやき亭がこだわるのはお値打ちの国産牛。提供する肉の8割以上が国産だ。
そもそも日本の焼肉ビジネスが大きく拡大したきっかけは、1991年の牛肉自由化にさかのぼる。アメリカの広大な農場で大量生産された安い牛肉が、輸入制限の撤廃とともに一気に日本国内に流通した。そして登場したのが、それまでなかった安さを武器にした焼肉チェーン。彼らは、急速に勢力を拡大していった。
そんな海外産が常識の焼肉チェーンで、あみやき亭はおいしい国産牛を海外産に負けない価格で出すことにこだわってきた。
国産牛が安くなる秘密~肉のプロ集団
あみやき亭はなぜ国産牛を安く提供できるのか。愛知県春日井市。その秘密は早朝のあみやき亭本社にある。あみやき亭会長の佐藤啓介は毎朝5時に出社するという。薄暗いオフィスに入ると、真っ先にガラス張りの隣の部屋を覗き込んだ。
「こういう人たちがいて会社が成り立つ。戦力になっているのでありがたいことです」
中ではこんな時間に調理が行なわれていた。実はここがあみやき亭の安さを生み出すセントラルキッチンだ。およそ100人のスタッフが各店舗で使う肉をさばいている。鮮度を保つため、その日に使う量だけをさばくのがあみやき流だ。
「まさにジャスト・イン・タイム。店にとって必要なものを、必要なだけ、必要な状態で届けるようになっています」(佐藤)
切り分ける元となるのは、国産牛のバラ肉と呼ばれる部分。あみやき亭ではあえてこの巨大な塊で買い付け、精肉職人たちが丁寧に切り分けていく。「ここにいるのはベテランばかり」(佐藤)で、中には包丁歴50年を超えるという職人も。あみやき亭はそんな肉さばきのプロを集め、高価な国産牛のコストを下げているのだという。
大きなバラ肉は、普通に切り分ければ6割が廃棄になってしまうという、ある意味で無駄の塊のような肉。それを職人たちが隅から隅まで丁寧に切り分け、商品として使えるように変えてしまうのだ。
例えばあばらの背中にある硬い部分は、ミンチにして味付けすれば、おいしいビビンバ用の肉に変身する。普段使われない部分も、切り方や味付けを工夫することで新たなメニューにしてしまう。こうして膨大な種類のカルビも商品化してきた。プロの包丁さばきで肉を無駄なく使うことで、高価な国産牛のコストを回収しているのだ。
脂身を取り除く時に赤身が付いてしまった部分は、最大のヒット商品になった。
「鮮度も全く問題ないし、味も美味しく、筋も入っていません。これで作ると最高においしいハンバーグができるんです」(佐藤)
そのカルビの切れ端から作ったおいしいハンバーグこそ、あの「スエヒロ館」を再生した大人気のハンバーグなのだ。
肉をセントラルキッチンでさばくことで、さらに国産牛を安くできる理由がある。それは、あみやき亭の厨房の大きさにある。
あみやき亭の厨房は客席の広さに対して驚くほど狭い。セントラルキッチンの熟練スタッフが肉の切り分けまで行なうことで、店の厨房での作業は味をつけて並べるだけ。これにより客席数は大幅に増え、収益性がアップすることで、肉の価格も、抑えることができるというわけだ。
一方、肉のプロ集団・あみやき亭で、全国を飛び回る仕入れのプロが、商品部の鳥越厚生だ。「日本全国、どこへでも行きます」と言う。
同じ品種を大量に買い付けられる海外産と違い、様々な産地に分散する国産牛。全国の卸を巡り、お買い得の肉を買い集める目利きがいなければ、そのビジネスは成り立たないのだ。
赤貧少年が年商300億円に~国産牛をもっと人々に
この日、あみやき亭が展開する「スエヒロ館」の新店舗、川崎宮前店がオープンを迎えた。実は佐藤には、店の開店時に必ず招く客がいる。現れたのは大勢の子供たち。彼らは店舗の近隣にある児童養護施設の子供たちだ。佐藤は10年以上前から、店をオープンする際、近隣の施設の子供たちに無料で焼肉をごちそうすることを続けている。
「私も子供のころ、あまり外食をすることができなかったものですから、子供たちにお腹いっぱい焼肉を食べてもらいたいということでスタートしました」(佐藤)
佐藤は1950年、新潟県南魚沼市に生まれた。8歳の時、父親が脳卒中で倒れ寝たきりになり、貧しい生活を送った。
「一気に貧乏になっちゃった。中学2年で、今でいう土木工事、河川の堤防の工事に高校生だと言ってアルバイトをして、金を稼いでいました」(佐藤)
そんな佐藤が19歳で就職したのは、兄が愛知県で始めた食肉販売の会社。忙しいから手伝って欲しいと、誘われたからだった。牛肉もまともに食べたことのなかった佐藤は、働きに出て、初めてそのおいしさを知る。
「名古屋に来て初めて兄がすきやきを食べさせてくれたのですが、こんなにおいしいものはないと感激したことがあります」(佐藤)
食肉の現場で格闘する日々。今も手には包丁の傷が残る。
「昔は素手でやっていたから、包丁で手を切ると傷が深い。包丁の技術を全部覚えるのは大変なんです」(佐藤)
そんな佐藤の心に強い印象を残したのが、全国の牛の生産農家を回った経験だ。佐藤は、少しでも肉質が良い牛を育てるため、朝から晩まで丁寧に世話をし続ける農家の姿に心を打たれる。国産牛がおいしいのは農家の人たちの努力のおかげだと知った。
「研究に研究を重ねて、いい牛を作るにはどうしたらいいか、農家の人たちはずっとやってきたわけじゃないですか。日本の財産ですよね」(佐藤)
