住みたい街ランク急上昇から密かに話題の東京・赤羽
いま人気急上昇中の町、東京・赤羽。小学生の通学路から路地を一本入れば、いきなりディープな感じのおでん屋さん。昔ながらの雰囲気が新しいファンを掴んでいる。昼間から大繁盛の飲み屋も多い。商店街には今は少なくなった個人経営の八百屋さん、昭和30年創業の「八百正」が。自慢の品は28年間出し続けていると言うぬか漬けだ。
赤羽の魅力は古い店だけじゃない。おしゃれな新しい店も町のあちこちに。創作イタリアンのレストラン「ラクレット×ラクレット」もそのひとつだ。ランチタイムの一番人気はチーズフォンデュの「ラクレットフォンデュプレート」(1200円)。これも新しい赤羽の味。客は“アカバネーゼ”、地元のマダムが中心だ。
種々雑多な魅力が詰まった赤羽。「賃貸で住みたい駅ランキング」(「オウチーノ」調べ)では2年連続4位。交通アクセスが良く、家賃も手頃とあって人気になっている。
ガード下にはちょっと変わった施設もあった。中には赤ちゃんを抱いたお母さんがいっぱい。よく見ると店員さんまで赤ちゃんを抱っこ。「いろむすびカフェ」は小さな子供大歓迎のカフェだ。赤羽のある北区は、子供の医療費助成制度が充実した子育てしやすい土地とされる。オーナーは女性3人。共同代表の赤星裕美さんは「私たちは自己資金がほとんどなかったので、城北信用金庫さんから創業融資を受けました」と言う。
実は「ラクレット×ラクレット」のオーナー、及川秋紀さんも「城北信用金庫さんの借り入れでやらせていただいています。金融機関なんだけど金融機関っぽくない。町の応援団的な……」。そして「八百正」三代目店主の福田博行さんも「営業の方が毎日来てくれる。雨でも雪でも来てくれるのはありがたい。お互い、地元の赤羽のために頑張りましょうよ、と」と言う。商店街のおよそ8割の店が、城北信用金庫と取引しているという。
城北信用金庫赤羽支店。朝9時の開店と同時に大勢のお客さんが店内になだれ込んだ。信金マンが笑顔でお出迎え。年金支給日にはちょっとしたプレゼントを用意している。この日は素麺。お年寄りに優しいサービスだ。この親しみやすさが城北信金の人気の理由の一つになっている。
信用金庫は、預金や振込といったサービスは銀行と同じように利用できる。ただし住宅ローンなど、お金を借りられるのはその信金の営業地域の人だけ。さらに信金ならではのお得なサービスもある。
自転車で営業に出た長谷川健太。小池久子さんのお宅に、毎月定期で積み立てている1万円を預かりに来た。わざわざ家に来てくれるので窓口に行く必要なし。お年寄りにも大人気のサービスだ。長谷川はその後30分、小池さんのゴーヤ栽培の話に付き合っていた。
また、お客はお年寄りが多いということで力を入れているのが振り込め詐欺の対策。ステッカーも用意。警察の相談窓口の電話番号入りだ。大金を振り込もうとする客には声かけを徹底。この取り組みで、去年だけで1億3100万円の詐欺を防いだ。まさに「庶民の味方」を貫き、お客の心をしっかり掴んでいる。
庶民の味方!客大絶賛の信用金庫
城北信用金庫は赤羽のある東京北部や埼玉県南部などに95店舗を展開。中小企業が密集する北区や荒川区ではその9割と取引。全国平均は6割程度というから、信頼の高さは絶大だ。
中には城北信金に支えられ大きく成長した会社もある。荒川区の「マルミツ」は靴メーカー。以前は大手メーカーのスポーツシューズを下請けで作っていたが、2年前、100%自社ブランドのメーカーに転身した。手掛けるのはドライビング・シューズ。かかとが丸くなっていて運転しやすい。シックなデザインも客に受け、黒字経営となっている。
取締役の宮部修平さんは、事業転換は城北信金なしではできなかったと言う。
「常に連絡を下さり『頑張っているかな』と見守ってくれる。ありがたい存在だと思います」
ふだんから取引先を回っている城北信用金庫理事長・大前孝太郎(53歳)は、「融資したお金がどこに投じられているかを確認するのは、金融機関として預金を預かって運用している身としては大切ですから」と、語る。
お客と密に接する事は、信金マンの基本だと言う。前述の長谷川が、この日は定期の積立金を預かりに小さな町工場「沼口美術印刷」の吉田優美子さんの元へ。毎月来ているが、吉田さんは「今月はお給料の支払いのため定期を解約したい」と言う。相手は中小企業、シビアな状況もあり得る。いいときも悪いときも寄り添うのが信用金庫なのだ。
