安い・新鮮・美味しい~主婦熱狂の直売所

東京・渋谷区笹塚。沿線に住宅街が広がるこの町は、奥さん御用達のスーパーマーケットが集まるスーパー激戦区だ。

そんな中にあって、笹塚駅の改札からすぐの場所にある、コンビニよりもやや狭いくらいの店に主婦達が詰めかけていた。ピークの夕方ともなればレジに大行列が。店の名前は「Una casita(おなかすいた)」。お客を引き寄せているのは野菜だ。

値段はレタスが98円。大きな大根は78円。キュウリの詰め放題のコーナーでは、ちょっと曲がったものもあるが、一袋200円。どの野菜も近くのスーパーより2~3割は安いと言う。

主婦達のお目当ては野菜だけじゃない。野菜の奥にはお菓子や調味料などの加工食品がズラリと並んでいる。北海道産のタラと昆布を使った半生ふりかけ「尾道ふりかけ北海たら昆布入り」(295円)に、長野県産の「味噌ドレッシング」(613円)。下関産の「雲丹醤油」(1013円)はウニが入ったトロリとした濃厚調味料。高級魚のど黒で作った広島産の出汁パック「万能のど黒だし」(613円)……あまり見たことのない全国の珍しい逸品を取り揃えている。

一見、食品スーパーに見えるが、肉や魚は置いてなく、野菜と加工食品だけ。なんとも説明しづらい異色の小売店だ。1号店の出店からまだ1年だが、ただ今急成長中。関東を中心に10店舗。年内にもう3店舗の出店を予定している。

埼玉県久喜市には、大胆にもショッピングモール「アリオ鷺宮」の中の大型スーパーの真ん前にオープンした店も。するとお客は、スーパーに行く前に「Una casita」に立ち寄るように。しかし、大型スーパーの方は大丈夫なのか。「Una casita」を誘致した「アリオ鷺宮」の所長、森孝之さんは「大型スーパーの食品の売上も伸びております。お客様の選択肢が広がり、いい形で相乗効果を生んでいる」と言う。

「Una casita」を展開するモンテン社長、髙品謙一(43歳)はこれまで10を超える商売を経験してきた苦労人の経営者。「Una casita」は過去の経験を活かして作った新しい形の店だと言う。

© テレビ東京
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「一見、個々の商材を見るとどこにでも売っているような商品ばかりですが、こういう空間は日本にはないんじゃないかと思います」

こんな店は見たことない~新鮮野菜が激安の秘密

唯一無二の店作り、その1は「品揃えより旬と安さを取る」。6月上旬、「Una casita」の安さの鍵を握る仕入れの現場を見せてもらった。午前2時、青果市場「北足立市場」に現れたのは髙品の相棒、モンテン取締役の国井孝嗣。「Una casita」の野菜の仕入れ担当だ。国井は明治時代から続く仲卸会社の7代目。国井がいるから、当日入ったばかりの新鮮な野菜を売ることができるのだ。

この日、国井が真っ先に目をつけたのは旬を迎えていたブロッコリー。「すごくものがいい。古いと黄色くなるが、青々としている。今日の目玉ですね」と言う。旬、すなわち最盛期は出荷量も増え、値が下がる。そうした野菜を選ぶのが国井のやり方だ。逆に旬ではない野菜には極力手を出さない。例えばこの日のホウレンソウは「もし出すと売価が200円になる。今日はやめましょう」と、安く仕入れられない野菜は最初から外す。その代わり、「小松菜が相場より安い。100円ぐらいで売れるし鮮度は抜群です」。品揃えは二の次。とにかくその時に美味しくて安い野菜だけを選んでいく。

「ホウレンソウを食べたいというお客様もいると思いますが、それより小松菜がお得。予定していたメニューをお客様が変えるような商売を僕らはしたいな、と」(国井)

朝6時、国井が選んだ野菜が各店舗に到着する。1号店の下北沢店にこの日届いた野菜はおよそ50種類。大型スーパーには500種類が並ぶので、「Una casita」は10分の1だ。でも旬で安いものばかり。目玉のブロッコリーは一株98円に。小松菜は一袋78円だ。午前10時に店を開けると、早速、お客の手が伸びていく。目玉のブロッコリーはほとんどのお客がカゴに入れて行く。

唯一無二の店作り、その2は「鮮度が落ちた野菜は売らない」。午後3時、鈴木理央店長が動いた。目玉のブロッコリーを客の目が最も止まりやすい表に移動。値段も下げて、98円から78円に。小松菜は78円から58円になった。