食肉業界で必死に働いた佐藤に、45歳のある日、人生を変える出来事が。近所に当時、急拡大中だった焼肉チェーン店ができた。
「開店の5時から夜の11時すぎまで、満席でお客さんが待っているんです」(佐藤)
佐藤が店に入って注文すると、食べた肉は全て海外産だった。
「こんな値段で売ってこんな儲けているのに、こんなにお客さんが来る。自分がやったらもっといい肉を使って、もっとお値打ちで提供できる、と」(佐藤)
1995年、佐藤は会社を辞め、焼肉店を開くことを決意。他にない、国産牛を4割も品ぞろえしたあみやき亭をオープンする。しかし自信とは裏腹に、店は閑古鳥が鳴いた。佐藤はひるむことなく国産牛の焼肉を自ら売り込むことにする。
「名刺を持って近所を回り、『ぜひうちに来てください』と言って。訪問販売と一緒で、一軒一軒回ったんです。それでもなかなか来なかった」
閉店後、へとへとになった身体で、深夜の町をひとり、ひたすらチラシを入れて回る。ようやく客が付き始めたのは半年後だった。
その後、あみやき亭は人気店となり、経営は安定した。ところが今度は焼肉業界を震撼させる出来事が起きる。それが2003年のBSE騒動。アメリカからの牛肉は全面輸入停止となり、大手焼肉チェーンは、仕入れ先をオーストラリアに変えることを余儀なくされた。
しかし佐藤は全く別の戦略をとる。いまこそ安心安全な国産のおいしさを伝えるチャンス。佐藤は国産牛の仕入れを一気に倍に引き上げる一方、海外産に負けない低価格を実現するための試行錯誤を開始した。
「お客さんが国産牛をお値打ちで食べたいニーズは強いだろうと、見切り発車で国産に切り替えちゃったんです。後のことはそれからいろいろ工夫して採算を合わせる。退路を断ってとにかくやった」(佐藤)
そして15年。おいしい国産牛をお値打ち価格で、焼肉チェーン・あみやき亭には今日も客が絶えない。
今までにない焼肉店が続々登場~目からウロコの客をつかむ秘策
最近、続々と登場しているのが今までにない焼肉店。客が大行列をつくる「神保町食肉センター」上野店もそのひとつ。1時間並んででも食べたいのが、店の自慢のホルモンだ。「苦手だった」という女性客も、次々にレバーを食べ、「初めておいしいと思った」と言う。
美味しさの秘密はその鮮度。この店では、その日の朝採りのぷりぷりのレバーを食べることができるのだ。ウリはそれだけではない。この店はランチタイム限定で、45分間、焼肉が食べ放題なのだ。ご飯、サラダ、スープはお替り自由で価格はなんと950円だ。
一方、中目黒の「焼肉いぐち」も今までにない焼肉店。目立たないドアの奥にある店内は、白木のカウンターが囲み、まるでお寿司屋のよう。この店では熟練の技を持つ店主が、肉を一枚ずつ丁寧に焼いてくれる。自分で焼かない焼肉店なのだ。それぞれの肉を最高の焼き加減で味わってもらうための工夫だ。値段は、絶妙の焼き加減の肉寿司もついたおまかせコースが4980円(税別)。肉を焼かなくていいので、会話に集中できるのも人気の理由だ。
いかに焼肉をおいしく味わってもらうか。様々な店がアイデアを競っているのだ。
そんな中、新宿の焼肉店「ブラックホール」の前にあみやき亭の佐藤の姿が。ここは後継者がいないという以前のオーナーから、佐藤が経営を引き受けた。「アクトという会社が4年前にあみやき亭グループに入ったんです」と言う。以前に比べ、売り上げも伸び、店内は賑わっている。
客をつかむのは、おいしそうなこだわりの国産牛の数々だ。佐藤は、扱う肉の精査から、店内のあらゆる備品のコスト管理まで徹底して行ない、儲かる店に一変させたという。アクトグループの清水佑樹氏はその手腕を、「網ひとつの値段にこだわったり、肉のちょっとした品質にこだわったり、あみやき亭が持っているコスト管理能力はすごいです。休みもあって給料も上がり、労働時間も決まっていて、本当に感謝しています」と語る。
同じオーナーから引き受けた「南九州産黒毛和牛 焼肉ホルモン島津」のウリは、分厚く切った南九州産の黒毛和牛。その美味しさで、赤字経営から一気に黒字店に転換したという。
佐藤は、培ったノウハウを武器に次々に店舗を再生。おいしい国産牛を味わってもらう場を増やし続けている。
「我々がやるべきことは、やはり国産牛のおいしさをわかっていただくこと。そのことが畜産農家にも役立つことにつながると思うんです」(佐藤)
~村上龍の編集後記~
食べるとき、肉はすでに切り分けられている。だから、牛と鶏はまったく大きさが違うと、意識することが少ない。
牛は、体も大きく、当然、骨や内臓も大きい。焼き肉屋で食べるサイズにするまで大変な労力と、高度な技術が必要だ。加えて、国産牛は仕入のプロセスが複雑らしい。
佐藤さんは、牛肉の、真のプロフェッショナルだ。牛肉と深く接することで、営業、宣伝、経営を学び、経済合理性も身につけた。そして、とても大切なことを、示唆する。
わたしたちは、カルビやロースという部位とともに、「生命」を食しているのだ。
<出演者略歴> 佐藤啓介(さとう・けいすけ)1950年、新潟県生まれ。1971年、兄が経営する三河屋入社。1995年、独立、あみやき亭設立。2009年、スエヒロを買収。
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