こうした姿勢は信用金庫の成り立ちに起因する。前身は明治時代、貧しい農民などを助けるために作られた信用組合にある。戦後、法律が制定され、庶民や中小企業のための金融機関として信用金庫は生まれた。
信用金庫と銀行との大きな違いは取引相手の規模。銀行は大企業とも取引するが、信用金庫は従業員300人以下、資本金9億円以下の中小企業限定。実は日本の企業の99%以上は中小企業。小さな会社の隅々にまでお金が流れるようにするのが信用金庫の役割だ。
この日、日暮里中央支店にやって来たのは焼肉店を営んでいる中原健太郎さん。城北信金との付き合いは15年前から。当時、狂牛病騒動が起こり、中原さんの焼肉店も大打撃を受けた。そのとき400万円を融資し立て直しに協力したのが城北信金だった。
「経営が厳しいときは近いところで相談に乗ってくれる。この先もいい関係でいたいと思うので、他には行きません」(中原さん)
今回は、手を広げて始めたハンバーガー屋の2号店の開店資金、7000万円を借りに来た。1号店はテイクアウトの店だったが、今度はレストランスタイルで勝負する。融資できるかどうか、鍵を握るのは客の回転率だという。融資担当係長の小池雄太は詳しく検討することを約束し、この日の面談を終えた。
融資した場合、中原さんは返済できるのか。工費や人件費などの運転資金を計算し、営業した想定でシミュレーション。立地なども改めて検討した。後日、小池はデータをまとめて田口章彦支店長に相談。今後、審査を重ねて融資するかどうかを決定するが、信頼をおく中原さんだけに前向きに検討すると言う。
チャレンジする元気な企業があってこその信用金庫。大前は「地域の歴史とともに大きく成長させてもらっている。地域がダメになれば僕らも難しくなる。一体ですね」と語る。
今や全国区ブランド~鯖江メガネの復活劇
赤羽の春のビッグイベント「赤羽馬鹿祭り」。この祭りの先頭に立って盛り上げているのが城北信用金庫だ。パレードにはダントツで最多の146人で参加。運営費も出資し、祭りの顔となっている。この他にも花火大会やマラソン大会で地域を盛り上げている。
「馬鹿祭り」の様子を嬉しそうに見ている大前は、大学を卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。融資係などを担当した。34歳の時に転機が訪れる。内閣府の民間人採用枠に応募し、官僚になったのだ。内閣府で担当した仕事は地方の再生。その舞台は福井県鯖江市だった。
古くからメガネ作りを地場産業にしてきた鯖江だが、大前が目にしたのは安い中国製に押され、衰退著しい姿。新しい客層の開拓が急務だと感じた。そこで大前は鯖江のメーカーに、「若者が集まるイベントがあります。そこでアパレルブランドのデザイナーと組んで新しいメガネを作ってみませんか?」と提案した。
職人たちはその場では黙って話を聞いていたが、大前がいなくなると「なんにもわかってない東京もんが、何を言ってるんだ!」と、不満を爆発させた。
当時の担当者で、鯖江市産業環境部の渡辺賢さんによると、一番の問題は値段だった。
「ファッショングラスは2000~3000円で、洋服屋さんの店頭にかかっているのが一般的。鯖江のメガネは2万円以上する。そういう市場が若い女性にあるのか、と」
すったもんだの末にできたメガネを大前が持ち込んだイベントは、毎年ファッション好きの若者を3万人も動員する東京ガールズコレクション。そこで人気モデルが鯖江のメガネをかけると、一つ2万円以上する商品が360個完売した。この成功は職人の意識を変えたと言う。
「手間ひまかけて苦労して作り上げた製品が若い方に支持されて喜んだし、やり方しだいでは若い女性もターゲットになり得ると実感されました」(渡辺さん)
今では東京・原宿「ロイド」のように鯖江のメガネだけを扱う店まで誕生している。
一方、メガネ業界に一石を投じたこの成功体験は、大前の意識も変えていた。
「そのときは国の立場で行っていたのですが、金融機関の人がやってもいいと思いました」
信用金庫の可能性を感じた大前は2009年、祖父と父が継いできた城北信金に入庫。2年前には理事長に就任した。
無料で繁盛店にします~信金の非金融サービスとは?