「入荷した野菜は値段を抑えてでも毎日、売り切ります」(鈴木)

何が何でも売り切る姿勢で、3時間後の午後6時にはさらに値下げ。小松菜は一袋38円になった。鮮度が命の野菜はとにかくその日のうちに売り切り、翌日には持ち越さない。だから店には冷蔵ケースもない。ブロッコリーも小松菜もきれいに完売した。

「Una casita」の鮮度の秘密は売り切り戦略だけじゃない。大手スーパーの野菜は仲卸を通じて入る。仲卸はスーパーから大量に発注があった時に野菜の数を揃えるため、納品日の前から買いためておく。だから鮮度の落ちた野菜がスーパーに届けられることもある。これが仲卸の習慣だという。

「鮮度が悪いぶんには、店からちょっと怒られるぐらい。でも数がそろわないと怒られ方が半端でない。だから中卸はみんな数を意識しています」(髙品)

一方「Una casita」は市場で仕入れた野菜をその日のうちに販売。比べれば、鮮度の差は明確だ。

「普通のスーパーさんと比べると、3日から5日は鮮度が違うと思います」(髙品)

モデルは63歳の小百合さん~主婦殺到の店作り

唯一無二の店作り、その3は「思わず手が出る野菜陳列」。他にはない店にするために、髙品は特別なチームを作った。市原にあるモンテン物流センターの倉庫の奥の部屋で作業に当たる大工さんのような二人が匠チーム。この二人だけで「Una casita」が使う全ての商品棚を作っている。ホームセンターで材料を買いつけ、手作りする、いわばDIYのスペシャリストだ。

「高くしたり低くしたり、売り場に変化をつけたい」という髙品からの新たな発注が入ると、数日後、埼玉県草加市の「Una casita」に商品棚が搬入されたのはタワー型の商品棚。今までは平凡だった売り場がガラリと変わった。果物や野菜が木になっているイメージだ。その隣には、本棚を意識したユニークな野菜売り場もお目見え。オープンするとすぐにお客の足が止まった。この新しい棚を入れて一ヶ月。売り上げは10%近くアップしたと言う。

「よそにない物をいろいろな角度から突き詰めていけば、見たことがない店ができると思って、常に追求しています」(髙品)

ちなみに「Una casita」には想定している客層があるのだというが、このターゲットのイメージ設定が細かい。モデルは63歳の小百合さん。専業主婦で、自宅は都内の3LDLマンション。子供は二人だが、長女は嫁ぎ、長男は実家暮らし、趣味は旅行という奥様。ここまで想定して店作りをしているのだ。

借金90億円からの逆転劇~モノマネ商売をやめた理由

© テレビ東京
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出店ラッシュが続く「Una casita」。7月末にも阿佐ヶ谷の駅前に新店舗がオープンする。場所は阿佐ヶ谷の新名所になるかと期待されるショッピング・ストリートのど真ん中だ。今は出店依頼が月に10件以上来ていると言う。

「やはり一番はオンリーワンの業態だということが評価されているんじゃないでしょうか」(髙品)

絶好調の「Una casita」。だが髙品のここまでの人生は失敗の連続だったと言う。

1973年、千葉県の木更津に生まれた髙品。父親はホームセンターや書店などを展開する200億円企業を経営。髙品はその長男だった。アメリカの大学院でMBAを取得。エリート街道まっしぐらで、帰国後、父親の経営する会社に入った。

「店も社員も多く、うまくいってると思って入社したら、全然違ったんです」(髙品)
当時、会社はバブル時代の投資のツケから借金が90億円に膨れ上がり、瀕死の状態に陥っていた。

「銀行の担当者が社長を怒鳴りつける。『金返せ、この野郎』という声が聞こえてくる。その時に初めて、とんでもない会社に入ってしまったんだ、と」(髙品)

そして出口の見えない苦難の日々が始まった。会社の立て直しを託された髙品は、借金を返そうと、儲かりそうな新事業に、次から次へと手を出していく。カラオケボックスに始まり、マッサージ店、立ち飲み居酒屋……世の中で流行っていた店をそっくりそのまま真似しては出していった。

「まず真っ先に赤字を削減しなければいけないので、とりあえず計画して、なんとか形になったらオープンさせて、すぐ次の店を考える。かなり急いでました」(髙品)