トップとなった大前は、信用金庫らしからぬ部署を作った。それが非金融部門だ。
入庫5年目の越野理惠は、あるプロジェクトを任されている。NACORD(ナコード)というサイトの制作だ。
城北信金のトップページからNACORDに入ると宣伝画面が盛りだくさん。越野たちが取引先の企業を取材し、作ったものだ。企業と消費者をつなぐから「仲人」と命名した。
今回、新規で取材するのは埼玉県八潮市にある洋菓子店「る・菓壇」。様々な種類の生菓子やケーキで地元の人達に愛されてきたが、オーナーパティシエの鈴木宏太郎さんはさらに売上を増やすべく、NACORDへの掲載を依頼してきた。
早速、取材開始。撮影はプロの元で腕を磨いた城北信金の職員。ライター役の職員もいる。鈴木さんのイチ押しは写真などを転写するケーキ。そのこだわりを越野が引き出していく。こうした取材を経て、美味しそうなページが出来上がる。制作費、掲載料は無料だ。
「単純に売上げが上がる一助になればいいと思いますし、ビジネスの奥深いお話が聞けるので、次の金融サービスにつなげていけたらいいなと思います」(越野)
さらにNACORDには重要な役割がある。東京荒川区の印刷加工会社、バックストリートファクトリーはNACORDを使って新たなビジネスを展開した。
手掛けるのは、レーザーで紙を正確にカットして作る様々な商品。いわばハイテクの切り絵だ。NACORDを使って始めたのはクラウドファンディング。クラウドファンディングとは不特定多数の人から資金を募るインターネットのお金集めだ。
まず事業内容と目標金額を発表。集まったお金が目標に達すれば事業成立。出資者は商品などの見返りがもらえる。目標額に届かない時は事業不成立でお金は出資者に戻される。城北信金がやっているのは、出資イコール商品購入となる先行予約のような形。これなら企業は在庫を抱えるリスクがない。ネット大手と手を組んでスタートさせた。
「バックストリートファクトリー」は目標額32万円に対し、62万円を集めて達成。新しい商品作りをスタートさせることができた。作ったのは「イルミネーションチャペル」(2678円)。組み立ててライトを入れると星型の光が輝いた。
さらに今回、NACORDを利用してビジネスが広がったと言う。
「ネット経由でこれを見た会社から、『オリジナルの商品を作りたい』という注文もくるようになりました」(「バックストリートファクトリー」の臼井基樹社長)
注文してきたのは、あのドライビング・シューズのメーカー「マルミツ」。NACORDを見て靴箱の加工を依頼してきたのだ。
城北信金の「非金融」の取り組みは企業と企業も結びつけている。
信金の超人材活用術~アスリートで地域活性化
城北信金では特別な人材も働いている。高野靖部長が「精神力もあるしプライドもある。我々一般職員には経験がないですから」と評するのは、入庫2年目の職員、久良知美帆だ。
平日の朝、その久良知がトレーニングウェアで現れた。入っていった先は、オリンピッククラスのトップアスリートが利用する「味の素ナショナルトレーニングセンター」。そこで彼女が始めたのはフェンシングだ。
久良知が信金で働くのは週に1日だけで、あとの日は朝から晩まで練習。城北信金は給料を払うだけでなく、試合の遠征費や道具代まで支援している。
「入庫してからは、競技だけを考えて没頭できるので、すごくいい環境をいただいています」(久良知)
他にもカヌーやスキー、テコンドーなどの選手7人を正規職員として採用している。
「アスリートは普通の学生とは違うキャリアを積んでいるので、そういう体験を広く地域に還元して、地域活性化の起爆剤になってほしいと思っています」(大前)
地域活性化の起爆剤。その現場が荒川区内の小学校にあった。第三瑞光小学校で始まったのは、城北信金のアスリート職員による出前授業だ。やはりフェンシングの選手、森岡美帆の剣さばきに、集まった生徒たちはみんな夢中で見入っている。そして、森岡はトップアスリートだからこそ重みを持つ人生訓を伝えていく。
アスリート職員も広い意味での地域貢献。前向きな子供達が増えれば、地域は活性化していく。
~村上龍の編集後記~
赤羽の「街の八百屋さん」は印象的だった。威勢がよく、青果には絶対の自信を持っていた。
多くの地域で、主に郊外に強力な量販店が進出し、八百屋に限らず「街の店屋」が消えつつある。
城北信用金庫には、さまざまな新しい取り組みがあるが、そのベースは、長年に渡り築いてきた地域との信頼だ。信用金庫本来の伝統が脈々と生きている。
「街の店屋」が消えていくと大切なものが失われる。コミュニティ、そして帰属意識だ。
城北信用金庫は、顔が見える人間関係の重要性を、わたしたちに示唆している。
<出演者略歴> 大前孝太郎(おおまえ・こうたろう)1964年、東京都生まれ。慶應大学卒業後、住友銀行入行。1998年、内閣府参事官補佐・政策企画調整官に。2009年、城北信用金庫入庫。2015年、理事長就任。
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