しかし、真似をされた本家が怒って髙品の店の前に出店。二番煎じの店はあえなく閉店という繰り返しに。そんな失敗続きの中で、唯一結果がよかったのが、ホームセンターの一角で始めた野菜の直売だった。髙品は郊外を中心に次々と野菜の直売所を作っていった。
すると転機が訪れる。ある日、首都圏の商業施設から出店依頼が舞い込んだのだ。依頼先は川崎の駅ビル。これまでと違い、近くに農家はなく産直はできなかったが、髙品はやってみた。この時の野菜は農家ではなく、市場から直接仕入れたのだが、それでも店は大盛況。客が我先にと野菜に群がったのだ。この光景を目の当たりにした髙品は、「都会の直売所は商売になる」と確信する。

「都会に直売所に近い形で出すことは今まで誰もやってなかった。オンリーワンの業態なんです」(髙品)

これまで真似ばかりしてきた髙品はここで真似ビジネスに決別。そして2015年、父親の会社を辞めて独立、モンテンを設立したのだ。

「いろいろなビジネスをやってきて、どれも成功とはいえない結果に終わりましたが、そこで気づいたのは、人の真似をしないで、オリジナルの売り場を表現することが一番大事だということでした」(髙品)

スゴ腕バイヤーが全国行脚~絶品すぎるご当地グルメ

今年3月、東京・錦糸町に新しい「Una casita」マルイ錦糸町店がオープンした。ファッションビルの一角に入ったこの店は、他の店とは全く違う。看板の野菜は置かず、全国から集めた1000種類以上の隠れた逸品を売る専門店だ。

ある女性客が買っていたのは国産の「北海道コーン茶」(505円)。別の女性は味噌を練り込んだ瓦せんべい、岐阜の「みそ半月」(285円)にぞっこんの様子だ。店内には、思わず手に取りたくなる珍しい商品がゴロゴロしている。こうした全国の隠れた逸品はどうやって見つけてくるのか。

石川県に買い付けに来たモンテンの加工品バイヤー、森年治と中村睦美に同行させてもらった。二人は毎月、地方を飛び回っている。「うちでは『エッジが効いている』と言うのですが、そういう特色あるものがいい」と、森は言う。

まず向かったのは全国チェーンではない金沢市内のスーパー。こうしたローカルスーパーは、地方にしか流通していない、隠れた逸品の宝庫だと言う。二人はピンときた商品を手に取ると、どんどんカゴに入れていく。スイーツ売り場で、ある商品に目が止まった。「葛きりですね。フルーツが入ったのを見たことがない」と、中村は興味津々だ。

たっぷり買い込んだ二人は、車に戻るとすぐさま試食する。車の中で試食するのは、すぐにパッケージに載っていた電話番号に直接連絡を取るから。そしてOKが出れば、すぐさま向かう。早速工場を視察。信頼のおける作り方をしているか、衛生面などもチェックする。
津幡町にある「オハラ」は葛きり専門メーカーで、国産の吉野葛を原料にオリジナル商品を製造している。地元を中心に売っている商品で、まさに「Una casita」に打ってつけの隠れた逸品だった。

続いて仕入れ交渉に入る。普通、ここから価格のせめぎ合いになるが、大手チェーンとは違い、仕入れ価格は叩かずメーカーと共存するのがモンテンのやり方だ。

こうした手順で石川県をつぶしていく。次に訪ねたのは輪島市内の醤油メーカー「谷川醸造」。ここでも見たことのない商品を出してきてくれた。森が驚いたのは「糀のディップソース」。米糀に甘酒を合わせ、ショウガやニンニクを加えた新しいソースだ。こちらもすぐに買い付けた。

こうしてバイヤーはひたすら足で稼ぎ、年間600もの新商品を「Una casita」に送り込んでいる。

~村上龍の編集後記~

「失敗を糧にする」よく聞くが、たいていの人は、失敗したら一発で沈んでしまい、そこで終わる。
髙品さんは過去に関わった事業で、あきれるくらいの失敗を重ねてきたが、生き残った。
「モンテン」は、何を売っても儲かった時代はとっくに終わり、何を売ってもほとんど儲からない時代を象徴する新業態を創造した。
商品にもサービスにも消費者はすぐに飽きて、「多様化」という言葉では表現できないほど、好みは細かく分かれている。
髙品さんは「個人」を想定し、その集合体としての「層」を選ぶ。失敗から、戦略を発見したのだ。

<出演者略歴> 髙品謙一(たかしな・けんいち)1973年、千葉県生まれ。1999年、アメリカの大学院を卒業後、タカヨシに入社。2015年、モンテン設立。2016年、「Una casita」1号店オープン。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。